2-23
さて、諸君。
むくつけき青春の冒険者たる同胞たちよ。
諸君はこの状況を上手く切り抜ける方法を知っているだろうか。
ここはおそらく女湯で、生まれたままの姿をさらしている少女と、肩まで湯に浸かった姿勢で湯船の中から上目使いで彼女を見上げている一人の男。
この絵面を正確に、しかし誤解の無いように相手に説明する言葉を諸君は知っているだろうか。
いや。
頼むから知っていると言って欲しい。
そしてご教示いただきたい。
でなければ――
「ダイナミックにご主人様を覗くやつは即刻死刑にゃん!」
刑は言葉と同時に執行された。
矢のような飛び蹴りによって顔面を撃ち抜かれた俺は、後ろにひっくり返るように温泉に没した。
その時、湯船の底に後頭部をぶつけたのかもしれない。
水面を仰ぎながら、俺の視界と意識は暗転していった。
俺は、ここで死ぬのか?
一周目ではあんなに仲のよかったプリニャンカに覗きだと誤解されて、蹴られて、女湯で死体を晒すのか?
それはあんまりだ。
本来の歴史では、温泉で俺が見たのはプリニャンカの裸ではなく彼女の本物の猫耳だった。
図らずも二人きりでの混浴になってしまった時、偶然にもそれを見たのだ。
そうして彼女の秘密に触れ、それが俺たちの関係を深めたと思う。
それが今回はこの有り様だ。
――納得できない。
俺は漆黒の闇の中でそう思った。
こんな不可抗力によって俺たちの思い出が破壊されてしまうのなんてがまんできない。
せめてそれを伝えなければ。
真犯人は別にいるのだと訴えなければ。
目を開く、眼光よ暗闇を切り裂けとばかりに。
上体を起こす、こいつまだ動くぞとばかりに。
水面を割って、今まさに一人の男が弁明に立つ!
「ぶは。聞いてくれ。悪いのはクーネなんむぐ……」
べちょ、っと。
頭を上げた途端、俺は顔面を何かに打ち付けた。
だが痛くはない。
その何かが柔らかかったからだ。
ついでに言うと顔がめり込んで何も見えないうえに息もできない。
俺はその何かを押し上げた。
片腕は肘をついたまま、顔面を覆うべちょべちょしつつもふよふよしたその何かを押し上げたのだ。
もう片方の、俺の手で。
それは、妙に色が淡いもの、だった。
純白のベールと、そこに透けて見える艶めかしいまでのピーチ色。
例えるなら、春の訪れによって雪が溶け出し、斑に山肌を覗かせるカルクトス北方アデラ高原の丘陵のようなもの。
と言うか、クーネリアの透け透けさくらんぼだった。
初見ではないからこそそう確信し、視線を上げることができた。
そしてやはり目があったのは魔王と言う名の氷の女王。
何が、起こっているのだろう。
プリニャンカならまだしもなぜクーネリア?
一つたしかなことは、春は来ていなかったということだ。
むしろ厳冬だった。
そのクーネリアが、凍てついた目で、ゆっくりと下を見た。
それは俺の手だった。
下から揉み上げるような、俺の手だった。
「いや。あの、これはつまりその――」
「あたしの何が悪かったらこうなるって!?」
顔面を鷲掴みにされ、地獄の底へと打ち付けるような一撃。
俺は、今度こそ漆黒の闇へと没した。




