第三十九話:大説教とダンジョンへの再チャレンジ
4.公爵・伯爵の前での「大説教」
それから三十分後。
城の最上階にある、深夜のブルグンド公爵の執務室の重厚な扉が、勢いよく開け放たれた。
「──公爵閣下。そして、伯爵閣下」
翔の低く、静かな怒りに満ちた声が響き渡る。
翔の後ろには、頭をこれ以上ないほどに低く下げて涙目で震えている鏡花とほのか。
そして、その隣には、いつものドレスに慌てて着替え直したものの、事の重大さに気づいて顔面蒼白になり、ガタガタと震えているアデライードとベアトリーチェが立っていた。
公爵は、深夜の突然の襲撃に驚き、遠隔の魔導書を介してカノーヴァ伯爵も「何事だ、翔殿?」と困惑の声を上げた。
「お二人にお聞きしたい。……これは、あなた方の『差し金』ですか?」
翔は、公爵と伯爵を冷たい瞳で見据えた。
「最後の一線(男女の関係)は越えるなと、私を大剣で脅しておきながら。裏では、お二人の令嬢を嗾けて、私の個室へ、あのような服を着せて夜這いのように突撃させる。……これが、北部の覇者たる方々の、高潔なやり方なのですか?」
「な、な、なんやとォォォッ!!?」
公爵が、デスクをひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がった。
『ア、アデライード!? ベアトリーチェ!? お前たち、一体何を……!』
カノーヴァ伯爵の声も、通信越しに裏返っている。
もちろん、翔はこれが公爵たちの差し金ではないこと、そして鏡花とほのかの悪戯であることを完全に理解していた。
だが──。
アデライードとベアトリーチェは、他国の王族や大貴族とも渡り合う、極めて高貴な『ブルグンド公爵家』と『カノーヴァ伯爵家』の令嬢なのだ。
そのような身分のある女性が、婚約もしていない男の部屋へ、深夜に薄着で突入するなど、万が一にも噂が広まれば、両家の威信は丸潰れとなり、他派閥や他国に「だらしない不埒な家柄」として致命的なスキャンダルを握られることになる。
翔は教育者として、そして彼女たちの尊厳を守るために、あえて事態を「大事」にし、政治的な危機感と、その行動の軽率さを魂に刻み込ませるために、この場を設けたのだ。
「鏡花、ほのか。お前たちもだ。いくら悪戯とはいえ、令嬢たちの立場やスキャンダルが、国家のパワーバランスにどれほど深刻な影響を与えるか、全く考えていなかっただろう。他人の尊厳を面白半分で弄ぶな! 反省しなさい!」
「ご、ごめんなさい……! 先生、本当にごめんなさい……!」
二人は、翔の真剣な「お説教」に、心からの反省の涙を流して深く頭を下げた。
公爵は、愛娘のアデライードを、これまでにないほど恐ろしい獅子のような眼光で睨みつけた。
「アデライード……! お前、あれほど『最後の一線だけは越えるな』と、私があれほど厳しく言っておいたのに! 深夜に薄着で男の部屋へ突入するなど、公爵家の娘として、一人の女として、言語道断の恥晒しだぞ! 反省しろ!!」
「ベアトリーチェ! お前もだ! 伯爵家の誇りはどこへ行ったのだ!」
「「……っ」」
アデライードも、ベアトリーチェも、父親たちの本気の怒り、そして何より「翔を困らせ、重大な危機に陥れようとしていた」という現実を知り、真っ青になって涙をポロポロとこぼした。
「本当に、申し訳ありませんでした……。翔様を困らせるつもりはなかったのです……」
ベアトリーチェが涙ながらに謝罪し、アデライードも、唇を噛み締めながら下を向いた。
だが──。
アデライードは、ゆっくりと顔を上げた。
そのツリ目には、恐怖や悔しさではなく、これまでにないほどに強固な、燃え盛るような『覚悟の炎』が宿っていた。
アデライードは、自分の父親であるブルグンド公爵の目を真っ直ぐに見据え、凛とした大音声で、こう啖呵を切ったのだ。
「──お父様! 確かに、私の夜の行動は軽率でした!
けれど、私は、もうカイル様との婚約がなくなった今……一人の女性として、我が魂のすべてをかけて、三好翔様との『結婚(婚姻)』を望んでいます!
私は、彼をブルグンドの男として迎え、一生を共にする覚悟を、とうに決めているのです!」
「な……、何だとォッ!?」
公爵が、顎が外れんばかりに驚愕し、絶句した。
さらに、ベアトリーチェもまた、涙を拭い、アデライードに負けじとカノーヴァ伯爵(魔導書)に向き直って、毅然と言い放った。
「お父様! 私も同じです!
ジーモ様との婚約が解消された今、私の心の拠り所は、翔様のあの強さと優しさの中にしかありません。
私は、カノーヴァ伯爵家の娘としてのすべてを捨ててでも、翔様をお婿様(夫)としてお迎えしたいと考えております!
アデライードには、絶対に譲りませんわ!」
『お、お前たち……。何を、何を言い出すのだ……!』
通信魔導書の向こうで、カノーヴァ伯爵が心臓を押さえて頭を抱えた。
公爵も、自分の娘と親友の娘から放たれた、凄まじい「逆プロポーズ(宣戦布告)」の熱量に、ただただ硬直して頭を抱えることしかできなかった。
「あらあら……。本当に、頼もしい娘たちねぇ」
公爵夫人が、食堂の奥からおっとりと姿を現し、楽しそうにクスクスと笑いながら二人の令嬢の肩を抱いた。
「あなた、これほど優秀で強いお婿様候補、他を探しても絶対にいませんわよ? 二人とも、お目が高いわ。むしろ大歓迎じゃない?」
「お前は能天気すぎるぞ、妻よ!!」
公爵が、深夜の執務室で絶叫した。
翔は、令嬢二人のあまりにもストレートで、命がけの愛の告白(宣戦布告)を真正面から浴び、顔面を真っ赤に染めながら、ただ硬直するしかなかった。
(き、聞いてないぞ……。俺はただ、軽率な行動を注意しに来ただけなのに、なんで婚姻の話に発展してるんだ……!?)
「……アデライード様、ベアトリーチェ様。……ありがとうございます」
翔は咳払いを一つし、二人の目を真剣に見つめた。
「お二人の気持ちは、一人の男として、本当に光栄に思います。ですが……私は現役の高校教師であり、彼女たちの担任です。何より、私たちはまだ、この世界で地盤を固めている途中の『旅の途中』に過ぎません。
ですから……このような直接的で、突飛な強硬手段を取ることは、当面の間、絶対に、万に一つも禁止します。よろしいですね?」
「う……、わかりましたわ、翔様……」
「当面の間、ですね……。ふふ、チャンスはあるということですわね」
アデライードとベアトリーチェは、頬を染めて大人しく引き下がった。
こうして、深夜の「大説教お説教(と、衝撃の告白大会)」は、なんとか幕を閉じ、公爵と伯爵、そして夫人は、二人の令嬢の今後の身の振り方や、翔を巡る「婚姻のパワーバランス」について、深い頭痛を抱えながら夜遅くまで相談を続けることになるのだった。
5.ボス部屋への再挑戦
翌朝。
深夜の甘酸っぱくも恐ろしいハプニングから一夜明け、中庭には、再び鋭い殺気とも呼べる活気が漲っていた。
「よし、みんな。昨日のおふざけは、これで本当に終わりだ」
翔が、黄金の『神殺しの聖剣(複製版)』を担ぎながら、教え子4人、そしてカイルたち合同チームを見渡した。
全員が、日本の機能的なトレーニングインナーに身を包み、手には極限まで調整された武器を握っている。カイルたち4人も、天啓の魔石で得た固有スキル(『限界突破』『多重詠唱』『神速回復』『剛力無双』)の感覚を、この朝の短時間で完璧に身体に馴染ませていた。
「準備はいいな、カイル」
陽斗がニヤリと笑い、靴紐をきゅっと締め直した。
「ああ、陽斗。お前たちのその『科学の力』と『天啓のスキル』、そして翔先生の戦術。これで負けるはずがない」
カイルも、かつての傲慢なクズではなく、一人の戦友としての頼もしい笑顔を向けた。
「──いくぞ、お前たち。牙の洞窟、ボス部屋の再挑戦だ。……本物の力を見せてやれ!」
「「──了解、先生!!!」」
若き勇者たちの、本当の「実戦の授業」の後半戦。
ボスの待つダンジョン最深部へと向けて、最強の合同チームは、地響きのような勢いで駆け出していくのだった。




