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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
86/115

第11節

 風邪をひいてしまった…。


 季節外れの風邪って、なんだか恥ずかしいよね。




第11節


 少し時間は巻き戻り、うって変わって、ここはラングトン工房。


 ここの店主であるマサ=ラングトンは、いつもの無愛想な面をいっそうしかめていた。


 ―――何故なら。


「ほら、これなんて君にとても良く似合うよ」


「そんな…、お世辞がお上手なのですから!」


「カインさまぁ!私にも何か見繕ってくださいまし!」


「私もお願いしますわ!」


「カインさまぁ!!」


 ラングトン工房前にある、直販店において人だかりができていた。


 そこから聞こえてくる黄色い歓声たるや、沈黙と寡黙を是とするマサにとって、聞くに堪えない。


 ただでさえ最近、とある人物に故意に重荷を背負わせて、気分が沈みがちだというのに。


 マサは店先にうらみがましい視線をやり、この騒ぎの元凶たる人物を視界に収める。


 強い日差しを受け、キラキラと純金の輝きを放つ、美しいブロンド。整いきった風貌。贅肉のほとんど付いていない、スラリとした長身。

 服装も所々に精緻な刺繍が施された、おそらく一品物にして一級品。まるで、童話に出てくる王子様が絵本から飛び出て来たかのようなその姿。


 おそらく、常に微笑みを絶やさないであろうその表情は、この猛暑の下でも涼やかな笑みを浮かべ、女の子達に愛想を振りまいている。


 彼の名は《カイン=ホィール》。


 その男は、ゴールドランク冒険者にして、《風竜走》の一翼、ツァール家に雇われた《砂船》クルーで、この街の人間ならば彼の事を知らない者はいないだろう。


 何故なら、《旋風》の二つ名をほしいままにするこの冒険者と、《氷炎》の二つ名を持つ、もう一翼の《砂船》の戦いこそ、ここ数年の《風竜走》の大きな見所でもあるのだから。


 とりわけ、彼はそのルックスから、女性のファンを多く持ち、彼目当てにこの時期からクラフストン入りをする者も少なくないと聞く。


 あの人ごみの内、数人は彼のとりまきたるシルバーランクの女性冒険者だろうが、その他は全て街の娘や観光客だ。


 《旋風》の通り名の如く、彼の愛は誰にも等しく吹き付け、唐突に去って行く。祭りの後は、その娘たちの涙で大河が増水する、とまで言われるほどだった。


「店主、お勘定を」


 どうやら、冷やかしではなかったようで、少しホッとするも、彼が買おうとしている装飾品の山を見て、頬をひくつかせる。どう考えても個人が買う量では無い。


 それでも、黙々と勘定を始める。


「え~っと、締めて金貨2枚と銀貨16枚になります」


 目が飛び出るほど高い、という訳ではないが、装飾品につぎ込むには度が過ぎている値段だ。だが、彼は爽やかな笑顔で財布から黄金の貨幣三枚を取り出すとこう言った。


「お釣りはいらないよ」


「は?」


 マサが聞き返すが、既に彼はアクセサリーを配り始めていた。


「これは僕からのプレゼントさ。つまらない物だけどね」


 それを受けて、我先にと手を伸ばす娘たち。当然、キャアキャアという耳鳴りがするような歓声が弾ける。


 アクセサリーを受け取った娘たちは涙を流して喜んでいる。


「ああ、カインさまから頂いたネックレス…。家宝にいたしますね!!」


「指輪よ!指輪!私とカインさまの愛の証ですわ!」


「何を言っているんです?このカチューシャこそ、カインさまの愛の印ですわ!」


 歓喜のあまり、店先で口論を始めてしまう彼女達。


 それを、カインがなだめてこう言ったのだった。


「まあまあ。みんな喉が渇いたんじゃないかな?どこかに入ろうじゃないか。もちろん、お代は僕が持つから」


 その台詞に、黄色い大爆発達は、自分のお勧めの店に来て貰おうと、激しく牽制を交わしながら遠ざかって行く。


 それが見えなくなってから、ようやくマサは額の汗を拭ったのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、知り合いなの?」


 アキトがヒカルに尋ねる。


「知らん」


「即答かよっ!!」


 本気で心当たりが無さそうなヒカルに、暑苦しい大男、レオンが突っ込みを入れる。


 アキト達は今、暑苦しい大男レオンと冷血な女性ルルティエと同席していた。


 どうやら、彼らはヒカルの事を知っているようだが、肝心のヒカルは覚えていないらしい。


 それが気に入らないらしいレオンが、暑苦しく唾を撒き散らしながら熱弁する。


「いやいや、思い出せよ!!ちょうど三年前!場所も、多分ここだった!」


 その言葉に、しばらくヒカルは頭をひねっていたが、何かを思い出したのか、ポンと自らの手を打つ。


「ああ、確かに三年ほど前、まだ冒険者として駆け出しの頃、特殊な魔術刻印を使う船とこの時期にのみ現れる古代遺跡が有ると聞いて、その調査に来た事があったかもしれないな」


 それを聞いて、ようやく我が意を得たりとレオンが頷く。


「そうだよ、それだよ!ようやく思い出しやがったか!」


「ああ。で、それがどうしたんだ?」


 ガクッとレオンの首が折れる。それをルルティエが冷やかに見ている。


 すぐさま顔を上げたレオンが、喚く。


「『それがどうしたんだ?』、じゃねえよ!!手前のせいで…、手前のせいでっ!!」


 感情が昂り過ぎて、言葉に詰まる。

 ここまで激情に駆られるなんて、一体彼らの間に何があったのだろうか。


 このままではヒカルに殴りかかってきてもおかしく無い興奮度合いだった。


「と、とにかく、落ち着いて。深呼吸しましょうか!はい!すーはー、すーはー」


 アキトの諌める声に、少し冷静になったレオンは、掛け声に合わせて深呼吸を始める。


「すーはー、すーはー。どうです?少しは落ち着きましたか?」


「あ、ああ。ありがとよ、兄ちゃん」


「では、順を追って説明してくれませんか?どうやら、ヒカルも本当に心当たりが無さそうなんで」


「そこがムカつくが、まあ良いだろ」


 まだ微妙に引っかかるようだったが、なんとか説明をしてくれる気になったようだった。


「どこから話したもんかな…。そうだな、あれはちょうど三年前―――」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ―――三年前―――


 当時、まだゴールドランクに昇格したばかりの彼らは、運良く《風竜走》の大家、ツァール家と対をなすロイガー家に《砂船》の護衛の依頼を受けた。


 それまでも、何度か小さなチームのクルーとして参加したことは有ったが、毎年優勝争いをするほどではなく、その栄誉は常にツァール家とロイガー家のものだった。


 そのロイガー家からの指名を受ける事となった彼らは有頂天だった。


 ロイガー家と言えば、風竜の国の大商人。報酬も桁外れ、ということで相棒のルルも珍しくご機嫌だった。


 そして、《風竜走》を一ヶ月後に控えたこの時期にクラフストンに入った頃、時を同じくして、こんな噂がギルド・クラフストン支部に流れていたのだった。


『あの大魔術師である、ギルドマスターをして心胆寒からしめた冒険者がこの街に滞在しているらしい』


 ギルドの宗主は、四属性の魔術を使いこなす《全元素エレメントマスター》という二つ名を持つ魔術師だ。


 そのギルドマスターに心労を強いる新人がいる、と聞いたことは有ったが、まさか実在するとは思っていなかった。


 ちょうど、ゴールドランクに昇格し、大きな仕事を任されたレオ達は、自らの名を売る為にその魔術師を探し出すことにしたのだった。


 見つけ出してパーティーに入れるも良し。勝負して負かすも良し。


 どう転んでも、自分たちのプラスになる。

 そう思い、噂の人物。《死神》ヒカル=エーデルライトの探索を始めたのだが…。


 意外にもあっさりと彼女は見つかった。


 この猛暑の中、全身を真っ黒なマントで覆い、まさしく《死神》といった風貌だったのだ。


 あまりにも簡単過ぎて、人違いではないか、と疑ったぐらいだった。


 その中身が、可憐な獣人の少女であったならなおさらだろう。


 彼女は何かを尋ねて歩いているようで、人の集まる場所を転々としていた。夜になった今も、賑やかな酒場で他人の話に耳を傾けているようだった。


 戸惑いから、レオ達が声を掛けるのを迷っていると、横槍が入る。


 その人物も、おそらくレオ達と同じように売名を目的としていたのだろう。どうやら、彼女をパーティーに誘っているようだった。


 レオ達も慌ててそれに割り込んだ。


「おい、そのお嬢ちゃんに目を付けたのは、こっちが先だ。順序ってのを守ってもらおうか」


 完全に言いがかりだったが、こういうのは勢いが大事だ。これくらい一方的な方が良い。


 だが、強面で大男のレオにそうすごまれたにも関わらず、そいつは薄く笑ってこう言った。


「おや、僕はただ彼女をこそこそ付け回している人達がいるので、危ないですよ、と伝えただけですよ? さあ、お嬢さん、ここは危険ですから僕と一緒に、もっとおしゃれなお店に行きましょう。もちろん、僕のおごりですから」


「なんだとぉ!?」


 危険人物呼ばわりされた揚句、獲物を横からかっさらおうとされ、流石に頭に来たレオは顔を真っ赤にして相手を睨みつける。


 そもそも、レオはこういう、女に対してへつらい機嫌を取る輩が大っ嫌いだった。


 別に女性を粗野に扱え、とかそういうのではなく、まるで自分とは違う何かのように女を扱うその態度が逆に女性を軽視しているように思えて仕方が無かったのだ。


 事実、レオは腐れ縁の冷血女魔術師に対しても、悪態を吐かれたなら悪態で返すし、喧嘩や諍いなど数え上げたらきりが無い。

 そう云う意味で、レオとルルは対等だったし、譲り合う所など一切無かった。

 まるで、炎と氷がせめぎ合うかのように、互いが互いを凌ぎ合う。交わらず、されど離れず。


 だからこそ、レオは目の前の男が気に入らない。


 まるで生温い風のように、べったりと張り付き、付き纏う。その在り方が。


「こっちは仕事の話をしに来てんだよ! ナンパなら他を当たれ!!」


「いやだな、僕だってビジネスですよ? 誘って、口説くのも込みで仕事ですよ。もちろん、こんな可憐なお嬢さんとお近づきになりたい、というのも有りますけどね」


「そんな遊び感覚でやられちゃ、こっちも迷惑なんだよ!」


「遊びなんて、嫌だなぁ。僕はいつだって、真剣ですよ?」


 だが、レオには分かる。そう言う奴の眼が笑っている事が。


「レオ」


 ルルの冷静な声が後ろから聞こえる。たった一言。

 だが、それだけで相棒が何を言いたいのか分かった。


(こいつ、手前の事でこっちが口論してるのに、何も言わねえどころか、我関せずって感じだぜ…)


 そう、肝心のヒカル自身から、何のリアクションも返ってこない。


 よくよく見ると、彼女は目を閉じて、周囲の会話に耳を立てている。おそらく、レオ達のやりとりなど、雑音の一つ程度にしか感じていないのだろう、その顔色は全く変化が見られない。


 目の前の男はムカつくのだが、それはそれで頭に来るものが有った。


 なんせ、こっちはゴールドランクの冒険者なのだ。それが、新米の、言ってみれば格下の獣人娘に無視されているのだ。


 売名の為に近付いたのはこちら、とはいえ面白くないことには違いない。


 レオは苛立ち紛れに、彼女の座っているテーブルを自分の巨大な拳で叩く。


 ―――――ガゴォンッ!!


 レオはこれでもゴールドランクの冒険者だ。魔術も使えない彼は、己の腕っ節一つでのし上がって来た。そんな彼の一撃を受けたのだ、当然の如く破砕する机。

 それでも、顔色が変らないどころか、聞き耳を立て続けるヒカル。


 それが、ますます彼を苛立たせる。


「おい、手前!!澄ました顔してねえで、こっちの話を聞きやがれ!」


「………」


「こ、この女…。聞こえてねえのか!このブス!獣!《死神》!!」


「………」


 挑発も一切無視。


「ちくしょう…、こうなったら…」


 話を聞かないのだから仕方が無い。話を聞く気にさせれば良い。


 今こいつは、周囲に聞き耳を立てている。実際にはレオの暴挙で酒場はほとんど静まり返っているのだが、それでも聞き耳を立て続けている。


 ならば。


「手前に、他人のこそこそ話なんざ聞こえねえほど、大声で歌ってやらあ!!」


 そう叫ぶと、調子外れな歌声で、最近火竜の国で流行っているポップスを歌い出す。

 その場に、既にルルの姿は無い。逃げたのだ。


 ルル曰く。


「レオの声はただでさえ暑苦しくて、聞き苦しいのに、歌なんか歌われたら鼓膜が破れてしまうわ」


 事実、鼓膜が破れんばかりのだみ声が酒場に響く。気の弱い何人かの客は失神してしまっている。


 ひとつ言っておきたいのだが、彼は自分の腕っ節で冒険者をやっているのであって、決してこの歌声が彼の武器というわけではない。あしからず。


 この一見お馬鹿な歌声攻撃だったが、どうやらヒカルには効果が有ったようで、ガタンとテーブルの無くなった椅子から立ち上がる。


 そして、レオとその場にまだ残っていた軟派男に向けてこう言ったのだった。


「私をパーティーに引き入れたいのだったな。ならば、試してやろう」


 そう言うと、二人の返事も待たずに、ズカズカと歩き出したのだった。


 二人は、その後について行ったのだった。その後に待ち受ける運命も知らずに。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、その後どうなったんだ?」


「ああ、その後はな…、砂漠に連れ出されてっ!連れ出されて…、思い出せねえ…」


 苦しそうに顔を歪めながら、なんとか思い出そうとしてるのだろうが、その成果は全くあがらないようだった。


「思い出せるのは、『消し炭になりたいのなら、好きにすれば良い』って言う、こいつの言葉ぐらいだ…」


「なんだ、それだけか。ならば私が覚えていないのも無理は無いな」


「ふざけんな!!何が有ったのかは分からねえが、こちとらあれ以来、獣人恐怖症と雷恐怖症に悩まされてんだぞ!!」


「それこそ、私の知った事ではないな」


「手前!!言うにこと欠いて…っ!俺がこの三年、どんな日々を送って来たと思う!?街を歩くたびに、街行く人の頭に獣の耳が無いか確かめ、フードを被った人物に怯え、火竜と地竜の国程度しか安息の地が得られない身体になったんだぞ!?それを、『知った事ではない』だとぉ!?」


 まさに顔から火を吹かんばかりに怒りの表情を浮かべたレオは、今にもヒカルに掴みかかりそうだった。


 そんな彼の気勢を削いだのは、この店に入って来た女性達の頭が割れそうなほど大きな黄色い声だった。


 その中心であろう、一人の青年の瞳がこちらに向く。なんせこのテーブルには2mを超える巨体の大男が座っているのだ。目立つな、と言う方が無理というものだ。


 青年の瞳が、大男からゆっくりと、その対面に座るヒカルへと移って行く。


 そして大きく見開かれる青年の瞳。


 青年は、まるでヒカルしか目に入らなくなってしまったかのように彼女を凝視すると、とりまきの女の子達を押し退けて、まっすぐにこちらに向かって来る。


「あ、貴女は…ヒカル=エーデルライト…」


 震える唇がヒカルの名前を呟く。


 訳が分からず、青年を見守る一同の前で、彼はヒカルの前までやってくると、これまた童話の王子がするかのように片膝を地に付けて、ヒカルの手を取る。


 そして、熱で潤んだ瞳でこう告げるのだった。


「ヒカル=エーデルライト、僕は貴女に結婚を申し込みます!!」

 ルルティエさんは、逃げてたので特に被害はありませんでした。

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