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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
24/115

第23節

 解説しておくと、別にエーデル嬢はアキト君の事が好きでも何でもありません。彼女は『人と人との絆』に飢えているだけです。

 この前のアレは、独りでいる事に慣れてしまった彼女が彼との距離を測り間違えただけだったりします。

 だから、彼女が『本当に』好きな人を見つけた時、アキト君は用済みです。要らない子です。


 そんな感じに、アキト君には色んな人から感情を棄てられる、謂わば『ゴミ箱』の役目を演じてもらいます。それが、この物語のきもでもあります。

 彼の周囲はゴミ箱に痛みや苦しみなどの要らないゴミを棄てて、気分爽快、「あ~さっぱりした」と彼から去っていきます。

 けれど、ゴミ箱からゴミが無くなる訳じゃない。


 いつか、世界中の人からゴミを押し付けられて、そして「おめー、もー要らねーから」と言われた時、彼はどうなってしまうのでしょう。

 …きっと、それでも笑っているのでしょう。「よかった―――」と。


 …アキト君。なんてイジメ甲斐のある子なんだ!!


 そんな物語を書けたら良いなと思っています。




第23節


 ―――チュンチュン。


 スズメの鳴き声みたいなのがしている。

 どうやら、朝らしい。廊下に面している窓からは朝日が射し込んでいる。


「ん~。お尻が痛い…」


 昨日あれから部屋に入れなかった俺とシノは、そのまま部屋の前で寝てしまったのだ。

 他の宿泊客や従業員の好奇の目に晒され続けたが、角部屋だった事も有り、ただの酔っ払いだと思われたようだ。


 俺は懐でいまだに眠っているシノを起こさないように立ち上がると、そっとドアをノックする。


「ヒカルさ~ん、朝ですよ~。そろそろ中に入れてくれませんかね?」


 問い掛ける。


 すると、しばらく間が有ってから、ガチャリと部屋のドアが開く。


「………」


 現れたのは、明らかに寝不足のヒカルの顔。そのクマが出来てしまった目がうろんげにこちらを見ていたが、やがてドアを開けたまま部屋に引っ込んでしまった。


 どうやら、入っても良いらしい。


「お邪魔しま~す」


 自分の部屋なのに、言ってしまう。


 ヒカルはと云うと、そのままフラフラと寝室に歩いて行き、ベットに倒れるように沈んだ。

 そのまま。いくらもしない内に静かな寝息が聞こえて来る。


 そんな様子のヒカルに怒る事も忘れて、苦笑いをしながら布団を掛けてやる。

 最初、布団の中でモゾモゾしていたヒカルだったが、やがて静かになり、本当に夢の世界へ旅立ってしまったようだ。

 その様子に俺も眠気がぶり返して来るのだが、あくびを一つ吐くのに留める。


「ふわぁ~~あ。朝飯でも頼むか…」


 確か、ルームサービスが有ったはずだ。予約制とか言ってたけれど、今からでも間に合うだろうか?


 部屋のテーブルに備え付けられている、メニューを手に取る。


 最近覚えたばかりの文字を読み取る限り、まだ大丈夫のようだ。注文をすれば大体三十分後に部屋に届けてくれるらしい。


「しかし、どうやって注文するんだ?」


 そう、この部屋には電話や子機などは見当たらない。もしかして、食堂まで直接注文しに行くんじゃないだろうな…。どんな本末転倒だよ、それ。

 そう思っていると、メニューの裏側に固い感触を感じる。

 裏返して見ると、どうやらそれは魔術を利用した伝言板のような物らしい。説明に書いてある。

 どうやら、ここに注文を記入すると食堂に在るこれの大きいバージョンに注文が写されるようだ。

 そういう事なら、とさっそく利用してみる事にする。


 とりあえず、「朝食セットA」を二つ記入する。

 すると、書いた文字が少しずつ薄れていく。どうやら、これで良いらしい。魔術凄い。


 この世界で云う『魔術』とは、「媒体・媒介」と呼ばれる魔力をため込む性質を持った物質に一旦魔力を蓄積して、それを放出する時に何らかの性質や命令コマンドを持たせる事をこの世界では魔術と云うらしい。

 魔力とは『何でも無いが、何にでもなれるモノ』で、それを放出する時に方向性を持たせる事で、火や水を生み出せる。ただ、しばらくすると魔術で出した物質は再び「何でも無いモノ」に戻ってしまうので、魔術で出した水で渇きを癒したりは出来ないらしい。

 その時に持たせられる性質や命令は個人差が有り、例えばヒカルは雷の魔術しか使えないらしい。


 このメニューの伝言板にも小さな石がはめ込まれている。これが、魔力をため込んだ魔石だろう。

 これによって、書かれた文字を「うつした」のだろう。細かい理論は知らないが。


 とにかく、これでしばらくすれば朝食が運ばれてくるだろう。


 シノも起き出して来たので、洗面所にて身だしなみを整えて、シノの歯を磨いてやる。


「ほら、シノ。い~~~~」


「い~~~~」


 い~っと剥き出された歯を備え付けのブラシで磨いてやる。


「ん、よし。飲み込んじゃダメだぞ?水でガラガラ~ぺってするんだ」


 そういって、蛇口から出て来る水を手ですくい、シノの口に運んでやる。

 それを口に含んで、可愛らしくペっとするシノ。綺麗に磨かれた歯がまるで真珠のように輝いている。


 ちゃんと歯磨きが出来たシノを良い子良い子していると、ルームサービスが来たようだ。陶器がぶつかるカチャカチャと云う軽い音と部屋のドアをノックする音がする。


 ドアを開けると、従業員らしき青年が朝の挨拶をして、食事を部屋のテーブルまで運んでくれる。

 ちなみに、寝室のドアはちゃんと閉めてあるので、ヒカルを見られる心配は無い。


 朝食は焼きたてのパンに、春野菜のサラダ、何かのポタージュに、薄く切られたローストビーフ、そしてフワフワのスクランブルエッグだった。デザートにいくつかの果物も有る。果物の色はやっぱり毒々しかった。果物だけ何でこんなに危ない色をしているのかは分からなかったが、そう云う物なのだと納得する事にする。

 彩りも鮮やかなそれを早速シノといただく事にする。ヒカルにも声を掛けたのだが、返事が無かった。おそらく、まだしばらくは起きてこないだろう。


「あーん」


 ビーフをパンに挟んでシノに食べさせてやる。もちろん野菜を食べさせるのも忘れない。この子が雑食なのは確認済みだ。

 シノも特に好き嫌いは無いようで、俺が差し出す物をどんどん食べていく。


 最後にデザートの果物を丸かじりにした後、ナプキンでシノの口を拭いてやる。

 といっても、最初の頃と比べてシノの食べ方は随分丁寧になっていたので、そこまで派手に汚れてはいないのだが。


 朝食を食べて、人心地付いた俺達だったが、やっぱりヒカルが起きてこない。


 今日の予定は、おそらく騎士団からの謝礼をこの街のギルドの支部に受け取りに行くのだろうが、それはヒカルが居ない事には始まらない。


 しかたなく、俺達は時間を潰す事にする。


「ほら、アキト!もう一回、もう一回!!」


 シノが急かすので、俺はまたヨガをするように上半身を地面にペタンと伏せる。その背中をシノが滑り下りていく。


 シノにとって俺は滑り台やジャングルジムみたいな遊具でもある。

 ただ座っているだけでも、その背中や腕をシノがよじ登って遊べるし、今みたいに身体に傾斜を付けてやれば滑り台にだってなる。

 ときどき、シノの爪が肌に刺さって痛いのだが、それを我慢できない程器が小さい訳じゃないし。


「…おはよ」


 そんな事をしていると、どうやらヒカルが起きて来たらしい。その顔色はあまりすぐれないが、それでも食欲は有るようだ。

 テーブルの上ですっかり冷めてしまった朝食に手を付け始める。


「おはようヒカル!今日はどうするんだ?」


 そんな様子を心配しながら、それでも明るい挨拶を返し、今日の予定を聞く。


「…今日はギルドの方に行く。やっておきたい事も有るしな。その時にアキトの冒険者登録もしてしまおうと思うのだが、どうだろう?」


「冒険者登録?俺が、か?」


「ああ。アキトの強さは知っているからな。他に何か得意な職業が有るのでなければ、冒険者として糧を得るのが手っ取り早い。アキトなら人格にも問題は無いだろうし」


 確かに俺は他に得意な事も無い。この世界で生きていく以上、自分の食い扶持ぶちは自分で稼がなければいけないだろう。いつまでもヒカルの世話になるのは何とも情けない。

 ただ、冒険者の仕事というのが気になる。やはり、魔獣などの討伐が多いのだろうか。


 そんな事を考えていたのが顔に出ていたのだろう、ヒカルが補則するように言う。


「別に一口に『冒険者の仕事』と言っても様々だ。もちろんアキトが想像するような危険な魔獣の討伐も有るが、護衛の仕事や薬草や鉱物の採取、果ては手紙の配達まで色々な仕事が有る。魔獣を討伐する必要も出て来るだろうが、そればかりと云う訳では無い。むしろ、色々な仕事が有り過ぎて、慢性的な人不足なのだ」


「そう云う事なら、登録してみるかな。大丈夫、もし魔獣と戦う事になっても迷ったりはしないから」


 少し心配そうな顔をする彼女を安心させるため、少しおどけて言う。

 そんな俺の様子を見て、少し考えるような顔をしていたヒカルだが、とりあえずは頷いてくれる。


「…では、食事を取ったら出発しよう。…その前に、アキトは今日の温泉の予約をして来て欲しいのだが…」


 それまでの様子とは一転して、恥ずかしそうな表情で俺に頼んで来る。

 そんな彼女を微笑ましく思いながら、俺は頷いた。


 せっかくの温泉だ。彼女は獣人なので、貸切の温泉じゃないと入れないだろうし。


 そんな事を考えながら、俺は部屋を出たのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 宿を出て、ヒカルと一緒に街を歩く。

 昨日は色々有って、あまり良く見えなかった露店を覗きながら、ギルドを目指す。


 途中で珍しい食べ物をヒカルにねだり、それを三人で食べたり、珍しい魔法道具マジックアイテムを扱う露店をひやかしながら。


 そうしていると、優れなかった彼女の表情も幾分元に戻って来た。少しだけ、ほっとする。彼女の表情が優れない理由は分からないが、原因はおそらく自分に有るのだろうし、そんな表情をされるのは結構辛い。


「…店主、これはお幾らだ」


「ああ、それは良い品だからね。銀貨15枚といったところかな?」


 その金額にヒカルが顎に手を当てて考え込む。

 ボーっとしていたので、何を指しているのかは知らないが、どうやらお眼鏡に適う物が有ったらしい。

 だが、銀貨15枚か…。宿代が3泊で銀貨12枚だったから、銀貨一枚は日本円で一万円よりも高い気がする。まあ、あんな高級なホテルに泊まった事なんて無いから、相場が分からない。

 けれど、銀貨15枚というのが彼女が考え込んでしまう値段で有る事は分かる。

 どうやら、答えは簡単に出そうに無い。


「ヒカル。ギルドで報酬を受け取ってから考えても良いんじゃないか?まだ、報酬がいくらかは分からないんだし」


 そう言って、ヒカルの思案に割り込む。


「…うむ。…そう、だな」


 どうやら、渋々ながら了解してくれたようだ。露店から視線を引き剥がし、道を急ぐ。

 その後に付いて行きながら、尋ねる。


「そんなに良い物が有ったのか?」


「…ん?…うむ」


 なんだか歯切れが悪い。

 それについて問いただそうかと思っていると、ギルドに着いたようだ。


 ギルドの建物は俺が想像していた、荒くれ者の集会場みたいな場所では無く、小綺麗な事務所のような場所だった。

 そこにヒカルは入って行く。


 事務所の扉をくぐると、綺麗に掃除されたホールを取り囲むように幾つものカウンターが有る。

 ヒカルはその一つに迷わず歩いて行く。どうやらそこで冒険者の登録が出来るらしい。


「いらっしゃいませ。ようこそ冒険者ギルドノーレ支部へ。本日はどのような用件でしょうか?」


 カウンターの青年がにこやかに挨拶をしてくれる。

 ヒカルはそれに簡単に返しながら、用件を言う。


「…彼の冒険者登録をしたい。私の推薦付きで頼む」


 そういって、懐からシルバーのプレートを取り出して、受付の青年に見せる。

 それを確認した青年は、頷いて答えた。


「はい、確認しました。ヒカル=エーデルライト様。ランクはシルバーの上級ハイですね。では、彼には別室で簡単な面接と適正検査を受けていただきます」


 よろしいですね?と、こちらに確認して来る。

 それにヒカルが頷くと、少々お待ち下さいと言って、彼は奥へと消えた。


「なあ、面接とか適正検査とか、聞いて無いんですけど…」


「…問題無い。アキトなら簡単に突破できる。私の推薦付きだから、それ程手間は掛からないはず」


 そう言って、信用し切った瞳で俺を見てくれるヒカル。いや、信じてもらえるのは嬉しいけれど、大丈夫か?

 そもそも、冒険者になるのに面接や適正検査が必要なのだろうか?

 そうヒカルに聞いてみると、


「前にも言ったけれど、ギルドは非公認組織。国や教会からしてみれば、目の上のタンコブなの。けど役に立つから渋々黙認しているだけ。だから、ギルドに所属する冒険者にはある程度の人格が必要とされるの。もちろん面接の時だけ良い顔をする人間も居るけれど」


 と云う事らしい。


 適正検査にしても、初期のランクを決める為に必要らしい。

 確かに、本当はシルバーランクの実力を持っているのに、アイアンから始めたのでは、カラーだけでも二回、上級へのランクアップも含めると四回もランクアップを申請しなければならない。それはあまりにも非効率だ。


 だから、適正検査である程度実力を測り、それを元に初期ランクを決めるらしい。

 といっても、いくら強くてもブロンズの上級ハイからだそうだが。


 そんな説明を受けている間に、あちらの準備が整ったようだ。受付の青年が戻って来る。


「では、用意が出来ましたので別室にご案内させていただきます」


 俺は頷いて、こっそりシノをヒカルに渡す。黒マントのまま面接を受ける訳にはいかないだろう。


「…じゃあ私は騎士団からの報酬を受け取ってくる。アキトの検査が終わる頃にはここに戻って来るから」


 そう言って、見送ってくれる。

 彼女の期待に答える為にも頑張らなくては…。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 別室に通された俺を待っていたのは、黒いローブに身を包んだ若い女性と歴戦の剣士といった風情の中年の男、そしてここの長であろう長い髭の老人だった。


「さあ、立っていないでお座りなさい」


 そう言って老人が椅子を勧めてくれる。それに頷いて、椅子に腰を下ろして三人と向かい合う。


 そんな俺に向かって、老人が人の良さそうな声で尋ねて来る。


「ではお若いの。まずは名前を聞こうかな?」


「はい。アキト、アキト=オガミです」


「オガミ…。あまり聞かない姓ですね。風竜の国の者かな?」


 そう言って反応したのは中年の戦士。


「ええ。でも、田舎の出なのであまり国の事は知らないんです」


 せっかくなので話を合わせておく。そういえば、着ている服も昨日買った風竜の国の民族衣装なので丁度良い。


「ほうほう、では出稼ぎか。しかし、何故このノーレの街で冒険者登録をしようと思ったのかね?」


「田舎を出て、しばらくは武者修行をしていたんですが、路銀も無くなってしまった所に今一緒に旅をしている彼女と出会って。それで、冒険者になってみないか?と言われたもので」


「何か武術をされているの?」


 若い女性が俺の言葉に反応した。


「無手の武術を少しばかり」


 そう答えると、三人が沈黙してしまう。

 あれ?俺なんか変な事言った?焦る俺。


 そして、その沈黙を破ったのは老人だった。


「我々冒険者が危険な魔獣の討伐を行っているのは知っているのじゃろう?魔獣と戦った事は有るのかの?」


 この世界では無手で魔獣と戦うと云うのは常識外れらしい。

 どうやら、実力を疑われているようだ。

 先に教えておいて欲しかった、と心の中でヒカルに文句を言ってから、正直に答える。


「ここに来る前に、スチム街道でグレイベアを倒しました」


「嘘を言うな!!」


 そう言って怒鳴り声を上げたのは中年の戦士だ。


「グレイベアはBランクの魔獣だ。それを素手で倒したなど、常識の有る者なら酒の席でも言わないぞ!余程の田舎者らしいな!そもそも、グレイベアはスチム街道のような場所には現れない。あれはもっと森の奥深くに生息している魔獣だ!」


 そう言って、俺の言った事を嘘だと断じる。

 そう言われても、本当だしな…。それにグレイベア以外の魔獣と戦った事なんて無いし…。


 そんな事を考えて、困っていると。


「ブライ君、落ち着きなさい。彼の眼は嘘を言っている眼では無い」


「しかしっ!」


 老人の言葉に、なお言葉を重ねようとする中年。

 その声を遮ったのは、若い女性だった。


「なら、適正検査を貴方が担当してはどう?この場で言い争うよりはマシだと思うけれど」


 その言葉に中年は渋々頷く。って、え!?何、大事な事が俺の意志とは無関係に決定されようとしている。簡単な検査だって言ってたのに!


「お二方がそう言うのであれば…。…青年よ、嘘だと云うなら今の内だぞ」


 そう言われても、嘘なんて吐いていない俺としては沈黙を貫くしかない。


 そんな俺達の様子を見て、老人がほがらかに笑い、告げる。


「では、面接はここまでにしようかの。小休止の後は適正検査じゃ。どうやら、いつもより厳しい物になりそうじゃからな、しっかり準備をしておくのじゃぞ」


 そう言って、席を立ってしまう。


 え?マジでこの中年とるの?いつもより厳しいって、ふざけんな!!


 けど、そんな事を口にする事が出来るはずもなく、その場は解散となった。中年が最後までこっちを睨んでいたせいで、胃が痛い…。誰だって人に悪意を向けられるのは苦手だろう。


 溜息を吐き、俺もその部屋を後にした。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「シュリ、彼をどう見るかね?」


 廊下を歩きながら、老人は傍らの女性に尋ねる。


「私には武術のことは分かりませんから腕の方は何とも。ただ、人格の方は問題無いかと。ブライの挑発にもあまり乗って来ませんでしたから」


「そうか…」


 何事かを考えるように老人は顎の髭を撫でる。


「ともかく、適正検査の方の結果次第という事かの。しかし、ブライ君が随分と熱くなっておったからのぅ。怪我をしないと良いのじゃが…」


「それは、彼がですか?それとも…」


「ホッホ!まあ、楽しみにしようじゃないか」


 そう言って、老人は目を細めて『人の良さそうな』顔で笑うのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 どうする、どうするよ俺!?とか考えている内に時間が来てしまったようだ。さっきの受付の青年が呼びに来る。時間とはなんて無情な奴なんだ。きっと額に角とか生えているに違いない。確認のしようが無いのが残念だ。


 とにかく、迷っている場合では無くなった。


 青年の後を付いて行くと、ギルドの中庭のような場所に出る。どうやら、鍛練場のようだ。

 そこの中心には既にあのブライと云う中年が陣取っている。背中には大きな両手剣を担いでいる。どうやらアレが彼の得物らしい。


 受付の青年に勧められて、中庭の中心に進み出た俺は彼と向かい合う。

 双方とも無言。彼はもう何も言うつもりは無いのだろうし、俺に関してはいまさら何を言っても嘘吐き呼ばわりされるのは目に見えている。


「それでは、適正検査を始めようかの」


 先ほどの老人が確認するように言い渡す。

 双方が何も言わないのを確認して、若い女性が合図をする。


「適正検査、始めっ!!」


 その声に、中年がいきなりこちらに向かって無謀とも取れる突進を繰り出す。危険を感じた俺はその場から飛び退くと、そこを中年の大剣が通り過ぎる。

 突進の勢いと、大剣のリーチを生かした一撃。

 対して俺は無手なのだ。あんな物を喰らったらタダじゃ済まない。どうやら刃を潰した鍛練用のようだが、骨が折れる程度で済めばむしろ御の字だろう。


 中年に対して間合いを測りながら考える。この場をどう乗り切るか。


 この中年、なるほど中々に強い。あんな大きな大剣を振り回しているのに、隙が無いと云うだけでも十分に驚嘆すべき事だ。正攻法では少々歩が悪い。


 かと言って、不眼ふがんは使えない。冒険者登録する、と言われていたので、つい礼服に近い黒い服を着て来てしまった。日本人の悲しいさがだ。

 とにかく、夜ならまだしも、昼である今、この服で不眼ふがんは出来ない。


 狂流くるいもあの大剣のリーチの内側にある腕まで届かせるのは難しいだろう。潰崩かいほうも同様の理由で使えない。


 空耳うつみも、隙を生み出す事は出来るだろうが、相手との間合いが開き過ぎていて、懐に入る前に気付かれてしまう。


 ならば――――


 アキトは覚悟を決めて、特殊な呼吸法にて気を練り始める。


 ピュ―――――、ヒュ――――――、ピィ―――――――


 まるで口笛をふくようなアキトの様子を、どう勘違いしたのか、中年は鬼の形相で攻めて来る。おそらく、馬鹿にされているとでも思ったのだろう。


(そんなつもりは無いんだけどなぁ…)


 彼が「語」を使わずに、奥義を出そうとしているのだ。それだけで、この中年の力量が半端では無い事が分かる。敬意すら覚えるほどだ。


 そんな中年の攻撃をのらりくらりと避け続ける。


 やがて、てのひらに十分な量の気が溜まる。


 そして、中年の攻撃を避けるのを止める。


 その様子に、中年は何かを感じたのか攻撃を止め、アキトを睨みつける。

 睨みあう両者。


 ―――静寂。


 その静寂を破ったのは、やはり中年の突進だった。

 

 十分な助走とその勢いから繰り出される、広範囲を薙ぎ払う大剣の一撃。相手の反撃すら許さず、もしそれを受けようものなら、例え素手で無くとも、受けた得物ごと叩き折られるだろう、まさしく必殺の一撃。


 しかし、アキトはその一撃を避けようともしない。

 動くこともしないで、ただ悠然と立ち続ける。


 それを見ても中年の突進は止まらない。

 そして、アキトが大剣の間合いに入った瞬間―――


 ――――ブンッ!!


 空気を切り裂いて、突進の勢いと、自身の重量を乗せた大剣が、まるで死神の鎌のようにアキトに迫る。


 ――――が。


「拝無神流。奥義がいち。『手刀テガタナ』」


 淡々と告げられる、執行宣告コール


 アキトの手刀が大剣と交錯こうさくする。

 本来であれば、あっさりと指を粉砕され、手を砕き、アキトに止めを刺したであろうその一撃。

 しかし。


「なっ!?」


 物を騙す彼の奥義の前では、ただの鉄の剣など薄い紙ペらにも劣る。

 中年が驚愕の声を上げる。それはそうだろう。


 自分の持っていた大剣が、ただの素手の手刀に両断されたのだから。


 そして、その手刀は今彼の首筋に添えられている。

 鉄の剣さえ断つソレは、自分の首などいとも簡単に斬り落としてしまうだろう。


 ――――カランカランッ


 両断された大剣の先端部が地面に落ちて、乾いた音を立てる。

 そして―――


「俺の勝ちです。降参してください」


 視界の外側から聞こえて来る、彼の淡々とした声。


 ブライはそれに頷く事しか出来なかった。

「今のは、魔術…なの!?」


「ふむ…。魔力の動きは感じなかったがのう」


「では、一体何が…」


「さて、何が起きたんじゃろうな。一つ確かに言える事は――――」


「?」


「彼は見事、試験に合格したと云う事じゃな」


「…はい」

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