第六十七話:覇王のデコイ:「HASEL」の構想
1. 覇王のデコイ:「HASEL」の構想
大阪・心斎橋の喧騒を見下ろす、ミヨシ・ホールディングス日本支部の最高級役員室。
全面ガラス張りの窓から差し込む夕日が、大理石のデスクに置かれた「乳白色の陶器の小瓶」、そしてその隣に並ぶ、量産化を前提とした洗練されたデザインの新しいガラスボトル群を照らし出していた。
「──なるほどな。一般市場へ向けて大々的にリリースするわけか、駿」
念話を通じて異世界から響く兄・翔の少し感心したような声に、駿は極上のシングルモルトを揺らしながら不敵に微笑んだ。
「そうや、兄貴。名づけて『HASEL』。サロンや富裕層向けの超高額サブスクは、確かに毎月数十億から数百億円の圧倒的な利益を叩き出してくれる。けどな、美への執着っちゅうのは、一部のセレブだけの特権やない。このポーション原液を極限まで希釈し、現代日本の優れたナノキャリア技術で美容成分として安定化させたこの『ライト版』を、一般のデパコスやドラッグストアの上位ラインとして大々的に表舞台に流通させる。これが、俺たちの次なる『世界侵略』のフラッグシップ(旗艦)や」
「表向きは、世界的な美容市場への本格進出、という大義名分だな」
「ああ。……だが、それは半分は本音で、半分は『建前』や」
駿はグラスを置き、その切れ長の瞳を冷徹に細めた。
「先日、玲香ちゃんが拉致されかけた。日本の警察や公安、そして世界中の巨大製薬会社やエネルギー利権を持つ国々の諜報機関が、俺たちの背後にある『奇跡の技術』を血眼になってハックしようとしとる。……だからこそ、俺がこの『HASEL』の最高責任者、かつ唯一の『奇跡の美容液の創調者』として、大々的にメディアや国際舞台の最前線に躍り出る必要があるんや」
「──お前が、すべての標的を一人で引き受ける、完璧なデコイになるということか、駿」
翔の声が、教師としての、そして一人の兄としての深い心配を湛えたトーンに変わった。
「危険すぎるぞ、駿。相手は手段を選ばないプロだ。お前に何かあったら──」
「アホ言え、兄貴。お前が異世界からシステム経由で俺にブチ込んでくれた、あの『金貨二百万枚の重課金』……忘れたわけやないやろ?」
駿は自身の左手を握り締め、体内に渦巻く、地球の物理法則を遥かに超越した圧倒的な「魔力」と、一瞬でビルすら吹き飛ばせるほどの身体能力の奔流を感じ取っていた。
「今の俺は、常人の限界を遥かに超えた肉体強度と、あらゆる近代兵器の弾弾を無効化する『絶対障壁』、そして敵のすべてを壁越しにハックする『千里透視の魔眼』を持っとる。現代の地球上のどんな暗殺者やスパイが襲撃してこようが、俺の爪の先ほども傷つけることはできん。……俺が表舞台に立って、世界中の巨大な敵の視線をすべて俺一人に引き付ければ、新事務所にいる名取蓮や玲香ちゃん、そして日本の『主婦同盟』に、敵の魔の手が伸びるリスクを完璧にゼロにできる。これが、俺が考えた一番スマートで、最も安全な『防衛戦略』や」
さらに、駿の投資家としての冷徹な目は、ポーション原液を用いた「医療革命」をも見据えていた。
「このライト版の発売をフックにして、俺たちはアメリカ、欧州、そして中東の政財界のトップ層へ、ポーションの『真の再生医療能力(四肢の欠損修復など)』を極秘裏に提供する裏ルートのコネクションをさらに拡大する。5人が日本に帰ってきたときに、世界中の誰もが手を出せないほどの絶対的な『特権階級の保護』と、一生遊んで暮らせるだけの莫大な金、そして地球を経済から支配する利権を、今のうちに完璧に構築しておく。……それに、兄貴」
駿は窓の外のきらびやかな梅田の夜景を見つめ、少し寂しげに微笑んだ。
「いつか、お前たちが全てのダンジョンを攻略して日本に帰還するその瞬間……。地球と異世界を繋ぐ、あの『つながる手(物質瞬間転送)』のゲートは、おそらく完全に消え去る。そうなれば、ポーションや魔石の地球への供給は完全に止まる。だからこそ、今あるうちに数千億円規模の資産を回収し、そして名取蓮と共に、異世界の魔法陣幾何学を『現代科学の電子回路』として完全にデバッグし、地球独自の代替超電導技術として自立化させておく必要がある。……すべては、お前たちが無事に帰ってきたときに、完璧な『楽園』を用意しておくための布石や」
「……お前のその、完璧すぎる将来設計には、いつも驚かされるよ、駿。ありがとう」
「水臭いこと言うな。……よし、兄貴。そっちの移動用に必要な『超高速の脚』、今から俺が大阪で最高のやつを調達してくるから、ちょっと待っててな!」




