結局何も変わっていなくて…
「では先ず俺の事を話そう。俺は元セルン王国騎士団 大騎士長だった者 名を"アルガ・カルミア"という者だ」
それを聞き、勇夜と少年は反射的に身構える。元とはいえ、目の前に居るのはセルン王国の大騎士長、今の風貌では想像つかないのも無理はないが、確かなのは強者であること、それだけが物語っていた。
「待て待て、元と言っただろう? 今の騎士団との関わりはない。それにここに居る全員、元は騎士団だった者だ。今は訳有って鳴りを潜めているがな」
アルガは警戒をしている2人に落ち着くよう宥め、自身以外の身元も答えた。勇夜達は何故こうなっているのか疑問しかなかったが、話を遮るべきではないと言葉を飲み込んだ。
「まあ俺達は昔の騎士団に居たわけだが、俺達の殆どは死んだ事にされたか、裏切り者と言われ追放されたかだ」
アルガの雰囲気は温厚なものから、また威圧的なものへと変わっていた。
「俺達はただ一つの目的を果たすためにここに居る。我らが王の忘れ形見である、アルセリア姫を救うために」
アルガの言葉で、勇夜は反応する。だが気にせずアルガは続けた。
「俺達は命懸けで姫を逃がし、信頼のおける者に託した。だが! 奴等はどういう訳か見つけてしまった! 俺達が知った時には遅かった! だがまだ間に合う。何も守れず"死んだ"俺達が、王と王妃の願いを守れずなんとする!」
アルガは悔しがる素振りを見せ、遂には手を掛けていた椅子の腕掛けを握りつぶしてしまった。それ程までに悔しいと感じていたのだろう。それを聞いていた者達ですら同じ様に苦虫を噛んだような表情をしていた。
「小僧、今姫の名前を聞いて反応したな?」
そんな中で勇夜の変化を見逃さなかったのは義足の男だった。男は鞘に入った剣を支えに立ち上がり、勇夜に射殺しかねない殺気を放ちながら近付いた。それは勇夜だけに向けられており、勇夜は本能的に一歩後ずさった。
「貴様ごときが何故姫を知っている?! 下手なことを言えばその首ここで落としてくれる!」
「俺…は…俺はただ、アリサにもう一度会うために…」
凄まじい剣幕から放たれる怒号が勇夜を襲う。気圧されながら勇夜は答えた。
「アリサだぁ?! ハッ! 姫の事を何も知らずにただ会いに来たと?! ふざけるのも大概にしろ!」
男は勇夜の胸ぐらを掴み更に追い込む。そして勇夜の目は自然と男の目と合う。
「小僧、貴様のことを何故気にくわないか、その目を見て漸くわかった。貴様は何も出来なかった、見ていることしか出来なかった! 守りたいと願う者を守れず負けた、ただの負け犬の目だ!」
目があった時、男は何かを悟ったような後悔も感じさせる表情を一瞬見せたが、男は吐き出す言葉ともにそれを消した。まるで自身にも言い聞かせるような言葉とともに…
勇夜は男に何も言い返すことはなかった。言えることは有っただろう。だが感情をぶつけられ、目が合った時に感じた悲しげな男の想いが少しだけ分かったからかもしれない。
アルガはそんな男の行動を咎めることはせず、成り行きを見守っているようだ。
「水を指すようですが、今ここで争うことは、双方の得にならない事ではないですか? 俺にはまだ関係性が分かりませんが、今は互いを知るべきでしょう」
隣の少年は今の雰囲気に気圧されず、冷静に言葉を並べた。勇夜の胸ぐらを掴んでいた男は一度舌打ちすると手を離し、この場の部屋から出ていった。
それを見送った少年は額から一筋の汗を見せ、ゆっくりと呼吸すると、座り込む勇夜に手を差し伸べて立たせた。
「悪いな。奴も… "ムラク" にも事情っていうのがあるんだ。少なくとも俺達の中じゃ一番長く姫の近くにいたのは奴で、奴にとって姫は恩人なんだ」
アルガは一息ついて義足の男、名を"ムラク・トリテア"について話した。少なくとも勇夜がムラクから感じた感情は、アルガが他の者から感じた感情と同じものと、それとは違う子を想うような感情も感じ取っていた。
「ま、水に流せとはとは言わないが、此方が今話せる事はこんな所だ。で、次は少年らの番だぞ?」
アルガは一度息を吐くと勇夜達に視線を向けた。その視線の意味は、先程言った言葉は嘘ではないという忠告も意味していた。
勇夜はこの状況になってから頭の片隅にあった、自身の正体を明かすことによるデメリットについて常に考えていた。目の前に居る彼らが嘘をついていないのは、"リース"程ではないが勇夜にも分かっていた。
だからこそ離れた自国を思えば明かさずにここで処理された方が良いのかもしれないと……だがそれではここに来た事事態無意味になる行為だ。その葛藤も時間にしてみれば数瞬だが、勇夜は判断しかねていた。
その時隣の少年が自身のフードに手を掛けゆっくりその風貌が明らかになる。勇夜は少年より後ろに下がっていてその顔を見ることはまだ無いが、その短く立たせて整った黒髪が見えていた。それにつられるように勇夜もフードに手を掛け、少し顔が出た時に少年が口を開き話し出す。勇夜と同じように変声の魔法が掛けられていたのだろう、先程とは少し違う少年の本来の声が発せられた。それと同時に勇夜は何故か悪寒が体を走る。トラウマが思い出されるような気持ち悪さが這いずり回るように襲う。まるで"少年の事を知っている"みたいに…
「俺はヤマトからある任務によってこのセルン王国に来ました。帝直属 姫付き筆頭守護剣士の」
「なん…で」
勇夜の顔が露になり始めた頃に、少年は自身がどのような身分であるかを話し始め、そして勇夜はその声を知っていた。それは"知っていた"声とは少しばかり変わっていたがそれでも忘れない、"忘れることの出来ない"声に信じられず小さく呟く。
「駆条 灯真 です」
「とう…ま」
少年"灯真"の言葉と重なるように、消え入りそうな声で勇夜は呟いた。
「?」
灯真は小さな呟きでも、後ろから名前を呼ばれて後ろを振り向いた。勇夜は咄嗟に顔をしたに向けてしまい、灯真の顔を見れなくした。
「もしかして、勇夜なのか?」
「ッ! 違う! 俺は…俺は灯真を傷つけたかったんじゃないんだ!」
灯真は突然の否定に一瞬勘違いをしてしまったのかと思うがそうではなく、続く勇夜の言葉は何の脈略もなくただ感情をぶつけるかのような言葉が吐き出された。
「……勇夜」
勇夜を呼ぶその声は、責めるでもないまるで慰めるような優しい声で、勇夜は肩を一度震わせゆっくりと顔を上げた。勇夜が見た灯真の顔は、幼さの無くなった凛々しい物に変わり、はにかむような笑みを溢していた。ただ一つ…大きな傷を残して…
「ごめ…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめん…な…さい…俺は!俺は…ぼく…は…」
幼い子供が必死に謝るように顔を歪ませて、叫び謝る姿はどう映るのだろうか、勇夜は次第に昔に戻るような口調になっていた。
「ハァッ!ハァハァハァ」
勇夜は突然胸を抑え苦しみだし、膝をついて荒く呼吸が乱れる。
「勇夜?!」
灯真は勇夜の変化に驚き近寄る。その瞬間勇夜の意識は暗く落ちていた…
ーーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃
"やっぱり勇夜君を1人で行かせるべきでは無かった"
祭り騒ぎで街中が賑わうなかで、1人急ぎ足で歩くルミルスの姿があった。
"今も動いていない。魔力の使用があったことは確か…何かに巻き込まれたと見るべき…これは私のミス"
ルミルスは怪しまれないように平静を装っているが、最悪の場合を想定しなければいけない状況だ。とにもかくにも今の状況を知る必要があるために勇夜の場所へ可能な限り急いでいた。
ルミルスがたどり着いたのは見た所なんの変哲もない建物だった。だが微かではあるが、常に多数の何者かに監視されているような感覚をルミルスは感じていた。
「お嬢ちゃん? 一体何のようで?」
扉の横に座っていた港で働いているような格好の男が世間話のように普通に話し掛けてきた。
「実は弟と逸れて、こちら側に来るのを見掛けたんです。この辺りで見掛けていませんか?」
ルミルスには既にこの場所に勇夜がいる事を知ってる。そしてここにいる男もそうだが、中にいる者達も只者ではないと理解していた。だからこそ聞いたのだ。
「悪いが見てねぇな。少なくともここにはな。それにこんなとこにお嬢ちゃん1人て来るもんじゃねぇぞ。さっさと帰っとけ」
ルミルスはその回答に対して息を吐き、その目は鋭く変わっていた。
「そうですか」
次の瞬間男とルミルスを監視していた男達の意識は消えていた。
「む?」
中に居たアルガは、異様な雰囲気をいち早く感じ取り立ち上がる。その時扉が空き、ルミルスか姿を表した。
「誰だ?!」
見知らぬ女性か入り込んだことで、周りの男達は動揺こそしないが臨戦態勢を瞬時に取っていた。
「やめとけ、お前らじゃ相手にならんぞ」
アルガは周りの男達に告げ宥めた。
「あんたは"何"だ? 普通じゃねぇな。だが……そうだな。うちの奴らを殺さずにいたということはそれ相応の目的があると見たが」
アルガはルミルスの姿を見るやいなや、顔つきが真剣な物に切り替わる。しかし周囲の気配を探るようにしたあと、鋭い雰囲気を収め話し掛けた。
ルミルスはアルガを目の前にした時、少しばかり動揺した。顔を合わせれば伝わるアルガの洗練された力に、魔装騎士には及ばずともかなりの強者であると瞬時に理解したからだ。
そんな中でアルガに隠れていたが、周囲に目を向けたルミルスの目に、長椅子に横たわる勇夜の姿を見つけた。
「ん? そうか、君はこの少年の関係者という訳か。であれば納得いくこともある」
ルミルスは警戒し、意識が向いたとはいえそれを気づかれるようなヘマはしていなかった。しかし目的が勇夜である事を見抜かれ、その上で目の前のアルガが警戒を解いた事に疑問しかなかった。しかしアルガがただの敵というにはあまりにも矛盾した対応や雰囲気にルミルスは一度話すべきだと感じた。
「貴方方はこの国にとって何ですか?」
漸く口を開いたルミルスに、アルガは先程まで平静だったとは思えない程、強張った体をリラックスさせるように息を吐いた。
「俺達はこの国にとって害であり、悪であり、そして全てを賭して忠義をかけた者だ」
アルガはその言葉の後、ルミルスに勇夜達と同じように隠さず教え、何故勇夜が気を失っているかも説明を始めた。




