17 なにわデート
なにわダンジョン第三階層、ユウギリの王国。
偽りの太陽に照らされた広大な市街地は、無秩序に合体させられた村の残骸でもある。
けれど、活気がないわけではない――むしろギラギラした活気に満ちていた。
「なんか、怖い街だね」
と、カメラを構えたナナちゃんが呟く。
映す先にあるのは、木刀を構えてしばきあう二人の男性。
パッチワークされたアスファルトと校舎の隙間に、少し開けた場所があって、人だかりができていたから寄ってみたのだけど。
きぇえい、とか、ちょあああ、とか、そんな裂ぱくの気合いを入れて振り回している人がたくさんいて、驚いた。
「……弱いね」
ばっさりと言い捨てるナナちゃんに苦笑する。
「ちょっと話を聞いてみたんだけど、剣闘士になりたいんだってさ」
複数の街が合体したせいで、人口が非常に多いからだろう。
酔狂な旅人は奇異の目で見られるかと思ってたけれど、すんなり群衆に紛れ込めた。
「奴隷から解放されたい。
いい暮らしがしたい。
持病を治したい。
より強いスキルを得たい。
ありとあらゆる選択肢が『剣闘士として勝利』すれば叶うんだから、そりゃそうだよね。
特に……首輪を外したいヒトが多いみたい」
八月だというのに、マフラーのように布を首に巻いている人が多い。
僕らも今日はそれに倣って、薄い布を巻きつけている。
つまり、なにわの人々は、奴隷の首輪を隠して生活しているのだ。
首が熱くなりそうだけど、そうでもない。
この地下大空洞は、ユウギリの偽太陽によるものか、気温は暑くも寒くもなく、いい感じである。
「首輪を外したいヒトが、しっかり勝てるならいいのにね。
なんで竜に屈服したやつらが剣闘士になって、しかも勝っちゃってるんだろう」
「最初は『固い決意』を持っていても、快適な生活に漬け込まれたら柔らかくなっちゃうんじゃない?
そういう意味では、ユウギリは悪魔寄りの竜なのかもね」
呪竜ドウマンと違い、ヒトを堕落させてその姿を楽しむ竜。
ドウマンはどちらかといえば『ヒトと遊ぶ』竜だったけど、ユウギリは『ヒトで遊ぶ』竜なのだろうか。
「趣味の悪いやつに付き合ってたら、僕らの心までぐずぐずにされかねない。
最速で闘技場のトップまで昇り詰めなきゃね」
「もちろんだよ、お兄さん。
上に行かないと寿司が食えないしね」
「さっそく懐柔されかかってんじゃん」
寿司食いたいおばけと化したナナちゃんと、空き地を離れて街をぶらぶら歩く。
珍しいものがあれば、ナナちゃんがぱしゃりと写真を撮る。
壊れた地球の歩き方。カグヤ先輩や古都ドウマンのみんなに持って帰る思い出たちだ。
ちょっとした空き地があれば、老いも若いも揃いも揃って、棒を振り回して戦闘訓練を行なっている。
古都連合軍の工兵にも打ち負けそうな剣筋だけれど、気迫は段違いだ。
血走った瞳で、自分より五十は年下であろう少年に激しく棒を打ち込むおじいさんを見たとき、なんともやるせない気分になった。
ぎらついた街だ。
文明崩壊前からそうだった気もするから、大阪らしいといえば大阪らしいのかもしれないけれど。
『日本一!』と明滅する巨大なネオンで出来た陸橋の上を歩いているときだった。
デジカメの画面を覗き込んで、写真を確認していたナナちゃんが訝し気な声を上げたのだ。
「……あれ? このヒトーー」
「どうしたの、ナナちゃん」
「見て、お兄さん。このフード、あのヒトじゃない?」
フード? どのヒトだろう、と覗き込むと、ぼろぼろのフードを目深に被ったヒトが、群衆の端っこに写っている。
「ああ、ええと……怒りの双剣さんだっけ」
「そうそう。あっ、こっちの写真にも写ってる。
すごい偶然だね、二枚も写り込むなんて」
「……偶然、なのかな」
ふと、そんなことを言ってしまった。
顎に指を当てて、レンカちゃんのポーズで考える。
「僕たちを尾行している、とは考えられない?」
言いつつ、視線を散らして周りを見る。
それらしきフードは見当たらないけれど、不気味な感じがする。
ナナちゃんも、肩から下げていた薙刀ケースにそれとなく手を添えつつ、声を潜めた。
「尾行されているとして、なんのために?
私たちが邪魔すぎて、暗殺しに来た……とか?」
「そんなことしたら、ユウギリが怒るでしょ。
僕がちょっと通路を発破したくらいで修正パッチを適用する女だよ?
剣闘士が闘技場の外で暗殺なんて、ルール違反も甚だしい――許すとは思えないな」
「ちょっと通路を発破という表現には疑問を呈するけれど、たしかに暗殺は面白くないね。
だとすれば……ううん、なんでだろう。
もしかして、私たちとお話ししたかったとか?」
「それなら、コロシアム内でアポ取って話しかければ――いや」
仮説がひとつ、組み上がる。
わざわざ外で話しかける……つまり、中ではできない話があった、ということかも。
メイドや他の剣闘士が見ていない場所でしか、できない話が。
でも、それなら今こそ話しかけ時だと思うんだけど、彼は姿を消した。
なぜだ?
「秘密裏に話しかけたいけれど、チャンスがあっても話しかけられない理由がある……?」
「なにそれ。なんか、めんどくさい女子みたいだね。
ハブられてる子とお喋りしたいけど、クラスで話しかけたら目立っちゃうから教室外で……と機会をうかがうも、結局話しかけられない、みたいな」
「妙に具体的で嫌な例だ……」
「ヤカモチは堂々と教室で話しかけるタイプだね」
「ああ、それっぽい……。ナナちゃんは?」
「私はハブられてる子」
いたたまれなくなって、僕は目を逸らした。
「話しかけられても『ごめん、私いまカメラと対話してるから』とか言って、カッコつけてカメラ整備してたよ」
「痛々しすぎる……」
わざわざ教室でカメラをいじるあたりが特に悲しい。
一周回って話しかけられ待ちじゃねえのか、それ。
ともかく、だ。
「ツインさん、気になると言えば気になるけど、これ以上の詮索は不毛かな。
用があるなら、そのうち向こうから声かけてくるでしょ」
「こっちからはいかないの?」
「ナナちゃん、こっちから話しかけて『尾行? いや、普通にオフの日にぶらついてただけなんだけど……』とか返されたら、耐えられる?」
「よし、やめとこう、お兄さん。
私はもう二度と教室でカメラを弄らないと心に誓っているの。
自意識過剰なムーブで『いま見てたけど、もしかしてカメラに興味があるの?』とか聞きまくるイタい子はいなかったんだよ……!」
悲しい過去を背負った女子高生ナナちゃんであった。
「そろそろ戻ってご飯にしようか。
初戦だし、気合いを入れてかからないとね」
すでに昼前。
今日はこのあたりで切り上げて、余裕を持って試合に臨もうじゃないか。
体育祭前、教室でラノベ読んでたら女子にめちゃくちゃチラチラ見られて「なんだろう」と思ってたんだけど、二人三脚ではぜったいに僕と走りたくないって話で盛り上がってたらしいよ。
ウケるね~(遺言)
★マ!




