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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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奇奇怪怪対イゾウ

 ククリは薄れゆく意識の中で一つの事を疑問に思った。

(死んでいない?、いや、そもそもあの男は生きていたのか。あんな生物が存在するわけがない!)

いかに魔法や魔物が存在する世界とはいえ、魔法学的に説明できないオカルトはいくらでもある。奇奇怪怪という男はそんないかがわしさを体現している。「奴はまだ死んでいない」というメッセージは正確には間違っていた。少なくとも「死なない奴」よりは遥かに危険でいかがわしい。そんなことを律儀に思いながらククリは気絶した。

 それと同時に奇奇怪怪の胴体は首を拾い、胸の辺りまで抱え上げていた。そして、それを見たイゾウの純粋な反応がさも面白いかのようにニヤニヤと笑みを浮かべている。

『あんまり驚くなよ魔人よお。天下の魔人様に驚かれたら照れちまうじゃねえかよ、クハハ』

 奇奇怪怪はイゾウの隙を衝こうなどとは決して思わない。首を切られたところで仮の体。それが戦闘だとはあまり思わないのであった。

 対するイゾウは、首を切っても蘇る相手とは戦ったことがなかったために動揺を隠せない。首はおおよそ全ての生物の急所であり、魔法学的に見ても首への攻撃は生命への直接作用であるといえる。それ相応の復活の準備をした魔導師でも首をもがれて生還することは高難度のスタンドプレーである。現に最高峰の魔導師であった大師匠も、バテレンの攻撃に意識を刈り取られ魔法効果を打ち消されたためにあっさりと首を晒して死んでしまったのである。

 首は急所。種は違えど生物の基本である。

 だが、イゾウの目の前の怪人は自分の首を抱えてニヤついている。少なくとも『人斬り』にどうこうできる事態ではない。ある意味でイゾウは魔界において、常に『人斬り』を超えた存在に昇華することを怪物たちに要求されていたと言ってもよい。

 イゾウはベクトルの配下になった以上、奇奇怪怪のような面妖な魔物たちとの戦闘は免れようがないのである。

 やるしかない、怪物との戦いこそが元人斬りの為の新しい土俵なのだ。その決意とも諦めとも取りがたい感情は第二撃目となって奇奇怪怪に襲い掛かる。イゾウが自棄になったわけではないと見た奇奇怪怪は少し感心してみせる。

『お前は魔人のくせに弱そうだが中々やるな。面白いからこの奇奇怪怪が真面目に相手をしてやろうじゃないか』

 次の瞬間、魔剣の刃は奇奇怪怪の腕に弾かれた。鈍い金属音が遅れて響く。

 イゾウは体勢を立て直してよく見ると、奇奇怪怪の体表に鈍い鋼の鱗のような皮膚が浮かび上がっているのを見つけた。魔剣は恐らくこの鋼のような皮膚に弾かれたのだろう。しかも、ただの鋼以上の何らかの反発力を持っているようであった。

 イゾウはこの身体的特徴に見覚えがあった。その男の名がつい口を突いて出る。

「鉄鬼……?」

奇奇怪怪は首を有るべき所に押し付けるようにしながら笑っていた。

『鉄鬼かあ、そういえば使った中に首が混ざっていたような気もするが、今はこの奇奇怪怪の力なのさぁ!』

奇奇怪怪の不恰好な蹴りがイゾウを襲う。もはや首は元通りになり、その上に金属コーティングまでもが生されてしまっていた。

 だが、奇奇怪怪は戦闘が元々不得手であったから、鉄鬼のようなサイズもバグのような速さもない攻撃はイゾウを捕らえることが出来ない。対するイゾウも蹴りをかわしたすれ違いざまに魔剣を奇奇怪怪の頚動脈に滑らせるが、引っかいたような微細な跡しか残せない。奇奇怪怪=鵺は鉄鬼と比べて無駄なサイズがないために防御力が何割か増したように感じられた。

 奇奇怪怪は苛立ち混じりに

『速いなあ、お前』

と、吐き捨てる。奇奇怪怪は恐らく格闘戦に固執せずに幻術を用いていれば、イゾウなどすぐに物言わぬ死体にしてしまえるだろう。実際のところ狗夜叉のような魔王候補レベルの武闘派ですら奇奇怪怪の幻術には歯が立たずに自殺させられ、死体を使役されているのである。そもそも専門外である術師が格闘をするなどということ自体がおかしいのである。

 奇奇怪怪の格闘への興味と妄執が、闘いを見た目上イゾウ有利の局面へと変えていた。イゾウは奇奇怪怪を体捌きで圧倒していた。

イゾウは生前幾多の『斬り合い』の死線を突破してきている。例えその常識が通用しない術者との戦いであろうとも、その経験がまんざら役に立たないわけではなかった。人型の相手ならばとりあえずイゾウは互角の勝負が出来る。

 奇奇怪怪の金属の皮膚に傷が増えていくばかりである。

 幻術を使わずに肉弾戦でイゾウを倒すことを自己目的化してしまっていた奇奇怪怪は防戦に徹する。

 イゾウは防御の隙間を縫って眼球を刺突し、奇奇怪怪の左目をくり貫いた。

 さすがの奇奇怪怪も、この有様にはたまらず

『うひい。やっぱり俺は喧嘩じゃ勝てねえ、クハハ』

と、自らの表面上の劣勢を悟る。

 途端に温まっていた狂気も冷めてしまった。ベクトルにちょっかいを出すという目的もとうに忘れていた。つまり、戦う理由などは彼にとって既に無いに等しかったのである。

 奇奇怪怪はここに居る理由を自ら消し去ってしまった。

『新しい体といっても所詮は俺か……。つまらねえ、帰るか』

戦いに背を向けた奇奇怪怪の拍子抜けな言葉に、イゾウは怒りを通り越して呆れてしまった。

「は?」

イゾウは隙だらけの奇奇怪怪の右目をも刺し貫いた。しかし、もはや奇奇怪怪の戦闘は終わっていた。一太刀がやかましい金属音と同価値であった。

イゾウの価値もいつの間にか消え失せてしまった。奇奇怪怪には最早そこいらの蝿と変わらない。恐ろしい気移りの速度である。

『だから、俺は帰るんだよ馬鹿野郎。死ね!』

奇奇怪怪は、今度は自殺を強要する幻術を躊躇うこともなくイゾウに送り込んだ。

 次の瞬間イゾウは絶叫し、嘔吐し、卒倒した。イゾウの世界は夢想へと落とされ、夢想の世界でたった今、地獄に落とされた。

 もはや奇奇怪怪はイゾウに見向きもしなかった。まもなく勝手に自殺する男には感慨すらも沸かないから勝手に死ね、といったところである。

 この幻術は五感を苦める幻覚を相手に見せ、苦しみから逃れるための自殺へと誘導するオーソドックスな術である。奇奇怪怪以外の術師でも似たような術を使う者がいくらか記録に残ってはいるが、変態的な想像力を持ち、かつ天才的な技量を持った奇奇怪怪のそれは一撃必殺、格別であった。

『そうだそうだ。最初からこうしていれば良かったんだ、クハハ、ハーッハッハッハッ!』

 館内に奇奇怪怪の下品で抑えの無い勝鬨が渡る。最悪の事態であった。


 

やっぱりイゾウは酷い目に遭います。まだまだ脇役臭い彼ですが、いつかは……

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