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連夜と夜一  作者: anemone
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蛇 くちなわ 3




「これだけありゃ充分か」

連夜達と離れ目的の山荷葉(さんかよう)の群生を見つけた夜一は、掘り出し木箱一杯に詰めると木の葉に変え懐へ仕舞い立ち上がった。


可愛らしい小さな白い花が雨に濡れて透明になる様を、目を丸くし不思議でち!と驚く連夜の様子が頭に浮かび、思わず口元が緩む。



「___?」

機嫌の良い夜一は上げた視線の先に違和感を感じ、木々の間を歩き奥へと進んだ。すると突然草木がまるで生えておらず、整地でもしたかのような更地が目前に広がる異様な光景に片眉を上げた。

だが近くに小屋や家がある訳でもなく、このような山奥の一部だけ木を倒し整地したとは考えにくい。


視線を唐突な更地の地面から上げると、その先の岩壁にぽっかりと開いた洞窟の入り口に気付いた。


何かを引き摺った‥或いは這いずった跡が地面にあり、其処を中心にした周りには倒れて朽ちた木々が無造作に積み重なっている。

人間の仕業ならわざわざ切った木を放置する筈がない。


___あの洞窟に何か居やがるな。

そこまで考えた夜一の耳に鈴の音が響き、僅か目を見開くと眉間に皺寄せ顔を上げた。


チリリ、チリリ___

直接耳の奥に響く鈴の音は夜一にしか聞こえないが、途端に踵を返し駆け出した。

たたた、と背の高い夜一の身体の重みをまるで感じさせない軽い足音だが、凄い速さで木々の間を走り抜け、たん、と崖下へと跳び連夜達の元へと急ぐ。


鈴音がわしを呼ぶとは只事じゃねぇ___


伊織の髪紐に付いている小さな鈴と、連夜が首にぶら下げている鈴には妖虫の鈴虫が宿っている。

各々持ち主である連夜と伊織が命じて鳴らす鈴の音は夜一にしか聞こえない特殊な鈴だ。


夜一は飛び降りながら眼下に広がる、三人で昼餉を食べた時とは一変した景色に目を細める。

「____更地の正体か」


まるで竜巻でも通ったかのように辺りの木々は倒れ、大きな大蛇(くちなわ)が悠々と滝壺へ向かって這いずっていた。


滝壺の裏に洞窟が、此奴の巣でもあるのか?さっき上にあった岩壁の洞窟と繋がっているのかもしれねぇ。だがそれよりも___連夜と伊織の姿が見えない。


大蛇の頭上へ飛び降りてきた夜一は、力強く大蛇の鎌首を蹴り飛ばす。


突然蹴られた大蛇の上半身は大きく横へと傾くが、ぐりんと回しながら鎌首を上げ直すと怒り、地面に降りた夜一へと牙をむき口を大きく開けた。



「キシャーーーっ!」

「貴様、わしの孫をどうした?餓鬼と男が一緒に居た筈だ」

大蛇(くちなわ)は牙を剥き、威嚇しながら素早く尻尾をムチのようにしならせ、死角から狙うが夜一は睨んだまま片手で払うように弾き飛ばす。


「ほぅ‥‥妖力(ちから)も少しはあるようじゃ。そのカガシのような赤目も悪くない。丁度新しい卵を産む、私の男にしてやろうか」


大蛇は長い赤い舌をチロチロと出し、舌舐めずりしながら片手で自分の尻尾を弾いた夜一を品定めする様にじろじろと覗き込む。


「急いでんだ、わしの孫を喰ったか?」

舌が顔を舐めそうな程近づくが夜一は微動だにせず大蛇を睨む。

そんな夜一を大蛇は胆力もある、気に入ったと縦長の瞳を更に細めた。


「ふふふ、喰ったよ。あゝでも丸呑みしたからまだ生きてるかもしれない。でも何処に居るだろうねぇ、毒で動けないだろうし。もう溶けてしまったかもな」

大蛇は大きく口が裂けるようににたりと笑うと夜一を覗き込んでいた顔を上げ、長い身体の上半身を塔のようにぴんと真っ直ぐにすると左右へと揺さぶった。


「あゝ美味い」 

呑み込んだ二人を身体の奥へと落とし呑み込むかよように、伸ばした大きな身体を踊るように左右に振る。


夜一はその様を見上げ睨みながら、左の耳にぶら下がっている小さな牙のついた耳飾りを外した。


「私が暴れるとまだ生きているかもしれない二人は、潰されて死んでしまうぞ。お前の妖力(ちから)を寄越し、私の男になるなら助けてやらなくもない、さぁ平伏せ。でないとお前の餓鬼を殺してやる!」

大蛇は手がだせまい、と楽しそうに身体をくねらせるとキシャーッと牙を剥き恫喝した。


可惜夜(あたらよ)

呟き、耳飾りを握る左手の上を右手で撫でるように動すと、夜一の右手に長い真っ黒な刀身の刀が握られている。


「ん?なんじゃ、生意気にも私を斬るつもりかっ?!へし折ってくれるっ!!」

大蛇はかっと瞳孔が開き叫ぶと、身体がパキパキと音をたてながら銀色味を帯び変色する。


「腹の中で餓鬼が生きたまま溶けて死んで行くの眺め後悔するが良いっ」


「鈴風っ!鈴音っ!!」

突然夜一が叫び大蛇は一瞬身構えるが、何も起こらない。

「?」

りんりんりん___チリンチリン___


夜一の耳にだけ二つの鈴の音が響く。夜一は一度だけ大蛇(くちなわ)を見上げるとすぐに視線を戻し、右肩に刀身を担ぐように乗せていた刀、可惜夜を降ろすと刀は黒い妖力(ちから)を帯びた。


そしてくるりと刃を上に向けると、変色した大蛇の腹板(うろこ)にぶすりと突き刺す。大蛇の腹へ深く、刀の半身程も突き刺すとそのまま上へと大きく振り上げた。


「急いでるっつっただろーが」


すると大蛇の上半身は金属音のような音をたてながら鰻の腹開きのように、腹が左右へと開きそこから血がどばりと吹き出す。


その様を見上げている夜一の頭上に、盥をひっくり返したような大量の血が落ちる。だが避けるでもなく目を開けたまま睨み、一瞬で血塗れとなる。


「ギィギャアアアアアっ!!」

大蛇の叫びが響く中、鎌首へと向かう裂け目はゆっくりと止まり、中から伊織の頭が見えた。


大蛇の身体はぐらりと傾き、夜一は数歩歩くと開いた腹からずるりと落ちて来た伊織と連夜を抱き止めると滝壺へと走った。


「___じ、じじ様っ!」

「じっとしてろ」

ぎゅっと強く伊織の胸に抱き締められている連夜は何とか顔を動かし、鼻をひくひくとさせ言うがそのまま滝壺の水の中へと沈められた。


「ぷはあっ!」

片手で伊織の襟首を掴み、二人を水の中で二、三度揺すると連夜の目に巻かれていた手拭いが外れた。

引き上げ血が流されたのを確認すると腕に伊織を抱きかかえた。


「連夜は無事だ、ありがとうよ」

夜一が声をかけると漸く腕の力が緩み、連夜は夜一の肩へと移り、肩車に座ると伊織の様子を心配気に覗き込み目を見張った。


伊織に庇われていた連夜は無事だが、伊織はあちこちの肌が変色し爛れている。愛嬌のある伊織の整った顔の酷い変貌に連夜は強いショックを受けた。


「毒と消化液にやられたか。大事なお前の顔だ、治してやるから安心しろ」

夜一が呟くと、伊織の腫れて開かない瞼がピクピクと動く。


「まだ目ぇ閉じてろ、仇はわしがとってやる。連夜、伊織を頼むぞ」

「は、はいでち‥!」

肩から飛び降り、自分を見上げる連夜の青い顔を見た夜一は表情を緩める。伊織の様子に珍しく動揺しているようだ。


「大丈夫だ。抱えやすいよう大きくなれ」

「はっ?!はいでち!」

連夜は指摘されはっとするとぴょんと飛び、煙に包まれると大きな身体の狸姿になる。


「すぐ終わる」

夜一は連夜に伊織を預けると、地面に倒れピクピクと動く大蛇へと近づいた。


「‥‥‥?か‥身体が‥動かん‥っ‥?!」

身体の三分の一程も斬り―開かれた腹から流れる血は、あっという間に大きな血溜まりを作っていた。


ぱちゃぱちゃと近づく足音が恐ろしくなり、渾身の力を込めて尻尾で薙ぎ払おうとするが一振りで斬り落とされ、夜一の歩みを止める事すら出来ない。


大蛇は一瞬何が起こったのかわからなかった。

気付いたら腹が裂かれ倒れていた。傷が大き過ぎて鱗が再生せず動くと酷く痛む上、益々裂けるので動けない。唯一動かせた尻尾も斬り落とされた。


長く生きてきた大蛇(くちなわ)は、今迄自分が圧倒的な強者でこれほどの傷を負った事が無い。近づく夜一の足音が自分の死への(とき)を刻んでいるようで、生まれて初めて恐ろしくなり身体が震えた。


「く‥口惜しい‥‥」

大蛇は呟くと大きな瞳からポタリと涙を一粒落とす。


「‥‥子を盗まれ‥殺された挙句自身も殺されるとは‥‥!」

「あ?関係ねぇ連夜と伊織を喰っておいて今更泣き落としか?」

「___ま、待って‥!夜一様‥!」

とどめに首を落とそうと近づく夜一に伊織が声を上げ、連夜は抱いたまま慌てて夜一へと駆け寄った。


「‥連夜様‥怪我は‥‥?」

「わ、わち元気でち!」

「お前のお陰で連夜は傷一つねぇよ」

「じ、じゃあその子(大蛇)許してあげて、お願い‥!」

「‥‥‥‥言うと思ったぜ」

夜一の声は心底呆れていた。


「そ、その子もさ、式神に卵盗まれて潰れちゃって可哀想なんだよ。連夜様に怪我がないならお願い、許してやって‥!お願い、連夜様、夜一様」

夜一はぶすりとしたまま応えず、連夜は満身創痍の伊織が心配で慌てて応えた。


「怒ってないでち、わち怒ってないでち!」

連夜の声に伊織の爛れて腫れた口元が僅かに緩む。

その様子に夜一は盛大な溜息を吐くと大蛇の首を足でぐり、と踏みつけた。


「貴様の皮を寄越せ」

「‥‥?」

「貴様の毒で伊織は酷ぇ有様だ。薬に貴様の血と皮を使う。素直に寄越すなら止めはささねぇでやる」

「‥‥‥」

「寄越さねぇなら貴様の首を落とし皮を剥いでいくだけだ」

「‥‥も‥持って‥行け‥」


大蛇は身体をぶるぶると震わせると痛みを堪えながらずるりと脱皮した。

だが全身を脱皮をする力は無く上半身だけ脱皮し、繋がったままの抜け殻は双頭のように見える。

夜一は大蛇の身体に乗り脱皮した皮を斬り落とした。


抜けたばかりの皮はまだ柔らかく、手繰り寄せくしゃくしゃと畳むと飛び降り、空の徳利に足元の血を汲んだ。


「あ‥ありがと‥夜一様」

「ったく、お前は本当に女に甘ぇな。大蛇(くちなわ)、伊織に感謝しろ。連夜が怪我していたら、生皮を剥いで切り刻んでいるとこだ」


大蛇は苦しそうに身体を大きく上下させながら息をしており、頷いたように見える。

夜一はしかめ面のままプツンと自身の髪を抜くと指でしごき、懐から出した針の針穴に通すと妖力(ちから)を流して針を大きくした。

そして大蛇の開かれた腹を面堂そうに、雑に縫う。


「腹さえ塞いでりゃ死なねぇだろ。次からは喧嘩を売る相手を間違えんな」

夜一は言うと耳飾りに戻した可惜夜(かたな)を耳につけ、連夜へと振り返り歩み寄る。


「帰るぞ」

「はいでち!」

夜一が伊織を抱き抱えると、連夜は子狸に戻り肩へと登る。ふわり、と夜一は身体を浮かすと大蛇へ振り返る事なく立ち去った。




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