第5節
設定を詰め込み過ぎて、いつか破綻しそうで怖い…。
そのうち細かい修正が入るかもしれませんが、大目に見て下さい。
第5節
水竜の名付けイベントを終えたアキト達は、彼女に連れられて『大水竜に会う』という目的を果たす為、街に出る事になる。
カッツィオ家の次男はしきりに外出を控えるようにと言って、アキト達 (というかヒカル)を止めようとしたが、それでも今回の件でナギには何らかのお達しが有るそうなので、あまり時間を空ける訳にはいかないようだった。
それに、最も引き止められていた人物が最も大水竜に会いたがっているのだから、それを止めるなど出来る筈も無い。
しかして、アキト達一行はそれぞれに変装といつも通りの黒マントでカッツィオ家を後にした。
「お達しって言うのはどう云う物なんだ?」
アキトがナギに聞く。彼にしてみれば自分がナギを助けた事で彼女に何らかの不利益が生じる事を危惧しているのだ。折角助けたのに、掟で罰を受けなければならない―――とか、そんな事になったらやりきれない。
勿論、そんな事になったら大水竜だか神様だか知らないが、ナギを守るために何でもする覚悟は有るが。それが、彼女を助けた自分の責任と云う物だ。
そんなアキトの心配を知ってか知らずか、ナギはそこまで気負ったようすもなく穏やかに答える。
「『お達し』と言っても、要はご主人様への恩をどのように返せば良いのか、掟に照らし合わせて大水竜様からご下命が下るというだけの事です。まあ、竜が人に命を救われるというのは前代未聞なもので、どのようなお達しが有るかは私にも分かりませんが…」
さもあらん。
だが、彼女の様子からすると、そこまで非道な命令がある訳では無いようだ。少しだけ胸を撫で下ろす。
そうすると、心の余裕が出て来たのか、街の景色が目に入るようになる。
ここ水竜の国は海と大陸の中心部に位置する“カナメ湖”と呼ばれる湖に挟まれた、水源豊かな国だ。国中に湖から海へと流れる河が幾つも枝分かれして広がっている。まさしく水竜の国と呼ぶにふさわしい。
この水竜の国は領域内に海を含む唯一の国で、海だろうと何だろうと魔獣の出没するこの世界において、安全に漁業が行えるのはこの水竜の国唯一つだそうだ。
おかげで、この国で水揚げされた魚介類は風竜の国を通して大陸中に流通され、大きな利益を産み出している。
この大陸の全ての国に言える事なのだが、この世界の『国』というのは『大きくて、小さい』のだ。
人が住むには十分な広さを持っているが、ただ一国のみで国内の全ての需要を満たす事が出来ない。それぞれの国はそれぞれに得意な産業、食糧生産の分野を持ち、それを各国でシェアする事で今の人口を支えている。これもまた、この世界に戦争が無い理由の一つかもしれないが。
とにかく、この水竜の国では水産資源と豊富な水源による青果栽培、米の生産など、農業、水産業的色合いが強い。おそらく食料自給率も大陸一だろう。
まあ、そのせいで各国との関係にそこまで気を使う必要が無く、各国の橋渡し的存在の教会の勢力も小さいのだが。
水竜の国の王都“ウィルデン”にも大きな河が横切っており、それは運河によって街中に張り巡らされている。その運河を用いての移動手段や運搬手段も多い。
今俺達が乗っているカヌーとゴンドラを足して二で割ったような船もその一つ。船頭さんの操るオールによって、運河をゆっくり進んで行く。
目に入って来るのは色鮮やかな野菜や果物。様々な色や形をした魚介などだ。この王都は領域の中心に位置しているため、国内の流通の要でもある。そのため、魚介もカナメ湖で捕れる淡水魚と、海で捕れる海水魚の両方が見られる。
露店からはそれらを焼く、良い匂いが漂ってきて懐のシノがソワソワしているのが分かる。俺としては久しぶりに刺身が食べたいのだが、この世界には生で魚を食べる習慣は有るのだろうか?
そんな事をアキトが考えていると、船が岸に寄せられて停まる。どうやら目的地に着いたようだ。
「ここで良いのか?水竜大聖堂とは随分離れているみたいだけど」
そう、大水竜に会いに行くのだから当然向かう先は各国に一つずつ存在するという大聖堂に行くのだと思っていたのだが…。
この街の大聖堂も火竜の国の大聖堂には劣るものの、高くそびえ立つ白亜の塔は街のどこからでも見つける事が出来る。
今俺達が停まったのは、そんな大聖堂とは距離が有るようだが…。
それに答えるようにナギが悪戯っぽく笑う。
「フフ、それは着いてからのお楽しみです」
そんなナギに連れられて、運河を幾つかまたぎ、路地を進んだ所にそれは在った。
それは…。
「酒場…だな」
「ああ。酒場だ」
酒場『竜の舌亭』。看板にはそう明記してあった。おそらくまだ準備中なのだろう、扉は閉められ閉店を示す掛札が下げてある。
外観はちょっとオシャレな街のバーと云った感じで、おそらく夜間しか開いていないのだろう。
ナギはその酒場の入り口に近付くと、勝手知ったるなんとやら、なのだろうか、閉店を示す掛札を横にずらして、扉を開け、アキト達を招き入れる。
そんなナギに恐る恐る続くアキト一行。
店内はこじゃれた感じのカウンターとテーブル席がいくつか在るだけのシンプルな造りだったが、いかにもな空気が漂っていた。
そんな店内、カウンターの向こう側にその女性は居た。
「ようこそ、『竜の舌亭』へ。あいにくと、今はお酒は出せませんが、『竜の舌』が良く回っていますよ」
あれがナギの言う大水竜なのだろうか?見た目は予想以上に若い。そして、やはりナギと同じく人の姿をしているのだった。
ナギの外見が『お姉さん』ならば、その女性はその前に『大人の』が付きそうな、したたるような色気と、落ち着きを感じさせる人物だった。何故かやたらと神々しい。大水竜と酒場。この二つは全く似つかわしく無いのに、彼女がここに居る事に不思議と納得させられてしまうような魅力が有った。
そんな女性に、ナギがもしかしたら俺にする以上に恭しく頭を下げて、こう言うのだった。
「大水竜様、お連れしました。彼らが私の命の恩人、アキト=オガミ様、ヒカル=エーデルライト様、シノ様です」
そう言って、俺達を紹介していく。ただ、シノの紹介の時だけ彼女の瞳が少し見開かれた気がした。
だが、そんな様子は微塵も感じさせず、大水竜を名乗る女性は話し始める。
「そうか。皆様方、まずは礼を言わせていただきたい。この娘を救っていただき本当にありがとうございました。この娘は一族でも最も若い。そんなこの子が『死の霧』に侵されたと聞いた時には『世界』を恨みましたが…」
そう言って、ナギを見る。その目には慈愛に満ちている。実際にも、彼女はナギの事を実の娘のように思っているのだろう。
そんな視線は、今度はアキト達に注がれる。
「それをあなた方に救っていただいたおかげで、多くの悲しみを防ぐ事ができました」
そう言って、深く頭を下げる。ナギも一緒になって頭を下げている。
しかし、それに続く言葉は困惑に満ちていた。
「しかし、一体どのようにしてあの『死の霧』を祓うことが出来たのですか?あれは私達の触れられない領域に存在しています。かつて幾人の仲間達がそこに到達しようとして、それでも決して届かなかったあの場所へどうやって?」
当然の疑問だった。彼ら竜ですら届かなかった『世界』へどうやって牙を剥いたのか。それを説明するには俺の武術の事を話さなければならないだろう。そうすると、当然自分がこの世界で産まれた人間では無い事を話す必要が出て来る。
「少し、長くなりますが、よろしいでしょうか?」
そう言って、大水竜に断わりを入れる。彼女も神妙に頷き、俺の話を聞く体勢に入る。
俺の話は、まず俺のご先祖様の話から、俺が放った白銀の光の話、そしてその光の中だけでのみ取り戻す事の出来る『人狼』の事まで広く、そして最後に俺達の一族はその力を以って『世界』の『欺瞞』を祓い続けて来た事まで。本当に様々な話をする事になった。もちろん、門外不出の部分はなるべくぼかして答えたが。
そして、最後に『この世界にそんな一族が居るとは聞いたことも無い』と言う大水竜に、自分がこの世界とは異なる世界から来た事を伝えた。
流石に大水竜もそんな答えは予想外だったのか、その美貌を白黒させていたが、そもそもいままで『死の霧』を祓う方法はこの世界には無かった物だ。それが突如として現れたのなら、それはどこか別の世界から来たと考える方が自然かもしれない、と言って納得してくれた。
ほぅ…、っと大水竜が可愛らしい溜息を吐く。色々一気に聞き過ぎて、すこし疲れてしまったのかもしれない。
そんな彼女には悪いのだが、俺は基本的な質問をする事にする。
「その…、ナギだけでなく大水竜様もそうだったので不思議に思ったのですが、あなた方『竜』はいつもはそんな風に人の姿で生活しているのですか?」
そうなのだ。ナギから大水竜に会うと聞かされて、自分は巨大な竜に会うものだとばかり思っていた。しかも、なにやらファンタジックな地底湖のような場所で。
しかし、蓋を開けてみれば巨大な竜などでは無く、美人のお姉さんで、しかも場所はただの酒場ときた。正直予想外で、ヒカルなんていまだにそのショックから立ち直れていない。ヒカルが静かなのはそのせいでもある。
そんな俺の質問に大水竜が穏やかに答えてくれる。
「ええ、そうです。竜の姿はいかんせん目立ち過ぎますからね。我々竜は普段はこうして人間の生活に紛れるように生活しているのです。もちろん、他の人には内緒ですよ?」
そう言って、唇に指を添えて「シー」っとお茶目に口止めする。いちいち色っぽい。
だが、俺の中にはさらなる疑問が生じる。
「人として生活しているのに、どうしてナギ…その水竜はスチム街道のあんな所にいたのですか」
そうなのだ。普通に生活していれば近付かないような場所にどうしてナギは居たのだろうか?
しかし、大水竜はそんな俺の疑問にも動じた様子は無く、逆にこちらに聞いて来る。
「アキト様は冒険者でしょうか?」
「え、ああ、うん」
突然の質問の意図が読めず、答えがしどろもどろになってしまう。
そんな俺に微笑みながら、大水竜は話を続ける。
「この大陸に存在する魔獣にはGからSSSの十段階のランク付けがされているのは知っていますね?」
「ああ」
「ですが、現在この大陸にはSSランクとSSSランクの魔獣を討伐できるプラチナの冒険者が居ない事も知っていますか?」
「ああ、昇格の条件に、その…」
『竜を殺す事』なんて当の竜の前で言えない。そう思って、思わず口籠ってしまう。
しかし、俺の言葉を大水竜が引き継ぐ。
「竜の単独撃破が必要、ですか?いいのですよ、その条件を課したのは何を隠そう我々なのですから」
「はぁ!?」
何故そんな条件をわざわざ自分で設定する必要があるのだろうか?その意図が見えてこない。
そんな俺の考えが分かるのだろう、大水竜は話を続ける。
「我々がそんな条件を課したのにはいくつかの理由が有ります。まず一つに、『死の霧』に侵された同胞を少しでも早く楽にしてあげる為には人間の力を借りなければなりません。その人間側の戦力の向上の為、と云うのが一つ」
「………」
今回は運良く俺が居て、ナギを救う事ができたが、これが常ならば人間の軍隊によってナギは討伐されていたかもしれないのだ。その為に少しでも『竜を殺せる』人材を育てる事が必要になってくる。何故なら、その場合『竜を殺す』という方法でしか彼女を楽にしてあげる方法が無いのだから。
だから、今俺が憤りを感じているのは場違いな事なのだろう。そうと分かっていても拳を強く握り締めてしまう。
それに気付いたのか、大水竜も表情を硬くして続ける。
「もう一つが被害を最小限に抑えるためです。こう言ってはなんですが、SS・SSSランクの魔獣達はとても人間の勝てる相手ではありません。彼らは竜には数段劣るものの、それでも十分に脅威となりうる戦闘力を持っています」
竜を殺した者だけがなれるプラチナランク。その冒険者がターゲットとするのだから、さもあらん。おそらくゴールドランクとプラチナランクの間には大きな溝が横たわっているに違いない。
「そういった、危険な魔獣を討伐するのも人類の守護者たる我々竜の使命なのです。この子はあの時ちょうどスチム街道の傍に出現したSSランクの魔獣の討伐に向かっていたのです。それがあんな事になるとは…」
「そう、だったのか…」
何故竜達が『人類の守護者』と呼ばれているのか分かった気がした。それはきっと領域のおかげだけじゃ無く、他にも色々な面で人間の世界を護っているのだろう。
そう思うと、少ししんみりしてしまった。
「何故、竜は『死の霧』に侵された同族に手を出さないんだ?」
いつの間にか復活したヒカルが問う。どうやら、さきほどの会話の途中で復活していたらしい。
その問いに大水竜は目を伏せて答える。
「我々竜は同族を殺す事どころか、傷つける事すら出来ないのです。そして、『死の霧』に侵される竜達の叫びはあまりにも悲痛な物です。以前、人と協力して『死の霧』に侵された竜を楽にしてあげようとした竜も居ました。しかし、その誰もが怯えきった様子で帰って来るのです。それはどのような屈強な戦士であろうと同じでした。そこで、我々は掟を作り、『死の霧』に侵された同族には近付かなくなりました…」
竜の言葉が分からないヒカルには聞こえなかったのだろうが、ナギが『死の霧』に侵されていた時の叫びを思い出す。たしかにアレはあまりに悲痛で悲惨だ。俺ですら耳を塞ぎ、その場にへたり込んでしまいそうだった。それが同族の者ならなおさらだろう。
「そう、か…」
聞いたヒカル本人もなにやら居心地が悪そうにしている。
店内に重い雰囲気が立ちこめる。そんな中、大水竜だけが言葉を発する。
「つまり、我々竜族にとって『死の霧』とはそれほどまでに恐ろしく、そして抗いがたい『死の象徴』なのです。そんな『死の霧』から同胞を救って下さったあなた方にどのようにして報いれば良いのか、その見当すら付かないほどに」
「別にそこまで重く考えなくても良いですよ?」
アキトが先に牽制を放つ。『恩返し』と云う名の嫌がらせを押しつけられた日には目も当てられない。そして、経験上このままだとそうなる予感がした。
しかし、大水竜はさらりとアキトの牽制攻撃を受け流すと、華麗な笑顔で答えたのだった。
「とにかく、我々にとっての最大限の恩返しをする必要があるでしょう。それでも足りない分は追々(おいおい)、と云う事で」
最大限の恩返し、と云うのが何を指すのかは分からないが、嫌な予感しかしなかった。
大水竜は真面目な顔になり、ナギに命ずる。
「我が一族の子よ」
「はい」
ナギにはその『最大限の恩返し』というのが何か分かっているのだろう。しかし、彼女に嫌がる様子も恐れる素振りも無い。
嫌な予感だけが増大していく。
「汝は命の恩人であるアキト=オガミに仕え、その身命を彼に捧げなさい。必ずや、『血の盟約』でもって、その恩を返し切るまで汝の力、血肉の一片まで彼の物とする。よいな?」
「はい!」
ナギが喜色満面の笑みで答える。それを大水竜も満足そうに見ている。そして、俺だけが渋柿を食べたような渋面だった。あれ?俺に対する『恩返し』なのに、全然嬉しくないのは何故なんだぜ?
そんな俺に大水竜が声を掛けて来る。
「至らぬ所もあると思いますが、どうかこの子を宜しく頼みます」
そう言って、深々と頭を下げるのだった。
しかし、はたと顔を上げて可愛らしく頬に指を添えながら不思議そうに言うのだった。
「ですが、本来『血の盟約』はプライドの高い竜にとって屈辱でしか無い筈。けれど、この子がこんなにも乗り気なんて…。私もアキト様に興味が出てきましたわ。足りない分の『恩』は私が払ってもよろしいのですよ?」
そんな不穏な事を言いながら、妖しく微笑んでいるのだった。
「大水竜様って、原初の頃から生きているんですよね?」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「あ、ええっと…。失礼かもしれませんが、人の姿があまりにも若々しいので…」
「あら、早速口説いてくださるのですか?」
「違います」
「もう、いけずですね!まあ、永遠を生きる我々竜にとって年齢というのはそこまで重要ではありませんから」
「じゃあ、その姿は自由に変えられるんですか?」
「この姿は竜の内面、つまり精神的な年齢に沿っているので容易には変わりません」
「つまり、大水竜様の精神年齢は…」
「そう!私は永遠の23歳なのです!!」
「…そこは誇る所なのだろうか?」




