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まず、あの気の強そうなお嬢様が私に何か話してくれるとは思えない。素で話したとしてもまず私のことは信用しないだろう。最初にあんな馬鹿な女の印象を与えたのはまずかったかもしれない。私なら絶対あんな女に自分の秘密など教えない。
私は自分のしたことに若干憂鬱になりながら月明かりが差す長い廊下を歩いていた。行き先は勿論、サーディーの部屋だ。……そのはずだったんだけど、どうして彼女は外にいるのだろう。
廊下にある大きな扉から庭にいる彼女の姿が目に留まった。噴水の縁に座る彼女はとても弱々しくみえる。
「……泣いている?」
彼女の瞳が潤っているのが月光のせいでよく分かる。涙など無縁に見えた彼女がまるでか弱い少女のように双眸から涙が溢れ出ている。
何をそんなに彼女を苦しめているのだろう。私は静かに彼女の元へ向かった。何もいうことなんて考えていなかったが、何故か彼女に一人で苦しんで欲しくないという気持ちが優先された。やっぱり私は情に流されやすい女なのかもしれない。自分では理性でなんでも判断できる女だと思っていたのにな。
黙って彼女の隣に座る。サーディーは目を見開いて私をじっと見つめる。
「……貴女は」
「リルよ。さっきはどうも」
「……ちゃんと喋れるんじゃない」
「まあね。私も私で大変だから」
「そう」
覇気のない返事が返ってきた。彼女は自分のことで精一杯のようだ。本来なら私もそうなのだが……。人助けをしている暇などない。私も命がかかっている。
早くこの件を解決したい。まぁ、早くっていうのには彼女の父親がこっちに戻ってくることを考慮して言っているだけであって、正直それがなければ時間をかけて計画を練ることが出来た。私も自分のことで精一杯だが、今できることはなにも無いからな……。
「駆け落ちしたい?」
「え?」
サーディーは突然の私の言葉に驚いた表情を浮かべた。
「あれ? 家出した理由って男が原因じゃなかったっけ?」
「そうだけど……、どうして貴女がそれを知っているの?」
「女の勘ってやつ?」
サーディーは私から目を逸らし黙り込む。
……女の子と話すのって難しいな。いや、私が単に人とコミュニケーションをとるのが下手くそなのか。こういう沈黙は苦手だ。
「サーディーって何歳?」
「今年で二十歳よ」
ということは、私より三歳年上ってことか。正直もっと年上だと思っていた。今回の騒動は若いがゆえに出来た行動だろうか。
「今年で二十になるのに何やっているのかしら、私」
「自分で中身は子どもだって思う節があるってこと?」
「……見た目は馬鹿そうなのになかなか鋭いのね」
彼女は少し目を見開いてそう言った。
失礼だけど本当のことだ。何も言い返す言葉がない。けど、見た目が馬鹿そうってことは私の計画としては大成功だ。この調子でどんどん頑張っていこう。
「皆にはここにいた方が良いって言われたのよ……」
彼女は重い口をゆっくり開いた。
「貴女、誰かを好きになったことある?」
私は黙ったまま首を横に振った。誰かを好きになったことは前世を入れても一度もない。
「そう。私はね……、平民の子を好きになったの。幼い頃、よくお屋敷を抜け出して彼に会いに行っていたわ。お父様には絶対にばれないように。父の怖さが幼いながらにも分かっていたからね」
そう言って力なく笑ったサーディーから彼女の父がいかに脅威的な存在だったのか容易に想像できた。
やっぱり相手は平民だったんだ。……階級というものは前世の世界ではなかった。お金持ちかお金持ちじゃないか、ぐらいだ。自由に恋愛出来た。それって凄いことだったんだなと改めて実感する。
「ただ無邪気に笑って彼と過ごせた瞬間、とても幸せだったわ。手を伸ばせば届く距離に彼がいたんだもの」
とても遠い過去を話すようにサーディーは静かな口調でそう言った。
「……けどね、七年前のある日、突然彼が私に言ったの。これから僕達が会うのは危ない。これで終わりにしようって。勿論、私は断ったわ。私達は両想いだったのよ? なのにどうして身分なんかで人生を決めつけられないといけないの?」
サーディーは訴えるような目で私を見据える。私は何も言えなかった。私は両想いなら結ばれればいいと思っている人間だからだ。案外私は頭がお花畑の人間なのかもしれない。
「もし、君が成人してまだ僕のことを思ってくれるのであれば二人で逃げよう、彼は最後にそう言ったのよ」
この世界での成人年齢が二十歳だということを今分かった。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「いつも二人で会っていた秘密の場所でもう一度会おうって。……そんな遠い過去の約束を彼は今もまだ覚えているのかしら」
遠い目で彼女はそう呟いた。半分諦めているような表情を浮かべている。なんて寂しそうな顔をするのだろう。彼女を見ていると切なくなる。
サーディーにとっての幸せは彼といる瞬間なのだ。私はそう悟った。
「苦労したらいい」
私がボソッと発した言葉にサーディーは固まった。
「今なんて言ったの?」
「家を捨てようとしてるんだもん、それぐらいは覚悟の上でしょ? 苦労して、しんどい思いをすればいい。それでも彼といることを選んで正解だと思えるのなら」
「ええ。それぐらいとっくに覚悟しているわよ。なのに周りは皆止めたがるのよ。私の人生よ。家の名前が傷つく? 知らないわよ。私の人生は私が決めるのよ」
彼女は目を潤わせながらはっきりと強い口調でそう言った。覚悟を決めた女の表情は綺麗だな。凛々しく美しい表情に思わず魅せられた。
「いい決心だね。手伝ってあげるよ」
私の笑顔に彼女は怪訝な表情を浮かべた。その表情には多少の驚きも入っていた。
「……どうして貴女がそこまでしてくれるの?」
「う~ん、気まぐれかな」
「嘘でしょ」
「嘘だよ。……私の主が私を頼って信頼してくれているから、それに応えようかなって思っているだけ」
「……貴女って、ソフィアと双子なのに全く似ていないわね」
「顔が? そりゃ二卵性双生児だから似ていないのは当たりま」
「考え方よ」
私の言葉を遮るようにサーディーはそう言った。
正直、彼女を助ける理由は他にあった。私は単に見たくなったのだ、彼女みたいな貴族の美女が平民と駆け落ちして幸せに過ごす姿を。
いつもと変わらない日常の中に刺激物を入れたくなったみたいな感じかな。
「サーディーもグラントとは違って、一途だね。まぁ、グラントも今はソフィアに対して一途だけど。前はなかなか酷かった……」
「リル、貴女、淑女として喋り方気を付けた方が良いわよ」
「肝に銘じとく」
「なおす気ないでしょ」
「ばれたか」
サーディーは私の返答に「ばればれよ」と言いながら顔を綻ばせた。サーディーと会ってから初めて彼女の笑顔を見た瞬間だった。




