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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第11節

 久しぶりに思うように書けた気がする。


 ちなみに、陛下と大司教は当初老人の設定だったのですが、書いてて面白くなかったので、急遽若くしました。


 機会が有れば、今度こそ渋い老人を書いてみたいです。



第11節


「こりゃ、凄いな…」


 アキトが呆然としたように呟く。

 彼らが居るのは王宮の一区画、『謁見の間』だ。


 そこは王が客人を迎えるのにふさわしい豪奢さと品格を併せ持つ、まさしく王宮を象徴するような場所だ。

 豪華な絨毯が隙間なく敷かれ、部屋の中央部には玉座と思われる、これまた華美な椅子がある。その後ろには、おそらく水竜を模ったのだろう彫像が並んでいる。


 アキト達がその部屋に入った時には既に何人もの豪華な衣装を身に纏った人々が壁際に用意された椅子に座っていた。どうやらこの謁見に同席する貴族達のようだ。


 アキト達が謁見の間に入って来た時から好奇の視線を投げかけて来る。

 気分は完全に動物園の珍獣だ。実際、彼らは噂の『英雄』を一目見ようと王宮までやって来た物見高い連中なのだろう。

 彼らの視線に辟易としているアキトに気付いたのだろう、タケシがフォローを入れて来る。


「大丈夫ですよ。アキト君は立派に紳士に見えますとも」


 いや、そういう事では無いんですが…。


 しかし、実際は彼の言う通りアキトもカッツィオ家に用意されたタキシードのような礼服に身を包んでおり、客観的にはどこに出しても恥ずかしく無い程に整っているのだが、本人に自覚は無い。

 というか、彼はこの世界に来てからというもの、ずっと和服の流しのような風竜の国の民族衣装を着ていたため、慣れない格好にちょっと落ち着かないでいるのだった。


「ふむ、アキトのそういう格好は初めて見るが悪く無いな。次からはそういう服も着てみてはどうだ?」


 ヒカルがまじましとアキトを見て呟く。そういう彼女も普段とはだいぶおもむきの異なる服飾なのだが、彼女も自覚は無いようだ。


 アキトは満更でもなさそうな表情を浮かべるが、すぐさま頭を左右に振って答える。


「いや、あれはちゃんとうちの流派の道着に近いやつを選んでるんだよ?見た目より機能性重視なんだよ?」


「う~ん。しかし、一部の地域の民族衣装を白昼堂々身に着けられると、隣を歩いている私達も…なあ?」


「なに!?その、今さら感バリバリのカミングアウト!?」


 あれ、もしかして浮いてた?俺痛い子だった?


 アキトが妙なコンプレックスを刺激されている間にも、謁見の間の入り口からは貴族と思われる人々が続々と入って来る。


 その時。


 ――――ザワッ


 謁見の間にざわめきが走る。何事かとアキトが視線を巡らせると、ちょうど入り口から美しい法衣を身に纏った人物が入って来るのが目に入る。


「?」


 首を傾げるアキトにタケシがそっと耳打ちしてくれる。


「あの方は大司教様ですよ」


「え!?」


 大司教というと各国の教会に一人ずつしか存在しない役職で、その国における教会組織のトップという事だ。

 アキトは改めてその人物を見る。若い、年の頃は30前後だろうか。とてもでは無いが一つの組織の頂点に立つほどに歳を重ねているようには見えない。柔和な顔に穏やかそうな笑みを常に浮かべているため、さらに若く見えてしまう。


「あんなに若くても大司教になれるんですか?」


 アキトが思った事をそのままタケシに尋ねると、答えは予想外の所からやって来る。


「以前言っただろう?大司教になるには『竜の言葉を理解できる』ことが条件だ、と。それさえクリア出来れば問題無いんだ。むしろそれをクリア出来る人物が少ないため必然的に年齢はバラつきが出る。彼のような若い大司教も珍しく無い」


 ヒカルだった。この子は案外説明好きだ。


 とにかく、そういう事らしい。アキトが「ほえ~」っと呆けた顔で頷く。


 すると、アキト達の会話が聞こえた訳では無いのだろうが、件の大司教が近付いて来る。後ろにはこれまた法衣を着た二人の従者を伴っている。

 そして、アキトの目の前で立ち止まった大司教は丁寧な一礼をする。


「はじめまして、私はこの国の大司教を務めています、コーキン=グラントと申します。貴方が噂の『英雄』さんですね?」


「ええ、まあ、そうです」


 アキトはなんだか曖昧な返事をしてしまう。


「水竜様をお救いくださり、私からも感謝の言葉を贈らせて下さい。本当にありがとう」


「はあ」


 なんだか上の空なアキトを他所に、彼は饒舌に話し続ける。


「『死の霧』は私達にとっても心の痛い懸案でしたから、本当に感謝しているのですよ。おそらく今日は陛下から何らかの褒章が出るでしょう。何か希望が有るならば、私から陛下に進言して差し上げますよ?」


「いえ、いいです」


 この頃になって、ようやくヒカル達はアキトの様子が変である事に気付いた。アキトはずっと気の抜けた調子で話しながら、大司教の眼を見ている事に。


「そうですか。ところで話は変わるのですが」


「………」


 そしてその場の全員が気付く。大司教の視線は目の前のアキトではなく、その後ろのヒカルに注がれている事に。


「この場にふさわしく無い『モノ』が居るようですね」


「………」


 その瞳は明らかな侮蔑(ぶべつに歪んでいた。

 柔和な表情の下に渦巻くどす黒い程の蔑視べっしの念。それが抑えきれずに瞳から漏れ出しているようだ。


「っ!?」


 それを認識してしまったヒカルは、背筋に寒い物を覚える。別に彼女だって十五年とはいえ短く無い人生を送って来ているのだ。侮蔑や蔑視など彼女にとっては慣れた物だ。慣れた物の筈だった。

 しかし、大司教の瞳に宿るそれは今まで彼女が受けて来たそれらよりもずっと深く、くらい。どこか怨讐にも似たそれはまるで蛇のように彼女に纏わりついてくる。


 彼女はその視線から逃れるように、アキトの背中にピッタリと張り付く。

 背中越しにヒカルの肩が震えているのが分かる。


 そんな彼女に大司教は優しく微笑みかける。その内に明らかな嘲笑を浮かべて。


「おやおや、縮こまってしまって可哀そうに。すぐにお仲間の居る『森』に帰してあげますからね?」


「…めろ」


 そろそろ、我慢も、限界だった。


 大司教の手がアキトの背中のヒカルに伸びて行く。優しそうに見えて、その裏に傲慢な意志の見え隠れする腕が迫る。背中のヒカルの震えが強くなる。


「…やめろ、って――――」


 アキトが怒りのままにその腕を打ち払おうとする。


 その時。


「やめんかーーー!!」


 謁見の間にその声が響き渡った。


 声の主は大司教のさらに後ろ。謁見の間の入り口に、その場の全員がアキトと大司教のやりとりを固唾を飲んで見ていた為、誰にも気付かれる事無く謁見の間に入って来たらしい少女のものだった。

 豪奢な空色のドレスを身に纏った、少女。歳はアキトと同じくらいだ。シノのプラチナブロンドよりも色の濃い金髪の髪を一つに束ねている。雪のように白い肌、利発そうな顔に、燃え盛る意志を象徴するような紅い瞳がはまっている。

 鮮烈なほどに美しい。しかし、美しい以上の迫力を内包した少女だった。


 その少女は謁見の間の入り口に仁王立ちしたまま、外から入って来る光を後光のように浴びて、硬直したアキト達に言葉を紡ぐ。


「その者達は余の客人じゃ。その者達に対する不敬は、余に対する不敬ぞ。大司教よ、下がりよれ」


 その言葉は、耳にした者を従わせる王者の言葉。この場において、絶対順守の法であり、拒否不可能の絶対命令であった。


「………」


 大司教は表情一つ変えず、その腕を引く。しかし、その瞳にはいまだに暗い感情が宿っているのが分かる。

 そのままくるりと身をひるがえしてアキト達の前から去って、己に用意された席へと向かう。


 それでもヒカルの震えはしばらくの間止まる事は無かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「陛下の御成りである!全員膝を突き、玉座に向かって一礼せよ!!」


 近衛の隊長の声が響き渡る。

 謁見の間に居た全員が椅子から立ち上がり、片膝を突き、玉座に向かって頭を垂れる。

 そんな厳粛な雰囲気の中、その少女は気後れした様子も無く、威風堂々とした歩みで玉座へと向かう。誰も身じろぎ一つしない。まるで、威厳も、気品も、ありとあらゆる正のオーラを纏った少女の為す事全てがこの場に居る者達に影響しているかのようだった。


 その少女は玉座の前で立ち止まり、命令する。


「よい。おもてをあげよ」


 その声に、全員が示し合わせたように頭を上げる。傲慢な物言いだが、傲慢は傲慢でも先ほどの大司教のそれとは明らかに異なるベクトルを持つそれ。他者を従わせるだけの根拠と威厳を併せ持つ傲慢さ。まさしく王者にのみ許された言動だった。


 少女はその場の全員が顔を上げたのを確認して、玉座に腰を降ろす。ドレスがフワリと膨らんで、やがてしぼんで行く。たったそれだけの事なのに眼が離せない。


(って云うか、女王かよ!若すぎるだろ!)


 アキトが心の中で叫ぶ。

 大司教は確かに若かったが、それでも眼の前の少女はそれに輪を掛けて若い。というか、自分と同じくらいの年齢だろう。

 しかし、疑う気持ちになど一切ならない程の威厳を持っているのだから恐ろしい。


「よく余の申し出を受けてくれた客人よ。タケシも息災のようじゃな」


「はい。陛下もおかわりないようで」


 厳粛な雰囲気の中、社交辞令的な会話が交わされてゆく。


 かと、思いきや。


 どうやら女王陛下は回りくどいのは好きでは無いらしく、いきなり単刀直入にアキト達に話を振る。


「さて、客人よ。わざわざ足労してもらってなんだが、まず余は一つの国を預かる者として聞いておかねばならん」


 話を振られたアキト達は緊張で声も出せない。唯一ナギだけが泰然と答える。流石水竜様、半端ねぇッス。


「なんでございましょうか?」


「いや、何。簡単なことじゃ。ぬしらが『死の霧』から水竜を救ったのは本当かどうか、という事をはっきりさせておきたい。本当ならば褒章を与えねばならんし、嘘ならばもちろん―――」


 そこで一旦言葉を切って、アキト達をギラリと睨み、


「即刻ここから叩き出す」


 きっとこの目に睨まれたら、閻魔様だって自分の来歴をペラペラ喋ってしまうに違いない。

 しかし、少女はすぐさまそんな表情を解き、にこやかにこう言うのだった。


「と言うのは冗談じゃが、兎にも角にも事の真偽をはっきりさせておかんと国の威信に関わるからの」


 嘘吐け!眼がマジだったぞ!!っていうか今もマジだろ!!


 しかし、ナギはそれに怯むことなく、むしろ挑みかかるように答える。


「嘘ではありません。真実でございます」


「ほう…。どのようにして、だ?」


 女王陛下も負けてはいない。むしろプレッシャーを強めて聞いて来る。

 正直嘘が通じる相手では無いのが分かる。となると、用意してきた『太陽竜だから』という言い訳が通じるかどうか分からない。

 本当の事を言ってしまった方が良いのか、とアキトが悩み始めた時、再びナギが口を開く。


「それは、わたくしのご主人様であるアキト様と太陽竜であるシノ様のお力により、としか答えようが有りません」


 この子堂々と『知らん!自分で考えて!!』って言っちゃったよ!?

 女王陛下が睨んで来る。ヤベーよ、ヤベーよ。むっちゃ睨まれてるよ。こうなったらいっその事俺の事をゲロった方が楽かもしれない…。


 そう考えたアキトが口を開きかけた、その時。


「太陽竜…じゃと?」


 女王陛下が妙な所に喰いついた。

「で、その太陽竜はどこにおるんじゃ?」


「あの、ここです…」


「どこじゃ?」


「いや、だから俺の頭の上です…」


「………」


「………」


「男にしては妙な頭飾りをしていると思ったら、竜じゃったのか…」


「はい、ホントすいません…」


「?何故謝る」

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