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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第7節

 難しい…。


 ちなみに、『真実ほんとう』という言葉は、かなり広義な意味を持ちます。





第7節


「で、これからどうするんだ?」


 アキトの放った疑問は和気あいあいとしていた場に沈黙を降ろす。


 場所はカッツィオ家客室。その内の一つアキトにあてがわれた部屋にて、アキト、ヒカル、シノ、そしてナギ、全員で歓談していた時だった。


 既にこのカッツィオ家に匿ってもらって三日が経っている。侍女の話によると、明日にでもスチム街道に駐在していたカッツィオ家長男、タケシ=カッツィオがこの王都に帰って来るそうだ。

 この家に匿ってもらったのは、彼の約束のおかげだ。せめて彼にお礼を言ってからこの家を発とうという話をしていた時の事だった。


 アキトがふと思い付いた疑問を、何の気なしに口にしたのは。


 場の沈黙は当然だろう。

 この中で旅の主導権を持つのはヒカルだ。俺達は彼女の研究に協力するために彼女と一緒に旅をしてきたのだから。

 その彼女が沈黙して考え込んでいるのだから、誰も発言出来ようはずも無い。


 彼女の旅の目的。『死の霧の打倒』。

 これは半ば達成できたと言って良い。


 勿論、あれで終わった訳ではないだろう。アレは所詮『世界』の産み出す狂った歯車の一つに過ぎない。壊れたなら、再び『世界』によって産み出される時が来るだろう。

 それは数十年後か、はたまた数年後か。それを予測する術は無い。

 今までこの世界に存在しなかった『拝暁人オレ』という存在によって、『世界』の規則性は大きく崩されたと言って良い。


 この世界から元の世界に回帰する方法が無い上に、この世界に所属している自分としては、この世界でそれらを祓い続けるしかないが。


 そうなれば、俺もいずれは子を儲け、その子に己の技を継がせる事になるだろう。そうして、俺の一族はこの世界に抗い続けて来たのだから、俺の代でその流れを断ち切る訳にはいかない。


 しかし、それは何年、何十年という長い視点で見た話しであって、今日明日の行動の指針を決めるものでは無い。

 というか、そんな物を行動の指針、というか主針とした場合、俺は『嫁を探して大陸を渡り歩く変質者』になってしまう。想像だに恐ろしい。


 と云う事で、まずはヒカルの研究の協力、及びヒカルの目的の達成状況を確認しておきたい、と云うのが本音だ。


 正直、『死の霧の打倒』が目的であればそれは俺の一族が血を絶やし、技を絶やさない限り問題無い。アレは俺達の一族の『敵』であるし、それを祓う事は一族の本分だからだ。


 となると、ヒカルへの協力はここまでと云う事になってしまう。


 それはなんだか寂しかった。


 そのヒカルはしばしの黙考の後、俺に問うて来る。


「アキト、貴方が使うあの力は鍛練次第で誰でも使えるような物なのだろうか?」


 あの力、と云うのは秘儀『大神オオカミ』の事を指しているのだろう。

 確かに、あの力が誰でも使えるならば『世界』と対等以上に渡り合えるだろう。


 しかし。


「絶対、とは言わないけれどおそらくは無理だと思う。あの力は鍛練によって身に付けられる物じゃ無くて、俺の一族の元々の力だから。あの技は結局その力を用いて、向こう側から『世界』を食い破って出て来ている物だ」


 自分が何者であるかを究極的に追及したご先祖様達が辿り着いた一つの極地。それがあの白銀の世界だった。俺と同じく他の誰かも人ならざる『異形バケモノ』の姿を『世界』に隠されているのかもしれないが、そんな事は今まで一度たりとてなかった。長い長い一族の歴史の中ですら。


 ヒカルは顎に手を当て、再び考え込む。


「ふむ…。それなら、『あの世界』で私が戦う事はできるか?」


 確かに、あの世界で戦う事ができれば、『死の霧』だろうと何だろうとぶん殴る事が出来る。あれはそういう世界なのだから。


 しかし、問題もいくつか有る。


「訓練すればなんとかなるとは思う。けれど、簡単な事じゃ無い」


「それは?」


「あの世界では己の持つ『真実ほんとう』だけが力を持つんだ」


 その言葉に、ヒカルが首を傾げて聞いて来る。


「アキトは『真実ほんとう』という言葉をよく使うが、それはどういう意味なんだ?」


 もっともな質問だった。


「難しいな…。『真実ほんとう』って云うのは『自分にとって確かな事』、『他の何者にも侵されない概念』みたいな物…かな?」


「いまいち、よく分からないな…」


 さもあらん。俺だっていまだに『真実ほんとう』を探し続けているのだから。


「例えば、ヒカルは雷の魔術を使えるだろ?それがどういう仕組みで、どうしたらどうなるのか。原因と過程、そして結果を理解してるはずだろ?」


「ああ、当然だ」


「それもまた、『真実ほんとう』だ」


 物事には原因が有って、過程が有って、結果が有る。それらは偶然と必然の両方によって引き起こされる。けれど、それは決して『当たり前』では無いのだ。それを理解する事が『真実ほんとう』を得る、と云う事。

 それこそがあの世界で力を持つ、『世界』が『当たり前』のような顔で造り出した『欺瞞ほんとう』に対抗する事の出来る力。


 それを聞いたヒカルが嬉しそうに言う。


「なんだ。意外と簡単だな。私でもあの世界で戦える、と云う事だろう?」


「それはどうかな」


「?どう云う意味だ?」


 俺の軽い否定に、ヒカルはややむっとしたように答える。

 けれど、あの世界で戦う事は難しく無いのだ。あの世界はそういう世界なのだから。難しいのは戦う事では無く、あの世界に『存在する事』だ。


「ヒカルはさ、歩く時に魔術を使うみたいに原因と仮定と結果を理解して歩いてる?」


「…いや」


「呼吸する時に何で自分が呼吸するのか、呼吸出来るのか、呼吸してどうするのか考えた事は?」


「…無い、な」


 そうだろう。そんな事は考えなくたって出来るのだから。

 けれど、


「それじゃあ、あの世界で歩くことも呼吸することも出来ないんだ」


「………」


 あの世界では『真実ほんとう』だけが力を持つ。『真実ほんとう』とは『自分にとって確かな事』、『他の何物にも侵せない概念』の事だ。

 それらは決して『当たり前』なんて考えもせずに受け入れている物では無い。自分で探し、求め、掴んだ物こそが『真実ほんとう』たりえる。最初から目の前にぶら下げてある物がどうして『真実ほんとう』であるだろうか。


 うちの流派はあの世界で存在するための基本的な『真実ほんとう』を武術の技を習得する過程で手に入れる。逆に言えば、『真実ほんとう』を手に入れないまま技を習得する事が出来ない。


「竜は『概念』と『命』の両方の側面を持っているから、多少の制限は有ってもあの世界で活動することは出来ると思う。けど、ヒカルはただの『人間』だから。『人狼バケモノ』ですらちゃんと『真実ほんとう』で身を護らないとあの世界に存在出来ないんだ」


 ましてや、あの世界にもともと存在している『世界』の『欺瞞ほんとう』に対抗する事なんて出来ない。


 そんな俺の言葉を最後まで聞き終えたヒカルはこう言った。


「ならば、私を鍛えて欲しい」


「無理しなくても、俺が戦えばいいんだぞ?」


 しかし、ヒカルは首を左右に振る。


「以前私は言っただろう?私の目的は『死の霧』を打ち倒す事だと。私には倒すべき仇がいる」


「それは、あの『死の霧』とはちがうのか?」


「いや、おそらく同じ存在なのだろうが、『アレ』では無い」


「?」


 それはどういう事だろうか。『アレ』以外にも『死の霧』が存在する、と云う事だろうか。


「以前私が見た『死の霧』はアレのゆうに三倍以上の大きさがあった」


「なっ!?」


 そんな事があり得るのか?この前、倒したアレでさえ、俺の元居た世界のモノより何倍も大きかったというのに。さらにその三倍?無茶苦茶だ。

 いくら『世界』といえど、何でもかんでも思い通りに出来る訳ではない。だからこそ普通は俺達の『当たり前』の狭間にそっと『欺瞞ほんとう』を差し挟み、俺達を騙すことぐらいしかできないのだから。


 現に、あの『死の霧』はあまりに大き過ぎる『欺瞞ほんとう』だった為、黒い霧状とはいえ、こちらの世界からでも確認する事が出来た。本来であれば決して見える事の無いはずのソレが。


 その三倍となると、いくら『世界』といえど隠す事は出来ないのではないだろうか?


 しかし、ヒカルが嘘を言うとは思えない。この『世界』の力はそれ程までに強い、と云う事か。


 そして、ヒカルは最後にこう言うのだった。


「アレだけは私が自分で倒さなければならないんだ。だから、私を鍛えて欲しい」


 そう言って、頭を下げる彼女。


 けれど、俺にはそんな彼女に、俺は伝えなければいけない事が有る。それはアレらを完全に消してしまう事は出来ないという事だ。


 アレらは『世界』が産み出しているのだから。アレらを消し去るということは、この世界すら消し去るという事だ。それでは何の意味も無い。結局はアレらと折り合いを付けて生きて行く事しかできない。良い所だけを取り出して、悪い所を全部捨てるなんてことは出来る訳が無い。


 まあ、『世界』の方が勝手に諦めてくれるんなら別だが。

 俺達の一族はそんな我慢比べを延々と続けているのだ。


 そう言うと、ヒカルは力無く微笑んで言う。


「それでも、良い。私は私の定めた目的を果たしたいだけだから。別に私の気が済むまでやりたいというだけの、我が儘だから」


「そっか…」


 その微笑みの中に、静かだが確かな決意を感じる。


「なら、協力するよ。もともとアレは俺の『敵』でもあるしな」


「そうか。ありがとう、アキト」


 明らかにホッとした表情で礼を言うヒカル。

 しかし、ヒカルにあの世界で存在するための鍛練を施すとして、


「で、これからどうするの?」


 最初の疑問に戻るのだ。


「アキトの鍛練は、やはり一所に留まって行った方が良いのだろうか?」


 ヒカルが聞いて来る。


「まあ、そりゃあな。一応、門外不出でもあるし」


「………。いまさらだが、そんな大事な事を教わって良いのか?」


「いいの、いいの。どうせここは異世界だし。それに以前シノには言ったんだけど、本当なら誰もがやらなくちゃいけない事だから」


 笑って答えるアキト。それに教えたところで、奥義以上の技は俺達一族しか使えないだろうし。以前にも言ったが、あれはこちらに漏れて来る『人狼』の力の一部を用いる技法だ。


「そうか…。ならば、しばらく王都に留まろうと思う。ここなら大水竜にもいつでも会えるしな」


 まあ、竜達も『死の霧』についてさほど知っている訳でもないようだが、と言ってヒカルは自嘲気味に笑っている。


 と、その時だった。


 バァアアアン!!とドアが開け放たれ、誰かが部屋に勢いよく入って来る。


「そういう事でしたら、逗留には是非当家をご利用ください!!サービス満点!各種設備も充実!!ヒカル様の為、誠心誠意真心込めておもてなしさせていただきます!!」


 カッツィオ家、次男。ユウキ=カッツィオその人だった。

 というか、


「お前、盗み聞きしてやがったな…」


 俺の自慢の耳すら騙すとは、こいつ唯者では無い。自分の中のこいつへの評価の内、変態度を示すパラメータが半端無く上昇して行く。貴族にあるまじき行為じゃ無いのか?


 だが、一方ヒカルは少し考えてからこう言った。


「…ふむ。アキトの鍛練がいつまで掛かるか分からない以上、宿屋に泊る訳にもいかないだろう。実際ありがたいのは確かだ」


「そうでしょう、そうでしょう!」


 我が意を得たり、としきりに頷くユウキ。


 と云う事で、俺達の水竜の国の王都滞在が決まった。

「なあ、そういうのってお兄さんに断らなくていいのか?」


「え?」


「いいのか?」


「…イイヨ?」


「いいんだな」


「………」

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