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あの賢者タイムをもういちど  作者: 妖怪筆鬼夜行
一章『あたらしい朝が、来ない……』
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「これからは本格的に勇者としてがんばらないといけないのにこんなにかわいい服着させてもらって、こんなに楽しい冒険の始まりで、本当にいいのかな?」


 今日という一日を楽しいと思ってもらえていたのなら、俺の努力は成功だったと言えるだろう。

現にこうしてレーンを怒らせずに済んでいるのだから当初の目的から言えば間違いない。

しかしどうしてすんなりとはいかないもので、盛り上げようと手を尽くしたことで逆にレーンを戸惑わせる結果になってしまったらしい。


「ボクがエルミュットを発つ時にね、国を上げて式典を開いてもらったんだ。それに聖法教会だってたくさん支援してくれてる。それはみんながボクが魔王を倒すことを期待してるからだよね。それなのに女の子としての楽しみなんて許してもらって、それって勇者失格じゃないかな?」


 レーンにとってそれは当然の不安なのだろう、と俺も思う。

たしかにエルミュットも聖法教会もソードワースとしての活躍を彼女に期待している。

かつて聖魔戦争にて魔族を魔界へと押し返した大英雄ソル・レイ・ソードワースの再来を、だ。

だがそれでもレーンが個人的な幸せを諦めるべき理由にはならないとも俺は思う。


「誰かに迷惑をかけてるわけじゃないんだから失格にはならないだろう。そんなに気にすることはないんじゃないか?」


 もしかしたらレーンは真面目すぎるのかもしれない。

もちろんそれがいいところなのだが、何も禁欲的な生活をしなくてもいいはずだ。


「ボクね、子供のころからお父さんに『ソードワースとして恥じない騎士になりなさい』、って言われてきたんだ。でもエルミュットも聖法教会も女の子の騎士や勇者なんて認めてないから、男の子でいなきゃなんだよね……」

「きびしいお父さんなのか?」

「ううん。全然。でもお父さん婿養子(むこようし)だからソードワースの力は無くて、お母さんはボクを生んだ時に死んじゃったから、ボクががんばらなきゃだめなんだ」


 そのあたりの家庭事情はなんとなく知ってはいたが、それでも父親が強権的でないのは救いだろう。

レーンの男装は続けなければならないが、家族仲が良好なら精神的には負担は少ないのではないだろうか。


「それならやっぱり勇者の務めさえしっかり果たせば問題ないさ。俺だって自慢じゃないけど四賢者のくせに魔導学府(アカデメイア)の外で研究してたからな。それにくらべればおしゃれを楽しむくらいいいじゃないか」

「ふふ。それはゼノくらいすごい人ならどこに行っても上手くやっていけるってだけだよ。それにボクの場合は、やっぱり女の子の服を着て外を歩くのは怖いかな」


 まぁ、魔導学府(アカデメイア)の内であれ外であれ、俺は魔術研究という求められていることをやってきただけだ。

周囲から認められない部分で悩んでいるレーンは事情が違うだろう。


「だったらひとまず部屋の中だけで楽しんでみたらどうだ。いつか外でも堂々とできる日がくるまで、俺もまたプレゼントするから」


 正直なところ、この大陸での性別分業の意識は根強い。

何しろ最大の宗教団体である聖法教会がそれを()としているのだ。

教義に大改定が行われるか、あるいは教会そのものが瓦解(がかい)でもしないかぎり簡単には女の勇者など認められないだろう。

だから今は部屋の中だけというのが妥協点(だきょうてん)だ。

もしかしたらいつかは、というのを期待して……


「本当に? 本当にいいの?」

「ああ。せっかく似合ってるんだから、もっと色んな格好をしてみて欲しいんだ」


 そのためにはまた新しい服を調達してこなければならないがレーンのためなら何とでもしてみせよう。


「じゃあその時はゼノが見に来てね」

「俺が?」

「だって、せっかくかわいい服を着ても一人じゃつまんないよ。だからゼノがいっぱい褒めてくれたらボク嬉しいな」


 それはつまりレーンが部屋でおしゃれする時は好きなだけ鑑賞していいということか。


「だめ……かな?」


 おいおい。

レーンは何をばかなことを聞いているんだ。

そんなの――


「いいに決まっているだろう。むしろこっちからお願いしたいくらいだ」


 何故って、考えようによってはレーンを好きなように着飾れるのだ。

そんな役得をわざわざ逃す手はない。


「やったぁ。ボク、勇者も女の子もがんばるからゼノだけは両方ともちゃんと見ててね」

「ああ。俺もいっぱい手伝うからな」


 一周目ではレーンの性別の秘密を共有しているだけの間柄だったが、今回は思わぬ方向に話が転がってしまった。

それでもレーンの裸パンチは回避できたようだ。

つまりこれで始まりの一日目を突破して先の時間軸に進めるだろう。

しかもそこに新たな楽しみが増えたのだから苦労した甲斐(かい)があるというものだ。


「でもこのことは他の人に言っちゃだめだよ。しー、だからね。しー」


 レーンは人差し指を口元で立てて見せた。

もちろん誰にも喋るつもりはない。

そんなに釘を刺さなくてもいいだろうに。


「ね?」


 と、レーンの人差し指が俺の唇にちょんと触れた。

あ。

足りないです。

もっと釘を刺してください、なんて思ってみたり。


 かくして俺はレーンの信頼を得ることに成功し、これでようやく明日の朝を迎えることができるだろう。

しかし、この奇妙な二度目の冒険は未だまだまだ始まったばかりなのである――

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