叶えたい夢(最終話)
本日三度目の投稿です。
アルトが予想したとおり、翌日には城から使者が訪れた。
なんとお父様も一緒だった!
抱きついて帰宅を歓迎すると、お父様に揉みくちゃにされる。
お母様も涙を流して再会を喜んでいた。
「アルト、話は聞いている。大変だったな。其方は巻き込まれただけで、何も悪くない。私に罪悪感を抱いているなら不要だ」
「父上……」
アルトは泣きそうな顔をしながら、それ以上は何も言わずにお父様に無言で抱きついていた。それをお父様は当然といった感じで受け入れる。
「お父様のお帰り、嬉しいです。でも、裁判はどうなったんですか?」
「ああ、それなら騎士団長のウィルフレッド様が便宜を図って下さったのだ。マースン卿が現行犯で捕まったため状況が変わり、過去の裁判自体が無効になる予定だから、逃亡の恐れがないので自宅にいても構わないと」
「じゃあ、お父様が完全に無罪になるのは、もう少しかかるけど、何も問題はなさそうなんですね」
「ああ、そうだ」
お父様の落ち着いた返事を聞いて、わたしたち家族は安堵の笑みを浮かべた。
「それに、クリスが聖女としてアルトを選び、女神のおかげで聖騎士になったと聞いている。その件で其方たちは城に呼ばれている。私も保護者として二人に付き添うよう命じられている」
国王陛下たちは外遊から急遽帰国するらしい。
そういうことで二日後、わたしたち三人は登城することになった。
謁見の間ではなく、応接室に案内された。そこにあらかじめ国王がいたが、わたしたちが入室すると、近づいてきて目の前で跪いてきた。国王として予想外な振る舞いにわたしたちは驚きで目を丸くする。
「女神に国王として認められたと聞いた。今まで初代聖騎士の末裔がその役割を代理として担ってきたが、この座を退いたのち、お返ししたい」
国王は既にアルトを王として認めているようだった。
アルトは全てを察したのか、彼を優しく見下ろす。
「陛下、お立ちください。長きに渡りご苦労だったと女神が仰せでした。国民や家臣たちの混乱が少なく済むように代替わりの方法を一緒に考えてもらいたいです」
国王に跪かれても、動じず落ち着いて返答する姿は、惚れ直しちゃうくらい素敵だった。
「了解した」
国王は深々と頭を下げた。固まったように下げ続けた。
なぜ起立を促されても頭を上げないのか、訝しんだときだ。
「我が子の罪を親として深く謝罪する。大変申し訳なかった。国王として責務を重視したばかりに子供との関わりが不足していた。その結果、我が子があそこまで歪んだ性格になるまで気づかなかった。親として至らなかった」
苦渋に満ちた声だった。心から悔やんでいると伝わってくる。ひとりの親として陛下はこの場にいた。
すると、アルトは歩み寄り、陛下の前に同じように膝をついた。
「陛下、頭をお上げください。王女は既に女神から罰を受けています。これ以上の罰は僕は誰にも望んでいません。それに女神は愛を知らない可哀想な子だと王女について仰せでした。女神が求める愛について、これからは僕も含めてみんなで教えていきませんか?」
アルトの労りを含む声に促されるように陛下は頭を上げた。その見上げる目は、少し潤んでいた。
これまでの回答でアルトが陛下の一族を王女を含めて冷遇するつもりはないと暗に伝えたからだ。
「ありがとう。その温情に余も報いよう」
陛下とも和解できたので、応接セットに着席してわたしたちは今後について話し合うことになった。
まずアルトは陛下の養子になり、城に住むことになった。
学院卒業後に陛下の補佐として側に仕え、数年後に王位継承する流れで合意していた。
わたしたちの婚約についても、もちろん話題に上がった。
「聖女との婚約は、数年待ったほうがいいと思う。二人は兄妹として育ってきたから、いきなり婚約では邪推する者もいるだろう」
兄妹なのに愛し合ったのかと、育ちを疑われるようだ。
数年待てというのは、他人として接する期間として、そのくらい必要なのね。
ところが、陛下の提案に真っ先に難色を示したのは、アルトだ。
「ダメです。そうでなくてもクリスは可愛くて無自覚に籠絡していくから、未婚のままだと不安で仕方がありません」
「わたくしはともかくアルト様は魅力的ですから、婚約者として名乗り出る多くの女性が予想されます。ですから、わたくしも陛下の案には反対ですわ」
わたしもアルトとは別の理由で反対すると、陛下に思いっきり呆れられた。
「其方たち、思いっきり惚気おって。だがいいのか? 今すぐ婚約すれば、疑いの目を向けてくる者もいると思うぞ」
アルトを見れば、彼もこちらを見つめていた。全て承知した顔つきで。お父様は無言でうなずいている。だから、わたしたち次第ってことみたい。
アルトに目配せして、覚悟を決めて口を開く。
「構いません。兄を誑かした悪い女と言われるなら本望ですわ」
だって、わたくし、心は立派な悪女ですもの。
§
それから月日が流れて、年末の時期になった。
捕まったマースン伯爵は、もはや言い逃れはできないと判断したのか情状酌量の減刑を求めて積極的に事件について話したらしい。
壊された録音の魔法具の本体から記録部品だけ取り出して録音データを再現できたのも彼に追い打ちかけたみたいだったから、あのわたしの企ても少しは役立って本当に良かったわ。
お兄様を瘴気を使って偽の署名をさせたことも白状したので、無事にお父様の汚名は払拭され、無罪が確定した。
本来なら瘴気の人への利用は大罪だったらしく、マースン伯爵は貴族籍を剥奪、領地を没収される予定だったみたいだけど、調査に協力的だったことや王女が主犯だったので罪が減刑されて、マースン家は子爵に爵位を降格になり、家督を親戚に譲ったと聞いた。
彼の動機としては、野心が主だったようだ。息子が王配になれば、実家の伯爵家は有力貴族となると考えたようだ。
畑だらけの長閑な地方に隠居したらしいから、素晴らしい自然に囲まれて心まで洗われるといいね。
ちなみに伯爵の息子でありアルトの実弟であるロートルは、自分で将来の道を探すことになり、熱心に学院で勉学に励んでいる。他の学生から何か嫌がらせをされるわけでもなく、ひっそりと学院生活を送っている。
学院で変わったことと言えば、事件に関与したと思われる先生が一人いなくなったくらいだ。
それから陛下は王女の罪を全国民に告白した。アルトに執着して強引に彼と婚約しようとして愛の女神の怒りを買ったと。
特に王妃は我が子の罪に胸を痛めて、赤子に戻った我が子を乳母に任せるのではなく自分の手で育てている。たまに会って抱っこさせてもらっているのよ。愛想のよい子で、いつもご機嫌よくニコニコして、みんなに可愛がられているわ。
女神から聖騎士として認められたアルトは、正式に陛下の養子となり、後継者として公表された。
わたしはアルトの婚約者となり、講義以外にも妃教育が始まり、目がまわるような忙しさだけど、魔力を調整できたおかげで以前ほど疲れず済んでいる。
合間を縫って、騎士団長のウィリフレッド様との研究も進めていたのよ。
そのおかげで聖魔法を込めた保存食の開発に成功して、ついにお母様用の薬も無事に作れるようになったの。
まぁでも、わたしの嫁入りと一緒に両親や使用人たちも城に住まいを移す予定だから、不安は全くないんだけどね!
最初みんな遠慮していたんだけど、わたしがお願いしたの。
家族とずっといるのが、わたしの幸せなんだって。
ただ、開発した薬が多くの怪我人や病人を救ったのは良かったんだけど、結局全部聖女としての功績となってしまったのは、今でも納得していない。
そうそう、入学式のときには魔王復活かと不穏なことを言われていたじゃない?
でも、いつの間にか瘴気が激減して魔王の存在が消えていたので、これも聖女の聖なる力のおかげだと、なぜかわたしが賞賛される羽目になっている。
わたし、何もしていないのに失礼しちゃうわ!
アルトとは別々に暮らすようになったけど、学院では毎日会えるので、一緒にいるときにいっぱい満喫している。わたしが卒業したら結婚して、ずっといられるようになるから、別居はそのときまでの我慢と納得している。
特に今日は、学院のイベントだから、アルトとずっと行動できて嬉しい。
以前ベナルサス様が教えてくれた年末のパーティが開催されたの。
これが終われば冬休みに入るから、わたしだけではなく、みんなも浮かれ気味だ。
華やかなドレスや一張羅を着た学生たちを先ほどから学院内で見かける。みんなパーティ会場の大広間に向かっている。
わたしたちも一緒に馬車から降りて移動していた。
アルトとの婚約も陛下の予想どおり初めは困惑されて「兄妹だったのに大丈夫なの?」って心配されたこともあったけど、不幸中の幸いか裁判があったおかげで元々血が繋がってないと事前に知れ渡っていたし、「アルトのことは大好きだから大丈夫よ」と堂々と振る舞っていたら、いつの間にか気にする人はいなくなったわ。
ブレない姿勢って、ホント大事よね。
わたしをエスコートしてくれるアルトは、黒いフォーマルなスーツを着こなしている。いつもと違う雰囲気が刺激的で、とても素敵に見える。
「今日のアルトもかっこいいですわ」
「さっきも聞いたけど、ありがとう」
「何度言っても足りないんですわ」
「それは光栄だね」
クスクスと楽しげに笑う声が隣から聞こえる。彼の頼もしい腕に手を添えて、堂々と並んで歩く今の自分の姿に満足して、ますます気分は浮上していく。
「年末のパーティの存在を聞いてから、アルトにエスコートして欲しかったので、願いが叶って良かったです」
「うっ、クリスが可愛いすぎる……」
アルトが堪えるように手を口元に当てている。その頬は少し赤くなっていた。そんな彼がいつも愛しくて、つい言葉が漏れてしまう。
「アルト、大好きですわ」
「……!」
アルトは真っ赤になって見つめると、わたしの耳元に顔を近づけてくる。
「クリスはいつか僕の心臓を止めそうな気がする」
「まぁ! アルトったら大げさですわ」
「本当だよ。今だってすごくドキドキしている。ほら」
立ち止まったアルトに促されて、彼の胸に手を伸ばす。いつか馬車で同じように手を当てて鼓動を確かめてみたことがあったわね。
手のひらに感覚を集中させると、前回と違ってアルトの鼓動を感じることができた。
早鐘みたいな心臓の音が、言葉なくとも好意を直に伝えてくるので、わたしの顔まで熱くなってきた。
もしかして、あのときも同じように彼はわたしを想ってくれていたのかしら。
それに気づいたら、ますますアルトが愛おしく感じる。
彼を好きになってよかった。心の底からそう思い、彼のアメジストのように美しい瞳を見つめ返した。
優しくわたしを見下ろす彼の目は、深い愛で満ちていた。
「さぁ行こうか」
二人で会場に入れば、既に多くの学生たちがいて、煌びやかな格好で会話を楽しんでいる。
アルメリア様がこちらに気づいて、婚約者のレリティール様と共に近づいてくる。
いつもに増して美しい彼女を笑顔で出迎える。
挨拶を交わしていると、ベナルサス様も最近婚約したばかりのリリアン様と一緒に来てくれた。
「クリステル様!」
エルク先生もわたしを見つけて会いに来てくれた。側には彼女のカミーラさんがいる。
ここにはいないけど、騎士団長のウィルフレッド様は、オルバート夫人と上手くいったみたいで、来年にはパパになるんだって。だから、急スケジュールで結婚式を挙げたのよ。
二人の式はとても素敵だったの。とても幸せそうだったわ。
だから、わたしもアルトと一緒に晴れの日を迎えられるように、今はそれを目標に聖女だけど日々悪女的に励んでいる。
だって、ここまで来たら、もう自分が聖女だと認めるしかないでしょう!?
聖女の運命値、本当に最強すぎたわ!
でも、家族と一緒にいられるなら、多少の妥協は仕方ないのよ。
だからね。わたしは決意したの。
聖女は聖女でも、極悪聖女を目指すってね!
<完>
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!




