12.最悪だった学園生活
アザレアへの思いは複雑にこじれていった。ただ純粋に好きでいればいいものを劣等感が邪魔して素直になれない。冷たくしてしまう。最低だ。
アザレアはアザレアで俺に付きまとい、いくら突き放してもまた平然と近づいてきた。その真意が分からなくて戸惑い逃げてしまう。ほんと、最低だ。
俺は、素直になる機会を完全に失っていた。
学園生活なんて、最悪な日々の連続だった。
アザレアは、めちゃくちゃ美人に成長していた。しかも学力、魔力、体術全てにおいてトップ。反則だろ、そんなのと思うが、それがアザレアだ。女王様などと呼ばれて学園で知らない者はいない有名人となっていた。
そんな完璧な婚約者をもつ俺は優越感に浸れるはずもなく、「え? あれが婚約者?」みたいな陰口をヒソヒソ言われる始末。一応、王族だから表立っては言われないが、そんな雰囲気はビシビシ感じていた。ほんと、最悪だ。
しかも困ったことに、アザレアは自分の魅力をひとつも分かっていない。美人だとも思ってないし、優れた才能を持ってるとも思ってない。鈍感すぎるんだ。こっちがハラハラするぐらい。
当然、アザレアは男子生徒に言い寄られていた。毎日、毎日。うんざりするぐらい。本人は絶対、気づいてないが。
いつか俺に向かって…だと思うが、教室からグラウンドに向かって手を振ったことがあった。
アザレアが手を振ったのは自分だと勘違いした男達が言い合いになり授業中断。
ほんと胸くそ悪い。
あれは俺の婚約者だぞ。
勝手に見てんじゃねぇよ。
ほんと、腹立つ。
毎日、苛立っていた。
それに輪をかけてアザレアの奇怪な行動が目に余るようになり、俺は余計、苛立っていた。
ある日、苛立ちはピークに達する。
アザレアが中庭で俺を押し倒した時だ。
「愛のキッスでもしとく?」
余裕たっぷりの笑みで言われて頭が沸騰した。
なんで、そんなこと言うんだよ。
冗談でも言うなよ。
本当に腹立つ。
だから言ってしまったんだ。
心にもないことを。
「やらないし! お前とは結婚もしない! 今すぐ婚約破棄してやる!」
最悪だ。
こんなことを言うなんて。
すぐに後悔したが、血が昇った頭では謝ることはできない。
黙ってアザレアを見つめていると、その顔が歪んでいく。
ちょっと泣きそうな顔。
傷ついた顔に驚いた。
同時にひどく満たされた気持ちになった。
俺と婚約破棄をしたくないってことがよく分かったからだ。
俺に気持ちが向いているという優越感。
それは俺を高揚させた。
無意識に口元が緩んでしまう。
それを見せたくなくて手で隠した。
言葉を失ったアザレアから抜け出し、何も言わずに去った。
その時の優越感を感じたくて俺はアザレアに冷たくし続けた。
ほんと、最低だ。俺は。
◇◇◇
「うん。間違いなく最低だね。サイテー」
「……直球で言うなよ、グレイ」
学園に入る前から俺は宰相の息子のグレイと行動を共にするようになっていた。将来的にグレイは俺のアドバイザーとなる予定だ。
俺はグレイだけにはアザレアへの本心を話していた。抱えるのが苦しくてたまらないアザレアの思いを吐き出していた。
グレイは淡々と俺の傷に塩を塗り込むだけだったが…
「好きなら好きと言えばいいのに」
「…それができたら苦労しない。それにアイツの行動はいつも突飛でむちゃくちゃだ。それに人の話も聞いてないし」
「あー、確かにそれはあるかもね」
グレイは変わらず淡々と続ける。
「レディ・アザレアって、本能で動いているというか、ロックオンしたやつは絶対に逃さないってところがありそうだしね」
「そうだな。あいつは狩りした時も獲物が捕れるまで絶対に諦めないし」
そこではたと気づいた。
そうだ。
アザレアは狙った獲物は絶対に逃がさない。
ということは、あれか。
俺は獲物でロックオンされているからあんなにしつこいってことか?
じゃあ、捕まったらどうなる?
飽きてポイか。
だって、俺はアザレアにとってメリットなんかなんもない男だし、そうなる可能性が高い。
それはマズイ。非常にマズイ…
何か手を打たないと…
「ま、単に好きと言えば解決しそうだけど…って、聞いてる?」
逃げ続けろってことか?
捕まらないように…
そう思った俺は”いかにアザレアが追いかけたくなるか”ばかり考えるようになった。
態度は冷たく、常に喧嘩腰。
そうすればアザレアは単純に追いかけてくれた。
逃げる、追いかけるの攻防戦。
でも、それをしていてはたと気づく。
俺は一体、いつアザレアに優しくすればいいんだ?
好きって言いたい。
甘やかして、優しくしたい。
でも、それをしたらゲームオーバーかもしれない。
そう思うと、口からでるのはいつもこれだ。
「お前とは絶対に結婚しないからな!」
言ってしまった言葉に自分で頭を抱えたくなる。
くそっ。
なんだよ、これは。
俺はいつまで好きじゃないフリをし続ければいいんだよ!
最悪だ…
はぁ…
そんな悶々とした日々の中で一つ事件が起きた。学園に魔獣が入り込んで俺達の前に現れたのだ。
アザレアはよくわからないがフラフラしているし、とにかく守らなくちゃと思っていたのだが、相手は人型の魔獣だ。剣は手元にないし、俺の魔法では効かない…どうする…
妙な汗をかきながらアザレアを抱きしめた。
俺は転移魔法は使えないし、防御しつつ誰かが来るのを待つしかない。俺はダメ元でも防御陣を張り、いつでも飛べる体勢をとった。
軽く突破された防御陣。襲ってくる魔獣をかわす。アザレアには当たってない。それにホッとしつつ、魔獣と対峙した。
その時だ。
ゆらりとアザレアが動いたかと思ったら、詠唱を始めた。この詠唱には覚えがあった。
「おいっ! やめろ、アザレア!」
目を覚まさなかったアザレアの姿が脳裏を過る。
「この地に姿を見せよ――暗黒竜!」
現れた暗黒竜をもって人型魔獣をあっけなく撃退する。
魔力を吸いとられたアザレアは顔色が悪かった。それなのに…
「セルリアン…傷、大丈夫?」
「あ、あぁ…」
「よかった…」
微笑むアザレアを見て込み上げるものがあった。情けない。好きな女を守れない自分が本当に情けない。
だから、誓いのように言った。
もうゲームオーバーになってもいいと思ったんだ。
「いつか必ず強くなるから。召喚なんかしなくたって、お前を守れるくらい強くなるから」
「お前が好きだ。好きだから、弱いままじゃ嫌なんだ。強くなるから。それまで待っててほしい。それまでお前とは絶対に結婚しない」
今の気持ちを正直に言ったと思った。
これでアザレアが追いかけてこなくてもいいと思ったんだ。
その時は俺が追いかけようとさえ思っていた。
なのに…
目を見開いたアザレアの口元が笑みを浮かべる。優しさなんて微塵もない、恍惚の笑み。正直、言うと恐ろしかった。
「絶対に逃してあげないから――」
そう言うと突然、唇を奪われた。
パニックになる俺。
アザレアは俺の様子を気にすることなく嗤った。
「覚悟しておきなさい、セルリアン」
「あなたのキスも、童貞も、全部、頂くから」
ぞわっと悪寒が走った。
アザレアは本気だった。
そして、その言葉を最後にアザレアはぶっ倒れた。
「…………わけわかんねぇよ」
俺の告白は完全に無視された。
そして追いつづける宣言。
俺は頭を抱えたくなった。
好きだと言ったはずなのに、その答えはなくキスや童貞を奪う。
意味がわからん。
なんだ?
アザレアは俺の気持ちは要らないということか?
必要ないのに追いかけてくる理由ってなんだ?
権力か?
…それはないか。こいつに限って。
じゃあ、なんだ??
……まさか。
体目当てとか??
はははっ。
まさか、そんな。
アザレアは変だけど女だぞ。
そんなことを考えるなんて……
――あり得るかもしれない。
母上の話だと、俺の容姿は好きだと言っているらしいし、アザレアが好きなのはこの見た目だけなんじゃないのか?
一つの結論に達した俺は、今度こそ脱力する。
もう、どうしたらいいのか本当に分からなくなっていた。
何をすべきか分からなくなった俺は、とりあえず容姿を磨く努力を始めた。
ファッションにも気遣い容姿だけは完璧であるように努めた。
「なんか、方向性を見失ってない?」
そんな俺を見て、グレイは呆れた。
俺もそう思うけど、もはや止まれない。
そんな努力の甲斐あってか見た目だけはアザレアと並んでもおかしくなくないようにはなった。




