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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第19節

とでも思ったか?




第19節


 アキトが砂漠を疾走する。その勢いとは裏腹に、彼が走り抜けた後には砂埃一つ立たない。そもそも、砂地であれほど自在かつ高速で走る事は難しいはずだ。細かい砂は足場を悪くする一因である。実際、彼も走る度に足がまるで空を踏み抜くような錯覚を抱き、同時に脚に纏わりつく砂を煩わしく感じる。

 だが、彼の洗練された走法は、最小限のロスで確実に地を踏み締め、速度を維持している。


 しかし―――、


「―――っと」


 しかし、彼がいくら疾風のように走ろうとも、本物の《旋風》から逃れられる筈は無い。今も、反らした彼の上半身スレスレを風の刃が吹き抜ける。それが通り過ぎぬ内にまた一つ。こちらは足元を狙った物だ。当たれば脚の一本や二本、容易に持っていかれるだろう。それを、身体を反らす勢いそのままにバク転をするような形で跳び、上の刃と下の刃の間に身体を通す。気分はサーカスの火の輪くぐりをする猛獣だ。


 何故彼がそんな人間離れした芸当を披露しているのか、と言えば、ひょんな事から勝負する事になったゴールドランク冒険者様の所為であった。いや、どこぞの猫耳少女のせいでもあるかもしれない。

 全ては彼女のあの一言。


『アキトに対して手加減は無用だ。本気では無かった、などと言い訳されても困るしな』


 この一言が彼、カイン=ホィールに火を着けたようだった。証拠に、今も情け容赦の無い攻撃が波濤の如き勢いで繰り出されている。どれもこれも、大型魔獣に使うのであろうものばかり。


 特に厄介なのが、先ほどの風の刃だ。とにかく速度が凄まじい。それに加え、使い手の狙い澄ましたような絶妙な配置により、アキトはきわどい回避を余儀なくされていた。


 かと言って、立ち止まって迎え撃つのも得策ではない。何故なら、彼の周囲を取り囲まんと、小型の砂嵐のようなものが彼を追尾しているのだ。その数六。ジワリジワリとアキトを包囲しようと独特の軌道を描きながら迫って来る。今はまだ、半円に囲まれる程度で済んでいるが、アレが完全に周囲を取り囲めば、もはや逃げ場は無い。


 カインはそんなアキトの様子を見て、優雅に微笑む。まるで極上の演劇を、はたまた演奏を鑑賞するかのように。実際このままでは詰将棋のように、時間の問題でしか無い。


 その様子を、少し離れた木陰――ヒカルがシノとフーカの特訓を眺めていたそこ――で、他の六人はナギの淹れたお茶を飲みながら観戦していた。

 そう言えば、とナギがお茶を注ぐ手をふと止めて、言う。


「私、ご主人様が戦うところは初めて見るかもしれません」


「そうだったか?」


 ヒカルが首を傾げる。


「ええ、ご主人様が生身で(・・・)戦っているのを見るのは初めてですわ」


 成程、そういう意味か。確かに彼女は狼男の姿ではない彼の戦いは見た事が無いかもしれない。《死の霧》の時は、他の事を気にしている余裕は無かっただろうし、水竜の国の王都での神竜を名乗る奇竜との戦いでも彼は彼は毛むくじゃらだった。せいぜい、王都の路地裏で暗殺者達にぼこぼこにされている所ぐらいだろうか。まあ、あれは戦いと呼べる代物では無かったが。

 だから、少しとはいえ不安が有るようだった。


「大丈夫だよ!!アキトはすーんご――く強いんだから!!」


 シノがまるで自分の事のように、誇らしげに胸を反らして自慢する。ヒカルもその点は心配していない。そもそも、彼は負けないと信じているからこそ、この勝負を持ちかけたのだから。そんな彼女達の雰囲気が、この観戦ムードを作り上げていた。


 そんな中、その雰囲気に水を差すように、レオが強張った声で告げる。


「いや、あいつが恐ろしく強えのは分かるが、場所が悪いぞ…」


「それはどういう意味でございましょう?」


 ナギがレオに茶菓子を差し出しながら尋ねる。レオはその茶菓子を受け取りながら、砂漠の二人に目をやる。そして、その一部、アキトの周囲の旋風を指差して言う。


「あの小型の砂嵐みてえなやつ。あれはカインの得意な魔術の一つでな、圧縮された風が獲物を捕縛する…ってな代物だ」


「捕縛ってことは、身動きを取れなくするって意味ですよね?確かに動けなくなったら危険ですが、アレ自体は特に危ないってわけでは無いんじゃないですか?」


 フーカがおそるおそるではあるが、思った事を口に出す。だが、レオの険しい表情を見て、彼女も顔を曇らせる。


「ああ、通常ならそうなんだが…、場所が悪い、って言ったろう?」


「え?…はい」


「今のアレは、砂漠の微小な砂を巻き込んで、それを高速で回転させている状態だ。簡単に言えば、掘削機みたいに触れた物からガリガリ削り取っちまう。人間の身体なんて、あっという間にズタボロだ」


 彼の得意とする風の魔術と、この砂漠というのは思いのほか相性が良い。砂を巻き上げれば、それだけで目潰しに。風に潜ませれば、容易に相手の視界を奪う事ができるだろう。それ以外にも、風を用いて強引に砂を操ることだってできてしまう。場所が悪い、というのはそう言う事だ。


「アキトが強いってのは分かるが、強さってのは相対的な物だ。状況や天運一つで容易にひっくり返る事だってまま有ることだ。実力が伯仲してりゃあ、なおさらだ」


 そう言って、バリッと茶請けの焼き菓子を頬張る。現に、今彼はカインの魔術に手も足も出ない状態にある。カインに近付こうとすれば、容易に旋風に囲まれ、遠ざかれば風の刃に切り刻まれる。水竜の国の『英雄』という事だったが、今の彼を見る限り、そこまでの力が有るようには見えない。あのままでは、文字通り手も足も出ないままに体力が底を付くのが早いか、風の刃でズタボロになるのが早いかの差でしか無いだろう。

 買いかぶり過ぎだったかね、と少し冷めた思いで菓子を咀嚼する。


「ならば、問題無い」


 だが、突然のヒカルの自信たっぷりの言葉に、菓子を喉に詰まらせ、咳き込む。


「ごほっ…げほっ…。おい、俺の話をちゃんと聞いてたのか?あいつは砂漠での戦闘なら、おそらく右に出る者は――――」


「あなたが言ったのだぞ?『状況や天運一つで容易にひっくり返る』と。それはアキトにも当てはまるだろう?」


「そりゃ、まあ…」


 別に否定はしないが、同時に肯定もしない。なんせ、そんな手があるならば、出し惜しみしていられる状況でもあるまいに。ああして、ただ走り回り、無手の彼が彼我の距離を詰められないでいられる現状こそ、彼らの戦力差を示している。


 だが、それを分かっているのかいないのか、ヒカルは不敵に笑い、こう言うのだ。


「なに、手も足も出ない程度、どれほどのものか。彼はその程度で諦めるような輩じゃ無い。むしろ、手も足も出ないなら、手も足も爪も牙も全部出してくるような男だ。まあ、この程度ではそんな必要は無いだろうが」


 そんな自信がどこから出てくるのだろうか、というような全幅の信頼。そして、それに同調するように、シノもナギも同じように評するのだ。


「アキトを倒したいなら、竜でも連れてこなきゃダメだよ~」


「そうですわね。竜が二人と、獣人が一人いれば簡単ですのに。そうすれば、ご主人様なんて、すぐに骨抜きにできますわ♪」


 ねー♪、と示し合わせるように笑い合うシノとナギ。そんな彼女達に、レオは菓子が喉に詰まったかのように目を白黒させている。


 そんな中、フーカがおずおずと尋ねる。


「あの…、前から気になっていたんですが、皆さんはアキトさんとどういったご関係で…?」


 そう、前々から興味は有ったのだが、彼女の生来の奥手さ加減が邪魔をして今まで聞く事ができなかったのだ。


 その質問に対し、彼女達は口々に答える。


「妻です♪」


「お嫁さんだよー!」


「所有者だ」


「なん…だと…?」


 なにやらレオンがショックを受けている。


「『所有者』はともかくとして、『妻』と『嫁』というのは連立する物なのか…?」


「意外にもてるのね、彼」


「これが、噂に聞く三角関係…ううん、四角関係なのでしょうか…。ゴクリ」


 話が妙な方向に逸れ始めた彼らを他所に、砂漠の戦闘は続く。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 次々と風の刃を繰り出しながら、カインは不思議な感覚に囚われていた。そもそもにして、彼の攻撃――《旋風》の二つ名の示す魔術の数々をこうも一方的に展開しているのに、それが全くかすりもしないというのは、未知の感覚だった。

 風の刃二連撃でも彼を捉えられないと分かった今、既に三連撃目を加えている。一撃目で体位を崩し、二撃目で脚を止め、続く三撃目で風は彼を捉えるはずだった。事実、初撃は彼の体を反らせ、地を這う連撃は彼を地上から引き剥がし、空中に浮かんだ彼はもはや身動き一つ取れない筈なのに、まるで花弁が風に舞うが如く三撃目から逃れていく。

 まるで全身に、手足の指、毛の先まで完全に意識の支配下に置いているかのような、流動性。


 否、そもそも不可視(・・・)の風を見切っている時点で異常なのだ。


 おそらくこのまま四撃目、五撃目を加えたところで何の意味も無いだろう。互いに干渉し合う風の刃達は、同時に放つ事が出来ない為、それぞれに命中までのタイムラグが生じるのだ。三撃目から逃れた次の瞬間には、もう彼は地に足を着けてしまっている。であれば、三撃でワンセット、この三撃で仕留められなければ、次の三撃も避けられるのは目に見えている。《縛鎖の風》を六つも操っている状態で、そのようにハイペースで魔術を行使すれば、消耗するのはこちらだ。


 逆に言えば、今の状態であれば、半永久的に続ける事が出来る。そう、何も焦る事は無い。この均衡は仮初かりそめの物に過ぎないのだから。

 人間のスタミナは無限ではない。いずれ彼の脚が止まる時が必ず来る。それは遠くない未来に。


 対してこちらは、恒久的に生産される魔力を計算通り、適度に消費していけばいいのだ。


 それに、たとえ接近されたとしても何も問題無い。


 何故僕が、ゴールドランクにもなって、パーティーも組まずソロのままであるのか、その意味を彼は知る事になるのだろうから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レオンはアキトにとって、砂漠は場所が悪いと言ったが、実際にはそうでも無かった。むしろ、今回の組み合わせにおいては逆に幸運だったと言える。


 本来不可視のはずの風の刃。しかし、ここは砂漠だ。辺りには微小な砂が溢れている。風の魔術と相性の良い砂だが、同時に相性が良すぎるのも問題だった。

 何故なら、風の刃がアキトに向かって飛来すれば、その通り道にある砂を僅かに、本当に微小にだが、粟立たせる。それは、アキトにとって不可視を可視にするのに十分だった。彼が面白いように風を避けるのはそのおかげでもあった。


「ん、大体理解した」


 小さく呟く。

 彼の攻撃で、現状の打破に一番の障害となるのは、じわりじわりとその包囲を縮めてくる小型の砂嵐だ。おそらくアキトが反転して、カインとの距離を詰めようとすれば、容易に捕えられてしまうだろう。

 『ニギリ』を使って、強引にどかせるという手も有るが、あの掘削機のような高速の砂で傷を負うのは必然だ。

 ならば。


「《オガミ》の本領は、かたり、かたり、かたる事…」


 舌舐めずりを一つ。


「俺は大事なものを護る為なら、どんな汚い手だって使うぜ?」


 その顔は凶悪な笑顔。



 ここに来て、両者とも『切り札(ジョーカー)』を隠したまま、砂漠の私闘は次なる局面を迎えようとしていた。

このバトルで何話いけるか挑戦してみようかしら?

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