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あの賢者タイムをもういちど  作者: 妖怪筆鬼夜行
二章『湯けむりの向こう、約束の場所』
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2-48

 轟音。

叩きつけるように投げられた大木のが立ち木を薙ぎ倒しけたたましい破砕音(はさいおん)を上げる。

枝は折れ、幹は倒れ、地面はえぐれる。

砂が空を舞い雨のように降り注ぐ。

一度ならず二度。

二度ならず三度。

大木が飛来するたび山肌が吹き飛んでいく。

それはすべて炎の巨人によるものだ。

正確には、偶像の魔術による俺の傀儡としての命令遂行。

その単純な暴力の大きさは、猫族たちの生存本能に多大な危機感をもたらしたことだろう。


「巨人だ。巨人が生きてる!」

「危険です。ニャンデリカ様!」

「これは、ゼノ・クレイスがやっていますの!?」


 ニャンデリカに視線を投げられ俺は笑って返した。

そうそう思い通りにはさせないと示せたはずだ。


「こうなったらせめて捕虜だけでも取りますわよ。早くあの犬っころを――」


 捕まえさせたりはしない。

プリニャンカを守るために俺はすぐに次の命令を出す。


「歩け。ゆっくりと」


 巨人が言葉の通りに動く。

猫族に向かってにじり寄るように近づいていく。

同時にどんどんと山の木も枯れていく。

プリニャンカを巻き込むわけにはいかない以上あくまでもハッタリだが、それでも巨人の呪いの恐ろしさはニャンデリカに決断を迫る。


「チッ。仕方ありませんわ。皆さん、ここまでですわ。引きますわよ」


 舌打ち一つ。

珍しく悪態(あくたい)をついたニャンデリカが撤退命令を出した。

それを機に猫族たちがプリニャンカから離れ一斉に後退する。

一個の集団にまとまった部下たちに囲まれたニャンデリカは最後にもう一度俺を見た。


「今回はこれで失礼しますけれど、いずれまたお会いしますわ。ごきげんよう」


 そう言い残し、ニャンデリカは部下たちと共に大きく跳躍して山林の向こうへと消えていった。

彼女の性格なら、ああもはっきりと宣言した以上本当に撤退したはずだ。

つまり、ようやく危険は去ったということだ。


「だ、大丈夫かにゃん。まだ生きてるかにゃん!?」


 駆け寄ってきたプリニャンカが俺の顔を覗き込みながら肩を揺らしてくる。

心配してくれるのはありがたいが、もう少しやさしくしてほしい。


「巨人の、魂はどこです?」


 ガックンガックンされながら俺はプリニャンカに確認を頼んだ。

呪われているとは言え体から引っこ抜いたのは俺だ。



「魂……? にゃ。さっき勇者が切り離したのは魂だったのかにゃん。それならあっちでクルクル飛んでたにゃん」


 プリニャンカが向けた視線を追うとそこにはたしかに巨人の魂が浮遊していた。

どこへ行くでもなく、ふわふわと辺りを彷徨っている。

そこはちょうどパルメディアのまぼろしを見た場所だったが、すでにその影は消え失せていた。


「よかった。あとは巨人の新しい体を作ってやれば解決です」

「新しい体って、そんなの作って乗り移れるにゃん?」

「ゴーレムは精霊の一種ですから、大丈夫です……どこかに石ころは落ちてないですか?」

「そんなのいくらでも落ちてるにゃん。欲しいならいくらでも取ってやるにゃん」


 そう言ってプリニャンカはこぶし大の小石を掴んで差し出して来た。

俺はその小石を受け取って魔力を通す。

魔力に満ちた物体なら精霊が憑依(ひょうい)する依代(よりしろ)に鳴り得る。

実際にそこに宿るかどうかは精霊次第だが、今回はその心配は必要無かったようだ。


「巨人の魂が入っていったにゃん」


 ゴーレムは物体に宿り体として利用する憑依精霊だ。

種によって頻繁に体を変えたり変えられなかったりするが、今回の場合は状況を(かんが)みて俺が手助けした。

その上で、巨人の魂は元の体に戻るのではなく新しい体に入った。

つまり、それが本人の意思ということだ。


「そうか。これからはその体で生きていくんだな」


 俺の言葉に答えるように手の中で小石が小さく震えた。

あとに残されたのは、呪いをかけられた元の体をどうするかだが、それについてももう決めてある。


「眠れ。水の底で、こんどこそ永遠に」


 それが最後の命令。

傀儡の魔術によって、巨人の元の体は元いた源泉へと戻っていく。

呪いと言えど、あれは生命力を吸収するための呪法だった。

それも深い水の底では周囲に影響をおよぼすこともない。

結論、おとぎ話の魔法使いは正しく呪いに対処していたのだ。

だから俺もそれに(なら)って巨人の体をもう一度源泉に鎮めることにした。

元々ルルド温泉郷の温泉は、巨人の熱で温められた地下水を利用したものだ。

熱源が失われれば温泉郷も温泉郷でなくなってしまうことだし、ちょうどいいだろう。


「これで、全部おわり……です」


 ようやく、だ。

これでようやく本当に休むことができる。

そう思ったとたん、俺は意識を手放した。

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