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エルミュットにおける騎士という立場、聖法教会から認定された勇者という立場、その両方がレーンにとって何よりも重要な意味を持つ二本の足だ。
だが、その立場を守るために性別を偽ることを自分に課したレーンに対し、俺が持ってきたプレゼントの服はあまりにも正反対だ。
考えようによってはレーンの今までの苦労や頑張りを否定してしまうものかもしれない。
それでも俺は、レーンに本当のことを言おうと思った。
一周目では踏み込みきれなかったレーンの一番繊細な問題に対する俺の意見を、それでもやはりここで正直に言おう。
「ああ。本気で似合うと思ったんだ。でも、もしかしてセンスがなかった、か?」
俺は後ろに回していた手を体の前に戻して持っている服を改めて見た。
フリルの付いたブラウスとコルセットにスカート。
レーンが見比べていた二着のうちどちらかと言えばゴージャスな方。
クーネリアのメイド服を選んでもらった時、レーンはむしろ手の込んだコーディネートを好んでいたように思った。
だからレーンが自分で手にとって見ていた二着のなかでもこちらを選んだのだが、果たしてそれで正解だったのだろうか。
いや。
そもそもレーンが自分でも女の子らしい服を着たいと思っているとは限らない。
そういう服を自分で着るということは今居る立場を危険に晒すことにもなりかねない。
本当はただそういうのを目で見て楽しんでいられればそれでよかったのかもしれない。
だとしたら俺は余計なことをしただけだ。
レーンが着替えていると分かっていて部屋に乱入して、『これを着ろ』と持ってきた服を押し付ける。
……やはり迷惑だったのではないか。
やり直しができるのだから一度くらいはレーンに直接確認するべきだったのかもしれない。
俺は勝手な想像でレーンの気持ちを決めつけて空回りしてしまったのかもしれない。
「ゼノ。そのまま動かないでくれる?」
静かな言葉だった。
あるいは簡潔すぎたからだろうか。
俺はレーンの感情を読み取れず、ただ言われた通りに立ち尽くすことしかできなかった。
もしも怒らせてしまったのだとしたらやはり殴られてもしかたないと思った。
しかし、俺の背後に立ったレーンの気配は手を上げるにしては近すぎた。
体温が伝わってきそうなくらいの距離。
体が触れるか触れないかの距離で、レーンは俺の背中に寄り添ってきた。
「いいよっていうまで、絶対に振り向いちゃだめだからね」
艶かしく、耳元でレーンの囁くような声がした。




