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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第32節

 なんとか書けました。手直し無しなのでまだ荒いですが…。


 おいおい直して行きたいです。






第32節


 俺達が竜を見つけたのは既に日が沈もうとするような時間。スチム街道を進む俺達の耳にその音は飛び込んで来たのだ。


 それはまるでヒカルの使役する魔術「暴飲の雷」が放つ轟音を数十倍にしたような音。そして、竜の言葉が分かる自分にとってすら、もはやそれが竜の暴れる音なのか、竜が出す苦痛の叫びなのか、区別できないほどに凄まじい音。


 そんな音が、まるで山鳴りのように俺達の居るスチム街道まで響いて来る。


 しかし、俺達の目の前にはうっそうと茂る森が見えるだけで、肝心の竜の姿はここからでは見る事が出来なかった。


 そこで、俺達は森に分け入り、少し先に在る小高い丘のようになっている場所を目指す。


 竜が暴れている影響なのか、大竜脈路から外れているはずのこの森には魔獣の姿が全く見えなかった。


 難なく丘に辿り着いた俺達は、そこから見える光景に唖然としてしまう。


 俺達の視界に入って来たのは確かに竜だった。


 おそらく水竜なのだろう。その体躯は美しい淡い水色の鱗に覆われ、その身体は流線形を形作る。その背中には虹色に輝く薄い膜のような羽根。それらが夕日に照らされて、キラキラと輝く様はこんな時でさえなければ見惚れてしまうのも仕方が無いと言えるほどに美しい。

 まさしく、『流麗』という言葉がぴったりだ。


 だが、例えどれほど美しかろうが、今のこの光景を見れば誰もが目を背けるだろう。


 その水竜は見るも無残にのた打ち回り、自らを傷つけるように暴れ回り、苦痛に這いずり回っていた。


 それだけでもヒカルが目を伏せ、その場にしゃがみ込んでしまうのに十分だ。


 だが、竜の言葉が分かる俺にはそれが聞こえる。この時ばかりはヒカルが竜の言葉が分からなくて良かった、と思わざるを得ない。


 何故なら―――


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」


 何故ならその竜は―――


「苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!!」


 あまりにも―――


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!」


 あまりにも悲痛な声で―――


「―――助けて」


 救いを求めていた。


 まるで聞いているこちらが苦しくなってしまうようなその叫び。

 俺と同じく、竜の言葉が『分かってしまう』シノは俺の懐に潜り込み、耳を塞ぎ、ガタガタと震えていた。

 いつもであれば、その身体を優しく撫でて落ち着かせてやりたいが、今ばかりはそれが出来ない。


 あまりにも、あまりにもむごい。


 自慢の目でもって、この距離からでも竜の様子がハッキリと見える。


 水竜の背中には確かに『黒い靄』のような何かが覆いかぶさっている。

 そして、それが水竜の身体を蝕んでいるのも。


 あれが、『死の霧』。


 『死の霧』が竜の命を一年かけて苦しみを与え続けた後に奪う。

 その意味が今ならハッキリと分かった。


 『死の霧』は竜を蝕んでいるのだ。比喩では無く、実際に。竜は徐々に身体を喰われているのだ。

 だが、永遠存在である竜はその傷を一瞬で癒す。癒してしまう。


 損傷⇔再生


 その無限ループ。


 竜達は永遠に『死の霧』に喰われ続けるのだ。その苦痛たるや、竜の理性を奪い、ただただ暴れさせるに十分だろう。


 そして、その侵食は竜の衰弱によって、損傷>再生となる。その期間が約一年。


 竜が暴れているのは、俺達の居る丘からまだまだ遠い場所だ。

 今まで俺達が通って来たような、木々が繁茂する深い森であるはずの其処そこ


 けれど、今や見る影もない。何故なら――――


 竜がのた打ち回り、暴れ回る度に竜の周囲の木々はギャグ漫画でも見ているかのように吹き飛び、その後は何も残らない更地へと替わって行く。


 凄まじい力。あれが竜。


 今回幸いだったのは、あれが火竜では無く水竜だった事だろう。


 もし火竜だったならば、おそらくここら一面は火の海だっただろう。水竜も何かを口から吐いてはいるが、それは当たった木々を断ち切るだけだ。どうやら高圧の水をまるでウォーターカッターのように吐きだしているらしい。


 そんな事を呆然とした頭で考える。


 だが、いつまでもこうしてはいられない。俺達は竜を救いに来たのだから。


 その事を思い出し、ヒカルを見る。


 だが、ヒカルは地面に座り込んだまま動こうとしない。その瞳は目の前の光景に釘付けになってしまっている。本人は気付いていないのだろうが、その頬には涙がつたっている。


 無理も無い。彼女の言質から推測するに、『死の霧』は彼女からご両親を奪い、彼女を孤独の淵に追いやったのだ。

 むしろ、ここまでよく付いて来てくれた。その勇気と覚悟には脱帽するしかない。


 けれど、やはりここから先は俺の役目らしい。


 前にも言ったが、彼女はまだ『その時』では無いのだから。

 だから俺はいつか来る『その時』のために今出来る限りの事をしよう。


 俺は懐からシノをそっと出してヒカルの腕に預ける。シノをあそこに連れて行く訳にはいかない。


 シノを渡されたヒカルは、最初俺が何をしているのか分からなかったようだ。呆然とした表情のまま、こちらを見ていた。


 だが、ハッと我を取り戻すと慌てて叫ぶ。


「待て!!私も往く!一緒に往く!!」


 そう言って立ち上がろうとするヒカル。

 だが、腰が抜けてしまったかのように立ち上がる事が出来ない。


「違う!!これは違うんだ!一緒に往くから!這ってでも往くから!!」


 涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、俺の後に付いて来ようとする。


 けれど、俺はヒカルの肩をそっと押し留めて言う。


「ヒカル、シノの事頼んだよ?ここなら安全だと思うけど、どうなるか分からないから」


「待てと言っているんだ!こんなっ!こんな事でっ!!」


 彼女は必死に立ち上がろうとするが、彼女の脚は主の命令を聞かない。まるで産まれたばかりの仔馬のように震えている。


 でも、それで良いと思う。


「ヒカルは『助けたい』って言ってたよな?助けたいけど、その方法が無いって」


 それこそが彼女の『真実ほんとう』。それをなす為に、俺は出来る限りの事をする。


「俺にはそれが出来るかも知れない。出来るかも知れないけど、その為にはヒカルが近くに居たら出来ない事も有るんだ。ヒカルの魔術がそうであるように」


 そう、世界を騙す秘義『かたり』。それが俺に出来る事の全て。


 けれど、『かたり』を使うとそこでは『真実ほんとう』しか意味を持たないから。


 そこでは何の訓練も積んでいない者は歩くどころか呼吸する事すら危うい。


 だから、


「だから、ヒカルはここで見ててくれ。『世界』の『欺瞞ほんとう』じゃ無い、俺の『真実ほんとう』を」


「待って!!」


 そう言って彼は走り出す。彼女の制止も聞かずに。


 けれど、急に立ち止まって変な事を聞いて来る。


「そう云えば、『ヒカル』って名前の意味を聞いてなかった」


「ふぇ?」


 この場にあまりにも似つかわしく無いその疑問に、ヒカルは変な声を出してしまう。


「名前だよ。意味ぐらい有るだろ?」


 この世界においても『名前』は重要なはずだ。適当に付けられた訳じゃないだろう。


 その疑問にヒカルはあの夢で母が言っていた事を思い出していた。


『ヒカル?あなたは私達の『希望ひかり』なのですよ?』


 そう、それこそが私の『名前』。私の両親が付けてくれた大切な名前。


 いつの間にか私はその問いに答えていた。


「『希望』だ。『希望の光』それが私の名前」


「そっか。ヒカルにピッタリな良い名前だ!」


 そう言って再び彼は走り出してしまった。


 ヒカルはそれを止める事もせず、ただただ考えていた。


 『希望ヒカル』。その意味を。

 超頑張った。

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