2-42
「それで、どうやってあのでかいのを止めるにゃん?」
プリニャンカの声は横からだった。
炎の巨人を追って走り出した俺にぴったりと並走していたからだ。
「水星を使います。あれを巨人にぶつけて凍らせれば巨大な拘束具になる。そこでレーンに呪いを斬ってもらいます」
木々の間を走り抜けながら作戦を説明する。
だが手短に。
事細かく打ち合わせている時間は無い。
「動きを止めただけで斬れるにゃん? あいつの剣はそこまで長くないにゃん」
「退魔の力は空間を越えます。多少の距離なら届きます」
「だったらさっさとやるにゃん。まだ巨人が近くにいる今うちがチャンスにゃん」
「ええ。巨人が暴れるかもしれませんから気をつけてください」
危険はやむを得ない。
ここで止められるなければルルド温泉郷が踏み荒らされてしまう。
俺は水星を操り巨人の胴体に背後から衝突させた。
液体とは言え大きな質量だ。
巨人が大きくぐらついてたたらを踏む。
たが、転倒はせず両足を踏ん張り転倒を避ける。
それでいい。
今や水星は巨人の胴体を中心にその四肢一部をも覆い込んでいる。
俺はその機を逃さず新たに魔術を行使する。
「氷結!」
凝固は早かった。
俺の放った冷気が水星を包み込み、巨大な熱湯の塊だったそれは瞬く間に氷の巨魁となって巨人の体を拘束した。
体を固定された巨人はそこから抜け出そうとしているようだったが、氷の拘束具を引き千切れず動きが止まっている。
「やったにゃん。成功にゃん」
「いえ。これはまずいですよ」
「??」
たしかに巨人は捕まえた。
だがその直後から不吉な音がひびき渡っている。
それは俺の作戦が崩壊する予兆に違いなかった。
「な、なんの音にゃん?」
プリニャンカは、上から降り注ぐように聞こえる金切り声のような音に戸惑いの声を上げた。
普段聞くことのない音だ。
正体が分からなくて当然だろう。
「これは凍った水星が炎の巨人の熱で軋みをあげている音ですよ……」
「と、溶かされてるにゃんか!?」
百聞は一見に如かずだ。
俺が巨人の足元を注視すると、プリニャンカの目も自然とそちらに向いた。
そこには体を伝って流れ落ちてきた水が、湯気を上げて広がりつつあった。
氷が急速に溶かされている。
炎の巨人の熱量は俺の想像以上だ。
このままではレーンの準備が整う前に拘束が解けてしまう。
「もう一度にゃん。もう一度凍らせるにゃん!」
「当然です――氷結!」
再度の魔術。
今度は冷気の放出を持続して巨人の熱量に対抗する。
それによって溶けかかった水星が再び凝固。
巨体を伝って流れ落ちていた水分も凍りつき、巨人は今や歪な氷柱と化している。
それはまるで巨大なゴーレムの体そのもの溶けているかのようなおどろおどろしさがあった。
しかも氷の軋む金切り声がさらに増している。
音源となる接触面積が増えたことで音量も増加したのだ。
つまりそれは熱と氷のせめぎ合い。
溶かしきられないように、俺は氷結の魔術を全力で放ち続ける。
「にゃはは。さすがにゃんの子分にゃん。これで巨人は動けないにゃん。あとは勇者が呪いを斬るだけにゃん。あいついつまで待たせるにゃん?」
事前の打ち合わせではレーンの準備が整ったら合図を送ってくれるはずだった。
それがあるまで巨人を押し止めておかなければならないのだが、どうやらそれまでの時間を保たせることはできないようだ。
パキン、と――
それはついにやってきた限界の足音だった。
陶器にヒビが入るような音が、一度二度三度と繰り返し巨人の方から聞こえてくる。
割れているのは水星だ。
巨人の熱量と氷結の魔術、その熱差に耐えられなくなった氷塊が音を立てて崩壊しようとしている。
「ご主人様伏せて!」
俺がプリニャンカに飛びついた瞬間、水星が爆ぜた。
ひどく鈍い破裂音と共に砕けた氷が四散する。
破片は無差別に降り注ぎ、大きいものは木をなぎ倒し小さいものは地面へと突き刺る。
プリニャンカを押し倒した覆い被さった俺は、ゾッとするような冷たさに貫かれ数瞬のあいだ動くことも考えることもできなかった。
だが地響きのような足音が近づいて来るのを感じすぐ次の行動を迫られる。
このまま地面に這いつくばっているわけにはいかない。
「巨人が来ます。ご主人様は、一度距離を、取ってください」
立ち上がり、プリニャンカに手を貸して引き起こす。
その間にも巨人の足音と振動が迫る。
「何言ってるにゃん。巨人は怒ってるにゃん。お前も逃げないとやばいにゃん」
「先に手を出したのはこっちですからね。仕方、ありません……」
「のん気に言ってる場合かにゃん。あいつに近づいたら命を吸われるにゃん。全力で走らないと――」
逃げ切れないだろう。
今の俺では、到底無理な話だ。
「お前、さっきの氷が当たったにゃんか……」
背中側の左脇腹。
運悪く、水星の破片がそこに突き刺さっていた。




