2-49
「う、んん……」
どれくらい眠っていたのだろうか。
俺が目を醒ました時、周囲には清涼な光に満たされていた。
それは開け放たれた窓から差し込む陽の光だった。
「朝、か……」
間違いない。
この清々しさは起き抜けのぼやけた頭でも十分に理解できる。
と言うか、差し込んでくる光の角度と空気の冷たさから判断すれば自ずと早朝だと判断できた。
むしろ問題はこれがいつの朝なのか、ということだ。
「やっと目が覚めた? あんまり起きないから死んでるのかと思ったわ」
視界の外、傍らからかけられた聞き覚えのある台詞に俺は体を起こそうとした。
「ッ――」
鋭い痛みだった。
体を不用意に捻ろうとした途端、俺の脇腹が悲鳴を上げた。
「言っとくけどあんたのそれ、体の中は完全には治ってないから」
声の主はクーネリアだった。
椅子に深く座った彼女は、憮然とした顔でこちらを見ている。
それとは脇腹の怪我のことか。
この傷を負っているということは、源泉でのできごとはなくなっていない、時間は巻き戻っていないということだ。
「お前が治してくれたのか?」
無視できない痛みはあるが、俺の体には包帯一つ巻かれていない。
それどころかあんなに酷かった怪我が手で触っても分からないくらい塞がっている。
だから医術ではなく回復魔術による処置を施されたのは間違いない。
「別に。あんたに死なれたらあたしが迷惑するってだけよ」
「そうか」
次の透け透けさくらんぼは見ただけで死ぬ禁断の果実らしいからな。
いくらなんでも対価が高すぎるだけに、自ら回避してくれたのはありがたい。
「それで、俺はどれくらい眠ってた?」
「一晩だけよ。死にかけてたわりにはすぐ起きたんじゃない?」
「それはお前が間に合ってくれたからだろう。もしかして山まで来てくれたのか?」
「ここの領主の侍女っていうのに呼ばれてね。まぁ、あれだけ派手にやってれば何かあったことくらいすぐ分かったわよ」
エミールの侍女と会っているならクーネリアはルルドの町に居たということか。
あらかじめ近くで待機していたわけではないらしい。
「それはそうと、山の上の源泉に魔王軍のニャンデリカが居た」
「らしいわね。ずいぶんと勝手に動き回ってるみたいじゃない」
勝手に、か。
正直な話、ルルド温泉郷にニャンデリカが現れたのはクーネリアの差金だと俺は考えている。
それだけではない。
アデラ高原の魔王軍が姿を消し、カルクトスの戦いが発生しなかったこともだ。
これほど立て続けに一周目の歴史と差異が生まれたのは、巻き戻り前の記憶を保持しているクーネリアか、あるいは魔術仕掛けの神の干渉があったと考えるべきだろう。
そうなると可能性が高いのはクーネリアの方だ。
ニャンデリカはハーレム問題とは直接関係ないのだから、魔術仕掛けの神が手を出すとはあまり考えられない。
だがクーネリアを直接的に詰問したところで素直に答えるとは思えない。
現に、ニャンデリカが独断で動いているという認識をクーネリアは示している。
「お前は何も聞いていなかったのか。アデラ高原の回廊を破壊したのはたぶんニャンデリカだぞ?」
あの回廊の祠が破壊されていた以上、それを実行した魔王軍の人員が多少なりこちら側に取り残されているはずなのだ。
それがニャンデリカの部隊だ。
カルクトス領内で彼女たちを見つけられなかったのは、俺たちを待ち伏せするために北上していたからだ。
一周目の記憶を保持するクーネリアなら、少なくとも俺たちが来たに進路を取ることは分かっていたはず。
あとは最小限の接触でも必要十分な指示は出せただろう。
「あたしは関係無いって言ったでしょ。だいたい、なんの目的が有ってこんなところまで来たのかすら見当つかないわよ」
関係無い、か。
しれっと言われてもどこまで本当のことか分からないが、今はあまり強く問いつめない方が得策か……
「それはたしかに謎だな。温泉郷は療養地に特化した町だ。魔王軍の将軍が直接乗り込んで来る理由に乏しい」
「狙いはあんたかレーンじゃないの。仮にも賢者と勇者でしょ?」
「仮りじゃなくて正式にそうだ。でも俺たちが魔王討伐を命じられてからそう日にちも経ってない。魔王軍が動くには早すぎる。それに一周目の時はここでは何も無かったんだ。なのに今回に限ってニャンデリカが現れたのは不可解だ」
「そんなの言い出したら二週目になってから変なことだらけよ。魔術仕掛けの神の干渉力が変に影響してるもかもね」
「そうは言ってもハーレム問題とは関係無いからな。むしろ色々あったせいでプリニャンカとの関係がこじれたわけだし」
「ああ。それなら本人から直接聞きなさい」
言うとクーネリアは立ち上がって俺に背を向けた。
どうやら部屋から出て行くつもりらしい。
「なんだ。もう話しは終わりか?」
「あたしよりあの子たちと話しなさい。あんたが一番に気にするべきなのはそっちでしょ」
言われるまでもない。
が、どこか含みのある言い方だな。
訝しむ俺をよそに、クーネリアは本当に出て行ってしまった。
それから間もなく騒がしい足音が聞こえてきて、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「ご主人。無事で良かったにゃん!」
飛び込んできたのはプリニャンカだった。
しかも俺の呼び方が一周目の時と同じになっている。
「ゼノ。目が覚めたんだね!」
後ろにはレーンやエミールたちも居る。
どうやらクーネリアが俺の意識が戻ったことを伝えたらしかった。




