梅仕事 1
「‥‥‥‥むー‥」
連夜は布団の上に座っている少し困ったような伊織の顔を、ペタペタと触り動かしては丹念にチェックしていた。
「連夜様〜大丈夫だよ、俺もう元気だってばー」
「駄目でち、治ってないでち!」
先日大蛇の毒を浴び負傷した伊織は、そのまま狢庵に運ばれ手当てを受けている。
大蛇の血と皮で作った薬はとても良く効きとっくに回復しているのだが、まだ少し残っている爛れ跡を指差し連夜は伊織が布団から出るのを許してくれなかった。
「伊織ー、暇ならこいつを手伝ってくれ」
ガラリと障子戸を開け部屋へやって来た夜一は竹ザルを手に言い、退屈していた伊織は飛びつくように返事をした。
「やるやる、何するの?___卵の殻?」
竹ザルの中の卵の殻を摘み伊織は小首を傾げた。
「こいつについている薄皮を剥いでくれ」
「りょ!」
「身体はどうだ?」
「全然元気!爛れ跡もこんなに薄いからもうすぐ消えるよ。ありがとう連夜様」
「じゃあ床は上げちまえ、今日は明日の準備で忙しいぞ。連夜、洗いを手伝ってくれ」
「オッケー!」
「はいでち!」
夜一のお陰で伊織は漸く布団から出る事が出来た。
◆◆◆◆
「お父さんお母さん、頂きます」
雪乃は手を合わせ、母親は微笑み頷いた。
出稼ぎに出たまま音信が途絶えた父親は長く不在だ。
だが母親は無事を祈り陰膳をし、雪乃は陰膳を父親代わりに挨拶をする。
返事の無い空席の陰膳に父親の不在を強く感じるが、寝込んでいた母親の看病をしながら一人で食べていた時に比べれば、全然寂しくない。
雪乃は元気になった母親を見て、嬉しくなる度に連夜と夜一を思い出し感謝していた。
※「山の主1、2」
あの時連夜達に出会っていなければ、疫病神に取り憑かれていた母親は助からなかっただろう。
お礼がしたい雪乃は、連夜達が梅干しを作る時はお手伝いをすると約束をし、再会を心待ちにしている。
だが梅の収穫期はとっくに始まっているのにまるで音沙汰無く、忘れられたのではないかと気が気でない。
お山の狸の石像へ行ってみようかな‥‥。
何度も思うが石像はかなり山奥な上、場所をはっきり覚えていない。
母親に相談すると『約束したのだから待っていなさい。信じて待つのも約束なのよ』と反対された。
長く不在で便りの途絶えた父に寝込んでいた母。父の帰りと母の回復を一人耐えて待っていた雪乃は待つという事が辛い。
だが父を待ち、自分に言い聞かすように言う母の様子にそれ以上言えなくなった。
ぼん!!
「えっ?!!」
食事をしていると突然煙と共にイタチと小さな黒いオコジョが現れ、驚く二人に二匹はぺこりと頭を下げた。
イタチは肩に担いでいた挟箱を降ろし、オコジョは中から木の葉を取り出す。
「むむーっ」
木の葉を手に念じるとぼふん、と小さな煙と共に木の葉は手紙に変わり、歩いてくると随分緊張した面持ちで雪乃へと差し出した。
「れ、連夜様から、雪乃様へ、お手紙をお届けに上がりました‥!」
「連夜ちゃんから‥!?ありがとう!私、ずっと待っていたの!とっても嬉しい、本当にありがとう!」
雪乃は弾けるような笑顔でお礼を言い、顔を赤くしたオコジョから手紙を受け取った。
オコジョは挟箱を肩に担ぎ待っているイタチの側へと戻り、雪乃は慌てて声をかけた。
「イタチさん、届けてくれて本当にありがとう!」
二匹はぺこりと頭を下げると来た時のように、ぼふん、と煙に包まれ消えた。
「お母さん、連夜ちゃんからお手紙が来たわ、連夜ちゃんからのお手紙よ!」
「ええ、とても素敵なお手紙だわ。雪乃、開けてご覧。お母さんにも見せて頂戴」
「うん‥!」
雪乃は珍しくとても興奮しており、母親は宥めるように笑顔で言った。
折り畳まれた手紙は綺麗な薄桃色の紙で巻かれ、連夜の手形で封がされている。そしてナズナや待宵草の野草の小さな花が差し込み添えられていた。
雪乃は初めて貰った手紙はとても素敵で、どきどきしながら丁寧に開けると甘く爽やかな梅の香りが広がる。
ゆきのとゆきののかかさまへ
あしたうめぼしでち
あさおむかえいくでち
まつてるでち
連夜
拙い字だがしっかり読む事が出来、雪乃の顔が輝く。
「お母さん、明日の朝迎えに来てくれるって、明日梅干し作るって!」
「良かったわね、今日は早く休まないと。明日は早くから忙しいわよ」
「うん!___良い香り‥‥。連夜ちゃんの術かしら」
「この文香ね」
母親は文を広げた際落ちた梅の花の形をした紅色の薄い木片を見せると、雪乃はすーっと深く匂いを嗅ぐ。
「‥‥本当だ、梅の香りがするわ‥!」
「文香は紙や薄い木に香りを染み込ませ、小さく切ったものを手紙や文に添えるの。そうするとこんな風に開けた時に香りがするのよ。梅の形に細工されていてとても可愛いわ。こんなに素敵な手紙を頂けるなんて雪乃は幸せね」
「うん。連夜ちゃん、ありがとう‥この手紙、一生大切にする。私の宝物よ」
雪乃は手紙をぎゅっと抱きしめ、添えられていた花を竹の花挿しに飾った。
後書き
狢道 茶処分福茶釜にて
「ひーんっ」
「はーい、お待たせしました〜お茶です〜!
っ?!こーちゃん?!お腹痛いですか?!」
お茶を運んで来た分福茶釜は泣いてる黒檀を見て驚きオロオロとしたが、隣りのイタチが首を振った。
「感激してんだよ。今、黒檀は俺の下で飛脚修行をしているのは知ってるだろ?」
「はい〜、こーちゃん頑張ってます!」
「まぁな。だから今日、連夜様から依頼があったんで黒檀に届けさせたんだ」
「ひーんっ!お、俺にありがとうって‥、とっても嬉しそうに‥あんなにお礼を言ってくれるなんて‥!」
「こーちゃん凄いです〜!」
「こんな事でいちいち泣いてちゃ、一人前の飛脚になれねーぞ」
「は、はい‥っ、師匠ごめんなさい‥っ」
イタチは励ますつもりで言ったが、黒檀は謝り涙を必死で拭った。
「べ、別に怒ってねーよ!そ、そうだぶん、団子だ、コイツに団子を持ってきてくれ」
「‥‥え?」
「一応お前の初仕事だ、‥‥奢ってやるから喰え」
「師匠‥ありがとうございます‥っ」
「お祝いです〜、沢山持ってきます〜!」
「え?ちょ、まっ、おい‥っ!」
分福茶釜はわーい、と手を上げ茶屋の中へと走り
「お待たせしましたー!皆で沢山食べるです〜!」
戻って来た分福茶釜はお皿に山積みされた団子を置き、イタチはぎょっとした。
「し、師匠」
「こーちゃんおめでとうです〜」
分福茶釜はニコニコと団子を一串差し出し、黒檀はイタチをちらちらと見て戸惑った。
「祝いだ、皆で喰うぞっ」
「はい〜!」
イタチは笑うと団子を一串手にし、ちゃっかり分福茶釜も手にしご相伴に預かる。
「ありがとうございます、師匠」
「勘違いするなよ、まだまだ半人前以下だ。今日は特別だからな‥っ」
「はいっ、師匠のような格好良い飛脚になれるよう頑張ります!」
「/////」
「皆で食べる団子は美味しいです〜!」
お腹が空いていた分福茶釜は一番よく食べたがそれでも団子は残り、包んでお土産に黒檀が持ち帰った。
「___たまには師匠らしい事、してやらねーとな」
随分軽くなった財布を仕舞いながらイタチは呟き、今日の晩酌は諦める事にしたがその足取は軽やかだった。




