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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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死体合掌

 奇奇怪怪という男について、幻覚を操る怪鳥の妖怪だという記録もあれば、ありとあらゆる邪道に手を染めて妖怪化した人間のなれの果てだという記述もある。後者の方は、奇奇怪怪の活躍がバテレンの人造魔物製作の時期と重なることからそのバテレンの事業と混同されたという説もあるが、とにかく奇奇怪怪は諸説を呼ぶ男だということがわかる。

 後世の研究者からすれば当然、様々な推測を許す彼の存在は大変魅力的である。歴代魔王の魔王軍の中でも特に有名であったベクトル=モリアの魔王軍幹部の中でもっとも異質で、最も謎に包まれた男であった。

 何故こうにも奇奇怪怪がミステリアスにその名を残しているかといえば、結局は誰にもその素性を明かさなかったことが原因なのだろう。

 魔界の歴史とは、悪魔族の長老ホウ=ノーレッジを中心にホウによる口伝と『史』と呼ばれる専門職業者たちによる歴史書とが補完しあって成り立っている。逆に言えば、真実がその網に引っかからないうちに世界に溶けてしまえば、それは魔界にとって歴史でなくなるのである。

 今回の事件なども、イゾウがホウに直接語るという形で記録していなければ魔界の歴史から抹消されていたであろう案件である。

 

 奇奇怪怪=ククリは、ベクトルの館を徘徊するうちに大まかな館の構造を理解しつつあった。また、館内のどこかに魔導師の住処にありがちな隠し部屋の存在をもうっすらと見出していた。しかし、機密を多く抱えている部屋の存在を確信できたとしても、侵入することは全く不可能であるとも悟っていた。

 とにかく、手に入る範囲で何か自分の存在の隠れ蓑になるものが必要だった。

『あの魔人に聞くかねえ?。まさかここまで厳重だとは思わなかった。』

つくづく幻術を除いては自分は無力であると感じていた奇奇怪怪=ククリであったが、ついには面白そうな場所を見つけた。そこは廃棄物処理の区画であり、立ち入りはベクトルを除いて禁じられていたのだが大したセキュリティがあるわけでもなく、すんなりと侵入出来たのである。

 そこには、魔法処理される予定の魔物の死体がいくつかうち捨ててあり、奇奇怪怪=ククリを喜ばせた。

 この魔法の世界では、死体とは放っておけないものである。死体が残っている限りは霊魂の何割かが肉体に残留するということは魔法学的に証明されており、魔法に転用しない限りはさっさと処理してしまうのが魔導師達の暗黙の掟である。

 例を挙げるならば、何代か前の魔王『欲のトウテツ』に仕えていた魔導戦士で、魔王に次ぐ地位と実力と地位を持っていたマギンという男などは、死体を軽んじて死に至ったケースの好例である。彼は、彼が生涯を通して魔法の生け贄に捧げてきた、一万を超える人間達の死体に宿った怨念に取り殺されたという記録が残っている。彼は死体に残る怨念というものを軽視して、わざわざ殺してきた人間たちの死体を部下達に保存させていたらしい。魔王軍大幹部レベルの膨大な魔力も、一万の人間の怨念にはかなわなかったということだ。ちなみに『欲のトウテツ』の魔王軍による人間界侵攻は、強硬派筆頭であったマギンの死によって、終息の方向へと落ち着くこととなった。

 マギンのケースは極端な例であるが、死体とはこの世界では歴史を動かすほどにに力を持つものであった。奇奇怪怪の使う幻術が死体を蘇らせる効果を持ちうるのも、死体に霊魂という精神的エネルギーがかすかに残っているからである。奇奇怪怪は他者の力を利用する事に革命的に長けていた。

『お前らを使ってちょっとした合成生物でも作ってやろうか?。魔導師に使われた死体の怨念は格別だからな。クハハハハ』

 奇奇怪怪=ククリは軽い気持ちでこう呟いているが、正規の手順を踏んでこの死霊魔術を行おうとすれば、ほとんど大魔法の域であると言える。ベクトルが魔物の死体をかき集めてイゾウを作り上げたのも、相当な労力と魔力を要したのである。後世の魔導師達の一部はこうしたことを軽々と実行できた奇奇怪怪の幻術の研究に身を捧げたが、ついには奇奇怪怪の術が魔法学的に解明できない未知のものであるということが分かったのみであった。

 奇奇怪怪=ククリは幻術を発動させた。いくつかの死体には電撃が走ったような反応がみられる。他の反応がみられなかった死体は実は、ベクトルによって人工的に合成された元々魂の無い人形のようなものであった。こうした人形達が他の死体と同じように怨念を有することはまず無いが、それとは異なる危険性があることは後に分かる。奇奇怪怪=ククリは、その魂を持たない人形達については諦めた。

『起きろ、お前らは今から奇奇怪怪になるんだ。』

 その言葉と共に死体たちは起き上がった。両方の足がもげて無い者もいたが、両隣の死体が助け起こしたりしている。

 首のみだった者も含めて、奇奇怪怪=ククリの呼びかけに応じた死体は七体いた。それぞれ違う種族の魔物であり、相当な怨念を抱えているように思われた。

『お前ら、この館の魔導師が憎いんだろう?。この奇奇怪怪の自我と融合すれば、お前達は晴れて生を取り戻すことが出来る。お前ら、まずは一つに成りやがれ。』

 奇奇怪怪=ククリはさも死体たちの意思(怨念)を焚きつけるような言葉を口にしているが、実際は死体たちに拒否権はない。ただ、生の快感が約束されているのみである。

 文字通り物言わぬ死体たちは、奇奇怪怪の言葉に従いそれぞれの肉体の健全な部分を差し出し合って密着し、やがて溶かして混ぜ合わせたような全く新しい姿の肉体が誕生した。

 奇奇怪怪=ククリの顔は悦に塗れた。そして、ククリの肉体から奇奇怪怪の意識は離れ、合成死体へと乗り移った。

 後に奇奇怪怪に『本体』として使用されることとなる肉体『鵺』は、実はゴミ捨て場で誕生したのであった。

 

 

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