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俺の脇腹に突き刺さった氷は歪ながらも幅広の短刀くらいの大きさがあった。
幸い即死は免れたが、行動に大きな制約を受ける程度には重症に違いない。
「回復魔術……そうにゃん。お前、回復魔術は使えないのかにゃん?」
俺の負傷に気がついたプリニャンカがいかにも苦し紛れにそう言った。
それが現実的でないことくらい分かっているのだ。
「使えないこともないですが、十分に傷を治すのには、時間が足りません」
回復魔術というのは強制的に肉体を復元するものではなく、もともと人体に備わっている治癒能力を増幅するものだ。
だからその効果には限りがあるし、傷を塞ぐだけでも少なからず時間がかかる。
巨人の足音が差し迫っている今、悠長に唱えていられる呪文ではない。
「俺は走れそうにないですし、ご主人様だけでも……逃げてください」
正直立っているだけでも辛い。
こんな状態では巨人から離れるのは無理だ。
そしてこちらから手を出した以上、巨人も俺を見逃さないだろう。
「ばか言うにゃん。お前はにゃんの子分にゃん。ご主人様だけ逃げるなんてできないにゃん」
半ば怒ったようにそう言うと、プリニャンカは俺の脇腹に潜りこんだ。
もちろん怪我していない方の体側にだ。
「支えてやるから少しでも歩くにゃん」
プリニャンカは一人で逃げることはしなかった。
あくまでも俺を連れて行こうとする。
こういう仲間思いなところがプリニャンカのいいところだ。
「無理しないでください。俺は、重いでしょう」
俺は男としても上背のある方だ。
まして自分で立っていることすらままならないのに小柄なプリニャンカが支えながら歩けるはずもない。
だから無駄な悪あがきはせず、俺はこのままここで巨人を迎えよう。
それでせめて巨人の呪いの正体だけでも見極めるのだ。
しかし、プリニャンカの気持ちは俺の考えとは違ったようだった。
「ばかにするなにゃん。ちょっとくらい重くても仲間を見捨てるやつはご主人様失格にゃん」
「ご主人様……」
「にゃんは犬族の戦士にゃん。戦場じゃ強いやつがボスにゃん。だからご主人様は仲間を守らないといけないにゃん」
……まいったな。
それは俺の役目だったんだけどな。
いや。
そうか。
それがプリニャンカ本当の主従観なのか。
だから一周目では仲間を守ることに徹っしていた俺をご主人と呼んでくれていたのか。
「ふぅ――」
俺は強めに息を吐いて現状に対する諦観を己の内から追い出した。
プリニャンカの気持ちを知った今、ここで諦めるわけにはいかない。
プリニャンカが俺を大事にしてくれるように、そんなプリニャンカの気持ちを俺も大事にしたいからだ。
「ご主人様。やっぱり支えていてくれますか?」
「任せるにゃん。お前を置いて逃げたりしないにゃん」
「いえ。逃げるのはやめです。ここで巨人を止めましょう」
「本気かにゃん。そんな怪我でやれるのかにゃん?」
普通に考えたら俺はもう戦える状態ではないだろう。
だが幸い巨人は暴れ回っているわけでもない。
レーンが呪いを斬れるように動きを止めるだけならギリギリやれないこともない。
いや。
なんとしてもやるのだ。
「できますよ。なんだったら勝負しますか?」
「勝負、にゃん?」
「ええ。俺が巨人を止められたらこれからは俺がご主人様ってことでどうです?」
俺の提案にプリニャンカは一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「おもしろいにゃん。それでこそにゃんの子分にゃん。その勝負乗ってやるにゃん。もし止めれなかったら一生ごはんはお前の奢りにゃん」
「それは負けられないですね。俺の魔術の腕の見せどころです」
「それでどうするにゃん。何か準備は要らないのかにゃん?」
「ああ。ちょっと待ってください。ッ――」
俺は脇腹に刺さったままの氷解を手で掴み躊躇すること無く引き抜た。
少し溶けて小さくなっていたのか、思いのほかスルリと抜けたそれを無造作に投げ捨てる。
それを見たプリニャンカは口を半開きにして俺の顔を見上げてくる。
そんな顔はやめてほしい。
俺だってあれが自分に刺さっていたなんて信じたくない。
「巨人の方を向くのを手伝ってください」
「にゃ、にゃー」
下から肩を支えられたまま俺は巨人へと正対する。
もうあまり距離が無い。
これ以上近づかれるとまずいかもしれない。
「にゃんはお前のこと、信じてるにゃん」
うなずいて、俺は支えられているのとは反対側の手を真っ直ぐ上に上げる。
指先は伸ばし手刀の形に。
それは刃だった。
魔術という虚構が意識としての首を落とす処断の刃。
その執行を告げ、俺は手刀を振り下ろす。
「断頭――」
一閃。
他人からはそう捉えるのも難しかっただろう。
大きな物理現象を伴わないこの魔術は一見しただけでは何が起こったのか理解するのが難しい。
おそらくプリニャンカにとってもそうだっただろう。
ただ突然巨人のあごが下がり、その巨体も力を失って転倒したように見えたはずだ。
「んにゃー! 一撃にゃん。一撃で殺したにゃん!」
一際盛大な地響きと無数の木々がなぎ倒される音。
それはたしかに巨大な生命の終焉を思わせる。
しかし実際のところ、俺は物理的に首を落としたわけではない。
パルメディアから授かった断頭の魔術は肉体に干渉せず意識だけを刈り取る精神魔術。
決して相手を死に至らしめるものではない。
「気絶させただけです。今のうちに呪いの正体を見極めましょう」
巨人のがうつ伏せに倒れたのを見届けた俺は呼吸を整え周囲の自然と一体化する。
エルフの息づかい。
それも気配を消す目的で使った時よりも深度の深い覚醒瞑想。
現し世から意識を半歩ずらして見えざるものを観る。
「なんだ、これは……?」
その半歩ずれた世界で俺は得体のしれないものを見た。
もとより世界の理により近い状態だ。
そこでは時間の流れが遅く、草木の揺れる様の一つ一つまでがつぶさに見て取れ、木の葉の落ちる音や虫の立てる音さえ聞き分けられる。
魔力や生命力といったものでさえ、普段よりも色彩と輝きを強く捉えられる。
むしろ嵐のように押し寄せる情報量に思考能力を押し流されてしまいそうなほどだった。
その中にあって、それは一際異彩を放っていた。
巨人の体から伸びる無数の黒。
まるで形の無い腕が何かを掴もうと蠢いているようにも見える。
事実、それは求めているのだろう。
生命という名の今日の糧を。
「これが命を吸い取る呪い、なのか……?」
予想もしていなかったその有様に、俺は戸惑いを隠すことができなかった。




