第27節
アキト君が死んだという空気をどれだけ出せているか…、なかなか難しいですね。
第27節
ヒカルは悔恨の最中に在った。
アキトが死んだ。ボロボロになって、首を刎ねられ、物言わぬ塊となって地面に転がっていた。
頭に浮かぶのはただ一言、『何故』。それだけ。
何故、彼が死ななければならないのか?
何故、ナギは彼を見殺しにしたのか?
何故、私には彼を救う事ができなかったのか?
何故、何故、何故何故ナゼナゼナゼナゼなぜなぜなぜなぜ――――――
何故、私は彼を繋ぎ留めておかなかったのだろうか?
彼が死んでようやく気付く。自分の内側に在った感情の奔流に。狂おしいまでに彼を求めるこの感情に。
『彼が好き』?
私が胸の奥底に抱えていた本当の感情はそんな生半可な物では無かった。
そんな淡くて、切なくて、甘酸っぱい感情などでは無い。断じて。
ようやく、今になってようやく気付く。彼がこの一カ月もの間、何に苦しみ、怯えていたのか。
『これ』だったのだ。この抗い難く、逃れ難く、筆舌し難く、黒く、紅く、燃え盛るように、総身を焦がされるように、熱く、酷く、ドロドロして、己が身を突き破らんばかりに溢れて来るこの感情。
その感情が出口を求め、体中を暴れ回っているのが分かる。
だが、この感情が私の身体から出て来ることは二度と無いだろう。この感情の対象であった彼は、もう居ないのだから。
こんな事になるのだったら、さっさとこの気持ちを彼に伝えてしまえば良かった。彼にぶちまけてしまえば良かった。そして、さっさと彼を自分のものにしてしまえば良かった。
そうすれば彼は私に縛り付けられる。私と云う存在が有る限り安易に『死』という選択肢を選ぼうとしないように徹底的に縛り上げ、私無しでは生きてけない程にその身体に『私』と云う存在を刻みつけてやったのに。
本当は分かっていたのだ、このままではいつかこうなる事を。私はとっくの昔に気付いていたはずなのに。
彼とこの指輪を買いに行った時、どうして私は彼への説教を止めてしまったのだろう。そうでなくても、彼の狂った所を矯正する機会などいくらでも有ったのに。
私は今まで一体何をやっていたんだ?
答えは『何も』。何もやっていなかった。
私は勘違いしていた。このままで良いのだ、と。このままが良いのだ、と。
シノとナギと、そしてアキトと過ごす日々は私に『命』を吹き込んでくれた。
アキト達と出会うまでの5年間、私は確かに『死んでいた』。ただ虚ろなる日々を『目的』の為だけに消費していく毎日。たとえ心臓が動いていたとしても、私は『生きていなかった』。
そして、アキトが私の『死』を粉々に打ち砕き、新しい『命』をくれたのだ。
その新しい『命』がもたらしてくれる感動たるや。私は間違い無く生まれ変わった。彼との日々に笑い合い、彼との日々に涙し、彼との日々に怒り、彼との日々に心を躍らせた。
それで良いと思っていたのだ。それだけで十分だと。むしろこれ以上を求めてしまったら、彼を求めてしまったら、その全てが壊れてしまうと思っていた。
でも、それは違ったのだ。少なくとも今は『違う』と言える。
もっと早くにこの感情に気付きたかった。もっと早くにこの事に気付きたかった。
自己満足だと分かっている。自己欺瞞だと分かっている。それが最善であるなどと言えるはずも無い。
けれど、私はあの日々を壊してでも彼を求めるべきだったのだ。彼を手に入れるべきだったのだ。彼を自分だけの物にすれば良かったのだ。それこそ、どんな手段を用いても。
そうすれば、少なくともこんなに酷い最後を彼が迎える事は無かったのではないだろうか。私の前からいなくなるような事は無かったのではないだろうか。
浅ましい考えだと分かっている。彼が私を選んでくれたかどうかも分からない。
けれど、こんな結末よりはずっと良い。彼が生きてさえいてくれれば、私は他の何も要らないというのに。
「アキト。アキト、アキト、アキト!!アキトアキトアキトアキト!!」
その口で何度も彼の名前を呼ぶ。既に猿ぐつわは外されていた。
だが、いくら呼ぼうと、何度叫ぼうと、その声に応える者はもう居ない。
拘束された手足を必死に動かし、彼の元へ行こうとするがどうやっても歩くどころか立つことすら出来ない。
「ハ、ハハ…」
口からは渇いた笑いが漏れる。
何故なら、ヒカルはようやく、ここに来てようやくこの一カ月やり続けた鍛錬の意味を、『真実』を悟ったのだ。
アキトは私に嘘を吐いていたのだ、今回のこれと同じように。あの鍛錬をアキトはこの格好で『歩く』事が目的だと言っていたが、そうではなかった。
あの鍛錬で身に付ける『真実』は『歩く』ではない。結果的には『歩く真実』を得られるのだが、その前に得なければならない物が有ったのだ。
それは『考える事』、何かを『当たり前』だと思わない思考。
私は彼が言ったからこの鍛錬を『歩く真実』を得る為のものだと思い込んだ。彼が言うのだからそうなのだろう、と。
それは一見、信用のようにも思える。彼を信じているから、彼の言う事も信じる。
アキトがこの鍛錬でやりたかったのは、その『彼が言うからそうなのだ』と云う『当たり前』を壊したかったのだ。
彼だって『人間』だ。失敗することもあれば、間違える事もある。
そして何より『真実』とは『自分にとって確かな事』、『何者にも侵せない概念』だ。それは誰かに、たとえアキトからだろうと、他人から受け取るような物では無く、自分で見つけなければ意味の無い物なのだ。
そして、私がこの鍛錬から得るべき『真実』は、『この状態ではどうやっても歩けない』と云う事だ。
それは逆説的に、今私が戒められている部分、部位こそ『歩く』為には必要で、『歩く』とはそれら全ての器官を使って行われる、途方も無い『奇跡』だと云う事だ。
だが、それを理解した所でもう意味は無い。アキトはもう死んだのだ。
あらゆる物が遅きに過ぎた。
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彼の首から外された首輪は、すぐさま大聖堂である白亜の塔の最上階へと届けられた。実際の所、彼らにも余裕と云う物はほとんど存在しなかったからである。
事の発端から既に一カ月が経過しているのだ、もうこれ以上『儀式』という名目で時間を引き延ばすのも限界だった。既に他国の大司教の連名で、審問への招集がかかって久しいのだ。いつ強硬手段に出られるかと、内心では冷や汗ものだったに違いない。
そして、彼らの元に届けられたアキトの首輪は、彼らの予想通りの効力を発揮してくれた。
目の前の太陽竜の少女の瞳からは光が失せ、その人間離れした精緻な容姿からまるで人形のようだった。
あともう少しの梃入れで、完全な操り人形となってくれるだろう。
だからこそ、大司教達は畳み掛けるように言う。
「さあ、貴女様を助けに来る者がもう居ないのはご理解いただけたでしょうか?いただけたようですね」
「では、今度こそ我らの願いを聞き届けていただきたい。なに、我らの願いさえ聞いていただけたら、貴女様はもう用済みです。勿論、解放して差し上げますよ」
「我らの願いを覚えておいでですか?おいででしょうね?しかし、覚えておられない可能性も御座いますので、もう一度だけお耳汚しをさせていただきましょうか」
そして、一拍置いた後、不気味な笑顔を満面にして彼らは己の『欲望』を口にする。
「さあ、」
「太陽竜よ」
「我らに」
「「「永遠の命を」」」
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シノは己の手の中に在る首輪を玩ぶ。その様子は魂が抜けてしまったかのように存在自体が希薄で、その姿は今にも空気に溶けて消えてしまいそうな程に儚げだ。
アキトが死んだ。
その事がシノから一切の力と気力を奪っていた。
呆然としていたシノの表情が、クスリと笑みを浮かべる。それは普段の彼女からは考えられないほどに妖しく、大人びた笑み。
無邪気さではなく、邪気を存分に孕んだ笑み。
彼女が笑っているのは他でも無い、自分自身だ。
シノがアキトに向けて最後に放った言葉は何だっただろう。
『アキトはシノの事、愛して無いんだ!!』
これだ。これが、シノが最後に彼に言った言葉だった。
そう、最後。この言葉がアキトに向けた最後の言葉となってしまったのだ。もはや笑うしかないじゃないか。
そもそも、何なんだこの言葉は。まるで、自分はアキトに愛されて当然だ、とでも言いたげな傲慢な言葉は。
のうのうと彼に大事にされ続け、その『愛』の存在が疑わしくなった途端に掌を裏返し彼を罵倒するなど愚かしいにも程が有った。
私は他の何もかもが疑わしくても、絶対に疑ってはいけない物を疑った。
これはその『罰』なのだ。
シノはクスクスと笑い続ける。
これが『罰』なのだとしたら、最高に皮肉が効いている。
彼は強い、それこそ世界中を相手取って戦えるほどに。だから彼がこんな奴らに殺される訳が無い。
しかし、今ここに彼の首輪が存在すると云う事が彼の死を証明している。
死ぬはずの無い彼が死ぬ。この矛盾。
これはおそらくシノの居場所を掴む為に彼が仕組んだ事に違いない。きっとすぐにでも助けが来るだろう。
けれど、そこに彼は居ないのだ。
彼は最後の最後まで命を懸けて私を護ろうとした。その『愛』を己の命でもって証明したのだ。私が疑い、罵倒した『愛』で。
なにが『愛して無い』だ!愛していないのは私の方だったのに!彼の『愛』に胡坐をかき、愛を受ける事で愛している気になっていた愚か者だと云うのに!私は彼に愛して貰う権利すらない大馬鹿だと云うのに!!
そんな私を彼は最後の最後まで愛して、そして死んだ。
何も吊り合っていない。全然等価じゃない。全くもって正しく無い。
シノは首輪を握り締める。
その上にポタリポタリと雫が落ちる。いつの間にか彼女の笑みは消え、悲痛なまでにその顔を歪ませていた。
「…こんなの……やだよ…」
シノはまだアキトに何も返していない。返せないままに、彼は逝ってしまった。その『愛』の証明にシノだけを残して。
「…やだ…やだやだ…やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!」
シノが『やだ』と叫ぶ度に彼女の中で何かが膨れ上がっていく。
それは彼女の予期せぬ方向へと、物語を動かし始める。
そして、白金の閃光が炸裂した。
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水竜の国の花火大会は幕を閉じようとしていた。魔術による音声の拡張でアナウンスされる演目も次の『大玉花火百連発』で最後となった事を告げていた。
「ふむ、もう最後なのか…」
ミズキが名残惜しそうに呟く。王宮のバルコニーから観覧していた彼女は花火の美しさ、絢爛さに心奪われ時を忘れて楽しんでいた為、やはり寂しさも人一倍なのだろう。
王宮の堀の近くに集まった人々からも花火の終わりを惜しむような空気が漂って来る。
それに、
「アキトもここで一緒に見物すれば良いものを…」
ある青年に一緒に観覧しないか、と尋ねたのだが断わられてしまったのだ。それもまた、彼女の寂しさを増している原因かもしれなかった。
「陛下、誰だって普通は遠慮をいたします」
「何じゃと!?余の花火が見えんと申すのか!?」
近衛の隊長がアキトのフォローを入れるのだが、ミズキはなにやら酔っ払いのような言い掛かりを付けている。
「そうではなくて、畏れ多いと云う事です!!」
「何故そんな遠慮をする必要が有る!余が直々に誘っておるのじゃぞ!?」
「それでも、普通は遠慮するものなんです!!」
「余とアキトは風呂で裸の付き合いをした仲じゃぞ!?そのような遠慮は不要じゃ!!」
「普通、そんな事をする女王なんて居ないんです!!」
「さっきから、普通普通と連呼しおって!!まるで余が普通では無いようではないか!!」
「自覚無しですか!?」
彼女達の口喧嘩が泥沼化してきた頃、ようやく最後の演目が始まった。それにともない、ミズキも口論を中止し空を見上げ、花火を堪能する。
地上から幾つもの光の線が空へと登ったかと思うと、天上で大輪の花を咲かせて行く。
赤、青、紫、緑に黄色。色とりどりの炎の花が夏の夜空を彩り、瞬く間に消えて行った。
そして、最後にひと際大きな花を咲かせたと思うと、夜空に静寂が戻るのだった。
「はう…」
ミズキが彼女にしては可愛らしい溜息を一つ吐く。花火の名残を惜しむようにその空気に身を委ねる。
それは見物客達も同じようで、すぐには帰ろうとせず、しばし花火の消えていった夜空を眺めていた。
その時だった。
「おい、何だあれ?」
誰かが疑問の声を上げ、夜空を指差す。そして、その場の誰もがそれを見る。
異変は教会の象徴的建造物である大聖堂の頂点に起きていた。いくらこの国での教会の力が小さいと言っても、それでもその白亜の塔は全長で100m近い高さを誇っている。
大聖堂と王宮は王都の中心に並ぶように存在しているため、その異変を視界に入れるには誰もが空を仰ぐように見上げる必要があった。
ミズキも王宮のバルコニーから身を乗り出すようにしてそれを見る。
異変は最初の内はほんの微かな物だった。大聖堂の最上階、塔の天辺のあたりから白金の光が漏れ出していた。
それは本当に僅かな、まるで夜空に金色の糸が張られたような物でしかなかったが、次第にその糸は太さを増し、数を増やし、まるで塔の天辺に巨大な白金の花火が花開いたようだった。
が、次の瞬間。
―――――ドオォォォォォォン!!
巨大な爆発音を響かせて、塔の最上階が吹き飛んだ。それはまるで内部から大質量の何かが天井を押し退けて現れるような、そんな爆発だった。
「キャーーー!!」
見物客が悲鳴を上げ、落ちて来る破片から身を守ろうと頭を抱え、その場にうずくまる。幸い、そこまで巨大な爆発では無かったようで、塔の破片はそのまま大聖堂を取り囲む水路へと落ちて、巨大な水柱を上げるだけに留まった。
そして、ようやく塔の崩壊が落ち着いた時、再び顔を上げた彼らの目に入って来たのは、巨大な『何か』だった。
一体何が現れたのか。
勘の良い読者さんはもう分かっているかもしれませんね。
ヒントは『名前』です。
まあ、明日には分かるんですが。




