13.結婚しない発言の末に
アザレアとの関係は相変わらずで突飛な行動に振り回される日々が続いていた。そして繰り返される婚約破棄するしない発言。もはや、お互い意地になっていたと思う。
だけど、そんな日々に変化が訪れた。
俺達が言い争いを続けている間に、グレイは結婚し、子供まで授かっていた。
それを見て、俺はやっと我に返った。
俺とアザレアだって、結婚して子供を授かる時間があったはずなのに、俺は一体、何をやっていたんだ…
俺は心機一転、アザレアにプロポーズすることを考え出した。
いや、ほんとうに考えてはいたんだ。
◇◇◇
「っ! 後で吠え面かくなよ! 絶対ギャフンと言わせてやるからな!」
アザレアに捨て台詞を吐いた後、俺は王宮に戻っていた。椅子に座り項垂れる。そこへグレイが近づいてきた。
「それで、プロポーズはできたんですか? 皇太子殿下」
「………聞くな。頼むから」
「またですか…。アホですか? ねぇ、アホなんですか? 殿下は」
「アホアホ言うな…自分が一番、アホだと分かってる」
深すぎるため息をついて先程のやりとりを思い出す。長年、顔を合わせれば喧嘩を繰り返してきたから、条件反射のように喧嘩口調になってしまう。最悪だ…
これじゃあ、いつまで経っても先に進めない。
胸ポケットにしまった書類を出して眺める。それは結婚するために必要な書面だ。あと、もう一つ。婚約破棄の書面もある。
もし、アザレアが俺のことをなんとも思ってなければ、提出するつもりだ。お互いの家族にもそう言って、書類にサインをしてもらっている。
道は二つに一つだ。
そして、できれば俺は婚約破棄の書類は使いたくなかった。
「はぁ…」
またも深いため息をついた俺にグレイは呆れつつ言う。
「さっさと、プロポーズすればいいじゃないですか。”お願いですから、結婚してください”って」
「そんなプライドも何もないようなこと…」
「殿下のその小さなプライドのせいでこじれまくっているんですよ。だから、さっさと捨てちゃってください」
そうは言っても、なかなかできないんだ。
できたら、5年もこじらせてない。
「ともかく、相手が何を言っても噛みつかないことです。真剣に”結婚してください”って言ってくださいね。もう皇后陛下から孫が~孫が~って言われる、うんざりしているんですから」
容赦ない言葉に何も言えなかった。
◇◇◇
舞踏会の日、俺は決意していた。
だから、前もって話があると言っておき、二人っきりになったら、プロポーズするつもりだった。
色々あって、かなり上から目線になってしまったが、一応、「結婚しろ」とは言えた。
なのに…
「私、セルリアンとは絶対、結婚しないから」
その一言に頭が真っ白になった。
それと同時に、あぁ、やっぱりなと妙に冷静になってしまった。
アザレアと婚約してもう10年。
その半分を婚約破棄などと口にしていたのは俺だ。
好きなくせに嫌いと言い続けてきた結果だ。アザレアに見限られても仕方ない。
はぁ、と一つ息を吐き出して婚約破棄の書類を出そうとした。
「………」
ふと、視線を感じて顔を上げた。
そこには先ほどのまで余裕の笑みでいたアザレアはいなかった。
頬を赤くして、膨らまして、少しだけ怒っている。
いや、この顔は…傷ついている?
そうだ。
俺が初めて婚約破棄と口にした時の顔だった。
なんで、そんな顔…
結婚したくないと言ったのはお前なのに、なんで傷ついたような顔をしてんだよ。
そんな素っ気ない言葉を口にしようとして慌ててやめた。
たぶんだが、口にするのは、そんな言葉じゃない。口にすべきはきっと…
「好きだ。アザレア」
まっすぐ、彼女を見て二度目の告白。
「どうしようもなく、お前が好きだ。昔っからずっと」
ちっぽけなプライドなんか捨てて、素直に思いを口にした。
「だから、結婚してください。お願いします」
懇願した。
頭を下げるぐらいしか俺にはできないから。でも、それでアザレアが手にはいるなら何でもいい。頭なんていくらでも下げてやる。なりふり構ってられる状況じゃないからだ。
じっと答えを待つつもりだったのに、答えは早々と出た。
「な、な、な、なななな!」
アザレアが見たこともないくらい真っ赤になったからだ。
「何言ってんのよ、急に!? なに、本当にセルリアンなの!? 偽物じゃないの!?」
慌てふためいて意味不明なことを言っているが、アザレアは明らかに照れて恥ずかしがっていた。あたふたする彼女は可愛い。それに笑みがこぼれる。
あぁ、なんだ。
こんな簡単なことでよかったんだ。
バカでアホだったな、俺は。
「アザレア」
穏やかに笑顔で声をかけると、アザレアは面白いくらいにビクついた。
「好きだよ。好き。大好きだ」
笑顔でいうと、アザレアは沸騰したやかんのように真っ赤になった。言葉を失って口をパクパクさせている。魚みたいだ。
そんな可愛い表情をされたらゾクゾクする。ヤバい。ハマる。
もう一度、好きと口にしようとして、先にアザレアが叫んだ。
「う、嘘よ! 信じない!」
地味にショックを受けたが、しかたない。今までがアレだったから、信じられないのも無理はない。だから、素直に謝った。
「ごめん。今まで俺は最低なことをアザレアに言い続けた。だから、本当にごめん。でも、ずっと好きだったのは本当だ。前にも言ったけど」
「前にも…?」
アザレアが不思議な顔をしてこっちを見ている。変だ。アザレアは変だが、この感じは何も知らないというような顔をしている。
「覚えてないのか? ほら、昔、学園にいた頃、暗黒竜を召喚したことがあっただろ? その時、ぶっ倒れたお前に言ったんだよ。好きだって」
そう言うとアザレアは?マークを頭に何個も並べているような顔をした。
まさか…ものすごく嫌な予感がする。
「あのさ、セルリアン…あの時、私、すっごく眠くて…」
は?
「よく覚えてないんだよね。はははっ」
はぁぁぁぁぁ!?
はははっじゃねぇよ!
なんだよ、それ!?
「眠いってどういうことだよ…」
「えーっと、確かセルリアンを追いかけるのをやめて、禁断症状が出たから、猛獣用の睡眠薬をもらって飲んだら眠くて」
さらっと言われたトンデモ発言に俺は脱力した。力が抜けてその場に座り込んだ。
「俺は…てっきり、告白したのに無視されたかと思ったじゃねぇか…」
体育座りになって拗ねる。
あーもー、格好悪い。
「だから、俺の気持ちなんていらないんだって、てっきり思い込んで…だから、好きって言っても無駄だと思って…」
情けない言葉を次々と言うと、アザレアも座り込む。ちらっと見ると、困った表情をしていた。
「あの…えっと、ごめんね。聞いてなくて」
くそっ。
こんな時に素直になるなよ。
いつもみたいに罵れよ。
あー、本当に、俺は何をしてたんだろう。
今の今まで。
ほんと、最悪だ。
盛大にため息をつくと、アザレアは顔を赤くしてもじもじとしだした。
なんだよ、それ。可愛いな。くそ。
「セルリアン」
「なんだよ…」
「好きよ」
「は?」
見たことのないくらい可愛い笑顔でアザレアは言った。
「私は最初っからセルリアンが大好きよ」
その言葉はものすごい破壊力があった。
顔が熱くなって、心臓がバクバクする。
気を抜いたら泣きそうだ。
ほんと、格好悪い。
「じゃあ、俺と結婚してくれるんだな」
誤魔化すように言うと、アザレアは急に真顔になった。
「いや、結婚はしない」
「は?」
なんだよそれ。
この流れでなんでそうなるんだよ!?
意味わかんねぇよ!!
呆気にとられていると、アザレアは立ち上がって悪戯っ子のように笑った。
「だって、5年も婚約破棄やら結婚しないって言われ続けたのよ? そう簡単に結婚するわけないじゃない。せめて、5年分は好きだって言ってもらわないと」
ふふんと笑った顔にカチンときた。
上等だ。やってやる。
アザレアに売られたものはいつだって買ってきたんだ。
だから、今回も買ってやる。
一呼吸置いて、真剣な顔になる。
「好きだ、アザレア」
「え?」
「すげー、好き。出会った時から好き」
「ちょっ…今、言うの?」
「長い黒い髪も好き。いつも触りたくてしょうがなかった」
「ちょっと!」
「青い透き通った瞳も好き。その瞳に俺自身を写したくてたまらなかった」
そこまで言うと耐えきれなくなったのかアザレアが真っ赤になって叫ぶ。
「ちょっと、セルリアン! ストップ!」
逃げようとする手を掴んだ。
「今から5年分言うから、覚悟して聞け」
「っ!?」
この手を離すもんかと思った。
逃げるのはおしまいだ。
今度は俺が捕まえる番。