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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第8節

 暗雲。




第8節


 カッツィオ家に訪れてから四日目、ようやくスチム街道に詰めていたこの家の長男、タケシ=カッツィオの帰宅の報せが届いた。


「エーデルライト嬢にアキト殿、でしたね。ようこそこのカッツィオ家へ」


 弟との挨拶もそこそこに、俺達に話しかけてくれる。鎧を着ていなので、パッと見誰か分からなかったが、その燃えるような赤色の髪の毛が記憶を掘り起こす。

 そんなアキトに先じて、ヒカルが彼に挨拶とお礼を述べる。


「突然の訪問でしたが、私達を匿っていただき、ありがとうございました」


「いや、なに。気になされるな。約束したのはこちらからなのだから」


 それに、とタケシはアキトに視線を移す。


「王都に帰って来るまでに噂で何度も聞きましたが、貴方が『死の霧』を討ち払った『英雄』なのでしょう?そんな方をお招きできて、当家としても鼻が高いです」


「そんなに噂になってるんですか?」


 若干の渋面を浮かべて、彼に聞く。タケシはそんなアキトの様子に苦笑しながら、答える。


「ええ。私自身も最初は信じられませんでしたがね。けれど、スチム街道に確認に行くと、昨日までは居た筈の水竜が忽然と姿を消しているものですから…。それに、他の場所に移動したという情報も有りませんし。少なくとも、水竜が『死の霧』から解放されたのは本当でしょう」


 しかし、どうやって、と彼の瞳が問い掛けて来るのが分かる。


 それに答えるべきか、迷ってしまう。本来であればうちの流派は秘匿されるべき物だ。それに、素直に答えても信じてもらえるかどうか。


 しかし、そうなるとどう説明しようか?上手い説明の方法が思い浮かばない。


 そんな俺の逡巡を見て取ったのだろう、タケシは話題を変えてくれる。


「皆さんは今後のご予定はお決まりでしょうか?」


「しばらくは王都に留まろうと思っている」


 ヒカルの答えに頷くと、


「ではその間は当家にご滞在ください。私は騎士団の仕事が有るので一週間しか実家には居られませんが、皆さんの気が済むまでいつまでもご滞在ください」


「ありがたい」


 実際は弟のユウキが勝手に口約束してしまっているのだが、やはり長男のお墨付きならば心強い。


 その日はタケシの帰省祝いと改めてアキト達の歓迎会を兼ねて、うたげが取り行われる事となった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 宴会の場にて、それぞれが好き勝手に飲み食いしている。屋敷に仕えている者達も巻き込んだその宴は大いに盛り上がりを見せていた。ヒカルはさっきからユウキに勧められて何杯も葡萄酒を飲んでいるし、ナギに関してはもう何も言うまい。顔を真っ赤にして「暑い、暑い」と言っている。無自覚に男性陣の視線を(俺とユウキを除いて)全てかっさらっていた。流石に脱ぎ始めるようなら止めに入るが。というか、この世界に飲酒に関する法律はないのだろうか?とてもではないが、貴族の屋敷で行われるような宴とは思えない、阿鼻叫喚の眺めだった。


 そんな光景を見ながら、俺はのんびりとシノに肉を食べさせてやる。こんな場だ、せめてこんな時くらいは好きな物ばかり食べさせてもばちは当たらないだろう。


 子豚を丸々焼いた料理を、少しずつ切り出してシノに与えてやる。ちなみにシノも酒を飲みたがったが、止めさせた。


 そんな俺達に、グラスを片手に持ったタケシが近付いて来る。


「失礼するよ」


「あ、どうぞ」


 どうやら、彼もあまり酒を飲んでいないようだった。

 俺の隣に座ったタケシは、シノに目をやる。おそらく、ずっと疑問に思っていたのだろう。

 彼は単刀直入に聞いて来る。


「その子は太陽竜なのか?」


「…ええ」


 だから、俺も隠す事無く答える。既にこの屋敷の者達は全員知っていることだ。毎朝、朝食に行く途中で拝まれる。

 彼も少し目を丸くすると、懐からメダリオンを取り出す。この国のメダリオンは水竜をあしらった物で、色も青っぽい。


 シノは目の前の料理に夢中で気にもしていないようだったので、そのままにしておく。それに、しばらくはこの家に滞在するのだから、このくらいのサービスは別に良いだろう。


 しばらく祈っていたタケシは、改めて俺に向かい合う。


「もしかして、『死の霧』を祓ったのもこの子の力なのかい?」


 確かに太陽竜となればそれくらいの事は出来そうだが、シノは幼いせいなのか、それとも元々存在しないのか、そんな力は持ち合わせていない。

 けれど、ある意味では都合が良い。俺の力を説明するよりも、太陽竜の力だと言った方が納得できるだろう。なんせ、太陽竜はこの世界に住む者達にとっての神様なのだから。神様万能。


 と云う事で、折角なので話を合わせる事にする。


「はい、この子の力で『死の霧』を祓う事が出来たのは確かです」


 決して全肯定はしない。

 けれど、向こうは勝手に解釈してくれたようだ。再び祈りを捧げ始める。


 しかし、祈りを捧げ終わった彼はこう呟いたのだった。


「しかし、それはそれで困った事になりましたね…」


「?どう云う事です?」


 何故この子が『死の霧』を祓うと困った事になるのだろうか?


 俺のそんな疑問に彼は顔を曇らせる。しかし、言っておいた方が良いと思ったのだろう。再び口を開く。


「この国で、教会の勢力が小さいのはご存知ですか?」


「ええ。何でも、食料自給率が高いためにそこまで外交に気を使う必要が無いから、だとか」


「はい、他の国に頼らなくても水竜の国は飢える事が有りません。その為、各国との交渉では常に優位に立ちまわれます。本来なら教会が各国の橋渡しをする事によって、なるべく円滑に事が回されるのですが、この国ではそれはむしろ足枷にしかなりませんから」


 確かに利益を考えたら、各国に平等である事はあまり面白くない。


「無論我々だって、他の国がどうでも良いという訳ではありませんが、反対に言えば我が国にはそう言った農産物や海産物しか他国に売り込めるものが無いのです。それを安く買われてしまえば、国は立ち行かなくなります」


 さもあらん。俺は田舎で育ったから、それらの作物がどんな苦労の元に作られているか想像出来る。それを安く買われてしまう事がどれだけ虚しいのかも。


「だからこそ、この国では王族と教会は犬猿の仲なのです。まあ、それは火竜の国も一緒のようですが」


 向こうは力関係が逆転しているが。


「そして、彼ら、特に教会は力を求めています。政治的、軍事的、両方のね」


 王族には近衛兵という精鋭部隊が存在する以上、それは仕方が無いのかもしれない。


「そして、その標的にされるのが私達『騎士団』なのです」


「………」


 どうやら、ここからが話のきものようだ。


「知っての通り、我々騎士団は王族でも教会でもなく、この『国』と云う物に仕えています。教会にしてみれば、王族側に仕えていないというだけで、大変魅力的な戦力なのでしょう」


 それに、騎士団といえば常に魔獣と戦っているこの国のヒーローなのだ。そんな彼らが宗教的な色を帯びただけで、教会の風当たりも随分と良くなるだろう。


「これまでも何度も教会から打診を受けてきましたが、代々の騎士団長がことごとくはねのけて来たそうです」


「この国の騎士と云うのはあまり権力志向が強く無いのか?」


 素朴な疑問。なんせ、火竜の国で見て来た騎士団が『アレ』だったからな。

 そんな俺の問いに、彼は苦笑して答える。


「この国の騎士団は完全実力主義を掲げていますから。それこそ、民衆や国を護るといった気概を持つ者でなければ、とてもではありませんがやっていけません。それが例え貴族であっても」


 うん、確かに騎士っぽいタケシが言うと説得力が有る。実際彼もかなりの使い手だろう。


「しかし、それがシノが『死の霧』を祓った事とどう関係してくるんでしょうか?」


「シノ様が『死の霧』を祓った事、と云うよりもこのカッツィオ家に滞在している事の方が問題なのです」


「?」


 別に迷惑であるとか、そういう事ではありませんよ、と前置きして話してくれる。


「教会からの打診を断り続けてきた、騎士団の団長を代々輩出してきたのがこのカッツィオ家なのです」


「それは凄い事、ですよね?」


 この屋敷が豪勢なのも頷ける話だった。そして、おそらく彼もその将来を期待されているのだろう。若くして、隊長という地位にある事からも、それがうかがえる。

 タケシも自分の家系に誇りを持っているのだろう。嬉しそうな顔で頷く。


「はい、私も誇りに思っています。しかし、そんな『教会に背く者達』を輩出してきたこのカッツィオ家は教会から疎ましく思われているのです。そんな当家に、『死の霧』すら祓うような者達、しかも太陽竜が一緒に、となれば教会がなんらかの行動に出てもおかしくありません」


 確かに、従えたい騎士団に強力な後ろ盾ができてしまったら力関係が逆転してしまい、従えるどころの話ではなくなってしまう。

 それが、自分達の宗教のシンボルであるならなおさらだ。


 この場合、考えられる行動は二種類だ。

 自分達の側に引き込むか、それとも亡き者にするか。まるで時代劇のような話だが、この世界では冗談では済みそうにない。


 とにかく、何かが起こる前にその話を聞けて良かった。


 俺はタケシに頭を下げて礼を言う。


「そうでしたか。ありがとうございます、これからは気を付ける事にします」


「ああ、そうした方が良い」


 そう言って、頷いてくれる。そして、手に持っていたお酒をくいっと煽る。

 そんな彼に、聞いておかなければならない。


「やはり、この家に居ると迷惑が掛かるでしょうか?」


 そう、それだけが心配だ。彼らには匿ってもらった恩が有る。それを仇で返す事になってしまうのが怖い。

 しかし、タケシは笑って答えるのだった。


「いや、そんな気を使われると困ってしまう。それにいまさらここを出たところで、すぐさま教会から声が掛かるだけだ。教会に協力したいのであれば止めはしないが」


 確かにそれならば、ここに居た方が遥かに安全だろう。勿論、本格的に事が大きくなったなら、迷惑の掛からない内に街なり国なりの外に出るべきだろうが。


 そんな事を考えて、険しくなった俺の顔を見て、彼は珍しく悪戯っぽく笑うのだった。


「何、心配する事は無い。何かあればうちの弟が力になってくれるだろう。ああ見えて、なかなかやり手なんだぞ?」


 それは身内贔屓というやつじゃ…。そう思ったが、口には出さなかった。


 そう思って、ユウキを見ると、すっかりヘベレケになったヒカルにちょっかいを出そうとしていたので、きちんとタケシに断わってから制裁を加えた。油断も隙も無い。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 宴も終わり、俺はすっかりべろんべろんになった二人を連れて客室への廊下を歩いていた。侍女達が「お手伝いします」と言ってくれたが、それは丁重にお断りを入れて、ユウキの下心見え見えの「お手伝いします」には丁重に蹴りを入れておいた。


 今回分かった事だが、この二人は酒乱の癖があるようだ。


 ナギは言うまでも無く。


「ご主人様~。暑いですぅ。脱いでもいいですかぁ?」


 そんな色っぽい声で、やばい事をのたまっている。この娘には二度と酒を飲ませたくなかった。俺は一応主人らしいので、今度命令しようと思う。


 一方、ヒカルは。


「う~。アキトぉ~、うみゅうみゅ」


 普段なら絶対にしないようなポヤ~っとした笑顔で、俺に縋りつくように甘えて来る。所謂いわゆる、甘え上戸と言うやつだろうか。すでに人語すら発せない状態になってはいるが。


 そんな二人を引きずるようにそれぞれの部屋に運んで行く。


 最初に辿り着いたのはナギの部屋だ。

 ガチャリとドアを開けて、彼女を部屋に入れる。その頃には既にナギは寝てしまっていたので、そのままベットまで運んでやる。

 寝言で「ご主人様ぁ~、もっとぉ~」とのたまいながら、服を脱ごうとしていたので、毛布です巻きにしてベットに転がしてやる。どうやら幸せな夢を見ているようだ。内容は想像したく無いが。


 ナギはそのままにして、次はヒカルだ。


 ヒカルの部屋はナギの部屋の隣なので、ここまでくれば大した手間でもない。


 「うみゅうみゅ、うみゅみゅー!」、と言語能力に失調をきたしたヒカルを抱き上げ、部屋を目指す。

 しかし、抱きかかえたヒカルは首に手を回して、やたら密着してくる。まるで甘え盛りの子猫のように、やたら顔を擦りつけてくる。

 正直、自分の部屋にお持ち帰りしたかった。


 そんな欲望をぐっと抑えて、彼女の部屋のドアをくぐる。


 ヒカルをベットに横たえてやってから、身体を離す。以前のように回した手が離れてくれないかもしれない、と思っていたが彼女の腕はぐにゃぐにゃになっており、意外にもあっさりと俺の首から離れて行った。


「うみゅうみゅ…」


 どうやら、すっかり寝てしまったようだ。寝言まで人語を軽く超越しているが。


 しばらくそんな彼女を微笑ましく見守り、彼女の部屋を後にした。

「さて、俺も寝るとするか…」(ガチャ)


「…あ」


「あ?」


「………」


「ユウキ君?何故、ヒカルの部屋の前にいるの?」


「む、夢遊病…かな?」


「そうか…。若いのに大変だな…」


「そうなんですよ!いや~困った、困った」


「じゃあ、部屋まで送ってやろう」


「いや、アキト君に迷惑をかける訳にはいかないヨ!しばらくしたら、ちゃんと帰るから君は早く寝てくれたまえ!」


「変な遠慮をするなよ。俺と君の『仲』だろ?」


「あれ?そんなイベント有ったっけ?」


「大丈夫。ぐったり眠れるように協力してやる」


「『ぐったり』!?」


「さあ、来い」


「いーーやーーーー!!」

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