第7話「登録」
防衛区の登録窓口は、廃棄区画から歩いて二十分ほどの場所にあった。
スラムの人間が来る場所じゃない。ソウマはそう思いながら、シエルの後ろを歩いていた。建物の作りが廃棄区画とは全然違う。壁がちゃんとしていて、床が平らで、照明が明るい。当たり前のことが、ここでは当たり前に揃っていた。
受付の前に立った時、担当者の目が変わった。
ソウマを見て、次にシエルを見て、またソウマを見た。
「こちらの方が……登録ですか」
「そうだ」とシエルが答えた。
「スポンサーは」
「ない」
「装備は」
「支給品で対応する」
担当者が何か言おうとした。でもシエルの目を見て、黙った。
書類が出てきた。ソウマは言われた通りに名前を書いた。出身地を書いた。廃棄区画、と書いたら担当者の眉が少し動いた。それだけだった。
手続きは思ったより早く終わった。
「これで登録完了です。支給装備の受け取りは明日以降、こちらの窓口で——」
「今日渡せ」
シエルが遮った。
「え、ですが手続き上——」
「今日の戦闘でこの男は既に戦った。装備なしで。記録にも残っている」シエルの声は平坦だった。感情がない分、かえって圧があった。「支給が遅れた場合の責任は誰が取る」
担当者が黙った。
十分後、ソウマは支給の片手剣と最低限のアーマーを手に持っていた。
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建物を出ると、夕方の光が差していた。
ソウマは手の中の支給アーマーを眺めた。薄い。軽い。死んだ戦士のアーマーとは比べ物にならない。でも何もないよりは——。
「使い物にならない」
シエルが言った。
「分かってます」
「スポンサーがなければ、あれが限界だ」
「知ってます」
シエルがソウマを見た。
値踏みする目だった。でも今日の最初に見た目とは、少し違う気がした。あの時は計算している目だったが、今は——何かを確かめているような目だ。
「廃棄区画の出身か」
「そうです」
「残骸漁りをしていたのか」
「十年くらい」
「なぜウォーリアにならなかった」
「スポンサーがいないと話にならないので」
「今もいない」
「はい」
「なのに登録した」
「登録させられました」
シエルが少し黙った。
「……そうだな」
否定しなかった。
二人で少しの間、無言で立っていた。夕方の光が防衛区の建物に反射して、地面に長い影を作っていた。
「お前は今日、鉄パイプで三体のポーンを相手にした」とシエルは言った。
「四体です」
「四体か」シエルは少し考えてから続けた。「装備もなしに」
「逃げる時間がなかったので」
「怖くなかったのか」
ソウマは少し考えた。
「怖かったです」
「それでも動いた」
「腹が減ると動きます」
シエルが眉をわずかに動かした。
「意味が分からない」
「逃げて誰かが死んだら、たぶん眠れないので。眠れないと飯が不味くなる。飯が不味いのは嫌なので、動きました」
シエルはしばらく黙っていた。
何かを言おうとして、やめた気がした。
代わりに言ったのはこれだけだった。
「明日から戦場に出ることになる」
「はい」
「スポンサーなしで、あの支給装備で出る」
「はい」
「死ぬかもしれない」
「そうですね」
「……異常者だ」
断言だった。呆れているのか、感心しているのか、ソウマには判断できなかった。シエルの顔からは何も読み取れない。
「そうですか」とソウマは答えた。
シエルはそれ以上何も言わず、踵を返した。
「明日、最初の戦闘がある。遅れるな」
「どこに来ればいいですか」
「防衛区の第三集合点だ。分かるか」
「分かりません」
「……登録証に地図が入っている」
「ありがとうございます」
シエルが歩き去っていく。
その背中を見ながら、ソウマは手の中の支給アーマーを握り直した。
薄い。軽い。お世辞にも頼りになるとは言えない。
でも——今朝までの自分には、これすらなかった。
登録証を開いた。地図が入っていた。第三集合点の場所を確認する。廃棄区画からは遠い。朝早く出なければならない。
ソウマは来た道を戻り始めた。
廃棄区画への道は覚えている。目を瞑っていても歩ける。
歩きながら、今日一日のことを頭の中で整理した。
警報。逃げる住人。鉄パイプ。ポーン四体。死んだ戦士のアーマー。子供の叫び声。シエルの重力操作。登録の手続き。支給アーマー。
全部が今日起きたことだとは、まだ実感がなかった。
廃棄区画に近づくにつれ、匂いが戻ってきた。
機械油と錆と塩気。
ソウマは少しだけ、息をついた。
ルドルフに報告しなければならない。登録したことを、今日何があったかを。きっとまた心配した顔をして、でも最後には何も言わないだろう。
路地の角を曲がると、ルドルフが待っていた。
腕を組んで壁にもたれて、ソウマが来るのを待っていた。
怒った顔でも、心配した顔でもなかった。
ただ——ソウマの手の中の支給アーマーを見て、眼鏡の奥の目が細くなった。
「登録したのか」
「しました」
「……そうか」
それだけだった。
ルドルフは踵を返して、修理屋の方へ歩き始めた。
「茶を出す。来い」
「ありがとうございます」
ソウマはルドルフの後ろについて歩いた。
夜の廃棄区画に、海の音が遠く聞こえていた。




