第百五話:秘められた過去と、母の秘められた過去
1.深夜の密談と、過去の開示
世界間リモート家族会議が、生徒たちの保護者たちの安堵と涙の中で滞りなく終了した。
画面の前の大人たちがそれぞれ胸を撫で下ろし、生活の場へと戻っていく中──大型ディスプレイの画面は切り切られず、不気味な静寂が残されていた。
日本のタワーマンションのリビングには、三好駿、そして父親の三好明、そして美貌の母・エレノアの三人。
そして異世界側、ブルグンド公爵邸の応接室には、三好翔、ブルグンド公爵、カノーヴァ伯爵(遠隔魔導書)、そして公爵夫人の姿があった。
「……さて。全員の『表の議題』はこれで片付きましたね」
エレノアが、サクラ色の唇を優しく緩めながら、画面の向こうのブルグンド公爵たちをまっすぐに見つめた。その透き通るようなヘーゼル色の瞳には、先ほどまでの気さくなお母さんの表情から一転し、氷のように冷たく、かつ絶対的な尊厳を放つ『王族の威光』が宿っていた。
「公爵。それにカノーヴァ。……子供たちの話が終わったのだから、今度は私とあなたたちの『あの日の未清算の件』について、じっくりとお話しさせてもらいましょうか?」
「「……ッ!」」
ブルグンド公爵とカノーヴァ伯爵が、深く息を呑んだ。
画面の横に立つ翔と、日本のリビングで腕を組む駿は、顔を見合わせながら嫌な予感に冷や汗を流していた。
「母さん……本当に、一体どういうことなんだ?」
翔が耐えかねて尋ねると、エレノアはふっと遠い目をした。
「……話していなかったわね、翔、駿。……私はね、元々この世界(異世界)の人間なのよ。それも……現国王アルトリウスの『腹違いの妹』──旧王家の第一王女、エレノア・エルサスよ」
「「……なッ!?」」
双子の兄弟の叫びが、両界に響き渡った。
「おかんが……異世界の王女!?」
「母さんが……国王の妹!?」
驚愕する二人を余所に、ブルグンド公爵が苦々しい表情で重い口を開いた。
「……翔殿。そして駿殿。……エレノア様のおっしゃる通りだ。……我々は昔、王宮において、あまりにも深い浅からぬ縁で結ばれていたのだからな」
2.二十年前の王宮と、仕組まれた政略
話は、二十数年前に遡る。
当時のエルサス王国は、前国王の衰えとともに、激しい『次期国王争い』の渦中にあった。
前国王には、正妻との間に生まれた男児──現在のアルトリウス国王。そして、側室でありながら圧倒的な聡明さと魔力を誇る第二妃との間に生まれた女児──エレノアがいた。
アルトリウスは、幼少期から「凡庸を絵に描いたような性格」であり、威厳も知性も欠けていた。
対して、エレノアは幼少から神童と称され、魔法の才能、政治的観察眼、そして何よりも民や臣下を魅了する圧倒的なカリスマを持っていた。
「……当時の王宮ではね、凡庸なアルトリウスを擁立して裏で甘い汁を吸おうとする『王都の腐敗貴族派』と、私を次の女王として擁立し、国家の立て直しを図ろうとする『地方・北部派』の二大勢力に分かれていたのよ」
エレノアが、懐かしむように、どこか冷ややかな声で語る。
「そして……その私を旗頭にする『北部派』の筆頭こそが、我がブルグンド公爵家の先代──つまり、私の父だったのだ」
ブルグンド公爵が、悔しそうに拳を握りしめた。
「先代公爵、および先代カノーヴァ伯爵は、王国の未来を憂い、外戚として、そして北部の重鎮として、エレノア様を次の治世者とすべく着々と準備を進めておられた。……その最大の布石こそが、当時、若き公爵家の嫡男であった私と、エレノア様との『婚姻の約束(婚約)』だったのだ」
「公爵閣下と……母さんが、婚約者……!」
翔は息を呑んだ。
親が決めた政略結婚であったが、二人の関係は決して悪くはなかった。
武骨で一本気な若きブルグンド公爵(現公爵)と、気高く聡明なエレノア王女。
二人はお互いの立場と能力を尊重し合い、王宮内では誰もが認める「完璧なお似合いの二人」として称えられていたのだ。
「……私はね、彼の愚直なまでの誠実さを買って、悪く思っていなかったわ。彼となら、この国を良い方向に導けると思っていた。……けれど、周囲の政治(欲望)は、それを許さなかった」
エレノアの瞳が、すっと細められた。
「貴族社会を二分するまでの争いは、次第に他国の介入や、暗闘へと発展していった。私の支持率は上がる一方。追い詰められた現国王派の不埒者たちは……ついに、禁断の手に打って出たのよ」
3.『神隠し』の発動と、失われた右手
「……現国王派の貴族たちが、秘密裏に『他国の闇ルート』を通じて、中央ダンジョンの最深部から発掘されたとされる古代の禁忌の秘宝を入手したという噂は、我々の耳にも入っていた」
カノーヴァ伯爵が、ホログラム越しに苦渋の声を漏らす。
「だが……まさか奴らが、それを王宮の真ん中で、エレノア様に対して直接発動するなどとは、夢にも思わなかったのだ……!」
あの日。
秋の美しい陽光が差し込む、王宮の回廊。
十七歳のエレノアは、先代公爵との会談を終え、たった一人の信頼する筆頭侍女だけを連れて、自室へと戻る途中だった。
「……廊下の陰から、いくつかの視線と、嫌な魔力の高まりを感じた瞬間だったわ」
エレノアは、静かに言葉を紡ぐ。
「現国王派の送り込んだ暗殺者たちが、私と侍女が二人きりになるタイミングを見計らって、その古代の秘宝──『神隠しの宝珠』を起動させたのよ」
「神隠しの宝珠……!?」
「ええ。発動した瞬間、視界が真っ黒な渦に呑み込まれたわ。私は抗う術もなく、次元の亀裂へと引きずり込まれた。……そして、私を庇おうとして、間一髪で私の手を掴んだ哀れな侍女は……」
エレノアの瞳に、深い悲しみが走る。
「空間の亀裂が切断される際……その手首から先を、次元の刃で切り落とされたの。……私は、突如として見知らぬ異国(日本の大阪の路地裏)に、たった一人……愛する侍女の『切り落とされた右手』だけを抱きしめて、血まみれになって叩きつけられたわ」
「「ッ……!!!!」」
静寂。 日本のリビングで話を聞いていた明(父)が、そっとエレノアの肩を抱き寄せた。明は当時、大学生でバーテンのアルバイトをしていた。仕事終わりに裏口から出ると「血まみれで美しい少女」が裏口近くに倒れていた、府警に務めたいる父に連絡を取り、三好家で保護することに、やがて恋に落ち、妻として迎えたのだ。
「……それが、私の『神隠し』の真相よ。……向こうの世界では、私が突然姿を消し、侍女が手首を失って倒れていたことで、大騒ぎになったのでしょうね?」
エレノアが問いかけると、ブルグンド公爵は深く深く頭を下げた。
「……はい。王宮は怒号と混乱に包まれました。先代公爵は怒り狂い、現国王派を激しく追及しましたが……あやつらは『エレノア様は突如として魔力暴走を起こし、自ら消滅されたのだ』と言い張り、決定的な証拠も隠滅された。……我々は、エレノア様が亡くなられたものと諦めざるを得なかったのです」
4.母の決意と、絶対の警告
「……長くなりましたが、これが過去の全ての真実よ」
エレノアはサクラ色の唇を一度引き締め、画面越しに公爵、そしてカノーヴァ伯爵を鋭く見つめた。
「公爵。カノーヴァ。……あなたたちが、当時の政争で敗れ、無念の思いを抱えていたことは理解できるわ。……けれど、だからこそ、私はあなたたちに『釘』を刺しておかなければならないの」
エレノアの声に、絶対的な威厳と、母親としての恐ろしいまでの情念が宿った。
「──あなたたちは、前公爵や前伯爵が行っていたこと……自分たちの派閥の都合のために、王族や強者を『旗頭』にして国を動かそうとしていたことの危険性を、正しく理解しているわね?」
「……ッ!」
「もしも……もしもあなたたちが、自分たちの領地や派閥の都合のために、私の愛しい息子である『翔』を新たな旗頭にして、あの泥沼のような王宮の権力闘争や、他国との戦争に利用しようとしているのなら……」
エレノアのヘーゼル色の瞳が、冷酷なまでに光り輝いた。
「──私は、かつての王女としてではなく、一人の『母親』として、現代日本のすべての資産と、駿の持つ技術、そして私の知性のすべてを使って、あなたたちブルグンドとカノーヴァを……全力で叩き潰させてもらうわ」
完璧な宣言。
北部の覇者たるブルグンド公爵も、知謀のカノーヴァ伯爵も、そのエレノアの言葉に背筋を凍らせ、一切の反論を挟むことができなかった。
彼女が本気になれば、弟・駿の資本力と、兄・翔の武力、そして日本の現代科学を以てすれば、異世界の公爵領など一瞬で経済的・軍事的に崩壊させられることを、彼らは痛いほど理解していたからだ。
「……エレノア様」
ブルグンド公爵は、安楽椅子から立ち上がり、画面の前のエレノアに向けて、臣下としての最大の敬礼(膝を突く礼)を捧げた。
「お言葉、重々心に刻みます。……誓って申し上げます。我らは翔殿を、決して政争の道具などとは考えておりません。あのお方は、我らが領地を救い、娘たちを命懸けで守ってくれた『真の英雄』であり、我が公爵家の未来を託すにふさわしい、一人の男として尊敬しております」
「カノーヴァ伯爵家としても同感です」カノーヴァ伯爵も深く頭を下げた。「我らはただ、翔殿と娘たちの幸せ、そしてこの国の平穏を願うのみ。決して、かつての愚かな政争を繰り返すつもりはございません」
二人の父親たちの、命をかけた誠実な誓い。
それを見届けたエレノアは、ふっと表情を和らげ、いつもの気さくな「三好家のお母さん」の笑みに戻った。
「ふふ……分かればいいのよ。少し意悪く脅かしてしまってごめんなさいね。……翔のこと、そして向こうの可愛い娘たちのこと、よろしく頼みますわ」
「「ははっ……!」」
双子の翔と駿が、互いに冷や汗を拭いながら深々と息を吐き出した。
(……やれやれ。うちのおかんは、やっぱり世界一恐ろしいな)
異世界の過去の因縁を完全に清算し、両界の絆はより強固なものとなった。
新たな覚悟を胸に、翔たちの異世界での「本当の無双」が、いよいよ次なるステージへと動き出すのだった。




