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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第35節

たまには映画を見に行きたいですね。






第35節


「レオ?」


「ん~~~~~?」


 気の無い返事。

 そんな彼に、ルルがとうとう耐えかねたように叱りつける。


「レオ!訓練中よ、しっかりして頂戴!」


 場所は砂漠、しかも領域エリアの外だ。いつ魔獣が現れてもおかしくない。

 だというのに、レオは先日のアキトとの一戦の後、ずっとこんな調子だった。

 ルルが、彼女にしては珍しく声を荒げて言う。


「拍子抜けしたのも、気が抜けるのも貴方の勝手だけど、今は仕事中よ!?プロとしての自覚を持ちなさい!」


「って言ってもよぉ…」


 どうしたって気が抜けてしまうのだ。レオは内心で呟いた。

 今回の《風竜走》、面白い事になりそうだと思ってられたのは最初だけ。

 好敵手であるカインはリストラされてるし、アキトの方は既に潰した(・・・)


 去年以降の事を思い返しても、俺達と張り合えたのはカイン一人だ。

 特に奴の風の魔術は本当に厄介だったのだ。

 護衛に関する事だけでなく、奴の船は魔術で起こした風を使い、長時間に渡って最高の船足あしを維持できた。

 この競技が、気流の乱れた下で行われる《風竜走》ではなく、そして雇い主(クライアント)の理解をもっと得ていれば、奴の風の魔術は最強の能力と言えた。


 そんなカイン達ツァール家に、俺達が二年も連続で勝利出来ているのは―――


「テストの旦那がいれば、もう楽勝じゃね?」


「はっはっは、そう言ってくれるのは嬉しいが、油断は困るよ?」


 そう言って、快活に笑いながら舵を取る我らが雇用主クライアントのおかげと言っていい。

 なんせ、この旦那。一見、博打とも思えるような操船で、常に最良の風を受ける。

 風向きが安定しないこの《風竜走》のなかでも、常に先を読み、風を読む。

 それこそが、彼を一代にして大商人へと押し上げた眼力なのか、それとも天運なのか。

 俺達護衛の役目は、その進路上の障害を取り除く事でしか無い。


 しかも。しかも、だ。


「俺は完全に近接型だから、迎撃はほとんどルルの役目だしよぉ…」


 そう、自分が冒険者としての力を振るうのは、ごく限られた特殊な場合でしかない。

 そう言って、ふてくされるレオにルルが揶揄するように言う。


「何を言っているの、レオ?貴方には立派な役目があるでしょう?」


 そう言うルルは、思い切り冷笑してやがる。


「役目って…。お前、馬鹿にしてるだろう…」


「あら、何を言っているのかしら?私はレオのおかげで迎撃に専念出来ているのよ?」


「ちっ…」


 舌打ち。

 そして、渋々といった調子で”役目”を果たす。


「おら、2時方向。三匹隠れてるぞ」


「御苦労さま」


 そう言って、ルルはレオの指示した方向に向かって氷の槍を雨あられと降らせる。

 次いで、そちら―――砂丘の陰になって見えていなかった場所から、獣の断末魔が聞こえた。

 これこそが、レオの”役目”。つまり…。


「ったく、これじゃただの探知機だぜ…」


 そう、『勘』による脅威の探知が彼の役目だった。

 彼が察知し、ルルが魔術で仕留める。

 この連携のせい(・・)で、未だかつてレオはこの船上で《獅子心王ライオンハーティード》を抜いた事が無かった。


(手を抜きゃいいのかも知れねえが、それはそれで何か癪だしな…)


 一応自分は雇われの身だ、故意にそんなことをするのも躊躇われる。

 どうにもこうにも、不完全燃焼だった。

 その時、巡視を行っていた船員クルーが叫んだ。


「右舷方向に船影あり!!数一!」


「どこの船だ!?」


「分かりません!船体の色は白ですが、デッケン商工組合のホワイトナイト号とも違うようです。しかし、見覚えがありません!!」


「では、噂のツァールの新型かね!?」


「…確証は有りませんが、おそらく違うかと。あそこはいつも大型路線ですから。あれは、ほぼうちと同級です」


 その答えに、テストの旦那は渋面を作る。


「我々の知らない、砂船…か。レオン君、どう見るね?」


「あ!?俺に振るんスか!?」


「君の『勘』はなかなかどうして、馬鹿にできないからね」


「俺の『勘』は別に超能力ってわけじゃないんだがなぁ…」


 そうは言いつつも、レオは頭を回す。

 白い砂船…、か。

 《風竜走》だって、毎年同じ面子でやるわけではないし、新規参入や、新型船の導入なども考えられる。

 特に、技術力の誇示という意味で《風竜走》へと参加している団体も少なくは無い。

 ならば、やはり新型か…。


(…いや)


 だが、そういった新型は噂になりやすいのも事実だ。

 もちろん例外が無い訳では無いし、普通の造船だと思っていたら魔術刻印を入れてみると砂船だった…なんて話も有る。

 しかし、それでも大商人テスト=ロイガーの情報網すらかいくぐる程の情報規制ができる連中など数が知れている。

 では、そういった連中か…と言えば素直に頷きがたいものがある。


 多くの団体は既に大会に向けて最終調整に入っているはずだ。当然、訓練を行っているわけで、白昼での訓練を行う以上、機密も糞も無い。

 カインを解雇した以外に表立った動きを見せないツァール家はともかくとして、ほぼ全ての砂船のデータは手に入れている。


 と、なれば…だ。


(ツァールが今さら姿を晒す訳もねえ…。となれば、それ以外って事になるが…)


 その時、思考にふと何かが引っかかる。

 そして、それは急速に形を得てゆく。


「そういや、居たな…。最近まで船にも乗らず、訳の分からん訓練してた所が…」


 つまり、アレは…。


「あれが、アキトの言ってた『とびっきりの船』ってわけか…」


 確証は無い。だが、彼の『勘』がそう告げている。

 レオがそれを確かめようと行動する前に、既にルルが巡視から望遠鏡を奪い、肉眼でも確認できる程に近付いてきたその船に向けていた。


「どうやら、当たりのようね。この前の子も含めて、全員確認したわ」


「って事は、アキトもいるのか!?」


「…いいえ。彼の姿は見当たらないわね…。まあ、あの怪我では仕方が無いかもしれないけど」


 そりゃそうだ。あれからまだ数日しか経っていないのだ。

 いまだに絶対安静だろうし、たとえ立ち上がれたとしても片腕では足手まといがいいとこだ。


 だが、それでも―――だ。


「この前まで、船にも乗らず走り回ってた奴らが、もうこんな領域エリアの外まで出て来てるってのか…?」


 そう、それは意外どころの話では無い。

 領域の外―――、それが指し示す意味は”魔獣が頻出する”という意味だけでは無い。

 領域の内と外、この両者の間には巨大な壁が存在している。


 大風竜の管理が行き届いた領域内部と異なり、領域外は暴風が吹き荒れる過酷な環境だ。

 風は決して安定する事無く、風位は分刻みどころか秒刻みで変わる事も少なくない。

 腕利きの船乗りですら、慣れない内は転覆チンして総出で引き起こしている光景を見るというのに。


「どんなカラクリかは分からないけど、現実は現実よ。認めるしかなさそうね」


 こいつのこう云う所は尊敬に値するな…、とレオはボンヤリ思う。

 仕方無い、とそれを見習い自分も意識を入れ替える。

 そうすると、自分が少しわくわくしているのに気付く。

 さっきまでの腑抜けた気分が嘘のように置き替わっていく。

 気付けば旦那に向かって叫んでいた。


「旦那ぁ!こっちの方が風下だよな!?」


「ん?ああその通りだが…。もしかしてレオン君…」


「ああ、久々に《風取かぜとり》の訓練といこうじゃねえか!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「左舷から、船が近付いてきます!あれは…ロイガー商会の《竜の翼(ドラゴンウィング)号》!?」


「なんだ、有名なのか?」


「有名もなにも、優勝候補筆頭ですよ!!」


 しかも、この位置取りは…。


「《風位取得戦》を仕掛けて来るつもりです!?」


「…なに、それ?」


 シノが帆の綱を引きながら首を傾げる。


「《風位取得戦》―――通称《風取かぜとり》は、《風竜走》においてルール的に認められた船間戦闘の事です!」


 通常の船のレースで、最も詳細に規定されているのは”船同士の接触に関するルール”だ。

 《風竜走》はほとんどルール無用な過酷なレースではあるが、一時期、戦船による故意の接触…というか衝突事故が相次いだ。

 速度で劣る戦船が、スタート直後に速船を標的として装甲任せの体当たりを喰らわせ、レースを優位に運ぼうとしたのだ。

 スタートしたばかりでは、戦船と速船の船足あしに大きな違いは無く、その多くが避けきれずに船を破損、もしくは転覆させられた。


 いくらルール無用とはいえ、これではレースにならない…ということで定められたのが、船と船との接触に関する事項だった。


 そしてその中でも、風位の奪い合いに関する事項に特殊なルールが設けられた。


 複数の船が同じ風を受ける時、最も有利なのは風上に位置する船だ。

 そのため、風上に位置取ろうとする船の接触事故も少なく無かった為だ。もちろん、それにかこつけた故意の衝突も。

 しかし、一方に絶対優位権を与えると、《風竜走》の自由度が損なわれる―――と云う事で考えられたのが《風位取得戦》だ。

 ―――つまり。


「船の船員同士の戦闘の優劣により、風位の優先権を奪い合う。それが《風位取得戦》なんです!」


 戦闘…と言っても、命のやりとりをする訳ではない。

 ただ、問答無用で位置の奪い合いをする事に起因する接触を防ぐ為のルールとして導入されたそうだ。

 実際、戦闘の優劣はなかなか着かなかったが、同時に優劣が着かない以上、無理に位置を入れ替える事が出来なくなった。


 無意味なルールだ――とか、結局風上側が優位じゃないか――と言った声は在るものの、概ね好意的に捉えられている。

 それは、人間同士の戦闘が見られる事に加え、護衛の冒険者たちが繰り広げる派手な戦いが見物だからだろう。

 同時に戦船の利点も生きて来る。

 速船と戦船との速度差による有利性を平均化する事にも成功していると言えだろう。


 ともかく、だ。


「風上側のこちらに拒否権はありません!!先生っ…もとい、ヒカルさん!お願いします!!」


 アキトさん不在の今、戦闘に回せるのは護衛であるヒカルさんだけだ。

 しかし、ヒカルさんはキョトンとした表情でこう聞いてきた。


「それは構わないが…良いのか?」


「え、なにがですか?」


「いや、相手を消し炭にしてしまっても良いのか?と聞いているんだが…」


「…………」


 その問いの意味を飲み込むのに、しばし時間を要した。

 ここに来るまでに、何度かヒカルさんの魔術を見せて貰ったが、”アレ”を使って良いかどうか、という意味だろうか?

 …そんなの当然―――


「ダメに決まってるじゃないですか!?」


「だよな…。そうだよな…」


「こう…、相手が死なない程度にちょうどいい感じのやつをお願いします!」


 その言葉に、だがヒカルさんはこう答えた。


「そんな都合の良い魔術を私は持ち合わせていない!!」


 ババ――ン!という効果音が聞こえてきそうな勢いで、意外に豊満な胸を張るヒカルさん。表情もどことなく得意気だ。

 しかし、フーカはそれに愕然とするしかない。


 …胸を張って威張られてしまいました!?

 もしかして、”アレ”が最少威力とか言うんじゃ無いでしょうね!?


「危険人物がいます…。ここに危険人物がいます…」


 選択肢が”消し炭”一択って、どういうことですか…。

 それより―――、


「ど、ど、どうするんですか!?もうそこまで来てますよ!?」


 いきなりピンチだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「レオもなかなかエグイ事するわね…」


 ルルが呟く。

 先程自分が見た所では、犬耳の少女が操舵を、《死神》の少女が護衛役を、残りの二人が操帆を担当しているようだった。

 つまり、《風取》にも《死神》が当たらなければならないと云う意味であり、同時に彼女の巨大過ぎる威力を持った魔術は使えないと云う意味でもある。

 それはくしくも―――


「無抵抗の相手を弄る趣味は無いのだけれどね…」


 だが、そう云う事になってしまうのも事実だ。

 その呟きを聞き付けたレオが反論する。


「おい、人聞きの悪い事を言うんじゃねえ!どの道、《風取》の訓練はする予定だっただろうが!!」


「それはそうなのだけれどね」


「だけれど、何だ!?」


 ツィ…とルルの視線がレオを捉える。


「八つ当たり…に思えてしまうのは、どうしてかしらね?」


 その問いに、レオはぐっと言葉を詰まらせた後、言い訳のように言葉を発した。


「別に…。ここで潰れるようなら、さっさと潰しといた方が良いと思っただけだ」


「潰れなかったら?」


「そんときゃ…」


 近付いてきた白い船体を見ながら、レオは答える。


「楽しみが一つ増える―――それだけの事だ」


アキト不在!ヒカルは役立たず!


さあ、どうする?

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