第10節
まだ何か変な感じ…。
あと、最近全然戦闘してないな…。
第10節
「謁見…ですか?」
それは青天の霹靂とでも言うべき突然に、突拍子も無く降って来た。
場所はカッツィオ家大食堂。
アキト達は午後からシノ(人間ver)の服を買いに行く予定を話し合いながら、昼食を取っていた時のことだ。
カッツィオ家長男、タケシの口からこう言われたのは。
「アキト君、実は陛下から謁見の使者が来たんだが、どうするかい?」
最初は何を言われているのか全く分からなかった。思考に脳の大部分を使用したためだろうか、手からスプーンが滑り落ち、テーブルの上で不機嫌そうにかん高い音を立てる。
「あう」
シノがお預けを喰らったような残念そうな呻きをあげる。実際、そのスプーンに乗っていたのは彼女の口に入る筈だった今日の昼食の牛肉のごろごろ入ったビーフシチューだ。それがテーブルの良く洗われた真っ白なクロスを汚してしまう。
彼女は既に人間の姿だ。最初こそ屋敷の者達に驚きを与えたものだが、結局全員『太陽竜だから』で納得したようだ。本当に便利な言い訳だ。竜達は人の姿で生活している事を秘密にしているようだったので、その事に考えが及ばないか少し心配だったのだが、どうやら太陽竜特有の現象だと捉えられたようで安心した。
まあ、この世界の者達にとって竜とは遠い存在なのだからそんなものなのかも知れない。俺達の感覚で言うと、『神様が隣に普通に住んでる』と同じくらい突拍子もない事なのだろう。
だが、人の姿になったは良いものの、まだその身体に慣れていないシノは上手く食器を持てないため、こうして相も変わらずアキトが『あーん』して食べさせていた。いずれはちゃんと一人で食べられるようにしようとは思っているが。
慌ててパタパタと侍女がこちらに寄って来て、クロスに落ちたシチューを拭き取ってくれる。
そんな彼女に、ペコペコと頭を下げてから再びタケシに向き合う。
「謁見って、あれですよね?王様と面会するやつですよね?」
「もちろん、そうだ」
どうやら聞き間違いでは無いようだ。
アキトは侍女から受け取った新しいスプーンでシチューをすくい、シノの口に運んでやりながら考える。
タケシは「どうする?」と聞いて来た。つまり、別に断わっても良い、と云う事だろう。
しかし、その場合気になる事が一つ。このカッツィオ家は『貴族』である、ということだ。『貴族』と言うくらいだから、やはり王族から爵位みたいな物を授かっているのだろう。いくら騎士団は『王族』ではなく『国』に仕えていると言っても、彼自身は王族に身分を与えられているのだ。
その王族の申し出を断ってしまったら、何らかの咎が有るのではないだろうか。最悪、貴族位の剥奪だって考えられる。
「その、やっぱり行った方が良いですか?」
そんなアキトの質問の意図を、聡明なタケシはすぐに理解してくれる。
そして、若干の苦笑いと共にこう答えてくれる。
「いや、そこは君達の自由意思に任せるよ。なに、当家の事は心配無い。陛下は気さくなお方だ。実際謁見と言っても、陛下自身が噂の『英雄』を一目見たいと思っての事だろう。深い意味合いが有るとも思えない。そんな、言ってしまえば『小さな事』で人を罰する御方では無いよ」
まあ、王族として気さく過ぎるのも考え物ではあるのだけれど。そう言って苦笑を強めるのだった。そんな彼の表情には、その陛下に対する親愛と畏敬の念が込められているのが俺にも分かった。
タケシにこんな表情をさせる『陛下』なる人物。少しばかり興味が出て来た。しかし、曲がりなりにも相手は王族だ。この機会を逃せばそうそう謁見の適う相手では無いだろう。
チラリ、とヒカルとナギを見る。二人とも目線で「判断は任せる」と言ってくれる。
ならば。
「申し出を受けることにします。王族と会える機会なんてそうそう有るもんじゃ無いですから。何事も経験です」
そう言うとタケシは少し複雑そうな表情をしたが、すぐさま頷く。
「では、謁見は明日だそうだ。衣装はこちらで用意しよう」
結局その日は謁見の準備に追われて、シノの服を買いに行けなかったため、シノがふてくされてしまったのだが、それはまた別のお話。
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「いい加減、機嫌を直してくれよ…」
「ぶーぶー!だって、シノもドレス着たかったのに!」
頭の上のシノがブーイングしながら手足をジタバタさせて暴れている。ずいぶんとご機嫌斜めのようだ。
シノの機嫌が優れない理由は彼女の格好…というか姿にあった。
「仕方無いだろ?人間の姿で『私が太陽竜です』なんて言っても信じてもらえないんだから」
「それはもう聞いた!」
そうなのだ。謁見に際して、水竜を救った方法を聞かれた場合に一番都合の良いのが、最近おなじみとなった『太陽竜だから』なのだ。いちいち俺の事を説明するのは面倒だし、いらぬ混乱を招きたくない。
という事で、シノに矢面に立ってもらう事になったのだが、人間の姿では信じて貰えない、というか突拍子が無さ過ぎるのでシノに頼み込んで竜の姿に戻って貰ったのだが…。
「シノはまだ納得がいっていないのか?」
こちらはヒカル。彼女はカッツィオ家に用意して貰ったドレスを着用している。黒を基調としたドレスがよく似合っている。いつもより胸元が露わになっているのもポイントが高い。派手過ぎず、しかし十分に優美な姿で、ねこみみと相まってイメージは黒猫そのものだ。
「シノ様、どうか聞き分けてくださいませ」
こちらはナギだ。彼女も用意された青いドレスを身に纏っている。この姿でシャナリシャナリと歩く姿は淑女そのもので、容姿も人並み外れて優れているため貴族のお嬢様どころか某国の御姫様と言われても信じてしまいそうだ。中身は変態なのだが。本当に残念美人だった。もちろん胸元は大胆に開かれており、彼女の豊満なバストを強調している。今はゴンドラで運河を移動しているのだが、道行く人々の視線をさらっている。
シノはそんな二人をしばし眺めた後に、再び頭の上で暴れ出す。
「ずるいずるい!私もドレス着る!!」
まるきり聞き分けの無い子供の如しだった。まあ、今回は無理を言ってシノに矢面に立って貰っているのだから、少しばかり罪悪感が無いわけではない。
このままだと埒が明かないので、俺はシノを懐柔する事にした。
「シノ、この前贈り物が欲しいって言ってたろ?この謁見が済んだらシノが欲しい物を買ってあげるから」
「ホント!?」
どうやら、喰いついてくれたらしい。途端に態度を変えて、ウキウキと弾んだ声で注文してくる。
「じゃーねー、じゃーねー!シノも指輪が欲しい!!」
「ブッ!」
シノもって何だ、シノ『も』って。俺はヒカルをジト目で睨む。するとヒカルは途端にせわしなく目線を彷徨わせ始める。
「ヒカルさん?」
そんなヒカルに優し~く、にこやか~に話しかける。しかし瞳は笑っていない。何のために二人だけで買いに行ったと思っているんだ。
するとヒカルはその視線から逃れるようにこう言うのだ。
「す、すまないアキト。私は水は苦手なんだ…猫だからな」
いままでそんな設定無かったじゃん!!
とって付けたようなヒカルの言い訳。どうやらナギが関わっているようだ。だが何故か詳細は知りたくない。知りたくないったら知りたくない。
とにかく、指輪はダメだ。それはヒカルの時にも確認済みだし、これ以上墓穴を掘りたくない。シノなら嬉々として薬指にはめかねない。
という事で、なんとか矛先を変えようと努力してみる。
「指輪はヒカルに贈ったから、違うやつにしような?」
「え~!同じで良いよ?」
そっちが良くても俺が良くない。
「とにかく指輪はダメ!でないとこの話は無かった事する」
ついでに会話の主導権も奪うことにする。その事に気付かないシノは慌てて承諾の言葉を紡ぐ。
「分かった!分かったから!指輪以外ならいいんでしょ!?」
「ん、よろしい。その代わり、お財布の許す限り大丈夫だから」
「ん~?なんか釈然としない…」
そう言いながらも、一応納得はしてくれたようだ。
「見えましたよ。あれが水竜の国の王宮です」
そんなやり取りを知ってか知らずか、タケシが声を掛けて来る。どうやら言い争っている内に目的地に着いたようだ。
ここ水竜の国の王宮は運河に囲まれており、入城するには跳ね橋を架けて貰うか、こうして運河から船で入るしかない。
正面から入ると流石に目立つだろうという配慮から、こうして船で王宮に入る事になったのだ。
「ふわ~おっきいね!」
シノが感心したような声を上げる。実際王宮は凄まじく大きかった。正直火竜の国の王宮が犬小屋に思えるレベルだ。まさしく『王の住む宮殿』にふさわしい威容を誇っていた。
「あそこに王様が居るの?」
「そうだよ~」
シノの無邪気な問いに答える。と言っても、俺は日本人なので『王様』というのがどんなものか想像では分かるものの実感として分からないため、なんだか気の抜けた返事をしてしまう。
シノの質問は続く。
「王様って偉いんでしょ?」
「そうだね~。でもシノの方がもっと偉いよ~」
なんせこっちは神様なのだから。まあ、日本人である俺にしてみれば(以下略。
そんな気の抜けた俺の耳をヒカルが引っ張る。
「なんだその調子は!もっとシャキッとしないか!これからこの国の最高権力者に会うんだぞ!」
どうやら、ヒカルは珍しく緊張しているようだ。それ程の相手ということか。
「でも、何かそんな気がしないんだよな…」
面倒な事にならないと良いけど…。いまさらながらそう思うアキトだった。
「なあ、ヒカルがしてる指輪って…」
「あ、ああ。あの指輪だ」
「そっか。うん、やっぱり似合ってる」
「そ、そうか。なによりだ」
「ねーねー!やっぱりシノにも指輪…」
「ダメ」




