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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第28節

 現在11:58


 危ない…時間ギリギリだった。



第28節


 その時だれもが空を見上げた。そして誰もがそれを見た。


 大聖堂の白亜の塔、その最上階の天井を突き破って現れたそれ。


 最初は白金の閃光の奔流に包まれて、ほとんど影も形も見えない有り様だったが、やがてその光は収まって行き、収束していくその光に照らされ姿を現す。


 それは、『竜』のように見えた。少なくとも形は竜とよく似ていた。30mを優に超す巨体に、頑強な四肢、そして背中には巨大な翼。竜の持つ特徴と一致する。

 だが、よく見るとそれは間違いである事が分かる。


 何故ならそれはあまりにも『人間』に酷似していた。まるで人間の身体のパーツを組み合わせて、竜の身体を無理矢理 かたどったようなその異形。


 まず、竜を象徴するはずの鱗、火竜なら赤、水竜なら青とそれぞれの属性を象徴しているはずの鱗。だが、その『竜』の鱗はそれらのどれでも無かった。


 いや、そもそもアレは『鱗』なのだろうか?あれではまるで、人間の爪で身体全体を覆われているようではないか。それは見る者に生理的な嫌悪感をもたらす。何千、何万という爪がその巨体をあますことなくびっしりと覆い尽くしているのだ。その鱗状の爪が王宮の篝火を受けてテラテラと不気味に照り返している。とてもではないが直視できない、出来ないはずなのに何故かそれから目が離せない。


 その鱗に目を奪われていると、次第に視線はその竜の頭へと向かう。


 だが、困った事が一つ。


 どの頭を見れば(・・・・・・・)いいのだろうか(・・・・・・・)


 左のやつだろうか?右のやつだろうか?それともやっぱり真ん中のやつだろうか?


 そう、その『竜』の長い首は根元から三つに分かれて、それぞれの先っぽにそれぞれの頭があった。


 そして、その頭は間違い無く『人間』の物だった。


 もしアキトがここに居たら、きっとこう言うだろう。

 某有名怪獣映画に出て来る三つ首の竜をひき合いに出し、『人面キング○ドラ』と。


『クハッ!クハハハハ!!ハハハハハハハハハハハッハハッハハハハハ!!』


 その人面の竜は、三つの口を同時に開き、雄叫びでは無く明らかな哄笑を上げ始める。


 人々はその笑い声に不吉な物を感じていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 大司教コーキンは己が満たされてゆくのを感じていた。まるで白金の光が己の体内に吸収されて行くかのようだ。


 変化は一瞬。巨大な力の奔流を感じた次の瞬間には彼は『竜』となっていた。


 そう、『竜』だ。


 こうして『竜』となり、初めて解る。今までの『人間』であった己がいかに不完全な存在であったか。

 今彼は己の身体の一部、または全体に己以外の、もっと言えば双子の司教ギランとドランの存在を感じていた。

 それは光が収まり、己の身体を自分の眼で認識することにより、確かなものとなる。


 彼らは三人で一体の『竜』となっていた。


 嫌悪感や拒絶感は無い。むしろ最高の気分だ。

 己の心が他の誰かの心と完全に繋がっている。普通の『人間』だった時には得られなかったような充足感が己を満たして行く。

 『人間』だった頃の己はいかに矮小な存在だったのだろう。ささいな事に心を乱し、僅かな事に心を狂わせていた。


 だが、もはや私の心は単一では無くなった。それはつまり己の心に孤独が入り込む余地など無くなったという事だ。他の『何か』に依って自己を定義する必要が無くなったという事だ。


 己で己の存在を(・・・・・・・)定義できる存在(・・・・・・)になった(・・・・)という事だ。


『クハッ!クハハハハ!!ハハハハハハハハハハハッハハッハハハハハ!!』


 三人は同時に笑っていた。


 今こそ言える、間違い無く言える、完全となった己だから言える。

 それはたとえ誰が認めなくても、誰も認めなくとも。


 既に己の存在を己で決定できる我らに他人の容認・認識など意味は無い。


 自分で自分を許容できる。我らが認めた物こそ『本物』となる。


 彼らは自分の足元を睥睨する。そこには王宮前に集まった花火の見物客達が居た。

 だが、彼らの『認識』ではそうでは無かった。


 彼らは殊勝にもひざまずきにやって来たのだ。この私達に!

 そして、彼らは目撃するだろう。


 我らは彼らに語りかける。


『敬虔なる信徒諸君。ようこそ、歓迎しよう。君達は大変幸運だ』


 そう、実に幸運だ。


『喝采せよ!賛美せよ!!今ここに新たなる“神”が誕生したのだ!!』


 そう、“神”だ。我らは神となった。間違い無く、疑いよう無く、完膚なきまでに、我らは神だった。

 これは誰にも否定出来ない、出来ようはずも無い。


 何故なら、我らが認めたのだ、我らが『我らこそが神だ』と認めたのだ。


 ならば我らは『本物』だ、『本物』の“神”だ!!


 大四竜を超え、太陽竜すら超えた新たなる神。それが我らだ!!


『讃えよ!!崇めよ!!祝い、祈れ!!我らこそ太陽竜すら凌ぐ最高の神!最高の竜!!』


 彼らは自らをこう定義した。自分で。


『我が名は《神竜》!!この世界の全ての支配者である!!』


 その言葉は遥か下の群衆の耳に確かに届いた。どうやら竜となっても彼らは人間の言葉が喋れるようであった。


 言葉は確かに届いていた。だが、その意味を理解できる人間などどこにも居なかった。

 それは竜の言葉が理解できるできない関係無く、誰一人として彼らの言っている事が理解出来なかった。


 無理も無い。彼らは群衆に語りかけているように見えて、実際には何も伝えようとしていないのだから。


 彼らの『世界』は彼らの内側で完結していた。他の誰かに認めてもらうことを放棄し、しかし完全であろうとして、自己の『世界』においてのみ完結してしまっていた。


 彼らが自己の姿を客観的に認識する事は無い。何故なら彼らの自己像には『客観』など一切の入り込む余地も無く、『主観』によって完成していたのだから。


 もしアキトがその場にいたとしたら、こう言っただろう。


「それは『真実ほんとう』じゃなくて、『欺瞞ほんとう』だよ」


 『真実ほんとう』とは、確かに自己の中にある概念に過ぎない。だが、それは決して自己の中で完結してはいないのだ。

 彼はいつだって己の外に『真実ほんとう』を求めていた。


 自分の手と足と眼と耳で、探し、求め、掴む。


 それを放棄した彼らの『本当』は、アキトの求める『真実ほんとう』とは天と地ほどにかけ離れていた。


 だが、やはり彼らがそのことに気付く事は無い。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シノは薄れてゆく意識の中でその竜を見上げていた。


 先ほどの力の暴走の所為なのだろうか、酷く全身が重く、意識が明滅している。


 そう、『力の暴走』。

 やはり彼女は『太陽竜』だったのだ。ただ、幼すぎる身体にその力はあまりにも強大過ぎて、決して使われぬように彼女の奥深くに封じられていたはずだった。


 だが、アキトを失ったという事実が彼女の奥深くまで侵入し、その強大な力の蓋を開けてしまったのだ。


 結果、幼い彼女に制御出来るはずも無いほどの力が溢れ出し、今目の前の異形の竜を産んでしまった。


 恐ろしい。シノは肩を震わせる。

 恐ろしい。目の前の異形の竜が恐ろしい。アレを産み出した彼女だから分かる。アレの異常さを。

 アレはもう私には止められない。アレがこれから何をしようと私には何も出来ない。


 身勝手だと思う。たとえ自分の意志でやった事では無くても、あれは自分の力が産み出してしまったのだ。

 アレが彼らの『願い』の姿だったとしても、それを本当に形にしてしまったのは私なのだ。


 彼らはその『願い』のままに行動するだろう。

 その際、何が起こるのか彼女には想像すらできない。だが、悪い予感だけが膨れていく。


 『願い』もまた『欲望』なのだから。


 少女の唇が微かに震える。


「たすけて…」


 それは誰に向けて放たれた言葉だったのか。

 その答えは得られぬままに、彼女は意識を失った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 『虫眼鏡』


 虫眼鏡は魔法の道具だ。少なくとも幼い子供にとっては。

 これで太陽の光を集めるだけで簡単に火がおこせる。それは間違い無く幼い子供達にとっては魔法そのものだ。


 魔法という強大な力を得た子供達はその力を試してみたくなる。無邪気に。

 最初は紙だけだったのが、やがて木の葉を、枯れ枝を、思い付く限りのありとあらゆる物に試したくなる。


 それは例えば『蟻』。

 逃げ惑う小さな黒い点に光の焦点を合わせる。必死に逃げようとする蟻は、しかし逃げ切れずにその小さな身体をさらに小さくよじくれさせ、焦がされて殺される。

 しかし子供達はそれを見て笑っているのだ。無邪気に。


 別にそれは何かを殺した事に対する愉悦では無い。

 ただ、魔法を試し、その魔法で面白い結果が出たというだけだ。


 強大な力を得た者の、無邪気な傲慢。


 この時、《神竜》を名乗る彼らの中に在ったのもそれだったのだ。


 果たしてそれは、『罪』なのだろうか?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『さて、我らが何者かは理解出来たであろう。では…』


 神竜は言葉を切り、視線を群衆から王宮へと移す。


『この世界は我の物である以上、この国も我の物。王は二人と要らぬ。偽物の王には退場していただこう』


 神竜がその巨大な手のような翼を震わせて、塔の最上階から飛び立つ。

 そして滑空しながら、王宮めがけて、そこに居る一人の少女をめがけて飛びかかって行く。


『小娘えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』


 その六つの眼は血走り、舌舐めずりをするかのようにだらしなく唾液を撒き散らせながら舌を三つの口から出している。

 そこに理性は無い。ただ、自分を貶めた少女に対する恨みをぶちまけたいという『欲望』が有るだけだ。


 いや、それだけでは無い。この水竜の国で教会の勢力は小さい。彼らは他国に比べ肩身の狭い思いを強いられてきた。

 そして、その責任の所在の全てを王族である彼女に押し付けていた。


 勢いそのままに王宮の広い中庭に墜落するように着陸する。良く手入れされた庭の草の葉や花弁が暴風に晒され舞い散る。


 月光の下、赤や白、様々な色彩の花弁が舞い散る光景はどこか幻想的ですらあった。


 だが、ミズキはそんな事を考える余裕も無く、吹き荒れる暴風から身を護るために眼前で腕を交差させる。それを護ろうと近衛の隊長が彼女の前に立ち、風を遮る。


 だが、暴風が収まりようやく目を開けた彼女達の前には、狂気に彩られた三つの顔が接近していた。

 それはまるで悪夢のような光景だった。数メートルにも巨大化した人間の顔がバルコニーに居た彼女達を覗き込んでいるのだ。

 六つの血走った眼がギラギラと鈍く光っている。常人ならばここで気を失ってしまうだろう。


 だが、ミズキと彼女の自慢たる近衛の兵達はそれにひるむ事は無かった。それは後の世にまで語り継がれるほどに勇敢に、彼らのあるじたる少女を護ろうと戦った。


 吹き荒れる暴風の中、既に接近していた兵が神竜に斬り付ける。


 それを炎、氷、風、岩、様々な魔法が援護する。

 次いで、降りかかったのは弓矢の雨だ。それらは寸分違わぬ精度で竜の急所と思われる場所に突き刺さって行く。


 そして彼らの作りだした時間に近衛の隊長が少女を連れて走り出す。


 そこに誰一人、誰一人として命を惜しむ者など居なかった。彼らにとって彼らのあるじたる少女はそれほどの存在だった。


 豪快かつ、快活かつ、奔放かつ、聡明かつ、いつもいつも手を焼かされる。

 優しく、懸命で、そして賢明で、民の事を常に考え、そしてそのおはちはいつも自分達に回って来る。

 女王なのだ、王の器なのだ、誰よりも誇らしく、誰よりも尊く、そして誰より人使いの荒い主人。


 彼らは知っている。彼女が、いや彼女だけでは無い、彼女の一族がこの国に、この国の民にしてくれた事を。


 彼らは知っている。彼女は、いや彼女だけでは無い、彼女の一族はただの人間だということを、ただの人間でありながらただの人間に出来ない事を成してくれた事を。


 彼らはそれを決して忘れない。忘れないからここに居た。ここで命を懸けていた。


 彼女は常人には出来ない事をやってのける。だが、彼女は同時にただの少女でもあるのだ。


 その少女を護らなくてどうする。


 そんな少女を失ったこの国はどうなる!? 


 多くの民を護ってくれたそんな少女一人護れない国に何の意味が有る!?



 彼らにとって、ミズキ=ウェルデンスという少女は彼らの故郷たる水竜の国そのものだった。


 これこそが、彼女が自慢とするこの国の近衛の兵達だった。


 彼らは勇敢に戦い、そして



せよ』



 敗北した。


 彼らの攻撃は神竜に何の痛痒も与えず、神竜が腕を振るう度に近衛の兵達はまるで塵屑のように吹き散らされて行く。

 相手は腐っても『竜』だ。おおよそ人間が正面から立ち向かっても歯が立つ筈が無かった。

 それはまるで天災に挑むがごとき行為でしか無かった。


 だが、それでもまだ彼らは逃げようとしない、戦う意志を、護る意志を失う者は一人も居ない。


『滑稽だな。実に滑稽だ。お前達のような塵芥など相手にするまでも無いのだぞ?このように、な!!』


 神竜が近衛の兵達を無視してミズキを追う。だが、それを止める術は無い。相手は全長30m以上の巨体を持つ竜、それがただ歩くだけでも暴虐と言える。その前に立ち塞がろうと、それは嵐の前に身を晒すのと同じだ。人の身に嵐を受け止める事が出来ないのと同じように、神竜を止める事は出来ない。


 建物ごと倒壊させられるおそれが有った為、ミズキは王宮の中へ逃げることも出来ず、近衛の隊長に手を引かれ王宮の外へと繋がる跳ね橋のある正門へと駆けていた。


 しかし、すぐに追い付かれてしまう。


「陛下、お逃げ下さい!!」


「っ!?馬鹿者!!」


 近衛の隊長が彼女を引いていた手を放し、その手で腰から剣を抜き放ちながら叫ぶ。そしてミズキが戸惑っている間にも身体の向きを反転させ、迫り来る神竜へと向かって行く。


 だが。


 やはりそれは何の効果も見せず、ただその巨体に跳ね飛ばされただけに終わった。

 彼の身体が大きく飛ばされ、鈍い音を立てて地面に叩き付けられた。それ以降、ピクリとも動かない。


 そして、それを見ていたミズキにも既に逃げるような時間は残されていなかった。

 覚悟を決め、最後は潔く、と圧倒的な勢いで迫りくる神竜を睨みつける。決して屈しないと、決して許さないと。


 だが、巨体はそのままミズキを轢き殺しはせず、彼女の目の前で停止する。


「………?」


 何が起きたのか分から無い。だが、死んでいないのは確かなようだ。

 もしかして、助けが来たのか。有り得ないと分かっていても、そんな淡い希望を抱いてしまう。


 だが、続く神竜の言葉にそんな希望も打ち砕かれる。




『助かった、とでも思ったか?』




 睨みつけていた神竜の顔が下卑た笑みに変わり、その長い首に異変が起こる。

 首の爪状の鱗が蠢いていた。いや、違う、あれは鱗では無い。


 『指』だ。


 神竜の鱗に見えていたのは、『爪状』のではなく、正真正銘の『爪』だったのだ。それも『指』に生えた。


 神竜は身体全体に指が規則正しく並んでいたのだ。その爪の部分だけを表面に露出させるように。


 その『指』がざわめいていた、蠢いていた、指が首に集まり隆起し、そして徐々に盛り上がっていた。


 変化は一瞬。その集まった指達は、一瞬の間に何本も寄り集まり、数十本の『腕』となった。


 それは神竜の三つ首のそれぞれから伸び、彼女の華奢な身体を無遠慮に掴む。首、腕、手首、足、足首、太股、腰、肩、胸。

 ありとあらゆる場所に『腕』が伸び、強烈な力で締めあげる。



『小娘えぇ!お前だけはただでは殺さん!苦しめて苦しめて、恥辱に、屈辱に、苦痛に、絶望に、完膚なきまでに染め上げて、泣き、叫び、許しを乞いながら這いつくばるその四肢を一本ずつ引きちぎり、最後の最後にゴミのように踏み潰して殺してやる!!』



「ぐっ!」


 喉を強く掴まれている為に上手く言葉が出ない。それだけではない、何本もの腕が己の身体を強く締め上げ、彼女の呼吸を奪う。吸った空気はすぐさま絞られるように吐き出されてしまう。


 痛かった、苦しかった、助けを求めたかった。

 誰か、誰か。


 けれど、彼女は女王だったから。たとえ、こんな時であろうとも女王であり続けなければならない。

 それこそが彼女の強さだったから。


 その強さがこんな下衆に、媚び、へつらい、許しを乞うのを拒絶させた。


 だから、ミズキは強引に、喉が荒れるのも構わず、神竜に言う。


「哀れ…じゃな…ゲホッ!」


『ナニ…?』


 神竜がその腕に込める力を強める。激痛が彼女の全身を走るが、構わない。


「哀れ…じゃと言ったのじゃ」


『どういう事だ…』


 本当に分かっていないのか。本当に哀れな奴。ミズキは心の内で嘲笑う。

 それは苦痛の中にあっても、彼女の唇を不敵に歪ませる。


「こんな事をしても、余の大事な物は…ゲホッ!ぐっ…何一つ奪えはせん」


『とうとう狂って頭がイカレてしまったのか?今さっきお前の大事な大事な近衛の兵どもをぶっ殺してやったばかりではないか!?』


 しかし、そんな神竜の言葉にも彼女はあのカラカラという快活な笑みを崩そうともしない。


「ブッ殺した、じゃと?余の自慢のつわものどもが貴様如きに殺せるとでも思っておるのか?」


 彼女は決してハッタリでも何でも無く、彼ら全員の生存を信じていた。

 それに、


「貴様のような輩に、余の兵は殺せぬ、余の国は傾かせぬ、余の愛する民を一人としてくれてはやらぬわ!!この大馬鹿者めが!!」


 彼女の恫喝は神竜のみならず、王宮全体を、そしてこの王都全体を震わせた。


 それは人々の心を揺り動かす。


 絶望に曇りかけていた人々の瞳に光が戻る。



『………』


 しかし、同時に神竜の怒りを買っていた。彼女を拘束する腕に無言の力がこもるのが分かる。

 握り潰されるか、それとも引き千切られるのか。どの道死んでしまうのだが。


(こんな事ならば、婿を取っておくんじゃったな…)


 己の、王族の血が途切れることは代々の先祖に申し訳が無かったが、それももはや後の祭りだ。

 そんな事を考えていると、思い浮かぶのはあの青年の顔だ。


(何故…じゃろうな…)


 不思議な青年ではあったが、特に何かが有った訳でもない。


 ただ、


(強いな…と思うてしもうたんじゃ。『欲望』の最中に在りながら、それに抗うその姿が、涙する姿が、笑う姿が、強いな…と思うてしもうたんじゃ…)


 彼女は自分が周りが思う程に強く無い事を知っていた。いつだって誰かの『欲望』に曝されて、本当は怯えていたのだ。今だって。


 だけど、彼女は女王だったから。強くなければならなかったから。


 だから、強く在った。


 だから、彼の在りのままの強さに惹かれたのかもしれない。


(ただ、アキトと居ると自然に笑えたのじゃ…)


 目を閉じる。最後くらい良いだろう。最後の最後くらい、あの青年の顔を瞼の裏に思い描いてもいいだろう。


(さらば、じゃ…)


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 『虫眼鏡』


 たとえ、子供たちの無邪気さが『罪』ではなかったとしても。


 叱ってあげなければならないのだ。それはいけない事だ、と。


 『誰か』が。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ナギ、行くぞ」


はい(イエス)ご主人様(マイ・マスター)。仰せのままに』

 ご都合主義の真骨頂。


 『悲劇』のままで終わらせない。

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