せめて人間らしく 伍
[せめて人間らしく]伍
中院には薬草と野菜が生い茂っている。
それを星游はぼんやりと眺めていた。
壁の向こうからは子どもたちの笑い声が響いてくる。
うっかりすると薛子塾に戻ったような既視感があった。
取り上げた赤子をどうしたものかと途方に暮れている一行に、まさかの解決策を出したのは舜迅という成り行きで付いてきて被害にあった鬼子の子だった。
自分の老子なら、たくさんの子供の世話をしているし、赤子に与える乳のあても或るという。
舜迅の案内で桜花地方の最奥まで来ると、この家屋にたどり着いたのだった。
薛子塾のように扁額もなく、舜迅に聞いても取り立てて塾のようなことはしていないと云う。
慎譚という人妖が、ひっそりと暮らしているうちに舜迅のような子供を拾い出したらしいが、教育などはしていないのは薛子塾と違う。
そして、慎譚という名の人妖は癒与であった。
「あ!星游、此処にいたのかよ」
「ーー何か用か」
「黄昏てんのかよ、陵たちが探してたぞ」
声をかけてきたのは、その舜迅である。
早くも一行に馴染み、名前で呼んでくるのは生来の性質なのか、春斎という国柄なのか星游はいまいち判断しかねている。
北英でも、星游は大勢の死者を見た。
救えなかったという悔いは、優しいが自身を慰めるだけで前進にはならぬ。
そう思っていても、己が命を差し出して出産した名前もわからない女性の姿は瞼に焼き付いている。
この感情が何という名なのか、星游にもわからない。
「あの人なら、叔玄でも老子でも救えなかっただろーから落ち込んでもしょうがねえじゃん」
「それはそうだが」
「むしろあかんぼを救えたのは星游の判断だろ、それってすげえことじゃん」
陵より年下の少年の慰めに、星游は苦笑する。
「おまえは前向きだな」
「だってさ、人の命なんてあっけないもんだよ。最南の方にいけば南了からの盗賊団もくるしさ、あいつら命も金も持ってくし」
「盗賊団ーー」
「なんでも鬼子だけの盗賊集団らしいぜ。つっても、おいらの親もそいつらに殺されたんだけど」
舜迅の言葉に星游は顔をあげた。
のどかな景色に、ふいに生臭い空気を感じた。
「酷いな……」
「おいらはさ、鬼子の力でやたら足だけは早いから、逃げたんだ。父さんが殺されるの見ながらさ。走って走って、泣きながら走って、気がついたら一番反対の地方まで来てて。人のもの盗んだりしてぶらぶらしてたら老子に拾われて」
「慎譚という人妖だな」
「癒与の人妖だから、朝廷で一時は働いてたらしいけどな。でもおいらは人妖だろうが鬼子だろうが、人間だろうが、なんにも信じられなかったんだ。何度も逃げたりものを盗んだりしたけど、老子は全然怒らないから拍子抜けしてさ。おいらばっか騒いでて馬鹿みてえ、って思ったんだ。此処にいる連中もおいらと似たり寄ったりなのに、自分が一番可哀想って思ってたんだよな。誰もおいらの気持ちなんかわかんねえよって」
「それは……少し厳しくないか?お前は子供だし、目の前で親を殺されたんだ、そう思っても誰も責めはしない」
話し込む星游たちに、お茶を運んできた雪燕が話を聞きつけて足を止める。
雪燕もついこの間まで北英の王族を憎んで殺そうとしていた。
仲間が次々を死んで、此の世界を怨んでいた。
舜迅の言葉が、痩せた胸に刺さる。
「いまでもひとを信じるのはどっか怖いよ。信じるってことは気持ちの見返りを求めてるみたいじゃんか。でも信じられないからって泣いて騒いで死んでいくのも、勝手に信じて生きてくのも、つまるところはおんなじなんだよ。だったら楽して死にたいだろ、つまんないじゃん。恨んだり悔やんだりしてても面白くねーもん」
「舜迅は、強いなーー偉い」
「えらかねーよ、所詮子供の屁理屈だし。でも、そう思わないと目の前で殺されてる親、見捨てて逃げてさ。つらいじゃんか。おいらみたいなのでも生きてていいのかな、って考えて生きてくのはしんどいんだよ。だから、人を信じたり老子を信じたりすれば、楽なんだ」
星游は空色の髪に手を突っ込んでかき回した。
似たようなことは薛子塾で少春も云っていたことがある。
表現に違いはあれど、足らない自分を許すことも強さなど思い知らされた。
「鬼子だってさ、人間だもの。神様がなんでこんな世界にしたのか考えたって人間にはわかりっこねーもの。わかんないこと考えても仕方ないじゃんか。せめて人間らしく生きてけばいいんだって思うんだ」
「そうだな。考えても仕方ないものをうじうじしてるのは無駄だよな」
「そうだよ、この先はどうすんのかだけ考えてれば、物事って簡単だぜ」
この先ーー星游は龍星を倒したい。
そして士學は呂元帥を倒さねばならない。
その道は遥か険しいが、それは避けては通れない道なのだ。
北英で士學は差別のない国を欲した。
星游は龍星を知り、その悪行を許せなかった。そして龍星は仲間の命を平気で狙う。
見逃しては第二の北英がすぐさま作られるだろう。
限られた時間の中で、やれるべきをやる。
それは誰しもの課題が課された生の道だ。
「雪燕、いつまでそうしているのだ。茶が冷めるぞ」
「ちょ、公子!いま星游たちは話しててーー」
「なになに、兄者いたのかよ!外まで探しちゃったぜ」
「陵のは、単にお子らと遊んでいただけだろ。鍛錬さぼって……痛い!蹴るな、陵の蹴りは笑えない痛さだから!」
叔玄は同じ癒与、そして鬼子ではない相手に会って色々勉強しているらしく、それ以外の仲間が廊下から星游たちを窺っていた。
そして士學は、あの時に救った赤子を慣れた手つきであやしている。
あの騒ぎの中も産婆さながらの活躍をしていた。
過去にいったいどれだけのことを体験しているのか、相変わらず星游らを驚かすことの多い皇太子だ。
「いつまでも武器をただ待っているわけにはいかない。士學、南了へ急ごう」
「具合は大丈夫なのか、星游。焦るのはわかるが、無理は禁物だ」
「あとは道々でどうにかなる、大丈夫だ」
舜迅が云っていた南了の鬼子だけの盗賊集団。
それはあの慧斗に関係している可能性がある。
告死天使の千里眼でも見えない以上、南了にいるかも怪しいが千里眼にも限度があるのだ。
あとは進みながら所在を確認するしかない。
「もう行くのか?」
「ああ、叔玄の切りのいいところで出る。舜迅には世話になった」
「また、会えたらいいな」
はっきりと再会したい意思を示してくれる舜迅の頭を撫でる。
雪燕の手から湯呑みを受け取ると、お茶は随分と冷めていた。
いつから聞いていたのか、どういう気持ちで聞いていたのか。
星游がその肩を抱き寄せて舜迅にしたように頭を撫でると、雪燕は硬直し、舜迅は冷めたお茶を吹き出す。
「なあ、男いねえっていってたのに、やっぱいるんじゃんかよ」
「なんのことだ?」
「星游、おぬし少しは慎みとか配慮を保たんか」
「兄者ってそういうとこ、青祥以下だなー」
「うん、今回は俺も否定しない」
星游がきょとんとしているので、一行から失笑が漏れた。
無自覚なのがまた、星游らしい。
和やかな笑いが中院に広がっていった。
お久しぶりの更新です、申し訳ないです。しかして!なにかのフラグがたってるような、たってないような。お子様が暴走して、初めてサブタイ回収というか、これを言わせるためだけに作ったような話数だったりします。珍しく叔玄が一切いないという回です。星游的には、雪燕も少春も同じ扱いなんですけどねー。
次回、お久しぶりなキャラたちが出てきます!




