第26節
暁人、暁に死す。
いや、まあ全然暁でもなんでも無いんだけどね。
第26節
作戦の決行は結局準備や諸々の関係で三日後になった。
その日は水竜の国の王都で花火大会が有り、街行く人々は笑顔で街の中心部へと歩いて行く。
花火大会は王族以下、貴族達の出資提供によって開催されるため花火も王宮から打ち上げられる。それをより近くで見ようと思うのは当然だろう。
皆楽しそうにここぞとばかりに屋台の並んだ大通りを連れ立って歩いてゆく。
恋人なのだろうか、若い男女が手を繋ぎ歩いていると思えば、老人会か何かの集まりなのだろうか、十人近い老人達がやいのやいの言い合いながら通り過ぎていく。
「わっ!」
近くで幼い悲鳴が聞こえ、おそらくこの人ごみの中をはしゃぎ回っていたのだろう、十にも満たない少年の身体が、誰かにぶつかったのか地面に投げ出されていくのを慌てて受け止める。
「ああ、ごめんなさいね!!」
おそらく母親なのだろう、その少年と一緒に歩いていた女性が近寄ってきて頭を下げる。片方の手で少年の頭を強制的に下げさせながら。どうやら余程の暴れん坊らしい。
「いえ、気になさらないでください」
日本人の哀しい性、逆にこちらが頭を下げながら、どうってことないとアピールする。
「でも、服を汚してしまって…」
「え?ああ…」
どうやら少年は片手にイカ焼きの串を持っていたらしい。そのタレとイカエキスが俺の袴に付着してしまっている。
「別にいいですよ」
「でも、誰かと待ち合わせをしているんじゃ…」
どうやらここに突っ立っていた為、待ち合わせをしていると思われたようだ。
「いえ、そういう訳じゃありませんから。それより、危ないですからちゃんと手を繋いであげて下さいね」
そう言ってまたどこかに駆けだそうとしていた少年の手を掴み、女性に差し出す。少年はなにやら不満そうだったが。
その様子に苦笑しながら女性はしっかりと少年の手を握り、最後に何度も俺に頭を下げて再び人ごみの中へと消えて行った。
その背中を見送りながら、その繋がれた手を見詰めながら俺は考えるのだ。
もし、あんな事が無ければ俺もああやってシノと一緒にお祭りを楽しんでいただろうか。
ああ、きっとそうに違いない。あの少年と同じように落ち着き無くあちらこちらの屋台に突撃していくシノを御しながら、ヒカルやナギと連れ立って花火を見物しに行っただろう。
はしゃぎ回るシノに、何だかんだで楽しんでいるヒカル、ここぞとばかりにはだけ易い衣装を着て俺を誘惑しようとするナギ。思えばナギの露出癖は俺へのアピールだったのかもしれないな。多分違うけど。
そして、背が足りないシノを肩車して花火を見物するのだ。きっとシノは文字通り瞳をキラキラさせて花火に見惚れるだろう。俺の肩の上であることも忘れて手足を振り回し、はしゃぎ回るのだろう。
そして、花火が終わる頃にはすっかり疲れ果て、俺の肩の上で身体を丸め、まるで竜の姿であった時のように眠りに落ちて、それを起こさないようにそっと歩きながら、しかしヒカルとナギと目線で笑いながら帰るのだろう。
「………」
唇を噛む。どうしてそうでは無いのか、と。想像の中の俺達が幸せそうであればあるほどに今の自分が惨めに思えた。
だが、全ては結局俺が招いた事だったのだ。だから、俺にその幸せを享受する権利は、今は無い。
だが、必ず取り返す。
それはシノを救出することだけに止まらない。俺の中に在る『欲望』との決着を着けてこそ、初めて言える事だ。
俺の中に在る『欲望』は今、怒りを沸々(ふつふつ)と浮かばせている。
それはシノを奪われた事に対する『飢え』からなのか。はたまた別の何かに対する物なのかは解らなかった。
でも、解らなければ理解しようと努力すれば良い。それが『拝』の力であり、人が誰でも持っている力でもあるのだから。
それを理解したとしてもまた『欲望』を理解した時のように苦しむだけかもしれない。けれど、だからと言って諦める事が出来るのか?答えは当然、『否』だ。
だから、大丈夫。何があっても俺は必ずシノを取り戻す。
そう覚悟に鞭入れている時、とうとう待ち人が現れた。
さっきの少年の母親には、誰とも待ち合わせていない、と言っていたが実際には待っていたのだ。
「………」
こんな夏だと云うのに暑苦しいマントを羽織り顔を隠した男がじっとこちらを見ている。
そのあまりに露骨な視線に、仕方なくそちらに目をやる。
すると、男はあからさまに驚いたようなリアクションをすると、路地の裏へと逃げていく。
「いや、釣りにしても露骨過ぎるだろ…」
そのあまりのわざとらしさに辟易としながらも、その後を追跡し始める。そうしなければ何も始まらない。
以前の逃走劇の事もある。彼らも俺の実力を測り切れていないのだろう。だからこそ、確実に罠にはめようというのは分かるがあまりに意図が見え見えに過ぎないだろうか。それとも、それこそが彼らの思惑通りと云う事なのだろうか。
まあ、どの道これで俺が追ってこなくても第二、第三の手が存在するのだろうからさっさと(彼らにとっての)安全策に乗ってやった方が周囲への被害も少なくて済むだろう。
そう考え、俺は奴らに誘われるまま路地の奥へ奥へと入って行く。
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「動いたか…」
ユウキはアキトが予定通り餌に喰いついたのを確認し、侍女部隊に指示を出す。
「決して持ち場を離れるなよ。例えアキト君が危険だったとしても、だ。私達の仕事はシノ様の居場所を突き止める事。アキト君が自らを危険に晒してまで作ろうとしているチャンスを己の感情だけで無駄にするなよ」
その言葉に控えている侍女達に緊張が走る。彼女達はよく訓練された手練の者達だ、己の感情を制御するぐらいどうという事は無いだろうが、アキト君が危険という言葉を聞いて少々動揺しているようだ。
彼の侍女部隊は彼の趣味でその多くが獣人によって構成されている。その為、獣人であるヒカルと、そして自分達と分け隔てなく接してくれるアキトは彼らの間でも人気が高い。この一カ月、シノを護衛し続けて来たモチベーションも、それに依る所が大きいのかもしれない。
まあ、分け隔てなく接してくれると云う点ではユウキも同じなのだが、彼の場合は趣味に依る所が大きい為、嫌われてはいないものの、あくまで『尊敬』止まりで『信愛』とは言えない。それで十分ではあるのだが。
(まったく、罪作りな男だよ、彼は)
ちょっとへこみながら、度の入っていない鼻眼鏡を押し上げてこう言う。
「いいね?アキト君の事を考えるなら己の仕事をまっとうしてからにする事だ。もし、シノ様の居場所が分からなかったとしたら、きっと彼は悲しむだろうね。アキト君の覚悟に答えたければ、今は感情を捨てろ」
最後に命令で言葉を締め、彼女達を放つ。
それを見送った彼は、盛大な溜息を吐く。
思い出すのは今日の作戦の開始前、彼が言っていた言葉だ。
『何があっても必ずシノの居場所を突き止めてくれ。例え俺が死んでも、だからな』
その言葉でユウキは確信したのだ。彼がこの作戦に賭けている物を。
「まったく、罪作りな男だよ…」
それに何も言わず、作戦を実行している自分もおそらく同じくらい罪深いのだろうけれど。
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アキトは不審な男を追って路地裏を突き進み、行き着いた袋小路で男を見失ったフリをした。
実際には袋小路の入り口にあったゴミの山のカモフラージュにその男が隠れた事は見破っていたが、あえて気付かないふりをする。
袋小路の行き当たりで、しばし立ち尽くしていると、後ろから数人の男達が近付いてくる音がする。
振り返ると、やはり真夏だと云うのに全身をマントで覆われた数人の男達が袋小路の入り口を塞いでいた。
そいつらは、それぞれの手に武器では無く、杖やら大仰な指輪やらを着けている。どうやら魔術師というやつらしい。
そいつらは袋の鼠となった俺に一瞥もくれず、なにやら呪文を唱え始めた。
『四大の一角、暴虐の炎よ。我に仇なす者共を、尽く滅却せしめん。
――――力を与えよ、太古の炎!
――――力を授けよ、原初の火!
――――火竜の吐息』
計5つの真っ赤な炎の塊が袋小路の幅を全てを埋め尽くす。逃げ道は上しか無いが、今回ばかりは逃げるわけにもいかない。
この作戦はリアリティーが大事だ。
大丈夫、熱いのも痛いのも秘義『加具土』に比べたら大したことは無い。そう自分に言い聞かせて、思わず避けようと動き出す足を縛りつける。
そして、花火大会の始まりを告げる爆発音と共に、この袋小路でも処刑の始まりを告げる爆発音が響き始めた。
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ヒカルが己の間違いに気付いた時、既にそれは手遅れとなっていた。
彼は全身を炎系の魔術により焼かれ、以前彼が使った秘義『加具土』の代償であった右腕の火傷など比較にならないほどに炭化していた。
そこは王都の大通りから遠く離れた路地裏。三方を壁に囲まれたそこで、彼は今まさにその首を落とされようとしていた。いや、そもそも首など落とさなくても全身黒焦げの彼はもう数分とせずに命尽きるだろう。
空からは遠くで花火の弾ける音と光が降り注ぎ、彼の黒焦げの身体を色とりどりに彩る。それがあまりにその状況と不釣り合いで、現実味を無くしていく。
だが、確実に彼へ死が迫っているのだった。
全身を拘束され、ここから見ているしか無いヒカルは涙を流し叫ぶ事しか出来ない。
「んーーー!んんーーーー!!」
だが、それも口に噛まされた猿ぐつわの所為で言葉にすらならない。おそらくあちらは気付いてもいないだろう。彼らが居る袋小路からはここは完全に死角となっている。水の結界によって囲まれ、屈折率を誤魔化しているためこの夜闇の中では視覚的には見えるはずも無い。
「んんーーー!!」
ヒカルは、アキトの思惑に気付き彼を止めようとその後を追った。だが、彼に追いつく前に捕まり、拘束されてしまい、今は無様に地面に這いつくばり、こうして彼が爆炎に焼かれ、死にゆく所を見ているしかなかった。
ヒカルは彼女を拘束した人物を睨む。だが、相手はそんなヒカルには目もくれず、アキトが絶命させられる瞬間を見詰めていた。
翡翠の瞳、水の如き蒼い髪、豊満な曲線を描く肉体をもったその女性。彼が刺客達に何の抵抗も無く殺されて行くのをただ見ていた人物。アキトを止めようとしたヒカルを拘束したその人物は、ナギだった。
その彼女が息を飲む。それに釣られてヒカルもアキトを見る。
全身を真っ黒に焼かれ、その首を落とそうと今まさに刺客の短刀が喉元にせまりながらも、彼は焼け爛れた顔を綻ばせて、口だけを動かして確かにこう言った。
『あとはたのんだ』
次の瞬間、彼の首から上と下は完全に別離され、頭はまるでボールか何かのように地面を音も無く転がる。
「んーーーーーーーーーー!!」
ヒカルが叫ぶ。あまりに叫び過ぎて喉が裂け、血が混じるが気になどしていられない。ヒカルは気付かなかったが、ナギもその拳を強く握り締め、爪が掌に深く食い込み、硬く握られた指の間から真紅の血を垂らしていた。
「………」
だが、動くどころか声を上げようとすらしない。
全身を焼かれようと、最後の最後まで膝を屈しようとはしなかった彼の身体がゆっくりと地面に倒れ、鈍い音を上げる。その拍子に首にはめられたままの首輪が、金属板が地面にあたる硬質な音を立てながら頭無き首から外れ、路地裏を転がる。
刺客達は爆炎で歪み、彼の血で染められたその首輪を手に入れると、満足そうに頷き合い、その場を後にしたのだった。
ヒカルはナギをその涙に濡れる瞳で睨みつける。殺意すら込めて。
その瞳はただこう問うていた。
『何故!?』
と。
刺客達が居なくなったのを確認したナギは水の結界を解き、立ち上がりながらこう言うのだった。
「ご主人様の御命令です。たとえ、ヒカル様であろうとも邪魔をさせる訳には参りません」
その声は震えていた。
彼女が何を考えているのか分からない。裏切ったのか、そうではないのか。アキトを見殺しにしたのか、何か理由が有ったのか。
だが、これだけは確かだ。
アキトは死んだ。
それはもう、覆しようの無い事実だった。
鳥越九朗先生の次回作にご期待下さい!!
嘘ですよ。




