13
「何の話をしていたのぉ?」
私は首を大きく傾げて唇を軽く突き出した。思ったよりも首を勢いよく傾げてしまった。……痛い。
「真剣な話をしていたんだ」
バイロンが私を突き放すようにそう言った。……私、邪魔者? それならとっとと退散しよう。この集団の中にいても私にメリットはない。
「まだ、頭がぁ~、少しアチチッて感じだからぁ、部屋に戻るねっ」
私は顔を少ししかめてから満面の笑顔でそう言って立った。
「待てよ」
待てよ、まてお、マテオ、……マテオ・リッチ! イタリア出身のイエズス会宣教師、1583年にマカオに入り、中国での布教を始め、1601年に万暦帝に謁見し、北京居住を許され、キリスト教の伝道の基礎を築いた……。
「急に固まったぞ」
「ニースが引き留めたからだろ」
「きっと、ニースは自分の事が好きなんだって思って、固まっているんだろ」
「勘違いってやつだね」
「ちょっと、言い過ぎだって」
坤輿万国全図っていう世界地図を作ったんだっけ?
さらに、古代ギリシアの数学者エウクレイデスの著作、幾何学原論を徐光啓と共に漢訳し幾何原本として刊行した。凄い行動力……。平面幾何学を伝えようなんてあんまり思わない。
「こいつはずっとウィクリフの事しか見てない」
「モテモテじゃねえか~」
「俺が欲しいのはソフィアだけだ」
けど、徐光啓も凄い。きっとマテオ・リッチと共に幾何学原論を漢訳したのだから、彼も相当な変わり者だったと思う。確か、農政全書や崇禎暦書の編著などもしているし……。とにかく、偉人は変わり者が多い、と思う。実際に会ったことはないからなんとも言えないけど。
「いつまで固まっているんだろう?」
リマの可愛らしい顔が私の視界に入ってくる。……可愛らしさがウルグとそっくり。
「リル?」
「なぁに~?」
「……やっぱり僕達の話を聞いてなかったみたいだね」
「ごめんちゃいっ。だって、マテオの事が……」
「まてお? ニースが言った待てよの事?」
「そう! それ! ついドキッとしちゃって」
「案の定、勘違いしてるぞ」
ウィクリフの尖った声が聞こえた。
「意味もないのに私の事を引き留めるぅ?」
「それもそうだな。何でニースはリルを引き留めたんだ?」
グラントが不思議そうな顔でニースに聞いた。……なかなか失礼な奴だな。一応ここは私の家なのに。
「リルもここにいろ」
ニースはそれだけ言って私をじっと見た。……やっぱり、私、昨日のマラソンの時に何か言った? 覚えていないって一番怖い。
「分かったよぉ~」
私はそのままもう一度椅子に座った。……本当に怖い。ニースに弱みを握られているみたいだ。
とりあえず、怪しまれないように、ぶりっ子演技を続けておこう。まぁ、私のぶりっ子演技自体が怪しいんだけど……。
「話を元に戻そう。魔女の話だが」
「魔女ぉ!? 魔女が現れたのぉ?」
私は大袈裟に驚いた。まさか私の話じゃないよね? もう、ばれた? ぶりっ子演技が逆効果?
「リル、うるさい」
バイロンが私を鋭い眼で見ながらそう言った。
「魔女疑惑の女の子が現れたんだ」
「女の子なの?」
ニースの言葉にソフィアが真っ先に反応した。……私じゃなかったみたい。良かった。
「そうだ、女の子だ」
そう言ってウィクリフが胸ポケットから写真を取り出し、机の上に置いた。
六歳ぐらいの女の子が家の前で一人で立っている写真だ。彼女、……白化個体、アルビノだ。
「これは……、なんて白いんだ」
「綺麗だな、……だけど、少し不気味だ」
「こんなにも神秘的な子、初めて見たわ」
「魔女で間違いないな」
「どうして彼女が魔女だと思うのぉ?」
「真面目に考えろ、真剣な話をしているんだ」
私の質問にウィクリフは私を睨みながらきつい口調でそう言った。
ちゃんと真面目に考えて、言っている。アルビノはただの遺伝子突然変異だ。それだけで、魔女だと決めつけるのはおかしい。
「リルっ、ちゃんと考えてるもんっ! 魔法を使った所を見たのぉ?」
私は頬を少し膨らましながらそう言った。
「いや、実際には見ていない。だが、この村の人達は皆彼女を魔女だと言ってるんだ」
ウィクリフの代わりにニースがそう答えた。
「それだけぇ?」
「は?」
「それだけで魔女って決めつけるのぉ?」
「そうよ、私達だって、昔、左右の目の色が違うからって魔女だって疑われたけど、実際違ったわ。彼女も魔女じゃないかもしれないわよ」
ソフィアが力強い声でそう言った。
メラニン色素が欠乏しているだけで魔女だと疑うなんて、酷い話だ。
「実際彼女に会ってみようよぉ!」
私は両手をパンッと合わせて立ち上がった。
「いい案ね!」
ソフィアも明るい表情で立ち上がった。
流石、双子だ。考えまで同じみたいだ。もし、ソフィアが私の考えと違う考えだったら、この攻略対象集団は絶対に動かなかっただろう。
「そうだな、一度会って確かめてみるか」
ソフィアの顔を見ながらウィクリフはそう言って微笑んだ。