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あの賢者タイムをもういちど  作者: 妖怪筆鬼夜行
二章『湯けむりの向こう、約束の場所』
55/91

2-14

「申しわけありませんが指揮官がお呼びです。指揮所までお()しください!」


 ひょっこり現れた兵士は遠巻きに声を張り上げてそう言った。

なるほど。

もうそろそろ戦いの準備が整うのかもしれない。

言われた通り顔を出すとしよう。


「分かりました。すぐに行くと指揮官に伝えてください」


 俺が返事をすると兵士は一礼して走って行く。

向かう先は軍議を行った指揮所の天幕だな。


「にゃんも先に言って待ってるにゃん。お前らも早く来るにゃん」


 一足先に水から上がったプリニャンカはもう服を着替えて靴も()いている。

いつの間に、と驚く俺をそのまま置いてけぼりにして兵士の後を追いかけていった。

まるで(あらし)だ。


 本当、自由奔放(じゆうほんぽう)と言うか何と言うか……プリニャンカの微笑(ほほえ)ましさには思わず口元が緩んでしまう。

やはり俺たちのパーティーはこれくらい(にぎ)やかでないといけない。

だから早くプリニャンカを魔王討伐に参加させないといけないのだが、まずは逆転した主従(しゅじゅう)関係をどうにかしないとな。


 さて。

取り残されたのは水に足を()けたままの俺とこっちに布を差し出すクーネリアだけだ。


「ニヤニヤしてないであんたも早くしなさいよ。気持ち悪い」


 ひどい言い草だ。

俺は単にプリニャンカの無邪気さにほっこりしていただけだと言うのに。


 ともあれクーネリアに催促され、俺は足拭き用の布を受け取ろうと一歩を踏み出した。

しかしその一歩は破滅の一歩だった。


「分かってるからあんまり急かさないでくれって、ててて――」


 間抜けにも水底の石を踏んだ。

それで足首を捻ってしまい、俺はバランスを崩した。

ああ。

なんかつい最近こんな感じで豪快にコケた奴が居たな。


「ちょっと、掴まりなさい!」


 そうそう。

こんな顔をした哀れな犠牲者だ。

体格的に俺を支えることなどできないだろうにクーネリアは俺に手を差し伸べる。

そしてそのかわいそうなクーネリアの手を、俺は、容赦なく引いた。

何故ならこういう時パルメディアならすました顔でそれをやってのけるからだ。

いや。

なんならちょっと微笑んでさえいただろう。

そんな悪霊が俺の記憶の中から現世に蘇る。

そう。

今、パルメディアが俺の体を通して悪事を働いています。

本当だよ?


 そして――


 ざぱーん、と。

俺はクーネリアを道連れに池の中へと倒れ込んだ。

ついやってしまった

浅瀬とは言え俺たち二人ともびしょ濡れだ。

慌てて体を起こそうとするがクーネリアの下敷きにされているからまずは彼女にどいてもらわなければならない。


「……あんた、今なんでわざと――」


 立ち上がろうとするクーネリアの動きに合わせて俺も上体を起こす。

その時偶然にも俺の顔がクーネリアの胸元に近づいた。


 妙に、色が、淡い。


 クーネリアが今着ているメイド服は胸の部分がブラウスになっている。

そしてその部分の本来の色は白だ。

それが今、クーネリアのブラウスは(なま)めかしいまでにピーチ色を帯びている。

それだけではない。

平素であれば白地のリネンに覆い隠された小高い丘がそれぞれの起伏を自己主張している。

それはさながら、あのカルクトス北方アデラ高原に降り積もった深雪が春の訪れと共に溶け出し、まだらにその山肌を(あら)わすように、だ。

しかし何故?

もちろん衣服が濡れれば肌に張り付いて透けて見えるのは常識である。

クーネリアが着ているメイド服のブラウスもシルクではないにせよ上質な薄手のリネンには違いない。

だがそれにしてもこの密着感、この透け具合、とても尋常(じんじょう)沙汰(さた)ではない。

その証拠に二つの丘陵はその最高峰たる尖頂さえ隠しおおせていないではないか。

どうしてだ。

薄手のブラウス一枚ならまだしもコットンの下着と重ねていればそうそう透けたり形が浮いたりは……

そうか。

つまりこれは――


「クーネちゃん。もしかして下着――」

「これが狙いかー!」


 俺を襲った衝撃的な事実、いや、衝撃波的な魔力によって体が中を舞う。

水面に対し鋭角で投げられた平べったい石のように跳ね回り、やがてバウンドするだけの勢いを失って俺は水中へと没した。

(おぼ)れる溺れる。

俺はすぐさま水を()いて浮上を試みる。

幸いたいして深くなかったのですぐに水面から頭を出すことができた。

するとクーネリアが背中を向けて池から上がるのが見えた。


「なんで?」


 着けていないのか。

のっしのっしと立ち去っていく背中に問うたところで答えは無し。

今度町に入ったらちゃんと下着を買わせようと、俺は思った。

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