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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第37節

アキト君のやっていることは、この章ではあまり意味無い事ですので、あしからず。


まあ、どうなるかは分かりませんが。





第37節


 最大速度で彩づいた雑木林を駆け抜ける。僅かにかすった木の枝で、容易に裂傷が出来る程のスピードで。

 程なくして、あっけなく雑木林は終わり、視界の開けた原に出た。

 そこで繰り広げられていたのは、予想外の逃走劇と追走劇。

 巨大な猿の群れから逃げているのは、一見するとなにかの商団のようにも見える。

 三十台近い荷馬車に積載された木箱。その中身が何なのか、ここからではうかがい知ることはできなかった。

 ただアキトが驚いたのは、よもやこんな領域エリアから離れた魔獣の徘徊する地を往く者達がいるとは思いもしなかったからだ。

 なにか後ろ暗い事でもあるのか、それとも………。


「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!ああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」


 アキトの考察は、その半狂乱の悲鳴に遮られた。見れば一団の最後尾、明らかに遅れている馬車の荷台を猿が掴んだ所だった。


(―――っ)


 再加速。強化された脚力は、あっという間に一団との距離を詰め、横撃の構えを取る。

 呼吸を完全に速力に回している為、《気》を練る余裕は無かった。

 よって、取れる行動は唯一つ。

 アキトは速度をそのままに、今まさに荷台へ乗り移ろうとしていた猿の横っ面から、奇襲の跳躍蹴り。

 十分な速度と、強化された脚部から繰り出された一撃は、容易に猿の顔面を爆ぜさせ、荷台から振り落とす。

 御者台、涙で顔をグチャグチャにした青年が目をパチクリとさせた。

 何が起きたのか、何が起きているのか、何が起きようとしているのか。完全に理解の追い付いていない顔だ。


「お、あ?あああ、あ、あんた、一体な―――――」


「ゴチャゴチャうっさい!!そんな情けない声を上げてる暇があったら、さっさと逃げろバカ!!」


 掴みかかってくる猿どもの手を蹴り飛ばしながら怒鳴る。これが可憐な美少女なら、涙を拭いて「もう大丈夫だよ」とか言ってやるだろうが、生憎いい歳した男にしてやるほど度量が広く無い。

 せいぜいその横っ面を張り倒して、涙ちょちょぎらせてから「猛打偉丈夫もうだいじょうふだ」とギャグをかます程度だろうか。

 ………、いけない。ちょっとイライラしてるぞこれ。わけの分からんギャグを言い始めたぞ俺。

 落ち着け、俺。ヒカルだって、なにも命を取るような事はしないだろう?

 死んだらそれまでな訳だし?

 ヒカルだって、そこまで鬼じゃないだろ?ヒカルの頭に生えてるのは、角じゃ無くてねこみみだし?


 うん、大丈夫。


 うん、大丈夫?


 あれ?俺、大事なこと忘れてな~い?


 あれ、俺って………





 シノとナギがいる限り、死んでも生き返るんじゃね?





「ああぁぁぁぁぁあああ!!畜生ッッッッ!!」


「うわあああぁぁぁぁぁ!?な、何だ!?に、逃げてる、逃げてるってば!!」


 俺の魂の慟哭に、何を勘違いしたのか御者台の青年が怯えているが、今はそんな場合では無い。

 今まさに、”ヒカルの雷撃で即死→強制蘇生→即死→蘇生→∞”の無限地獄方程式が完成した所だった。

 ついでに、《おがみ》に産まれてきた事を猛烈に後悔しているところだ。

 いや、《拝》だからこそ死なずに済むのか。

 否、《拝》だからこそ死んでも済まないのか。


 ………。


「オラァ!!キリキリ逃げんかいワレェ!!」


「なんなんだよ、さっきから!?ってか、なんで泣いてんだよ!?」


「これは涙じゃないもん!!心の冷や汗なんだもん!!」


「意味分かんね――――――!!」


 青年への八つ当たりは程々に。ヒカルのお仕置きは十二分に、それこそ目の前の猿の大群よりも恐ろしいが、今は忘却の彼方へと追いやるのが正解だろう。

 それよりも、重要なのはイマイチ馬車の速度が上がらない事だ。

 さっきから、猿どもの追いすがる腕を払い、跳びかかってくる顔面に蹴りをぶち込むので、両足はフル稼働状態だ。正直地に足が着くのもままならない。


「おい、これ以上速度は出ないのか?」


「―――っ、無理だ!今でも精一杯なんだぞ!?これ以上の速度なんて…」


「出せるだろ?」


 俺は猿を迎撃する合間に、一度だけ大きく荷台を踏み鳴らした。ガンッという大きな音と共に、その実直な震動が荷台を揺らし、御者台の青年に確実に伝わった。そして、その意味も。

 馬車の荷台、そこに精一杯積み込まれている見るからに重そうな木箱。


「こいつを捨てればいい」


「―――っ!!」


 青年は再度…いや、もはや何度目になるか分からない息を飲む。


「だ、だけど、それは…大事な物で…」


「それなら、今決めろ」


「え?」


 決める?何をだ?


「この木箱と、自分の命。どっちが本当に…いや、”真実ほんとう”に大事なんだ?」


「ぐっ…そ、それは…」


「ん?」


 そんなこと、言われるまでも無い。言われる…までもない。


「…き、木箱だ。俺達には、これがどうしても必要なんだ…!」


 言い切る。そう、この木箱を無事持ち帰る。それこそ己の命と引き換えにでも。さっきは取り乱してしまったが、もう覚悟は


「そうか、じゃあな。住めば都って言うしな。猿の腹の中も、案外居心地いいかもな。達者で暮らせよ」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!嘘です、嘘です!俺、嘘つきましたぁ!!命が大事です!死ぬより、弁償するのに苦労する方がいいですっ!!」


「ったく、最初からそう言えっての…。そもそも、何なんだよこれ。気のせいかと思ったけど、随分と土臭いぞこれ。石でも運んでんのか?」


「は!?んな訳あるはず―――」


「そぉい!!(投擲)」


「せめて俺の話を聞いてから捨てろよ!!」


 知った事じゃ無い。そもそも弁償出来るモノに命を懸けていられない。

 アキトが片手で器用に投擲した木箱は猿の集団、その先頭にぶち当たり、その巨大で醜い鼻っ柱をへし折りながら、粉々に砕け散る。当然、中身は周囲にばらまかれる事となった。


「なっ!?」


 驚愕の声を上げたのは、アキト…ではなく、それを運んでいたはずの青年からだった。


「ほらな。」


 アキトはそれが何を意味するのか瞬時に理解できてしまったが為に、むしろ冷やかに言い放つ。


「やっぱり、ただの”石”じゃねえか」


 木箱から、炸裂弾さながらにばらまかれたのは、なんの変哲も無い、瓦礫よりももっと価値の無い、ただの岩塊、石片、石礫いしつぶて

 何かの原石を含んでいるとか、何らかの希少な鉱石の原料であるとか。そんな可能性も、この無秩序さ―――適当に手の届く範囲にあった石を詰め込んだような―――では極小だろう。


「と、いうことで。遠慮なく捨てるぞ」


「あ、ああ…」


 もはや青年には、ただ頷くことしか出来なかった。

 アキトは、うな垂れたその肩を軽く叩いた。慰めになるかどうかは分からないが。


「逃げろ。今はそれだけを考えろ。逃げて、生きろ。こんな石くれ、お前の命と天秤にかける価値も無い」


「………」


 ”命の価値”とは何だろう?

 青年は思った。


 逃げよう。まずは、それからだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「逃げましょう」


「「「え?」」」


 フーカの決断に、一同は間の抜けた声を上げた。それは、そうだろう。相手が以前彼女が復讐の対象とした人物の操る船である事は、この場に居た全員が察していた。

 だからこそ、ヒカルは過激な事を提案したし、誰も背を向ける事を予想していなかった。

 だからこそ、フーカのこの決断は三人を酷く動揺させた。

 ヒカルが、彼女にしては珍しくどもりつつ言った。


「い、いいのか、フーカ?その、アレだ、無理をしていないか?」


「無理もなにも、今は逃げるのが一番です。相手は無策で突っ込んで勝てる相手ではありません」


「いや、でもだな。私なら構わないんだぞ?消し炭が駄目なら、ミディアムレアでもいいんだぞ?」


「出来るんですか?」


 ………。


「すまない、私にはやはりウェルダンしか無理だ」


「ウェルダンも無理でしょう…」


 ………。


「私の存在価値って…」


「いまさら落ち込まないでください!」


 鬱状態に陥りかけたヒカルを叱咤しつつ、フーカは毅然と言った。


「さっきも言いましたが、今の私達にはあの船に対抗する有効な術がありません。…いえ、あったとしても使うべきではありません。これは《風竜走》の本戦ではないんですから」


「フーカ…」


 シノがそれでもフーカの心情を慮るようにその名を呼ぶ。

 だが、彼女の意志は変わらない。


「もし、このまま彼らと《風取》をして、誰かが傷付いたとしたら。わたしはアキトさんに合わせる顔がありません。臆病だと罵られようと、”弱い”と嗤われようと―――」


 その小さな身体を、しかし威風堂々と風に晒しながら。フーカは言い放つ。


「―――わたしの欲しい”強さ”は、それ(・・)じゃない」



それぞれがそれぞれの戦いを繰り広げる中、ついに動き出すツァール陣営。


迫る猿軍!そして、ついに現れるツァールの刺客とは!?


次々回、『第五装剣の使い手』!乞うご期待!!


あれ?これ、次回予告じゃないぞ!?

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