絶叫
奇奇怪怪は、死体を『騙し騙し』生き返らせては手下にする、いわゆる『死霊幻術』を狗夜叉の時のように時たま行っていたが、死体そのものに自らが入り込むことは初めてであった。肉体を捨ててまで他の体に乗り移るメリットは平常時はほぼゼロに近い。例え自らの肉体が滅んだとしても、再生方法などいくらでもある。
前にも少し述べたが、その上奇奇怪怪の幻術の本質とは相手と意識を融合、混合させることである。当然相手に自らの意識が混ざるのと同様に、自分の意識にも相手の意識が混入する。相手にしてみれば厄介極まりない術であることには変わりないが、術者たる奇奇怪怪には術を繰り返すたびに自らの魂の切り売りを要求されることに他ならない。常人ならば一度たりとも用いようとはしないだろう。
だが、好奇心が勝った、怖いものが無かった。奇奇怪怪という男はそれだけのためにあそこまで複雑怪奇の妖物であったのだと言ってもいい。とにかくやたらと奇奇怪怪は、この未曾有でやくざな幻術を使い尽くすこととなる。その最期まで。
そして憑依は成功である。奇奇怪怪本人は当然のことと思っているが、奇奇怪怪はこの時既にほぼノーリスクの肉体再生、及び不老不死の法を手に入れていた。生物万願の夢である。
だが、奇奇怪怪はそのようなことには構わず、ただ、新しい体に心が湧いていた。
何度も言うが、奇奇怪怪とはこのような妖物なのである。
新生奇奇怪怪は自らの体を改めて見回した。既にどんな死体を使ったかなどはもちろんのこと、今の今まで一体化していたククリの事すら頭には残っていなかった。
『いいな、この体。』
腕を振るう力はククリのか細い腕とは比べ物にならないほど力強い。しかも、見た目以上の異様な力の漲りようがあった。恐らくは複数体の死肉のハイブリッドであることと統合された怨念の力が生み出す、キメラテックでオカルトな要因からだろう。大元の本体が脆弱だった奇奇怪怪はこの暴力的なまでの漲りに歓喜した。
『そうか、死体にはこういう使い方もあった。クハハハハハ、もっと早くに試せば良かったぜ!』
新しい体という規格外の手段を入手した奇奇怪怪=鵺は、歓喜に耐えられずに絶叫した。もはや言葉に出来ない悦びであるが、別に彼はこんな事のためにここまで来たのではもちろん無い。むしろ、一連の流れに目的など元々無かったからこそ、ここまで行き当たりばったりに術が使い、悦べるのである。
奇奇怪怪はたとえ同じ術師でもベクトルやバテレンとは全く真逆の、一貫した目的を持たない快楽術者であった。
さて、悦びの奇奇怪怪=鵺ではあったが、絶叫したということは当然イゾウが異常と知ってとんでくるということを忘れていた。
自業自得ではあるが、周りが見えていなかった奇奇怪怪=鵺は駆けつけたイゾウに気付く間も無く、一刀のもと首を刎ねられたことは言うまでもあるまい。
首を刎ねられるまでの流れはこれでもかと言うほどに盛り上がりに欠ける。けたたましい悦びの絶叫を上げている侵入者を後ろから一閃。こんな馬鹿なことがあるだろうか、と言わんばかりの場面で意味が無いので省略する。
が、本番はむしろ首を切られてからであった。
イゾウはゴーレムとの組み手によって魔人の体をおおよそ掌握していた。魔人特有の高い魔力は未だ発現していないが、鉄鬼と真っ向に戦うことぐらいはできるだろう。目覚しい成長である。例の魔剣の切れ味も格別であった。
イゾウはあっけらかんとしながらも魔剣を収め、落ちた首を足で転がして顔が見えるようにした。もちろん知らない顔である。
「誰だお前は?、と言った所で最早首か。……ククリ殿、ククリ殿、大事では御座らぬか?」
ククリは無事だった、とは言えないものの体に目立った外傷は無かった。奇奇怪怪の幻術からの開放による反動で弱りきっていた。
イゾウに揺り起こされて意識を取り戻したククリは、そこに転がっている奇奇怪怪の死体がまだ終わっていないことを直感していた。期間こそ短かったが今の今まで一体だったのである。あんな恐ろしい怪物が首を刎ねられたぐらいで死ぬわけが無い。そして何より、ククリには天性の未来予知能力があった。
「イゾウさんだめです。奴はまだ死んでいません!」
それだけ言うと、ククリはさっさと気絶してしまった。気力を振り絞っての忠告であった。
そして、このククリの言葉が第二回戦の口火を切った。




