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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第9節

 今回は女史目線です。





第9節


 私は自分が行使した魔術が野盗達を飲み込んで往くのを見ていた。


 今回自分が請け負った依頼は、火竜の国と水竜の国を繋ぐこのスチム街道の中程に出没する野盗の討伐。ちょうど2つの国の中間に位置する場所に根城を構える彼らは、既に20人近い巡礼者を殺し、その路銀や装飾品などの金品を強奪していた。今この街道に人が居ないのはそういう理由のためである。

 賊を討伐するために両国から騎士団が派遣されたが、利権の問題や派閥争い、果ては宗教的な問題まで絡んで来てしまい、その動きは実に緩慢なものだった。そのため二度にわたって派遣された騎士団は賊の尻尾すら掴めず、さりとて、面子の問題から責任の押し付け合いに発展し、事態は一向に改善される兆しがなかった。


 それを見かねた被害者の遺族が冒険者ギルドに依頼を持ちかけた。報酬は金貨2枚。騎士団すら手玉に取るような輩の討伐にしては低すぎる。それに正規の兵力ではない冒険者が事態を解決したとあれば、騎士団のみならず火竜・水竜の両国の面子は丸つぶれだ。この大陸に存在する四つの国家の半分を敵に回しかねない。当然のごとく誰もその依頼を受けようとはしなかった。

 しかし遺族たちは諦められなかった。毎日毎日、日が昇る前から日が沈んだ後まで、各国に存在する冒険者ギルドの前で土下座を続けた。どうか、どうかお願いします、遠の昔に枯れ果てた涙を言葉と心で流しながら。冒険者たちに邪険にされても、それでも頭を下げ続けた。


 私がそんな彼らの一人に出会ったのは五日前、研究のため足を運んだ火竜の国の冒険者ギルドを訪ねた時だった。

 冒険者の一人に乱暴されている所を助けたところに逆に頼み込まれてしまった。金貨二枚、決して安い額ではないが、それでも危険な賊十人を殺すのに釣り合っているかと問われれば首を振るしかないだろう。

 けれど、そのお金は親族を殺された遺族たちが必死にかき集めたお金だった。


 それに。


 この依頼は私が受けなければ誰も受けないだろうことは容易に想像できてしまう。そうなれば彼らの憤りは一体どこへ行けばいいのだろうか?


 ズキリ、と自分の押し殺したはずの過去が鋭い痛みを伴って蠢いた。


 私は私と云う存在がどれだけ歪なモノであるかを知っていた。そしてそれは今彼らが抱えているモノに起因していることも。


 気付けば私は首を縦に振っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 スチム街道に出て五日。野盗達の出没する地点はまだまだ遠い、そんな事を理由に私は柄にもなく油断していた。

 そこへ、


「すーみーまーせーーーーーーん!」


 と物凄い勢いで走って来た青年に、驚く間もなく脇に抱えられ、連れ去られる。

 最初は野盗が出たのかとも思ったが、必死に謝っている所をみると違うらしい。あやうく魔術で消し炭にしているところだ。


 どうやら彼は例の野盗に追われているようだ。恐ろしく手練れている彼らの手から逃れて来たという事実にも驚いたが、今私を抱えたまま、野盗達の駆る()と逃走劇を繰り広げる彼の脚力と体力に、普段あまり感情の上下する事のない私も動揺してしまう。


 しかし、このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。いくら彼の脚力と体力が優れていようとこの先にある河を飛び越えることは不可能だ。日が出ている間は跳ね橋が架かっているそこも、夜になると魔術機関によって自動的に跳ね橋が上げられてしまう。今回のような野盗の移動を制限する物でもあるが、何より夜になると活発に行動を始める魔獣を両国間で移動させないためでもあった(下手に強力な魔獣が住処を急に大きく変えると対応し切れず被害が出る恐れがあるため)。

 今回はそれが裏目に出たようだ。


 私は努めて冷静な声で青年に語りかけた。しかし、ここで止まる訳にもいかなかったのだろう。結局河まであっという間に走り抜けてしまった。


 青年は私に隠れていろと云ったが、私には聞けぬ相談だった。そもそも彼を追ってきているのは私の獲物だ。譲る訳にはいかない。


 そして遅れて追いついてきた野盗達は明らかに下卑た笑みを浮かべ、獲物を追い詰めた喜びに浸っているようだった。


 彼らが自分たちの根城からずいぶん離れたこんな所まで彼を追ってきたのは、獲物が後ろにある河に阻まれて逃げ切れないのを知っていたのもあるだろうが、何より抱えられていた時には見えなかった彼が連れている竜の幼体のせいだろう。

 永遠存在である竜の幼体というだけでも珍しいのに、その竜の鱗は夜目にも美しく白金に輝いている。それはこの世界に住んでいる者ならだれもが知っている色だった。

 もしこの竜を捕え、教会なり好事家なりに売り払えばとてつもない額になるだろう。あまりに常識を超えていて私にも想像がつかない。


 こんな時でもなければじっくりと観察したいところだが、状況を考慮して己の研究心をグッと抑える。


 私が己の探究心と格闘している間に野盗達の準備が整ったようだ。隣の青年が、これが最後とばかりに言ってくる警告を聞き流し、懐から愛用の杖を取り出す。

 一見なんの変哲もないただのよじくれた木の杖だが、その先端には研究の過程で譲り受けた真紅の結晶が木の捻じれに包まれるようにはまっている。

 暗闇の中にあっても仄かな光を発しているその結晶は、この世界で最も魔術の媒体に適している物質の一つ、竜の血の結晶である。


 杖の下端を地面に着けて、自身の膨大な魔力を真紅の結晶に向けて注ぎ込んで往く。竜の血の結晶は私が本気で魔力を注ぎ込んでも壊れない数少ない媒体の一つだ。

 結晶に奴ら(・・)を殲滅するのに充分な魔力を蓄積したところで、今度はその魔力に命令(コマンド)を伝える。

 傍らの青年が息を飲むのが分かる。これだけの魔力の余波を受けて気を失わないのは大したものだが、敵を殲滅したあとの事を考え憂鬱になる。


 が、それはこの魔術を行使しない理由にはならない。私は奴らに報いを受けさせる為にここにいるのだ。


「我は飲み込む幾百万――

 我は飲み干す幾千万――


 ――暴飲の雷(サンダーストーム)


 猛り狂う魔力が現象として世界に顕現する。


 それは全てを飲み込む雷の嵐。全てを飲み干す雷の獣。

 夜の暗がりを塗りつぶさんとする閃光が野盗達を飲み込んでゆく。そこに神々しさも美しさもない。有るのは唯荒々しさと貪欲さだけだ。

 「暴飲の嵐」はその名の通り彼らを飲み込み、飲み干し尽くし、後に残ったのは真っ黒な消し炭となった骸だけだ。


 傍らの青年がえずく様に背中を丸める。戦闘には慣れているといった口調だったが、どうやら喧嘩のような命の賭かっていない場での事のようだ。

 まあ、それはそれで健全だと言えるが。


 視線を未だ閃光を放つ雷の嵐に戻す。

 自分の魔術は唯唯威力と規模の大きさに特化している。それが己に適した魔術の在り方でもあったし、何より目的を果たすのに丁度良かった。

 今回は街であった彼らの仇をとる形になり、目の前の野盗どもを消し炭にすることになったが、いつか必ず自分自身の仇をこの手で――――


「お前、大丈夫か?」


「ッ!」


 先ほどまでえずいていた青年がこちらを心配そうに見ながら発した言葉に、「グリッ」という擬音が聞こえてきそうな程心が軋むのを感じる。

 いつの間にか己の思考に沈み、暗い感情に囚われかかっていたようだ。忘れようとしたソレを思い出していたため、心の脆い部分も一緒に晒してしまっていたのか、彼の一言がやけに胸に刺さる。

 それを努めて無視し、再び忘却の彼方に追いやり、青年と向かい合う。


「…問題無い。それより貴方こそ大丈夫なのか?随分と気持ち悪そうにしていたが」


 先ほどの不意打ちのせいか、若干言葉が刺々しくなる。


「あぁ、みっともない所を見せた。その、すまなかった」


「…?」

 青年が謝る意味が理解できず首を傾げる。

 すると、青年がバツの悪そうな顔で答える。


「いや、俺が護るみたいな事を言っておいて、結局護られる形になってって事だ。それに君の力を疑うような発言についても、侮ってすまなかった」


 ペコリ、と青年が頭を下げる。

 青年のその素直な謝罪に逆に面喰ってしまう。

 こういう時どういう対応をすれば良いのか、人付き合いの少ない私は動揺してしまう。


「いや別に腹を立てていた訳ではないし、貴方は私を担いで逃げてくれたし、それに護ると云ってもらえて嬉しかったりしたし――、って何を言っているんだ私は!」


 動揺のあまり普段からは考えられないような早口で喋ってしまった。あまりの速さに思考が付いていかず、とんでもない事まで口にしてしまう。

 誤魔化すように言葉を繋げる。


「それより、貴方の頭の上のそれは何。それのせいで奴らに追いかけられていんでしょ?」


 苦しい話題転換。


「この子が何なのか知っているのか!?」


 しかし、効果は抜群のようだ。

 だが、彼はそれについて何も知らないようだ。|そんなことはあり得ないのに《・・・・・・・・・・・・・》。


「…?貴方はそれが何か知らないのか?」


「――え?」


 不意に、そうあまりに荒唐無稽な話なのだが、不意に思い付いた事を動揺のあまり思わず口に出してしまった。


「…貴方はこの世界の人間ではないのか?」


 そう、あまりにも荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい問い。あまりの馬鹿馬鹿しさにこちらの頭がおかしくなったと疑われても仕方無いような問いを口に出してしまった事にすぐさま後悔してしまう。


 しかし、――


「ッ!何で分かったんだ!?」


 それがよもや図星とは。この時私が晒した以上の間抜け面は私の人生において、後にも先にもおそらくないだろう。

「ところで、さっきのは魔法なのか?」


「ああそうだが、何?その目は」


「じゃあ、お菓子の家を出せたり――――」(キラキラキラ)


「いや、私の魔術は雷しか出せないな」


「………」(がくーん)


「子供か、君は」

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