『冷たいガラスの向こう側のAさん』
「既読」のつかない心、あるいは忘れられた返信について。
かつての友人「Aさん」とのトーク画面を前に、立ち止まってしまった「僕」。喧嘩をしたわけでも、劇的な別れがあったわけでもない。ただ、時間は強欲な泥棒のように、音もなく大切な何かを奪っていく。
静かな月夜、スマホの画面が暗転する瞬間に訪れる、喪失と諦念を描いたショートストーリー。
気がつけば、僕はトーク画面を前に長いことぼんやりしていた。
十秒だったか、二十秒だったか、それとも一分だっただろうか。もう記憶は曖昧だ。
「A」——いや、今は他人行儀に「Aさん」と呼ぶべきだろう。
彼女は高校時代の友人で、もしかしたら昔好きだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。けれど、そんなことはもうどうでもいい。
僕たちはいつからこんな風になってしまったのだろう?
当事者でさえ答えは出せない。結局のところ、こういうことには明確な境界線なんてないのだ。
おそらく、返信し忘れたいつかのメッセージの中か、あるいは少しずつ色褪せていく写真の裏側あたりだろうが、僕にはわからない。
この変化には音もなければ、別れの言葉もなく、記念にするような日付さえ存在しない。
月明かりが移ろい、ついにしぶしぶといった様子で窓を越え、音もなく部屋の隅を照らし出した。
僕はロックボタンを押した。
画面は一瞬で暗転し、僕は目を閉じて、Aさんとのトーク画面を冷たいガラスの向こう側に閉じ込めた。
知らず知らずのうちに、僕はまた何かを失ってしまったようだ。
でも、それは僕のせいじゃない。なにしろ、時間は強欲な泥棒なのだから。




