第15節
もう、15節目だと…!?
この章も、30節では収まりそうに無いぜ…。
第15節
クラフストンでも一等の宿、そのVIPルームにて、レオンは今日の訓練で火照った身体を休めていた。日が沈みかけた今となっては、昼の暑さが嘘のように、涼しい風が吹いてくるため、非常に心地良い。
この部屋は、この《風竜走》に参加するまでの一カ月、彼にあてがわれた物だ。貴族連中も使用するような高級宿で、一カ月の宿代が幾らになるか、考えただけでも恐ろしい。だから、意識的に考えないようにしている。宿代はクライアント持ちなので、全く問題無い。
『訓練』と言っても、この時期はまだ領域の外に出るような事は無いので、実際の所レオ達は単に砂船に乗っているだけだ。もちろん、一年振りなのだから、勘を取り戻す意味も有るのだろう。しかし、レオ達は冒険者としても一流だが、《砂船》の護衛としても一流だ。確認する事と、砂船特有の感覚に慣れてしまえば、ほとんどやることが無い。せいぜい、砂漠の暑さに慣れる努力をする程度だろうか。と言っても、『涼しい。これは涼しいんだ』という自己暗示でしか無いのだが。
ルルの方は、魔獣とは関係無く、『やる事』が有るのだが、今の所、基本的な訓練ばかりで、向こうもレオと同じく手持無沙汰だろう。今も同じように、隣の部屋でくつろいでいる事だろう。
そう思っていると、部屋のドアがノックされる。部屋のバルコニーで涼んでいたレオは、少ししかめっ面になるのを止められない。なんせ、この部屋ときたら、このバルコニーから入り口まで、無駄に距離が有る。寝室だけでもかなりの広さが有るのに、寝室を出るとダイニングが、ダイニングを出るとリビングが、リビングを出るとようやく玄関が見えてくる。
訓練で火照った身体を引きずりながら歩くには、少々面倒臭くなってしまっても仕方が無い距離だった。まあ、本来ここに泊まるような連中には、そんな感覚は無縁なのだろう。そもそも、灼熱地獄の砂漠に長時間とどまるような事は無いだろうし。
そんな事をダラダラと考えてはみるものの、当然玄関が近くなるわけでも、身体が軽くなるわけでも無かったが。
仕方なく重い腕をダラダラとだらしなく揺らしながら、ドアへと向かう。寝室、ダイニング、リビング、玄関。『宿』=『寝る所』なレオにとって、理解不能な空間をなんとか踏破し、ドアへと辿り着く。
ドアを開けるとルルが立っていた。てっきり、自分と同じく部屋で休んでいるものと思っていたので、少々驚く。そもそも、何の用だろうか。
「レオ、ドアを開けるのにどれだけ時間をかけるの?もし私があなたのクライアントなら、徹底的にこき下ろした後、くびにするわよ」
どうやら、嫌味を言いに来たらしい。いつもなら、『こっちは疲れてんだよ!』とか、『こんな時間に嫌味を言いに来る暇が有るなら、さっさと寝ろ!』とでも言い返すのだろうが、久し振りの砂漠にダウンしている今は、そんなことにスタミナを使う気にならない。
無言のまま、ドアを閉める。そして、そのまま寝てしまおうと、寝室へと足を動かしはじめた所で、ゾクッと背筋に寒い物を感じ、野生の勘の赴くままに、その場を飛び退く。
次の瞬間、部屋のドアが、内側に、つまりさっきまでレオが立っていた場所を通過しながら、吹き飛んで来た。よく見ると、ドアは何本もの氷の槍に貫かれており、哀れ幾つもの穴が空き、見るも無残な姿となっていた。
ドアは部屋の内装をいくらか巻き込み、引き倒しながら進み、壁にぶち当たりようやく止まる。
額と背筋に冷たいものが伝うのを自覚しながら、おそるおそる玄関をうかがう。そこには、いつもの三倍増しで冷気を撒き散らす相棒の姿が在った。
こういう場合、彼が取るべき行動は一つだ。
「悪かった!!すまん!!ごめんなさい!!命だけは助けて!!」
すなわち、命乞いだった。
この宿に本格的に客が訪れるのは、もう少し先なのが幸いし、ゴールドランクの冒険者が土下座&命乞いをする、という醜聞が他人に見られる事は無く、彼の名誉は守られたが、彼のトラウマはより一層深さと濃さを増してゆくのだった。
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小一時間、拝み倒し、謝罪の言葉を重ねた結果、彼の刑罰は『氷塊折檻』へと落ち着いた。現在彼は、断面がギザギザになっている氷の板の上に正座をさせられ、その上から、さらに氷の重石を乗せられる、という時代劇の拷問のような状態となっていた。
既に脚の感覚が無い。正座で痺れているから、ではなく、完全に低温のせいだった。このまま、行く所まで逝ってしまうと、確実に脚が壊死するという、恐ろしい刑罰だ。
一応、ルルにとって、レオは『金蔓』なので、そこまではしない。しないはずだ。しないと信じたい。しないで下さい、お願いします。
「少しは頭が冷えたかしら?」
頭どころか、目下脚が壊死する危機にあるのだが、レオは必死にコクコクと頷くしかない。それを見たルルは、溜息を吐くと、手に持っていた紙の束に眼をやる。
「だいたい、あなたが調べろと言ったのでしょう?」
数日前にロイガー家に、とある調べ物を頼んでいたのだ。ロイガー家は、流石は大商人とでも言うべきか、情報網も広く細かい。特に、今回の件は、ギルドでは緘口令が布かれているらしく、ゴールドランクであるレオ達にも話せないらしいので、独自のルートを使うことにしたのだった。
しかし、まさかこんなに早く調べが付くとは思わなかったので、現在彼が折檻を受けているのは、全くの不可抗力だ。不可抗力なのだが、そんな言い訳は彼女には通じない。
「あ、ああ…。本当に悪かった。反省してる」
「そ。でも、どうしてこんな事を?確かにギルドに緘口令が布かれているのは気になるけれど、《風竜走》には関係無いでしょう?」
「へっ、よく言うだろう?『敵を知らずんば、虎児を得ず』ってな(ドヤァ」
ルルが、手の中の杖を一振りして、氷の重石が一つ増えた。
「うおおおぉぉぉぉ!?なにすんだ!!」
「得意気な顔で、馬鹿な事を言われると、凄くムカつくわ」
「何が『馬鹿な事』だよ!!」
「分かっていない所が、さらにムカつくわ」
氷塊がさらに一つ上乗せされた。
「なんでだぁぁぁぁ!?よく分からんが、ごめんなさい!!許して!?このままじゃ、脚が壊死する!」
本当に分かっていないらしい。だが、自分が危機的状況にある事は理解できるのだろう、必死に命乞いをしてくる。まあ、このまま続けても脚が壊死する程度で、死にはしない。それに、彼女がどうこうするまでもなく――――
「そろそろ時間ね」
彼女がそう言った直後、レオの脚の下にあった氷の板と、一番下の重石が消えた。魔力へと還元されたのだ。このように、彼女の魔術は、実際の水を凍らせでもしない限り、時間経過で消失してしまう。彼女の創りだす氷は、あくまで魔力の変異した物であるため、しばらくすると再び魔力へと戻ってしまう。
とにかく、いまだに二つの氷塊が膝に乗せられているとはいえ、膝下の氷が無くなったのは大きい。安堵の溜息を吐くレオ。
「さて、壊死の心配が無くなった所で、報告を続けていいかしら?」
「あ、ああ。頼む」
口は災いの元と気付いたレオが、言葉少なに同意する。
ルルはそれを確認するまでも無く、手元の紙束に視線を戻すと、その中から重要と思われる部分を要約して語りだす。
「それじゃ、あの子―――《アキト=オガミ》の調査結果を報告するわ。と言っても、私もまだ目を通していないのだけどね」
そう、レオがロイガー氏に頼んでいたのは、以前の喫茶店で出会った一人の青年についてだった。確かに、普通の子では無いと思うが、そこまで気にするべき人物にも見えなかった。
しかし、レオには引っかかる所が有ったようだ。そして、情報を得ようと訪れたギルドで、彼の情報の閲覧が禁止されている事を知り、その思いは強まったようだ。
ルル個人にしても、そんな事例は聞いたことが無かったので、興味は有ったが、今は《風竜走》に勝つことだけを考える時期だ。そして、哀しい事に、彼の乗る《砂船》が優勝することなど、万に一つも無い。《風竜走》とは、悲しいまでに資本の争いだ。それは、ロイガー家に雇われるまでにも、何度か参加したことの有るレオ達が一番良く知っている。
『良い船』、『良い船員』、『良い条件』。前の二つは言うまでも無く、『良い条件』にしても、練習場所、スタート位置、そして妨害要員など、金に物を言わせれば、どうとでもなるのだ。
そして、彼らにそんな大きな資本は無いだろう。悲しいまでに。
そう思いつつも、紙面に目を走らせ、字を拾っていく。
「冒険者になるまでの経歴は…“不明”? 出身…“不明”。『オガミ』なる姓に該当無し。……ギルドの諜報部でも詳細は掴めていないようね」
「おい、おい。嘘だろ? 降って湧いたわけじゃあるまいし、ギルドの諜報部って言やあ、冒険者のケツの毛一本まで把握してるって噂の連中だろ?」
「そうね…。けど、彼が記録の上に出現するのは、今から約三カ月前。ちょうど、スチム街道に、巡礼者目当ての野盗が出没してた頃ね」
「あ~、あれか。確か、水竜の国の騎士団が火竜の国の騎士団を出し抜いて解決したってやつ」
「ええ、公式ではそうなっているけれど、真実は違うみたいよ。実際に野盗を討伐したのは、《死神》―――つまり、あなたの大好きなヒカル=エーデルライトの手に因るものらしいわね」
「野盗とはいえ、同情するぜ…」
その光景が目に浮かぶようだ。なんせ、後に残るのは黒い塊だけなのだから、想像するのも簡単だ。
「どうやら、その時には既に彼と《死神》さんは一緒に行動していたらしいわ。それ以前の事は分からないようだけど」
「スチム街道に突如現れた…ってか。しかし、よくあの《死神》と組めたな。てっきり、あいつはそういうのが嫌いなんだと思ってたが」
「…嫉妬?」
「馬鹿言え」
「けど、悔しいのは確かでしょう?」
「ぐっ……」
別にあの女と組みたい訳では断じて無いが、それでも自分が断わられたのに、他人が受け入れられたのは、釈然としないし、ルルの言う通り悔しくもある。
まあ、今さらむこうが『パーティーに入れてくれ』と言ってきたとしても、全力でお断りだが。
そんなレオを見て、ルルは薄く笑った後、言葉を続ける。
「レオ、安心して。あなたが嫌い、というのも絶対有るでしょうけど、彼が選ばれた理由も、ちゃんと有るわ」
「あ?どういう事だ?」
「彼はどうやら、竜の言葉が解るらしいわ。そして、《死神》さんの目的は『竜の研究』。利害の一致、と言うやつね」
「あいつ神官だったのか?」
この世界では、竜の言葉が解る=教会の関係者で、ほぼ間違いない。
「そうでは無いようね。そもそも、最近風の噂で聞いたのだけれど、実際に竜の言葉が解る大司教はいないらしいわよ?」
「噂は噂だろ?それより、そんなこと言ってんのが、テストの旦那の耳に入ったら、どうなることやら…」
「そうね。どの道、私達には関係の無い事だし」
それは噂ではなく、真実だったりするのだが、信仰心の薄い人間の反応なんて、こんなものである。
「そういや、どうしてあいつが『竜と話せる』って分かったんだ?まさか、本物の竜と話してる所を見た―――なんて言わねえよな?」
「そのまさか、のようね。彼がスチム街道に現れた時点で、一緒に竜の幼体を連れていたらしいわ」
「その幼体と話してた…ってか。竜の幼体なんて、そこら辺に転がってるようなもんじゃねえだろうに」
「それだけじゃないわ。どうやら、その竜の幼体というのが、地水火風のどの属性の竜でも無かったそうよ」
「地水火風じゃない?もしかして、光竜や闇竜が海を越えて迷い出てきたってか?」
「いいえ、それが――――」
そこで言葉を切ったルルは、とても信じられない物を見るような眼で、紙面を凝視していたが、意を決したように、こう告げた。
「“太陽竜”…だったらしいわ」
「………まじか」
あまりに突拍子の無い事で、レオもルルも言葉に詰まってしまう。
いつしか、レオの膝上に在った二つの氷塊は消えていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おい、誰だよ。あいつについて調べようって言ったバカは」
「あなただし、あなただし、あなたよ。馬鹿」
報告書を読み終える頃には、既に夜の帳が落ち、肌寒くなっていた。だが、もし夜でなくとも、肌が粟立ち、背筋が寒くなるのを抑えられたとは思えない。
「しかし、よくもまあたったの三カ月で、ここまで色々やらかせるもんだな」
報告書の束をバシバシと膝に打ちつけながら、呆れたようにレオが呟く。彼がこの世界に現れてから、密かにギルドやその他の諜報機関が集めたその資料には、実に信じがたい事ばかりが書かれていた。
太陽竜に始まり、正体不明の無手の武術、《死の霧》討伐、水竜の国での奇竜騒ぎ。出るわ、出るわ。叩けば埃が出ると言うが、この場合、蛇と槍が降ってきた気分だ。
よくもまあ、今まで普通に旅をしてこれたものだと感心する。これだけの力があれば、引く手数多どころか、拉致監禁、暗殺されたっておかしく無いレベルだ。同時に、下手に手を出すと身の破滅を招く、という意味でもあるが。
なんせ、《死の霧》の具現、《神竜》を名乗る奇竜にしても、既存の竜達と比べてどれほどの物かは知らないが、おそらく本物の竜と遜色無い戦闘力を持っていると考えて相違無い。
であれば、それを一度ならず二度までも撃退した彼の戦闘力は、同等かそれ以上と云う事になる。
竜一頭を討伐するのに、数万人規模の戦力が必要となってくる事を考えれば、それがどれだけ異常な事であるかが分かるだろう。
「だいたい、何だよこの記述。『人と獣の合いの子のような姿』ってのは」
「暗喩的表現か…、さもなくば…」
「おいおい、止してくれ!あいつが正真正銘の『化物』だって事は分かってんだよ!その上、人間じゃねえってか!?冗談じゃねえ!」
「そうね、あまり現実的では無いわね…」
いつしか、部屋には重苦しい空気が立ち込めていた。そんな空気を掃うかのように、レオは両手を万歳の形に持ち挙げて、首を振る。
「と に か く、だ。別に、あいつがどんなにバケモノだとしても、《風竜走》には関係ねえ。《風竜走》は竜と戦うわけでも、強さを競うわけでもねえ!速く走りさえすれば良いんだよ」
「………そうね。《風竜走》では、強さなんて勝敗のほんの一部にしか関係してこないのだもの。勝機は十分に有るわ」
そう、《風竜走》とはそんなに甘い競技では無いのだ。
「よし!そうと決まれば、いっちょ飲みに行きますか!」
「…そうね、そうしましょうか」
「おお?珍しいな、ルルが俺と酒を飲もうなんて」
「今日は、少し酔いたい気分なの」
そう言って、二人は扉無きドアをくぐる。
その時、ルル気付かなかったのだが、《炎》にちなんだ二つ名を持つその男の瞳に、秘かな炎が宿っていたのだった。
(アキト=オガミ…か。おもしれえじゃねえか…!)
彼は決して好戦的な人物では無かったが、同時に自分がどこまでやれる男なのか知りたいという願望を燻らせてもいたのだ。
(“俺”を測るなら、『壁』はでかけりゃ、でかいほど良い)
いつしか、汗ばんでいた掌を、強く握りしめる。
アキトが無手の武術を扱うように、彼の武器もまた、この両の拳なのだから。
レオンさんは、意外とタフネス!!
いや、意外でもなんでもないかもしれないが…。




