梅仕事 2
暁に目を覚ました連夜は寝過ごしたと思い、慌てて飛び起きた。だがまだ暗く、隣りの布団でいびきをかきながら眠る夜一を見てほっと安堵した。
今日は梅仕事の日、雪乃が来る。約束したのだから寝過ごしては大変だ。
「___変化でちっ!」
ぼんっ!
連夜は布団から出ると寝巻きの腹掛けを着替え、人型に変化する。
「‥‥ダメでち、尻尾あるでち‥」
毎日変化をしているが完璧な変化が出来ず、自分の大きな尻尾を抱えながら溜息を吐く。
顔を上げると寝ている夜一が眼に入り、
『頑張ってるな、偉ぇぞ』
夜一の言葉と笑顔を思い出し、寝ている夜一の手を待ち自分の頭に乗せて動かし撫でつけた。
「偉いでち。むふーっ、わち頑張ってるでち!」
自分で頭を撫でてもらい元気が出た連夜はたちまち上機嫌になり、飛び跳ねながら部屋を出た。
しんと静かな屋敷の廊下を歩き、台所の土間へ行くとまだ冷んやりとした空気の中、甘い梅の香りが鼻腔いっぱいに広がる。
香りにつられるようにふんふんと小さな鼻を鳴らし、香りの元であるいくつも並んだ大きな籠に沢山入っている梅を覗きこんだ。
「‥‥あるでち、ひょひょじじ来てないでち。くんくん、良い匂いでち!」
※ひょひょじじ→ぬらりひょん
昨日夜一と伊織の三人で洗い、大きさや熟れ具合できちんと選別されている。
夜一と伊織が居て、それに雪乃も来る。皆で梅仕事をする想像をすると楽しみで顔がにんまりと笑う。異常がないのを確認して満足すると、顔を洗う為そのまま裏口から出て井戸へと向かった。
房楊枝で歯を磨いていると登ってくる陽を見て目を見開くと、慌てて口をゆすぎ寝ている夜一の元へと走った。
「じじ様起きるでち、朝でちっ!起きるでち!」
寝ている夜一の胸に乗り顔をてしてしと叩き、夜一は寝惚け眼で懸命に起こす連夜を見て片眉を上げた。
「じじ様おはようでち!」
「‥‥‥おはようさん」
「朝でち、起きるでち!」
元気いっぱい、笑顔の連夜を見て顔を動かし辺りを見て再び目を閉じる。
「‥‥まだ暗いじゃねぇか‥‥まだ早い___」
「駄目でち、起きるでちっ」
連夜はてしてしと叩くのを止めず、布団の中で夜一は溜息を吐いた。
「寝坊駄目でち、じじ様起きるでちっ」
「‥‥わぁった、わぁったから叩くな‥‥ふぁ〜ぁ‥寝坊ってお前、まだ明けたばっかじゃねぇか」
「お布団仕舞うでち、ないないでち!」
身体を起こすとさっと胸から降り、自分の布団を畳む連夜を見て夜一は欠伸するとガリガリと頭をかいた。
「‥‥雪乃に会うのがそんなに楽しみか?」
「雪乃来るでち、約束したでち!むふーっ」
連夜は指切りをした右手を上げ得意気に見せる。
夜一を訪ねて来る客は時々居るが、連夜は初めて自分がした約束が楽しみで昨夜から落ち着かない。
「じじ様顔洗うでち」
「‥‥おう、ありがとよ」
「伊織起こすでち!」
早く着替えろと着物を手渡すと、次の被害者伊織を起こしに客間へと走る。
夜一は興奮した様子の連夜を見送りながらもう一度欠伸をすると、もう寝かせて貰えねぇな、と諦めてのそのそと布団から出ることにした。
◆◆◆◆
夜一達にしては随分早い朝餉を食べていると、何かに気付いた連夜は箸を落とし慌てて立ち上がる。
「はっ!じじ様雪乃迷うでち。大変でち、迎え行くでち!」
「___昨日駕籠屋の赤緑に迎えに行くよう頼んだじゃねぇか。お前も手紙を書いただろ」
「そうそう、連夜様からの手紙を凄く喜んでたって、黒檀から聞いたじゃないですか」
言われた連夜は昨日の事を思い出す。
伊織は連夜が一生懸命手紙を書いているのを見て、紙は香を焚き込めるか文香を同封し、綺麗な色の巻紙で巻く事。そして季節の花を必ず添える等『女の子が喜ぶ手紙』を熱心に助言をし、一緒に花を探してくれた。
「心配ねぇから、箸を拾ってしっかり喰え」
「食べるでちっ」
「ちゃんと噛めよ」
「はいでち!」
連夜は頷くと落とした箸を拾って座り、再び朝餉を食べ始めた。
◆◆◆◆
「くすくす。連夜様、超落ち着きない」
何度も梅を確認しに行っては戻って来て座り、座ったと思ったらまた立ち上がり玄関先を覗いたりと忙しい連夜の様子を見て伊織は笑った。
「連夜を訪ねて来る客人は初めてだからな」
「嬉しくて仕様がないんだね。しかも女の子!どんな娘かな〜、俺も楽しみ!」
伊織の言葉に夜一は返事をせず、ちよこまかと動く連夜の様子を見てくすりと笑った。
「狢庵〜、狢庵到着〜っす!」
「っ!!」
玄関先から聞こえた声に、連夜は表へと飛び出した。
「雪乃でちっ、いらっしゃいでちっ!」
「___っ‥?」
丁度狸の駕籠屋の駕から降りた雪乃は、屋敷から飛び出してきた連夜を驚き見つめた。
「いらっしゃいでち!」
連夜は笑顔で雪乃に声をかけるが雪乃は返事をせず、視線をそらしキョロキョロと何かを探すように首を動かす。
「いらっしゃいでち!」
連夜はもう一度声をかけた。
だが雪乃は連夜を見てぺこりと頭を下げお辞儀をすると、再び辺りをキョロキョロと見渡した。
待ち侘び、飛び出し迎えた連夜だったがちらりと見ただけで、返事すらしてくれない雪乃の態度にあれほど楽しみだった気持ちが悲しく萎んでゆく。
自分と同じように笑顔で応えてくれると思っていたのに、雪乃は返事どころか連夜を見ようとすらしない。
「‥‥‥‥忘れたでち‥?」
ちゃんと約束を守って手紙と迎えまで出したのに、雪乃は連夜を見ても応えてくれない。自分の事は忘れられたのだと思い連夜は俯き悲しくなった。
わち約束守ったでち、でも雪乃はわち忘れたでち‥‥!約束破ったら針千本でち‥!
連夜の悲しい気持ちは段々怒りに変わり、身体から黒いモヤのような妖気がじわりと溢れる。
____不味いな
後ろから様子を見ていた夜一が思うと同時に伊織が飛び出し連夜へと駆け寄った。
「連夜様駄目だよ!ちゃんと雪乃ちゃん来たじゃないっすか!」
「わち忘れたでち!覚えてないでち!約束破ったでち!」
「破ってないよ!ちゃんと来てくれたじゃないですか!」
「___え?!連夜ちゃん‥?」
「覚えてないでち!!」
ほら見ろ、と言わんばかりに戸惑う雪乃を指差し言う連夜を見て、伊織はそうか!と気付いた。
「連夜様、もしかして雪乃ちゃん、狸の連夜様しか知らないんじゃないんすか?人型の連夜様に会うの、初めてじゃないですか?」
言われて連夜は、ハッとし思い出す。雪乃に初めて逢った時、一緒にオオカミババの山へ行った時を。
「‥‥‥狸でち!」
「ほら!雪乃ちゃんは狸の連夜様しか知らないからわからなかっただけで、連夜様を忘れていないよ」
「___連夜ちゃん‥っ!!」
戸惑いながら二人の様子を見ていた雪乃は連夜へと駆け寄った。
「連夜ちゃん、本当に連夜ちゃんなのね?!会いたかった!とっても会いたかった!忘れないで、約束守ってくれてありがとう‥!」
雪乃は連夜の両手をぎゅっと握りしめ、その顔を、琥珀色の瞳やしゅんと垂れた耳や尻尾を見つめうん、うん、と確かめるように頷く。
「男の子に化けられるって知らなかったからとっても驚いたわ‥!連夜ちゃん、元気だった?!」
「‥元気でち」
「忘れないでくれてありがとう!連夜ちゃんのお陰でお母さん元気になったのよ!それにとっても素敵なお手紙ありがとう!」
「約束でち‥っ!」
本当に嬉しそうな雪乃の笑顔にようやく連夜も笑顔になり、身体の妖気が消えているのを見て伊織はほっと胸を撫で下ろした。
「雪乃、桐壺、よく来た。息災か?」
「はい。あれから満月堂様も訪ねてくださり本当に有難う御座います」
屋敷から出て来た夜一に、駕籠から降りた雪乃の母桐壺は、すっかり元気になった姿で深々と頭を下げた。
「少しでもお役に立ちたく参らせて頂きました」
「あゝ今日は宜しく頼む。赤緑、凸丸、ありがとよ」
「へい、また夕刻迎えに参りやす」
身体の大きな駕籠屋の狸達は頭を下げると立ち去り、入れ替わるように那通と黒檀が歩いて来た。
「おはようございます、夜一様、連夜くん」
「連夜君!僕と黒檀もお手伝いに来たよ!」
那通は笑顔で言いながら黒檀と共に連夜に駆け寄った。
「ありがとでち!」
「凄い、連夜君本当に人の姿になれるんだね!」
黒檀から話しを聞いている那通は、驚きながらまじまじと連夜を見た。
「むふーっ!」
「‥‥俺はまだ出来ないけど‥」
「黒檀も出来るようになるよ!連夜君に教わっているし、頑張ってるの僕知ってるよ」
「う、うん」
「黒檀なら必ず出来るよ!ね、連夜君」
「黒檀頑張ってるでち」
「連夜ちゃんがお師範様なの?!黒檀ちゃんも化けられるの?!」
「お、俺は‥に、人間はまだだけど‥」
「黒檀は大きな犬になれるよ!それも僕を乗せて走れる大きな犬なんだよ!」
那通は両手を大きく広げ言い、雪乃はこの小さな黒檀ちゃんが?!と目を丸くした。
「連夜、立ち話もなんだ。皆上がって茶でも飲んで貰え」
「はーい、お茶ならお任せください〜」
「ぶんちゃん!」
「うふふ〜お招き有難うです〜!梅干し作るの初めてです〜。楽しみです〜」
雪乃や那通達は茶釜を背負った子狸に驚き目を丸くして分福茶釜を見つめる。
「いらっしゃいでち!皆入るでち!」
連夜は沢山のお客様が嬉しくて、両手を上げ笑顔で皆を招き入れた。




