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他に誰も居ないと思ってレーンににゃんにゃんさせていたらプリニャンカが戻ってきてしまった。
しかもよりにもよってこんなタイミングとはレーンにとっては最悪だ。
「にゃーにゃー、お前今何やってたにゃん?」
「なんでもない、なんでもないよ……」
「そこは『なんでもないにゃん』じゃないのかにゃん。もう『にゃん』って言わないのかにゃーん?」
隅っこに逃げ込んだレーンとねちっこく追い打ちを続けるプリニャンカ。
その顔には濃い影が張り付いてとても邪悪な表情に見える。
これはなんとか助け舟をださなければいけないだろう。
「それくらいにしてやってください、ご主人様。レーンが困っていますから」
「何言ってるにゃん。他人の子分に色目を使うような奴に遠慮は要らないにゃん」
「ボク色目なんて使ってないよ。そんなこと……してないもん」
「にゃぁーん? しらばっくれても無駄にゃん。違うって言うならさっきなんて言ったかもう一回やってみるにゃん。それともにゃんが再現してやるにゃん? たしかこうだったにゃん。『これからずっと、ボクのことかわいがってほしいにゃん。にゃんにゃん!』だったにゃん?」
プリニャンカはレーンの台詞を真似しながら祈るように手を組んで体をクネクネさせた。
それは迫真の演技と言うより、悪意ある誇張だった。
「してない! ボクそんなことしてない! だよね、ゼノ! ボクあんなのじゃなかったよね!?」
「たしかにちょっと違ったけどな……」
正直あざとさではどっちもどっちだったよ、レーン。
さすがにプリニャンカがやって見せた再現ほどぶりっ子はしていなかったが、予想外にあざとかったのは事実だ。
「でもやってたのは事実にゃん。男同士で何やってるにゃん」
「ううー。ばか。ボクのばか……こうなったらやっぱり正体を暴いて追い出さなきゃ……」
しまったな。
レーンを女の子を引き出すつもりがこれでは逆効果になってしまう。
て言うか何か思いつめているし、とりあえず誤魔化してこの場を収めなければ。
「いや。じつはご主人様のすばらしさをレーンにも理解してもらおうとにゃんにゃん語の練習をさせていたんですよ」
「なんにゃ。ご主人様のすごさを布教してたなんてなかなかできた子分にゃん」
「そうなんですよ。ご主人様が戻って来る前にはもう少し形にしておきたかったんですが、ずいぶん早かったんですね?」
「んにゃ。ここの温泉は思ったより期待はずれだったにゃん。だからもういいにゃん」
「期待はずれ?」
「そうにゃん。ここの温泉には特別な力があるって聞いてたにゃん。でもとんだ嘘っぱちだったにゃん」
「ああ。そう言えばここに来た時にも言っていましたね」
「そうにゃん。この温泉は特別な順番で入れば特別な力が手に入るって噂だったにゃん。だからにゃんもここでパワーアップするつもりだったにゃん」
「そういうのはだいたい客寄せの謳い文句ですからね。実際には気分的な問題でしょう」
所謂誇大広告と言うやつだ。
実際には、腰痛にいいとかそういう評判が時代とともに誇張されていったのだろう。
「どうりであんまり他の客が居ないわけにゃん」
「まぁ、たしかに宿場町としての規模のわりには人気が無いですけどね」
実はそのことに関しては俺も気になっていた。
と言うのも一周目でここを訪れた時に比べて明らかに他の入浴客の姿が少ない。
何か理由があるのだろうか?
「きっとほかの奴らもインチキ温泉の秘密に気づいたにゃん。誰も来なくて当然にゃん。にゃんもこんなところさっさと出発するにゃん」
「え。出発ってどこにですか?」
「とりあえずにゃんの仲間のところに戻るにゃん。そのあとのことは着いてから考えるにゃん」
「つまり犬族のもとにってことですよね。それはちょっと……」
まずいぞ。
それはさすがに一周目と違い過ぎる。
三人目とも合流できなくなってしまいそうだし、何よりレーンが黙っていない。
「だめだよ。ゼノには魔王討伐っていう使命があるんだから。君のご主人様ごっこに付き合うのはここまでだよ」
ふらりと立ち上がったレーンは下を向いたままそう言った。
その顔は影に隠れて表情を読み取ることはできなかった。




