ドロドロ伊集院劇場~麗華さん初のヒロイン~
麗華さんの家に呼ばれた。恋人になったのだから、色っぽいことがあると思うのかもしれない。だが麗華さんに限ってそんなことはない。麗華さんの部屋に通されたが、彼女はすぐパソコンに集中した。何か、インターネットで検索しているようだ。彼女を囲うように、後ろからひょいとパソコンの画面を覗く。
「何調べてるの?」
「それはもちろん、昼ドラよ! もっとドロドロしなきゃいけないのね……」
麗華さんには無理だろうと思いながら、そうだねと頷いておいた。彼氏が背後に急接近しても反応が変わらない。昼ドラ好きにもほどがある。でも、そんな夢中な麗華さんが可愛いのだから仕方ない。
あれからパソコンによる情報収集は終わったのか、彼女は後ろを振り返る。至近距離にいた僕に、焦げ茶色の目を瞬かせた。
「雅さんも、そんなに熱心に昼ドラ研究を見てくださったのね」
違う、麗華さんを見ていたのだ。けれど昼ドラ脳である彼女は、そう判断してしまう。
「麗華さんを見てたんだよ」
「あら? えっ、その……」
麗華さんは目を彷徨わせる。落ち着きなく、手櫛で髪を整え始めた。そして彼女は気づく。今、部屋に二人っきりである。この空気はまずいと思ったのか昼ドラをしましょうと言い出し、場所を移すことになった。
「ダメですわ。今日はヒロインが見つかりませんね」
それもそうだろう。今日は麗華さんの自宅なのだから。使用人は昼ドラごっこに巻き込まれないように、適度な距離をもって見守ってくれている。
「あのさ……麗華さんがヒロインやれば?」
「いいえ。わたくしは姑になりたいのです!」
「じゃあ、まずやることや――」
「言い間違えましたわ! 昼ドラ悪役になりたいのです!」
前は簡単だったのに、かわすのがうまくなっている。でも、彼女を本人よりも知ってる自信があるのは僕なんだけどね。
「昼ドラの悪役をやるなら、まずその前に昼ドラヒロインの気持ちを知らなきゃ上手くやれないんじゃないかな?」
「ハッ!? それもそうですわね……。わたくし、物事がよく見えていないようでしたわ」
「うん、分かったならいいんだ。さっそくやろうよ」
「ええ! あの昼ドラの星にむかって!」
青い雲ひとつない空を彼女は迷いなく指した。今昼だから、白い月が見えるだけだけどね。とりあえず、麗華さんがやる気になっているうちに伊集院劇場をやらなければ。
「ご飯にする? お風呂にする? それともワ・タ・ク・シ?」
なんて破壊力だ。ハートのポケットのついたピンクのエプロンが、彼女が動くたびふわりと揺れる。ふんわり内巻きのゆるいパーマがあてられた彼女の柔らかな茶髪が、右に寄せて束ねられていた。白いうなじが覗いていて、視線がつられてしまう。これが若奥様ヘアーというやつか。昼ドラを見て研究しているだけはある。だが、ここで負けてはいけない。いつもなら「全部」と答えるだろう。しかし、これは昼ドラ。それではいけないのだ。
「全部外で済ましてきた」
どんな反応をするだろうと彼女の顔を伺えば、頬を薔薇色に染めて目をキラキラと輝かせた麗華さんがいた。そうだよね、君はそういう人だ。
「これって泥沼の予感……!?」
「ごめん、嘘だからそんなときめいた顔しないで」
正直青ざめる反応が見たかったのだが、彼女との未来が透けて見えるようだった。とりあえず、ご飯ということにして話を進めた。なんと、本格派の麗華さんが本当に料理を作ってくれた。そして一口食べて思った。まずい、舌がピリピリする。これは才能じゃないだろうか。ひとまず無表情で食べていく。そんな僕を麗華さんが見守っている。キラキラとした眼差しが痛い。これは天然か? それとも昼ドラ展開を狙って作ったのか?
「お味どうかしら?」
「味見した?」
「どうしてですの?」
素の表情できょとんとしている。これは天然のようだ。なら、なおさら味が言えるわけがない! できるだけ女らしい声を意識して、彼女に答える。
「結構なお味です。お養母さま」
「まぁ! 雅さんが進んでヒロインをやるだなんて思いませんでしたわ! やりましょう! 昼ドラのてっぺんを目指すのです!」
よし、この調子でごまかす。味については言わないでおこう。彼女を落ち込ませるくらいなら、僕がヒロインをやる。その後、昼ドラって楽しいですわねと満面の笑みの麗華さんが見れた。
「雅さん、昼ドラのヒロインは姑に迫りませんわ!!」