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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
45/115

第6節

 来週は少し更新に間が空くかもしれません。






第6節


 アキトとヒカルは連れ立って、竜の舌亭の近くの運河の堀に腰かけていた。そこにシノとナギの姿は無い。彼女達は竜だけの話が有るとかで、いまだに店内で大水竜と話しているようだった。

 もちろん、内容は気になったが『遠慮してください』と言われてしまえばそれまでだ。彼らには彼らなりのルールと云う物が有るのだろう。

 まあ、自分達に関係して来る話なら、いずれ話してくれるだろうし、そこまで過敏になる事も無いだろう。


 それよりも、問題は今の状況なのだ。


(アキトと二人っきり…)


 そう今ヒカルは、自分と同じく店から締め出されたアキトと並んで、手持無沙汰に足をぶらぶらさせているのだ。

 しかし、冷静になって考えてみるとアキトと二人っきりと云うのは初めてでは無いだろうか?アキトの傍にはいつだってシノが一緒に居たので、厳密な意味での二人っきりと云うのは珍しい。


 そんな状況を認識すると、なんだかソワソワしてしまうのだ。


 そんな不安定な頭で考えるのは、つい先日のアキトの姿だ。


 白銀の体毛に覆われた、人と狼の合いの子。人の形をした『異形』。しかし、その姿は醜さとは程遠い、神々しいまでの美しさ。均整のとれた体躯に、狩人としての猛々しい狼の顔。しかし、そんな顔に彼の特徴の一つである優しい黒を宿した瞳がはまっていた。


(毛がサラサラで気持ち良かったな…)


 馬乗りになった時に肌に感じた彼の毛並みは、今まで触って来たどんな物よりも触り心地が良かった。今度機会が有ればあの毛並みに包まれて昼寝をしてみたい。そんな感想をヒカルに抱かせるほどに、中毒性の高い触り心地だった。


 けれど、その後に彼が倒れてしまった時は心臓が止まるかと思った。彼に縋りつき、泣き出したいのを我慢して、果ては水竜に普段ならしない程熱心に懇願していた。

 それ程に彼が死んでしまうのは恐ろしかった。

 それは、研究の為だろうか?それとも、独りになるのが恐ろしかったからだろうか?

 もちろんそれもあるだろう。

 だが、それだけで無いような気がするのは何故だろう?


(いや、そもそも私は何を考えていたんだっけ?)


 そうなのだ。そんな感じに、アキトの事を考え始めると、どうしても取りとめのない事になってしまうのだった。

 前々から、アキトと居ると変になってしまうのだが、最近は随分と慣れて来ていたというのに、先日の一件でまたもや彼を意識してしまうようになってしまっていた。


 別に悪い気はしない。むしろ不思議な高揚感を伴うそれに、戸惑う事はあれど、嫌な感じは一切しない。


(『命を賭ける』って、本当に懸けてしまうのだから…)


 馬鹿な事だと思う。『命』というものは、己の物が一番重い、ヒカルはそう思って生きて来たのだ。

 けれど、彼は会って間もないヒカルやあの水竜のためにあっさりとそれを賭けてしまうのだから。本当はもっともっとぶん殴って、自分の命の価値を再認識させてやるべきなのかもしれないが、何故か今の私にはそれが出来ないでいた。

 『何故か』分からないが、彼が私の為に自分の『命』を賭けてくれた、しかもあの時の約束通りに。それが嬉しくて仕方が無い。

 だが、それは危険な考えだ。その考え方こそがいつか彼を殺す。それが分かっているのに…。よ、よし、説教しよう。今しよう。


「ア、アキト!」


「ん?なんだ?」


 彼がのんびりとこちらを向く。

 彼は自分の顔を醜い…とまではいかないものの、あまり整っていないと思っている節が有る。少なくとも間抜け面だと思っているようだ。けれど、そんなのは彼の勘違いだ。

 確かに『美しい』という形容詞は似合わない。

 けれど、顔の造形は十分に整っているし、厳しい鍛練の賜物たまものなのだろう頬から顎にかけてのラインは鋭く野性味を感じさせる。

 なにより、あの黒くて優しい瞳は、彼が微笑む度にフニャンと垂れ下がるのだ。

 彼の『人狼』の姿の所為か、彼がワンコに見えて仕方ない。犬種で言うなら、逞しく少し人を寄せ付けない雰囲気を持つハスキー犬のようだが、本当は人懐っこくて誰かに頭を撫でて貰うと全力で尻尾を振り、そのまなじりが垂れる。そんな感じだ。


「ヒカル?」


 どうやら、また取り止めの無い事を考え込んでしまっていたようだ。心配そうに覗き込む彼の顔が予想以上に近くに在って、ドクンと心音が一瞬だけ妙に大きく脈打つ。

 そんな調子で、また彼を説教するような気分では無くなってしまう。

 しかし、声を掛けたのはこちらなのだ。慌てて周囲を見回す。そして、その一角を指差し、叫ぶように言うのだった。


「あ、あのイカ焼きを食べないか!!」


 他に何も無かったのだから仕方が無いだろ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 焼きイカをむしゃむしゃと食べる。焼き立てだからなのか、香ばしくてとても上手い。串にだけは気を付けて、イカを咀嚼していく。


 イカを咀嚼しながら、アキトは考えていた。


(ヒカルの様子がおかしい)


 そうなのだ、先ほどからヒカルの挙動が変だった。本人は隠しているつもりなのかもしれないが、彼女のねこみみがフードの上からでも分かるほどにせわしなく動いている。言動もなにやら不安定だった。

 最初は怒っているのか、とも思ったが違うようだ。そもそも、彼女は自分の怒りを隠すような事はしない。以前の俺にしたように、強烈なビンタを喰らわせて、散々大声で説教を喰らうのが常だったのだから。


 しばらく観察を続けていると、それはどうも好意から来ているものらしい。

 それを彼女自身が上手く折り合いを付けられずにいるようだ。


 困った…、と彼は心の中で呟く。

 勿論彼女のような可愛らしい女性から好意を抱かれるのは嬉しくない筈が無い。

 けれど、自分は『恋』とか『愛』の『真実ほんとう』を知らなかった。


 彼の価値基準や、判断基準はいつだって『真実ほんとう』に基づいている。それが、アキトを彼たらしめているものだし、彼の一族の逃れ難い本能にも似た性質でもあるのだが。


 だから、彼が見つけていない『真実ほんとう』に関することは彼自身どう判断して良いか分からなかった。


 恋・愛っていうのはそういう物じゃないのだ、と言われたって、それらをちゃんと理解しないままに、それらを受け止める方がなにやら不誠実な感じがしてしまうのだ。


 むしゃり、とイカを咀嚼する。


 幸いなのは、彼女自身がその好意に戸惑い、自覚するまでに至っていないようである、と云う事か。


(ごめんな…)


 心の中で彼女に対して謝罪する。

 それは彼女の好意を知っていながら、見て見ぬふりをする事への謝罪。相手の好意を完全には信用できない自分の弱さ、未熟さから来る罪悪感。


(ま、好意と言っても、それが即『恋』だの『愛』に繋がる訳でも無いしな)


 これは完全に言い訳。

 それでも、そんな言い訳をしないとここから動けなくなりそうだったから。


 アキトは後ろを振り返り、『竜の舌亭』を見る。

 どうやら、彼女達の『お話』はまだまだ続きそうだ。


 ならば――――


「ヒカル、ちょっと歩かないか?腹ごなししながら、大通りで露店をひやかすのも悪くないだろ?」


 そう言って立ち上がる。

 そんなアキトにヒカルは不思議そうな顔を向ける。


「ん?いいのか?シノ達はまだ帰って来そうにないぞ?」


 少し戸惑った風に答えるヒカル。

 けれど、これ以上ここに二人っきりで居ると良からぬ事を考えてしまいそうだったので、彼は言葉を紡ぎ続ける。


「だから、だよ。それにヒカルも言ってただろ?」


「?」


「『別の形で贈り物をして貰う』って。他の二人が居ない内にやっておきたいんだけど」


 そんな俺の言葉に、ヒカルの顔がパッと華やぐ。罪悪感二倍増し。


「そうか!うん、そうか!!そうだな!善は急げとも言うし、そうして貰おうか!」


 声がもの凄く弾んでいる。罪悪感三倍増し。


 自分で勝手に積み上げた罪悪感に押し潰されて、動けなくなった俺の手を立ち上がったヒカルが引いてくれる。


「何をしているんだ?行くのだろう?早く行こう!さあ、行こう!!」


 そんなヒカルの珍しく子供っぽい様子に、少しだけ救われた気分になって、彼もヒカルにかれるように歩き出す。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「『贈り物』って言っても、何か希望は有るの?」


 アキトがヒカルに問う。彼も女性への贈り物と云うのは初めての事なので、何を贈れば良いのか分からない。それに、どうせなら喜ばれる物を贈ってあげたいのだが…。


「アキトからの贈り物、だろう?私が考えても仕方が無い」


 丸投げされてしまった。

 かと言って、適当な物を贈る訳にもいかない。


 アキトは露店の間をうろつきながら、ヒカルに気付かれないように彼女の視線を追う。こういうのはうちの流派の得意技でもある。

 これなら、彼女の視線が縫い止められた物が、彼女の興味を引く物に違いない。


 だが、その計画は早くも頓挫する事になる。


 『何故か』彼女の視線を盗み見る度に、彼女の視線と自分の視線がぶつかるのだ。ヒカルもすぐに俺のたくらみを看破して、ジト目で睨みながら腕をつねって来る。


「確かに何でも良い、とは言わないが、それでもアキトが自分で考えてくれた方が贈り物としては嬉しいぞ!」


 そう言って、説教まで喰らってしまった。


 仕方が無いので、自分の目でもって品定めをしていく。アレも違う、これも違う、アレじゃ無い、これじゃ無い。

 なかなか決まらず、視線を彷徨わせる。


 彼は気付いていないのだが、そんなアキトをヒカルが嬉しそうな眼で見ていた。


「ん?あれは…」


 その時、アキトの目が何かを捉える。

 それは装飾品を売っている露天商の一つ。その宝石や貴金属の片隅にひっそりと置かれたそれをアキトの目は見逃さなかった。


 おそらく行商人なのだろう、その露店の店主に声を掛ける。


「おっちゃん、それは?」


 そう言って、彼が指差したその先には、他の品物の影になった場所に置かれている小さな指輪が一つ、隠されるように置いてあった。

 そんなアキトの問いに、露店の店主が商人にあるまじき無愛想な態度で答える。


「…それは、エーデルライト鉱の指輪だ」


 嫌々、という訳では無くどうやら元からそんな感じらしい。それで良く客商売が出来るものだと感心してしまうが、彼の言葉に少し引っかかりを感じる。


「…エーデルライト?」


 それは、ヒカルの姓ではなかっただろうか?何か彼女と関係の有る物なのだろうか。

 しかし、今ここでそれをヒカルに聞く訳にもいかない。


 それに―――


「綺麗だな…」


 思わず声が出てしまう。それほどまでにその指輪は美しかった。

 形はなんの変哲もないただの指輪なのだが、他の商品の影になった所に置かれたそれは、緑の淡い燐光を放っている。まるで蛍の光のようだった。


 そんな俺の呟きが聞こえたのだろう、店主が少しばかり気分を良くしたように語ってくれる。もしかしたら、この人は商人じゃなくて鍛冶師なのではないだろうか?


「エーデルライトは希少な金属だからな。こんな小さな指輪一つ造るのだって、そんじょそこらの鍛冶師じゃあ、加工技術すら知らない場合も多い。だが、その指輪は細かい装飾は無いものの、出来は一級だ」


 贈り物にはもってこいだぞ。店主は俺の後ろに居るヒカルに気付いたのか、最後にそう言い加える。

 確かにシンプルな見た目だが、それだけに美しい。


「おいくらですか?」


 と言っても、無い袖は振れないのだから、きちんと値段を確認しておかないと。


「銀貨17枚」


 簡潔な声が返って来る。少し、ではないレベルで高い。ちょっとした魔法道具マジックアイテム並だ。

 そんな俺の表情が分かったのだろう、店主が説明してくれる。


「このエーデルライト鉱は美しいだけでなく、魔術の触媒としても優秀でな。魔術師なら喉から手が出るほど欲しがる一品なんだ」


 なるほど…。だが、やはり銀貨17枚は高い。

 ならば、露店なのだからいくらか値引き交渉の余地が有るだろう。

 少しばかり頭を巡らせた後、交渉を開始する。


「へ~、確かに美しい上に貴重な物質なら仕方ないな…。けど、そんな貴重な金属を加工出来る鍛冶師も凄いな。一体、どこの誰なんだ?」


「いや~、それは企業秘密よ!」


 そう言う店主だったが、その顔はにやけきっている。どうやら、彼が鍛冶師であるという予想は当たりのようだ。

 そんな事はおくびにも出さず、話しを続ける。


「それは残念だな…。さぞかし高名な鍛冶師なんだろうな~。そんな鍛冶師の一品なら是非とも欲しいけど、ちょっと高いな…」


 心底残念そうに言う俺を前に、商人改め、鍛冶師が慌てたように喰い付いてくれる。


「お兄さん、そちらのお嬢さんに贈り物かい?なら、誕生石も付けておくぜ!?」


「でも、お高いんでしょう?」


「いやいや、お値段据え置きでやらせてもらいますよ!」


「う~ん」


「銀貨16枚!」


「もう一声!」


 そんな俺の煽りに、しばらく鍛冶師は逡巡していたが、意を決したように叫んだ。


「てやんでい!銀貨15枚でどうだ!もってけドロボー!!」


 バナナの叩き売りかよ…。だが、銀貨15枚ならそこそこだ。それに、これ以上はまけてはくれなさそうであるし。

 俺は鍛冶師の気が変わらない内に、こう言ったのだった。


「買った!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 結局、誕生石の替わりにアンバーを付けて貰い、小さなケースに入れられたそれを受け取る。


「いいのか?もっと良い石を付けることも出来るぞ?」


 親切にも鍛冶師がそう言ってくれる。この世界では琥珀はそこまで高価な宝石では無いようだ。

 だが、俺は他のどんな宝石よりも、これを選んだ。


「いいんです。それよりいまさらですが、本当に銀貨2枚分もまけてもらって良かったんですか?」


「いいんだ、いいんだ。高名な鍛冶師ってのは嘘で、俺が造って直接売ってるんだ」


 知ってました。ごめんなさい。


「だから、卸し料が含まれない分、元は十分に取れるんだ」


 そう言って、カラカラと笑っていた。

 そんな彼に軽く頭を下げてお礼を言う。


「それじゃあ、遠慮なく。良い買い物ができました」


「あいよ!次も御贔屓に!」


 そう言って、俺達はその露店を後にした。


「はい、これ。気に言ってもらえると嬉しいけれど」


 そう言って、指輪のケースをヒカルに渡そうとしたのだけれど…。


「馬鹿者!こんな所でそんな物を渡すな!!」


 何故か、顔を真っ赤にして怒られた。そして、いきなり俺の腕を掴んで人ごみを掻き分けながら進んで行く。


「ちょ、ちょっとヒカル?どこ行くんだ?」


「『竜の舌亭』に戻る!」


 そう、言い捨てられる。腕を掴まれているため、俺もぐいぐいヒカルに引っ張られて来た道を戻る事になった。

 

 その道中、ヒカルは始終無言だった。

 俺は何かまずい事をしたのだろうか?もしかして、この贈り物は彼女にとって地雷だったのだろうか?

 ヒカル=エーデルライトとエーデルライト鉱。両者の間には何らかの関係が有るのだろうか?それはもしかしたら、ヒカルにとって触れられたくないものなのかもしれない。俺は知らない内に、そこに踏み込んでしまったのかも…。


 ヒカルに引きずられながら、そんな事ばかりが頭に浮かんでくる。


 彼女を喜ばせる為に買った物だったが、それは俺の浅はかな考えだったのだろうか。思考がどんどんネガティブになっていく。


 そうこうしてる内に、再び『竜の舌亭』の前の運河のほとりまで戻って来てしまった。

 どうやら、シノ達の『お話』はまだ終わっていないようだ。一体何を話しているのやら。


 ヒカルは俺の腕を放すと、さっきと同じように運河の堀に腰かけた。それを俺がぼーっと見ていると、片手で隣をポンポンと叩いて俺に座るように促す。


 彼女の云う通りに隣に腰掛ける。しばし、無言の時が過ぎ去る。


 何か言おうと思うのだが、何と言えばいいのか分からず、その度に閉口してしまうのだ。


 その沈黙を先に破ったのはヒカルの方だった。


 俺をジト目で睨みながら、口を尖らせて言う。


「おい、その手に大事そうに持っているのは私への贈り物じゃないのか」


「え!?ああ、そう、です、けど…」


 ついつい敬語+しどろもどろになってしまう俺。だが、さっきまでの態度が気に掛かってしまって、聞いてしまう。


「その、これ気に入らなかったか?」


 ヒカルは、恐る恐るといった様子で問う俺をしばらく睨んだ後、プイッと顔を背けて言う。


「そんな事は言ってない!」


 じゃあ、何で怒ってるんだろうか?


「怒って無い!!」


 思考を読まれた。


「ただ、あんな大勢の人が居る所で高価な指輪を受け取るなんて、恥ずかしい真似が出来るか!!」


 そう言った彼女の背けられた頬は真っ赤だった。

 その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら単純に人に見られるのが嫌だったようだ。

 気を取り直して、俺は彼女にそれを渡す。


「じゃあ、今なら受け取ってくれるか?」


「う、うむ…」


 顔を背けたまま、頷くヒカル。そのまま手だけをペイッと差し出して来る。

 そんなヒカルの様子に苦笑しながら、俺は指輪の入ったケースをその手に乗せる。その手はぎゅっと大事そうにその小箱を掴むと、すぐさまヒカルの方にに引っ込んで行く。


 ヒカルの肩越しに、彼女が箱を開いて中を見ているのが分かる。


 箱の中には、淡い緑の燐光を放つシンプルなリングに、これまたシンプルにカットされた琥珀が埋まっている。淡い緑に琥珀色がよく映えている。

 それを見ている彼女の頬が、今度は桜色に染まっているのを見て、どうやら気に入って貰えたらしいことを悟る。


 しばし、指輪に見惚れていた彼女だったが、礼を言っていないのを思い出したのか、素早い動きで俺と向かい合うと、少しばかり照れたように礼の言葉を口にする。


「その、ありがとう。とても…嬉しい」


「ん。なによりです」


 うんうん、と頷く俺とは反対に、ヒカルは俯いてなにやらモジモジしている。

 そんな彼女の様子を不思議に思いながらも、折角の贈り物なのだから付けた所を見たいと思い、彼女に促す。


「折角だから、付けてみてくれないか?」


 しかし、彼女はさらに俯き、モジモジしまくっている。そして、困ったような声を出すのだった。


「その、付けるとは…どの指だ?」


「は?」


「だから、どの指にはめれば良いのか、と聞いているんだ!!」


 まるで駄々っ子のように手を振り回して暴れ出すヒカル。

 正直何が何だか分からない。


 ん?待てよ?

 『指輪』、『贈り物』、『はめる指』、これらのキーワードから導き出される答えは…。


「なあ、ヒカル。もしかしてこの世界に『結婚指輪』という概念は存在するだろうか?」


 そんな俺の問いに、ヒカルはやぶれかぶれになって答える。


「何を言っている!婚姻、もしくは婚約の証として指輪をはめるのはこの世界では一般的だ!!馬鹿者!!」


 やっぱりねーーーー!!完全にヒカルの姓とエーデルライト鉱の関連ばっかり考えていたため、そこに思い至らなかった。


 しかし、自分はそこまで深い意味でその指輪を渡した訳ではない。日頃の感謝の気持ち程度に受け取って欲しかったのだが…。


 それに言及しようとした所で…。


「ご主人様!お待たせいたしました!」


 シノとナギが店から出て来てしまい、ヒカルは慌てて小箱を懐にしまい、俺も何も言えないままになってしまったのだった。

「?お二人ともどうされました?」


「何でもないヨ?」


「そ、そうだ!何でもない!!」


「う~ん」


「な、なんだ?」


「ヒカルさん。後でゆっくり『お話』しましょうね?」


「嫌だ!私に話す事なんて無い!!」


「あらあら、まあまあ」


「何故笑いながら私の腕を掴むんだ?」


「あら、どうしてでしょうね?」


「離せ!離してくれ!!」


「ウフフフフ」


「(またしても、いつの間にか力関係が出来上がっている…)」

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