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俺がひとしきり話し終えるとちょうど食事もすべてなくなり、今日はこれで休もうということになった。
先に部屋に戻っていったレーンを見送り、俺はクーネリアと共に食堂に残っている。
「たしかにあの子は真面目で素直な子だけど、覗きなんてして本当にうまくいくんでしょうね?」
クーネリアはテーブルに着いたまま俺に念押ししてきた。
その視線は部屋へと戻っていくレーンの背中へと向けられていて何を危惧しているのか一目瞭然だった。
「心配するな。性別のことはともかく、下着を見たくらいで本気で怒ったりするようなレーンじゃないさ。これでも一番長い付き合いなんだぞ、俺たち」
二年間だ。
俺とレーンが出会ってから魔王城に辿り着くまで二年という時間を共に歩んできた。
その間色々な戦いがあり様々な苦難があった。
時には意見が食い違うこともあったし、俺の厳しい決断がレーンを悲しませもした。
それでも俺たちは相棒だった。
レーンが最後まで俺を信じぬいてくれたからだ。
もちろん俺もレーンを信じている。
レーンとの絆を信じている。
だから大丈夫。
何度歴史が繰り返そうと、レーンは俺の過ちを許してくれる。
今からその事実を証明する。
つまり何が言いたいかというと、時は来た――それだけだ。
「そろそろ頃合いだな。それじゃあ行ってくるから、ここで待っていてくれ」
席を立ち上がり、俺はクーネリアに待機を言いつける。
ここから先は俺とレーンだけの世界なのだから。
「どうせなら一周目より上手くやりなさい。まったく同じ行動を繰り返しても結末は変えられないわよ」
「百も承知だ」
言われずとも分かっている忠告を背に、俺はレーンの泊まっている部屋へと向かった。
大きな宿だが迷うほどではない。
さほども時間を掛けることなく俺は問題の部屋の前に立った。
中から人の気配、物音はほとんどない。
だが間違いなく居る。
この部屋の中では今まさにレーンが着替えをしている。
その確信をもって俺は静かにドアノブに手を掛けた。
後ろめたい気持ちがないと言えばうそになる。
だがこれはすでに経験した過去で、俺たちの未来を守るためには避けては通れない道だ。
だから俺には迷いもためらいもない。
そう。
これは故意犯ではない。
確信犯である!
「レーン。突然だが俺と騎士道精神について一晩中語り明かさないか!?」
豪快だった。
部屋に討ち入った俺の乱入は押し込み強盗もかくやと言うくらい豪快だった。
だが次の瞬間、こちら以上に豪快なレーンの姿に俺は固まってしまって動けなくなった。
レーンが、素っ裸だった――
「……」
「…………」
なんだ。
何が起こっている。
なぜレーンは前かがみになってパンツを膝まで下ろしている?
こんなのは一周目と違う。
あの時はちゃんと上も下も下着を身に着けていた。
だから俺の謝罪は受け入れられたし最後は笑って許してくれた。
だが今回は違う。
上は完全に部外者お断り状態だし、下だって辛うじて引っかかっているだけの今まさに最終形態に進化目前だ。
これには俺も思わず凝視せずにはいられない。
なんたって美しい。
やはり鍛え抜かれたレーンの体には一切の無駄がない。
とくに背中からお尻、お尻から太ももへと流れるシャープかつ雑味のないラインは騎士道精神たっぷりの芸術的造形美だ。
しかしこんなものを目にすることができるとは今回はどうしたことか。
レーンが着替えをしていたというのは前回同様だというのに俺は何かを間違ったのだろうか。
いや。
間違ってはいないのか。
そもそも着替えなんてものはそう時間のかかるものでもない。
つまりほんの数十秒の時間差で進行状況は劇的に変化してしまう。
それなのに俺はクーネリアと無駄に喋ったりドアの前で一人悦に浸ったり、要するに時間を使いすぎた。
その間にもレーンは着替えを進め、結果は見ての通りの有り様だ。
そうか。
記憶の通りに行動しているつもりでも秒単位で時間を合わせられない以上多少の誤差は避けられない、か。
「なるほど。これは勉強になるな」
ところで学習程度の向上目覚ましい俺だがこの続きはどうだろうか。
レーンは今回も俺を笑って許してくれるだろうか?
「人の裸で――」
おパンツは帰還。
左手はさくらんぼの守護神。
そして右手は握り拳。
「勉強するな――!」
その瞬間、俺とレーンの絆が昇天したのだと思う。




