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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第21節

 アキト君をとことんイジメる。それが鳥越九朗クオリティー。



第21節


 ノーレの街は俺がイメージしていた、所謂いわゆる中世の城壁を備えた街ではなく、単純に様々な施設が集合して出来た街のようであった。

 ここは既に、領域エリアの内側なので魔獣がほとんど居ない事も有るのだろう。


 国家間の戦争とかは無いのだろうか、と思ってクルスに聞いてみたのだが――


「戦争をしようにも、大竜脈路を通って進軍するしか無い訳ですからそこに策が入り込む余地があまり無いのです。結局数で勝負が決まってしまうのですよ。つまり、勝ったとしても消耗をゼロに出来る訳ではありませんから、次の戦で負けてしまいます。最初に戦争を始めた所は最後まで生き残る事が出来ないんです」


 それに、そんな事をしている余裕もありませんしね―――と言ってクルスは笑っていた。


 とにかく、ここ数百年は人間同士の大規模な戦争と云うのは無いらしい。

 同じ竜を信仰している事も有り、教会が睨みを効かせている事も大きいのだろう。


 とにかく、戦争が無いのは良い事だ。危ない目には極力巻き込まれたくない。


 そんな事を考えながら街に近づくと、街の入り口辺りに居た衛兵らしき騎士が声を掛けてくる。


「お前達!無事だったのか!隊長が顔を真っ青にして帰って来て、『グレイベアが出た』って喚いてたから、もう駄目かと思ったぞ!」


 嬉しそうに破顔して俺達を迎えてくれる。


「ああ、彼らのおかげで何とかな。まあその事なら、報告をした後に酒を飲みながらにでもしよう。今は彼らを通してくれないか」


「あいよ!ようこそノーレへ!彼らの恩人と云う事なら、面倒臭い検査や書類はこっちで勝手にしておくよ」


 おい、いいのかそれで!


 とはいえ、面倒が少なくなるのはありがたい。


 ありがとうございます、と騎士に礼を言って俺達は門をくぐる。


 簡易な門の先はに賑やかな大通りだ。あちらこちらに屋台や露店が立っており、この国の特産である肉を焼く良い匂いがこちらまで漂ってくる。


「では、我々は一旦騎士団の詰め所まで報告に行ってまいります。明日にはギルドの方から謝礼が受け取れるように手配致します。皆さまは、この後どうされるのですか?」


 俺はヒカルを見やる。この街に入った辺りからより一層フードを深く被った彼女はその下から声を出す。


「…まずは宿を探す」


「………。そうですか…」


 なにやら、こちらを見て気まずそうにしているクルス。

 何か問題でも有るのだろうか?

 尋ねようと口を開きかけるが、その言葉が発せられる前にヒカルの言葉によって遮られる。


「…王都には三日後に経つ。付いて来るなら、三日後の正午にあの大広場の火竜の像の前で」

 

 そう言って、先立って歩いて行ってしまう。

 慌ててその後を追いながら、俺はさっきの疑問を口にするか迷ったが、結局騎士の皆さんに挨拶をするだけで済ませてしまった。

 騎士の皆さんも、ありがとうございました、と口々に礼を言っていた。


 俺はその声を聞きながら、ヒカルの後を追うのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょ、ヒカルさん!速い!」


 足早に歩く彼女。大通りには様々な出店が有り、珍しさからもっと見てみたいのだが、ヒカルは独りでどんどん先に行ってしまう。


「………」


 掛ける俺の声にも反応が無い。

 仕方が無いので、好奇心をぐっと押さえて彼女の後に付いて行く。


 彼女がその足をようやく止めたのは、見た目も立派な一軒の宿の前だった。

 看板には「温泉有り!」と云った謳い文句が書いてある。どうやら、見た目だけでなく、それなりに格式有る宿のようだ。


「…ここに泊まる」


 やっと口を開いたヒカル。どうやらここに宿泊するらしい。

 しかし、小心者の俺は宿の立派さに尻込みしてしまう。


「良いのか?見るからに高そうだが」


「…別に。私は問題無い」


 ヒカルが格好良く見える。そう云えば、騎士団からの謝礼も有るのだし、少しくらい贅沢しても良いのかもしれない。


 俺が自分自身に言い訳をしていると、ヒカルが銀色の硬貨を10枚程渡して来る。


「…これだけ有れば大丈夫なはず」


「?ヒカルが一緒に精算してくれよ。あっ、別に部屋を一緒にしたいって訳じゃないぞ!」


 墓穴を掘る俺。

 しかし、帰って来たのは――――


「…違う。私は一緒には泊まれない」


「そうだよな…。俺みたいな、どこの馬の骨とも知れない奴と一緒になんて泊まれないよな…」


 軽く傷ついていると、慌てて否定の声をヒカルが上げる。


「違う!…ここは普通の宿だから、獣人は泊まれない…」


「なっ!?」


 今、この子は何て言った?

 『普通の宿』に獣人が泊まれない?


「ウソだろ!?じゃあ、ヒカルはどうするんだ!?」


「…獣人には『獣人専用』の宿が有る。そこを探す」


 表情を曇らせてヒカルは答えた。

 なんて事だ…。「宿を探す」と言った時、クルスが苦い顔をしたのは、こう云う事だったのか…。


 『獣人専用』の宿と云うのがどんな物かは知らないが、ヒカルの表情を見る限りあまり良い所とは言えないらしい。

 そんな所にヒカルを泊めて、自分だけこんな立派な宿に泊まるなんて、『小心者チキン』の俺には出来そうに無い。


「じゃあ、俺もそっちに泊まる。独りでこんな所に泊まるよりは安眠出来そうだ」


 その言葉に慌てたのはヒカルの方だった。


「ダメ!言ってるでしょ、『獣人専用』だって。獣人以外は泊まれないの!」


「じゃあ、俺は猿の獣人って事にしといてよ」


「ダメったらダメ!とてもじゃないけど、『人』の泊まる所じゃ無い!お願いだから言う事を聞いて!」


「無理だ!!」


 あぁ、何で『こんな事』で彼女と言い争っているのだろう…。

 獣人だけが別って、どういうことだよ…。


 もの凄く、イライラした。

 彼女達にそんな事を強いている世界にも、その通りにしている彼女達にも。


 祖父の言葉を思い出す。


『良いか、アキト?世界はいつだって我々をだましているのだ。我々の流派はそんな世界に対する『ささやかな』反抗だ。良いか、アキト。世界にだまされるな!世界をだませ!それこそが、おがみの、いな、我々『人間』の力なのだ!』


 …そうだ。世界をだますのは、うちの十八番おはこじゃないか!


 覚悟を決める。


 いまだ俺をなんとか説得しようと言葉を紡ぐ少女を見る。

 もう、その言葉を聞いてやる義理はない。どちらも、相手の言う事を聞くつもりは無いのだ。いくら言葉を重ねても、議論は平行線なのだから。


 …ならば。


 俺は心の中で、その技名を発する。


(拝無神流。秘義がいち亜晩血遊流アバンチュール!)


 ちなみに、今(つく)った。



 俺はヒカルに近付くと、その細い腰を抱き寄せる。


「なっ、何を!?」


 何か言っているヒカルは完全無視して、そのフードをさらに深く被せてやる。

 そのまま、ヒカルを引きずるように宿に入って行く。

 

 ドアを抜けると、少し小太りな店員がこちらに気付き、笑顔で対応してくれる。


「ようこそ、当館へ。温泉のご利用でしょうか?それとも、御宿泊でしょうか?」


 それに、全てを騙し切る完璧な笑顔で返答する。


「ええ。二人部屋は空いていますか?」


 ビクン、と腕の中のヒカルが反応するが、これまた無視。

 その店員は、俺とヒカルを交互に見て、どうやら思った通りの勘違いをしてくれたようで、軽く『はは~ん』みたいな顔をしていたが、こう云った事は良くあるのだろう。すぐさま、営業スマイル満天で答えてくれる。


「ええ、もちろんでございます。朝晩の二食と温泉をお付けして、お二人様で一泊銀貨四枚からご利用いただけます」


「では、三泊分をお願いします」


 そういって、先ほどヒカルに押し付けられた銀貨で支払う。

 それを確認した店員は、保管してある場所から鍵を2つ取り出して、こちらに渡してくれる。


「お部屋は自動施錠オートロックされるので、外出の際はお気を付け下さい。お食事は、ルームサービスと食堂のどちらでもご利用いただけます。ルームサービスをご利用の場合、お部屋にメニューが御座いますので事前にお申し付けください。温泉は大衆浴用と貸切用が御座います。貸切でご利用になられる場合は予約制となっております。備え付けの申請板にご記入下さい」


 何か分からない事が有れば従業員にお申し付け下さい、そう言って、彼は説明を終える。


「お部屋までご案内致しましょうか?」


 最後にそう言ってくれる彼の申し出を断り、鍵に書かれた部屋へ向かう。


 その頃には、すでにヒカルは「借りて来た猫」のように大人しくなってしまっていた。

 こんな形で再びその姿を見る事になるなんてな~、とか考えてたら部屋に着いたようだ。


 貰った鍵で扉を開けて、ヒカルを中に入れ、自分も中に入る。


 部屋は洒落しゃれた感じの、まさしくホテル!という感じだった。

 暖色系の壁紙に備え付けの家具にいたるまでセンスを感じる。


 リビングを抜けると、寝室があった。

 そこを覗いて、俺は唖然としてしまう。


 何故なら――、


「何でダブルベットなんだよ…」


 そう、寝室のぬしとして鎮座していたのは、豪華な装飾のされた大きなダブルベットだった。真っ白なシーツが眩しい。

 どうやら、あの店員。いらん所まで気を回してくれたらしい。

 そう見えるように仕組んだのは、自分ではあるのだが…。

 まあ、俺はリビングのソファーで寝れば良いだけだし、問題無いだろう。


 そんな風に、俺が部屋の中を探検しているとヒカルがやって来たようだ。

 その瞳にはこちらを非難するような色が見える。少し悪い事をした気分になるが、それでもヒカル独りを『獣人専用』の宿とやらに行かせて、独りでこんな所に泊まるよりはずっと良い。


「貴方と云う人は――――」


 どうやら、お説教が始まったようだ。


「こんな所に獣人を連れ込んで!ばれたらどうするつもりだ!私だけでなく貴方も騎士に連行されてしまうんだぞ!そんな事になって、私が喜ぶとでも!?馬鹿にするな!!獣人にだって誇りは有る!」


 そう言って、俺をポコポコ殴ってくる。全く痛くない。


 俺はその腕をやんわりと受け止めて、その細い腕を掴む。


「――ッ!?」


 ヒカルは息を飲んで振り解こうとするが、しっかり掴まれた腕はビクともしない。


 俺は腕を掴んだまま、ヒカルの目を覗きこんで言う。


「じゃあ、俺には誇りが無いとでも?ヒカルを『獣人専用』なんて所に独り泊めて、独りでこんな所に泊まれるほどの恩知らずだと?」


 そう、俺は恩を感じているのだ。目の前のねこみみ少女に。

 この世界に独り飛ばされて来た俺を最初に助けてくれたのは、ヒカルなのだ。自分の命が自分が思っているよりずっと重い事を、他の何かと比べるようなモノでは無い事を教えてくれたのもヒカルなのだ。


 その恩を返せたと思えるまで、俺は騎士に連行される危険だろうと、それこそ世界を敵に回してでも、恩を返す。受け取り拒否なんてさせない、させてあげないのだ。

しかも、その恩はトイチで日増しに増えて行っているのだ。何としてでも返しておかないと、借金まみれになってしまう。


 その言葉に黙り込んでしまったヒカルに、さらに言葉を紡ぐ。


「とにかく、嫌がられようと、嫌われようと、いまさらヒカルの云う通りになんか出来ないし、してあげない。これは俺が決めた事だから。『自分を騙すのはダメ』なんだろ?」


 そう言って、この件はお終いとばかりにヒカルの腕を放し、リビングに向かう俺。


――――が。


 ぐいっと、何かが俺の服を引っ張る。

 突然の事に反応できずにベットに倒れこんでしまう。何事かとシノがフードから顔を覗かせるが、誰かが俺からマントごとシノを剥ぎ取って寝室の外に捨ててしまう。

 閉まる寝室のドア。

 その誰かが、作務衣姿となった俺の上にまたがるように、し掛かる。

 ヒカルだった。


「――って、ヒカルさん!?」


 俺が茫然としている内に、ヒカルもマントを脱ぎ棄て、その下のローブも外して、白いYシャツとミニスカートのみになる。

 その目は妙に据わっている。


「何してんの!?この子!?」


 それまで、ローブで見えなかった彼女の胸は以外にも大き――――、じゃなくて!

 何!?何が起きてんの!?

 混乱の最中に居る俺に、やっぱり妙に据わった声でヒカルが語りかける。


「何だ?こう云う事をするために、連れ込んだんじゃないのか?」


「違うわ―――――――!!」


 そんな俺の叫びにも耳を貸さず、作務衣の前をはだけさせ、俺の胸板に指を這わす。って云うか、そのねこみみは何のために付いとんのじゃ――――!!


 彼女の指が俺の肌をなぞる度に、ゾワゾワするような感覚が俺の背中を走る。

 やばい、マジやばい。


「別にオスがメスを求めるのは普通だ。何の問題も無い」


「有るわ!そして、違うわ!!」


「どうした?私ばかりが触っては不公平だろう?貴方も私を触るといい。『どこでもお好きなように』」


 そう言って、ヒカルは身体をこちらに倒し、彼女のねこみみがこちらに迫って来る。


 俺は沸騰する頭で必死に何が起きているのか考えていた。

 けれど、答えは出ないくせに、「あ、良い匂い」とか、「お尻柔らかい」とかそんなことばっかり浮かんでくる。


 けれど。そう、けれど。

 この誘惑に負ける訳にはいかないのだ。

 彼女が何を考えているのかは分からない。

 けれど、こんな形でこんな事をするような真似だけはしてはいけない気がしたのだ。


 もし、俺がもっと大人だったら、彼女を受け止めてあげられたのかも知れない。


 もし、俺がもっと子供だったら、責任なんて考えずに彼女を受け入れたのかも知れない。


 けれど、俺はそのどちらでもない、ただのガキだったから。


 俺はそっと、彼女の肩を押しやる。それは、拒絶。


 押しやられた彼女は、意外なほどあっさりと身を引き、俺の上から降りる。そして、ベットからも降りるとそっぽを向いてしまう。


 怒らせてしまったのかも知れない。もしかしたら傷つけてしまったのかも。

 

 そんな予感に身をすくませて、声を掛けられないでいる俺に彼女から声が掛かる。


「――――合格だ」


「―――は?」


 ヒカルが言っている事の意味が分からず、ポカンと口を開けたまま硬直する俺。


「だから、合格だ。と言ったんだ」


「いや、意味分かんない」


 口を開けた間抜け面の俺に、彼女が元通りの口調で淡々と告げる。


「貴方の言い分は分かった。確かに私も『獣人専用』の宿に泊まるのも、貴方を泊めるのも気が進まない。ならば一緒に旅をする以上、今回のような手を使わなければならなくなるだろう。そうなれば、今回のようにベットが一つという事も有るだろう。貴方はソファーで寝れば良い、と考えているのかもしれないが、それでは今度は私の立つ瀬が無い。しかし、一緒のベットで寝るとなれば、私だって女だ、そう云う危険が有る事くらい分かっている。だから、貴方を試させてもらった。この程度の誘惑に負けているようでは、私もいつ寝込みを襲われるか分からんからな。だから、合格、といったのだ」


 ポカン、と口を開けたまま、彼女のやたら長い台詞を聞く。


「え?つまり、それは?」


「いまさっきまでのは、全て演技と云う事だな」



 なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!



 俺は真っ白に燃え尽きていた。

「真っ白に…、真っ白に燃え尽きたぜ…」


「アキト?アキト!?」(ゆさゆさ)


「ハ、ハハ、ハハハハハ…」


「アキト!?」


「アハハハハハハハハハ――――!!」


「うえ~ん!アキトが壊れちゃった――!」


「………」(ダラダラ)

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