プロレスラー
「さあ、来い、近藤! 地獄を見せてやるぜ!」
周りに威嚇をしながらプロレスのリングにやってきた、近藤のデビュー戦の相手である、デンジャー・クローという悪役レスラーが言い放ちました。ヒールなだけあって、顔におどろおどろしいペイントをしたりと、幼い子どもが目にしたら泣きだしてしまうような、凶暴な出で立ちです。
クローの激しい入場曲から、軽やかな調子のものへと、場内に流れる音楽が切り替わりました。
いよいよ近藤の登場です。照明も華やかで、クローとは対照的な善玉感を演出しています。ちなみに近藤のリングネームは、まんまと言える、「ティーチャー近藤」です。
「ん?」
クローはそう声を発しました。近藤がなかなか花道に姿を現さないのです。
あいつ、怖気づいて、逃げだしたんじゃあるまいな?
クローは同じプロレス団体の先輩ですから、客前なので暴れていても、そのように心配になりました。
すると、客席の一部がざわめきました。
何だ? と思い、クローが声の発生した後ろを振り返ると、なんと、リングの下から出てきた何者かが、リングに上がって、手に持っているパイプ椅子でクローを攻撃しだしたのです。
「グアッ!」
やられたクローは、襲いかかってきたその人物を凝視しました。そうです、皆さんお察しの通り、それは近藤でした。
近藤はクロー同様に、ヒールレスラーだと一目でわかるペイントを顔に施していました。
ああ? こいつ、どういうつもりだ?
クローは冷静に思いつつも、お客さんが見ているので大げさに問いかけました。
「誰だ? 貴様は!」
「私は悪の権化、ザ・コンドー・グレートだ!」
近藤はクローを上回るレベルの悪役口調で返すと、毒霧を口から上空に吹きだしました。
「おい、ちょっと待て! なに勝手なことをしてんだ!」
クローはカッとなって、先輩レスラーの立場で説教をしてしまいました。
「何を言ってるんだ。意外な展開のほうが面白いだろう」
近藤は変わらず悪役の態度のまま答えました。
「いや、お前、今日デビューなんだから、やるにしても早すぎるだろ! それに、お互いにヒールじゃ変な感じなっちゃうじゃねえか!」
クローはなおも叱りつけましたが、近藤です。反省などするはずがありません。
「うるさいっ!」
履いているロングパンツの中から凶器のスパナを取りだすと、それでクローの額を攻撃しました。
こいつ~。
さらに怒ったクローは反撃しました。それに対し、近藤も負けずにやり返しました。そうして、本格的にバトルが始まったのでした。
近藤はいいかげんな人間ですけれども、大好きなプロレスということで、真面目に特訓に励んだ結果、まあまあ善戦しました。しかし最後は、前回負ったケガの箇所に強烈なキックを食らったダメージで、スリーカウントを奪われて敗北となりました。
そして、試合終了後の記者会見では、なぜか善玉レスラーに戻って、かっこよくコメントをしたのです。本当に最初から最後まで無茶苦茶のやりたい放題でした。
まったく——。
クローに限らず、近藤の先輩である、その団体のメンバーたちは、今回の彼の勝手な行動に腹を立てました。
けれども一方で、「面白かった」や「デビュー戦でヒールになるとか、ヒール対ヒールって、斬新すぎ」など、客から好意的な反応がけっこうあったので、処分などは行いませんでした。
それから数カ月、近藤がレスラーとして、本人も周囲も少し慣れてきた頃です。
別のレスラー同士の試合中に、何者かが乱入しました。
「誰だ?」
戦っていた一人が、顔を隠しているその人物に問いかけました。
「私か? 私は、コンドー・スカイだ!」
それは、メキシコのレスラーを彷彿とさせる、覆面をかぶった近藤でした。
え~。もー。やるんだったら、ザ・コンドー・グレートだろうよ。このわずかの期間で、三人格目って。
リング上の先輩レスラーたちは、近藤の突拍子がなさすぎる振る舞いに、一気に脱力しました。
そして、近藤はそのプロレス団体を解雇になったのでした。




