第14節
自分も船舶について詳しいわけではないので、そこらへんの描写に矛盾や誤りがあるかもしれませんが、平にご容赦を。
第14節
喫茶店のごたごたで、時間を潰した(浪費したとも言う)レオ達は、クライアントとの待ち合わせ場所へと向かっていた。もちろん、レオ個人としてはあの猫耳娘に言ってやりたい事はいくらでも有ったが、時間は時間であるし、なにより口にしても、『そうだったのか。で?』と返されそうで、馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。
「優しいのね」
突然、前を歩くルルが彼に言葉をかける。視線はこちらに向いてはいない。
彼女の方から話しかけてくる事は珍しいので、少し驚いてしまう。しかし、言っている言葉の意味は分からない。
「あ?どういう意味だ?」
「さっき、お馬鹿な女の子達を止めてあげたでしょ?まあ、止めなかったとしても、一蹴されて、怪我すらも負わなかったでしょうけど」
「ああ…」
あの事か、とレオは顔をしかめる。無知とは恐ろしい物だと思う。おそらく、彼女達は魔獣の討伐しかやったことが無いのだろう。賞金首の『人間』を相手にした事が無いのだ。
魔獣の討伐と、賞金首の討伐の違いは、大きく言って『相手の強さの見極めの難しさ』にあると思う。
魔獣の強さの見極めは、比較的簡単だ。これはギルドがランク付けをしてくれるから、ではなく、魔獣の強さはその体躯に比例するからだ。つまり、身体の大きさで強弱がある程度分かってしまう。
レオの大雑把な分類によれば、Bランクの魔獣は3~5m、Aランクが5~10m、Sランクが10~15m。毒の有無や、集団性、凶暴性、特殊性などを考慮して、いくらかの変動はあるが、大体こんな物だろう。これ以上になると、もはや無差別級となり、人の手には負えなくなる。
彼女達はシルバーランクらしいので、人間と同じくらいか、二倍程度の大きさの魔獣と戦った事があるのだろう。だからこそ、『人間』の見極めが出来ない彼女達は、無謀にも、あの《死神》に襲いかかろうとしたのだろうが。魔獣を相手取る冒険者は、『普通の』人間に対して圧倒的な優越を感じてしまうのだ。
そこで勘違いをしてしまっている彼女達に、賞金首の討伐は難しいだろう。相手が人間だから、と侮ってしまっている時点で、その慢心を突かれて危機に陥るのは眼に見えている。
なんせ、相手は『人間』なのだ。毒を使うかもしれない、罠を仕掛けてくるかもしれない、新しい武器を使ってくるかもしれない、実力を隠しているかもしれない。
賞金首のランクと、実際の賞金首の強さが食い違うことは少なくない。相手の見極めが出来ない奴は、大抵ここで死ぬ。賞金首の討伐に出た同業者が、死体となって帰ってきたのを見た事が有るが、どいつもこいつも恐怖に顔を引き攣らせているか、ポカンと間抜けに口を開いて死んでいた。まるで、何が起きたのか分からない、とでも言いたげに。
レオは女好き、というわけでは無いが(むしろ、とある少女の所為で苦手かもしれない)、まだ若い彼女達があんな顔で死ぬのは、やはりやるせない。
だからこその、お節介だったのだが、それを『優しい』と言われると、少しくすぐったい。それが普段、人を褒めることの無い相棒からであるなら、なおさらだろう。
照れ隠しもあり、何故か言い訳をしてしまう。
「別にあいつらを助けたかったわけじゃねーし。あの女に喧嘩売るバカバカしさは俺が一番よく知ってるっつーか。それにあの男も、底が知れねえっつったのは嘘じゃねえし…」
「レオ」
ルルが滅多に出さないような、優しい声で、言い訳を遮る。
いつしか、歩みは止まっており、彼女の視線が真っ直ぐレオの瞳を捉える。いつもは、彼女の冷たさを際立たせる蒼い瞳も、今だけは温かく感じる。
「私は、レオのそういう所は好きよ」
「っ、そ、そうかよ」
レオは頬を染めて、視線を逸らしてしまう。
彼女が、レオの事をこんなに褒めるのは珍しい。いつもは、せいぜい良い稼ぎの時に、上機嫌ついでに褒めるくらい、なのだが―――――
「それ以外の所は、ほとんど嫌いだけど」
「………そうかよ」
若干、喜んだ事を後悔した。
「あなた達も、そう思うでしょう?」
「ノーコメントでお願いします」
「全面的に同意しかねるな。全部嫌いという意味で」
「あ?」
突然相棒が、あらぬ方向へと同意を求めると、返って来るはずの無い答えが返ってきた。しかも、どこかで聞いた声だ。
後ろを振り向くと、気の毒そうな顔のアキトと、心底どうでもいいという表情をしたヒカルが立っていた。
「手前ら、なんでついて来てんだ!?」
「いえ、単純にこちらに用事が有るだけです」
アキトが気の毒そうな顔を崩さずに答えてくれる。恥ずかしさで、顔が真っ赤になるのが分かる。そのせいで、ついつい怒鳴り散らしてしまう。
「こっち、ってせいぜい集会所くらいしかねえぞ!?」
「ですから、その集会所に用事が有るんです」
「冒険者が集会所に用事…って何しに行くんだよ」
「《風竜走》への出場登録です」
「それなら、集会所じゃなくてギルドだろうが。ギルドは街の東側だ。こっちじゃねえ」
「え~っと、護衛じゃなくて…うーん、何と言うんだろうか?」
「?」
護衛じゃ無い?どういう意味だろうか。
レオとアキトが揃って頭を捻っていると、横からルルが冷静に状況を説明してくれる。
「もしかして、その子たちがスポンサーをする船の出場登録、って意味じゃないかしら」
「そうそう、それだ!」
アキトが手を打って同意する。だが、レオは半信半疑だ。
「はあ?スポンサーって、肝心の《砂船》はどうするつもりだよ?アレは一介の冒険者が手に入れられる代物じゃねえぞ?」
確か彼はシルバーランクだったはずだ。実力に対して適切かどうかは知らないが、《砂船》は安くても金貨数十枚、上を見れば百枚は普通にする。しかも、水の上が走れない訳ではないが、その用途から、一年のほとんどは使用されない。まさに、祭用の神輿と同じだ。実用性があまり無い。
彼らには、それだけの財産も必要性も無さそうだ。この世界で、船と言えば水竜の国で漁師が使うくらいだ。貿易には安全な陸路がほとんどで、余程の事が無いと海路は使わない。
だが、アキトは自信たっぷりに頷くと、こう言うのだった。
「もちろん、《砂船》は有る。それも、とびっきりのやつが一隻ね」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――ゴト ゴト ゴト
重苦しい音を立てながら、木製の大きな扉が開く。と、同時に長らく閉ざされていた場所特有の、カビ臭いようなツンとした匂いが漂ってくる。
今日の朝早く、今日にでも出走登録をしてくると申し出た俺達に、フーカが《砂船》を見せてくれることになったのだ。
離れに在った、大きな蔵。そこが、《砂船》の保管場所であり、《砂船》を運び出す為の巨大な扉がついている。俺達が入ったのは、そちらではなく、人間用の扉だが、こちらも十分大きい。フーカが大きな南京錠を解錠し、扉を開…けなかったので、代わりにアキトが扉を開く。背中にヒカルを乗せたままの格好だったので、フーカには好奇の眼で見られたが。
蔵に入ると、大きな何かが在るのは分かるのだが、早朝のため辺りは薄暗く、よく見えない。そうしていると、フーカが蔵の階段を登り、二階に上がると天窓を解放してくれる。
天窓から朝日が差し込み、《砂船》の全容を照らしてくれる。
最初に思った事は、『眩しい』だった。
《砂船》かざはな号は、その名の通り各所に雪のような真っ白な塗装が施されていた。それが朝日を強く反射して、アキトの瞳へと注ぐ。
木造船だと聞いていたので、もっと戦船のような形なのかと思っていたが、ヨットのような流線型のフォルムをしている。帆も、横帆ではなく縦帆で、見ただけでもこの船が風を切り、砂を掻き分けて行くのが目に浮かぶ。
ただ一点、アキトは船に関しては素人なのであまり疑問には思わなかったが、このかざはな号のマストは船体に比して、少々大きかった。
「どうですか、この子は?お気に召しましたでしょうか」
アキトが船に見惚れている間に、こちらに戻って来ていたフーカが、少し自慢げにアキトに尋ねる。
「ああ、これは凄いね」
「このかざはな号は、《砂船》の内でも、速船と呼ばれるタイプで、その名の通り、速度を重視して造られています。反対に戦船と呼ばれるタイプは、速度を犠牲にする代わりに、魔獣との戦闘にも対応でき、安定性に優れています」
どうやら、《砂船》にも色々あるらしい。
「レースなら、速い方が有利じゃないのか?」
「一概にそうとは言い切れないんです。《風竜走》は魔獣との戦闘を交えながら、砂漠を横断するため、船体が傷付きやすいんです。そうなれば、走破性も、速度も落ちますし、最悪、魔術刻印が全損して、座礁してしまう可能性もありますから。その点、戦船は魔獣との戦闘を前提に造られていますから、甲板も比較的広いですし、装甲を着ける場合も有ります。ですので、雇う護衛も、言ってしまえば『並』で良いんです。速船は逆に、雇う冒険者の腕に依る所が大きいですが」
この子は、速船なのでアキトさん達の腕に懸かっていますよ、とフーカは笑った。どうやら、この子は《砂船》について語る時が一番良い表情をするらしい。
フーカの解説は続く。
「この子は、速船の中でもマストを大きく造っていますので、速度も普通では無いですよ!……まだ走った事が無いので、どれくらいかは分かりませんが。ただ、その分転覆の危険も大きいです。少しでも風を読み間違えると、あっさり傾いてしまうかもしれません」
どうやら、なかなかのじゃじゃ馬らしい。一度も走らせた事が無いので、実際に乗ってみない事には分からないが、そうそう甘くは無いようだ。
だが、同時に乗りこなせれば、大きな力となるだろう。乗り手の実力が試される船。この船なら、優勝も夢では無いかもしれない。走らせてみないと分からないが。
「セツカさんは本当に凄い人だったんだね…」
アキトがしみじみと呟くと、フーカは帽子をギュッと掴み、少し泣き出しそうに顔を歪めると、ブンブンと首を振って、にっこりと笑って答えた。
「はい!!」
そして、僅かな逡巡の後、アキトにこう告げる。
「昔、おじいちゃんが言ってました。このかざはな号は、『誰にも到達できない場所を見晴らせる事ができる者が乗る船』だと。私は、それがアキトさんだと思うんです。他の誰かでは、私を助ける事も、こうして《風竜走》に出る事も、出来なかったと思うんです。だからきっと、アキトさんならその場所に辿り着くことができると思うんです」
どうか、よろしくお願いします、とフーカは深々と頭を下げた。
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「おら、ここが集会所だ。《風竜走》への出場登録は、あっちの受付だ」
なんだかんだで、レオがアキト達を案内していた。
「これで良いだろ。俺達はこれからクライアントとの挨拶が有るんで、ここまでだ。もう二度と手前と顔を合わせねえように祈っとくぜ…」
最後に、ヒカルに捨て台詞を吐いてから、アキト達に背を向ける。
「ありがとうございました、レオンさん!」
後ろから、アキトのお礼が聞こえてくるが、振り向かずに手を振るだけに留める。アキトとか言うあの男は本当によく分からない。実力云々に関してもそうだが、普通に見えて、ゴールドランクの冒険者を反撃も許さず殴り飛ばしたり、常識人のようで、個人で《風竜走》に出るなどと突拍子も無いことを言い出す。
「お久し振りです、ロイガーさん」
ルルが突然、挨拶をする。どうやら、彼らのクライアントがすぐ近くにいたようだ。恰幅の良い、髭を蓄えた初老の男性、テスト=ロイガーは、この国の大商人だ。
「テストの旦那、お久し振りです」
レオも慌てて挨拶をする。
「いやいや、二人とも壮健でなによりだ。《氷炎》の噂は、私の耳にもよく入って来る」
そう言って、レオの肩を叩いて来る。ロイガー氏は、若い頃から商人として各国を渡り歩き、一代で大商人と呼ばれるようになった程のやり手で、同時に自分の《砂船》に自ら船長兼操舵士として乗り込む程の行動派だ。
自ら、この《風竜走》のスポンサーを買って出るほどの《砂船》好きだが、一つだけやっかいな性質も持ち合わせている。
「ところで、先ほどまで一緒にいたのは誰かな?一人は獣人だったようだが、知り合いかね?」
少々危ない光を宿した瞳がレオを射抜く。このテスト=ロイガーという人物は、若かった頃、頻繁に各国を旅する事が多く、その為大変信心深い。彼らが安全に、商売ができるのは大竜脈路の、ひいては竜のおかげなのだから。
商人は基本的に信仰と商売を分けて考えるものだが、ロイガー氏は、特に信仰に忠実で、教義にあるように獣人を快く思ってはいなかった。
レオは内心で溜息を吐きながら、彼に忠告しておく。
「知り合い、ってほどじゃありませんが、あいつらに手は出さない方が賢明ですよ。火傷どころでは、済みませんから」
レオの言葉に、彼の真意を探ろうと、しばらく鋭い視線を注いでいたが、どうやら本心からの言葉だと理解してくれたらしい。実際、本気も本気、真剣も真剣だったのだが。
再び、商人らしい笑顔を浮かべると、こう言った。
「では、今年もよろしく頼むよ。今年も優勝できれば、歴代5組目の三連続優勝だからね」
「もちろん全力を尽くします」
ルルがいつも通りの事務的な答えを返す。レオもそれに合わせて、こう言ったのだった。
「任しときな、旦那。今年は、いつもより面白い事になりそうだぜ?」
《死神》の少女と、彼女と一緒にいた青年を思い浮かべながら、犬歯を剥き出しにして不敵に笑うのだった。
彼とて三年前の彼では無いのだ。
フーカのアキトの呼び方が、呼び捨てから『アキトさん』になってるのは、もとさやと言うやつです。




